74. ゆーしゃなんていなければいい
パパが変なこと言い出した。よく読んでくれた絵本を見せて、「ゆーしゃになるか?」って聞く。あの絵本は好きだったけど、今は好きじゃないのに。
だってパパが負けちゃう。ばさっと斬られて消えてしまったから。この絵本を見ると悲しくなる。パパがいなくなるなら、ゆーしゃなんていなければいい。
じわりと目に涙が浮かんだ。ご飯も美味しくなくなった。もう食べたくない。フォークを放り出して、頬を膨らませた。
パパはリリスがゆーしゃになると思ったの? そうしたらパパとケンカしなきゃいけないのに。
「パパ死んじゃう……やだ」
ぽろりと頬を涙が零れると、我慢できなくなった。うわあああ…と声を上げて泣く。抱っこしているパパの方を向いて、手当たり次第に叩いた。
困ったような顔をして、おろおろしているパパの姿にまた涙が零れる。パパがいなくなるのが嫌なのに、どうして伝わらないんだろう。もっと言葉が上手なら、パパも分かってくれるの?
いきなり泣き出したリリスの頬を大粒の涙が伝う。膝の上で泣きながら叩いて抗議する幼子の姿は、ひどく可哀相で……庇護欲をかきたてた。
「ごめんな、勇者にも負けないから泣かないで」
小さな身体を抱き寄せれば、叩く手が顔や首にあたる。それでも、そのまま抱き締めた。ぎゅっと強く抱いて頬や額にキスをすれば、少し大人しくなる。まだぽかぽか叩いているが、機嫌はちょっと上昇したらしい。尖った唇が元に戻っていた。
食事を途中で放り出してしまったが、リリスに食べる気はもうない。白い髪を掴んだまま、うとうとし始めた。泣き疲れてしまったのだろう。こんなに泣かせてしまうと思わなかった。これは反省しなくてはならない。
「大丈夫、パパがリリスを守るから。もっと強くなるよ」
黒髪を何度も撫でてやる。このまま寝かせてしまおうと思ったのに、盛大に邪魔が入った。バタンと扉を開けて入ってきたのは、表情を消したアスタロトだ。黒い笑みを浮かべているのも怖いが、違う意味で無表情はヤバイ。何をするかわからなかった。
「アスタロト? ノックくらい……」
「緊急事態です」
私室に乱入されたのに、反論を封じられてしまう。よく見れば分厚い本を手にしていた。開いたページに栞を挟んでいる様子から、何か発見したのか。古い文献の黒革の背表紙は見覚えがあった。魔族の歴史を記した、現在8000冊に至る歴史書の1冊だ。
「何があった?」
「ここをご覧ください」
食卓の料理を避けたアスタロトが本を広げる。高さ50cmほどの大きな本を開くと、テーブルはいっぱいになった。開いたページには、種族を区別する特徴が書かれているようだ。
「ここです」
一覧表になった種族の一番下に追記された人族の欄を指差す。抱き着いて眠りかけたリリスの背をぽんぽん叩きながら、あまり揺らさないように覗き込んだ。
人族の区分は、魔族以外と大雑把に示されている。逆を言えば、魔族のどの種族の特徴も持たない者を人族と呼んできた。角や翼、変身能力、魔力などがなければ「人族」なのだ。
「これがどうした?」
「リリス嬢ですが、魔族ではありませんか?」
きょとんとしてルシファーは側近を見上げる。淡い金の髪をかき上げたアスタロトは真顔で、冗談を言ったわけじゃなかった。だが理解が追いつかない。
「何の話だ?」
「ですから、リリス嬢の種族です。今まで人族と魔族のハーフは人族に分類してきました。その一番の理由が特徴がなく魔力がないからです。彼女は強大な魔力を秘めている。そこは誰も異存がありません。過去の実例と比較して、リリス嬢は魔族に分類されます」
「はあ……」
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