1373. 魔王と魔王妃のお出まし

 魔力に余裕のある者が率先して、映像投影用の魔法陣を発動させる。鐘の音が合図となり、慌てて魔法陣の立体映像に人が殺到した。映し出されるのは、温室がある庭に設置された舞台だ。高い位置に建てられたが、それでも遠くて、動く人影が小さく見える程度だった。


 立体映像は透過を少なくすることで、人形のように見える。思わず手を伸して触れようとしたドラゴンが、横にいた妻にどつかれた。


「馬鹿か!? 壊れたら困るだろ」


「何してるの! 見えなくなったらどうするのよ!!」


「す、すまん。つい」


 涙目で罵声を浴びせる一族の者に頭を下げる。好奇心は猫をも滅ぼすというが、今回は同情する者は少ない。貴重な魔法陣は人数に応じて、各種族に複数枚配布された。一番配布が多かったのは竜族で150枚、少なかった種族はアルラウネで1枚だった。


 食い入るように見つめる映像は、ミニチュアの建物が鮮明だ。そこへ純白の魔王ルシファーが姿を現す。長い髪は一部を丁寧に編み込まれ、後ろはゆるりと流していた。風に揺れる髪の動きまで見えた。


「すごい」


「画期的ね」


「映像を保存出来るなら、子どもの成長記録にいいわ」


「今後はどこにいても楽しめるな」


 あちこちの種族から感嘆の声が上がる。豆粒程度でも実際の姿を見たい各種族が、映像と魔王城へ交互に目を向けた。立体映像が一際大きくなる。途端に、ほぼ全員が映像に釘付けになった。魔法陣の大きさは手のひらサイズだが、投影された映像は1m前後ある。十分細部まで確認できた。


「うわぁ! リリス様だ」


「お綺麗ね」


 うっとりする声が零れる。リリスがルシファーの隣に立つと、大きな歓声が沸き上がった。ルシファーとリリスは対になった衣装だった。ふわりと柔らかく風に揺れる魔王ルシファーは、体のラインを隠していない。細身でもしっかり筋肉のついた腕が、衣装からちらりと覗いた。


 編み上げた髪の上には王冠代わりの髪飾りが並ぶ。現在即死の魔法がかかった物騒なお飾りだが、美しく陽光を弾いた。首飾りには蓮色の大きな宝石が飾られ、胸元にも肩にかかる布を留める形で緑のブローチが光る。細い鎖や宝石が絡んだ純白の髪は、虹がかかったように艶やかだった。


 薄く紅を差したリリスの唇が弧を描き、その美しさに魔族は言葉を失う。黒髪に銀鎖を絡め、細かく編まれている。何か所も飾られる髪飾りは、色鮮やかな小花が散るようだった。ルシファー同様に後ろ髪を垂らし、揺れる飾りが時折光を放つ。白い生花も散りばめられていた。


 王冠によく似たティアラの地金はオリハルコンの合金で、銀に近いがほんのり金色がかっていた。幼い頃は5枚の花弁を持つ薔薇をアレンジしたデザインだった。新しく作らせたのは百合。白金や金、希少金属の色を上手に配置したティアラには、金剛石の粉末が練り込まれている。


 光を集めて輝く中央に大きなダイアモンドを飾り、百合が囲む形で支えていた。見事な細工を髪に載せたリリスは、にっこりと笑顔を振り撒く。


 ルシファーの衣装と合わせた、複数の布を重ねるドレスは腰から膨らむ形だった。曲線を描く裾は長く、足下を隠している。だが彼女が軽く足を踏み出したことで、輝く淡桃の靴が覗いた。何枚も重ねた布は繋がっていないため、足を踏み出すとふわふわ動く。肩までのドレスを補うように、絹の手袋が二の腕まで覆っていた。


 細い腰を強調するデザインだが、胸元はレースに覆われて清楚な雰囲気を醸し出す。そのレースに載せられた首飾りは、大きなピンクの宝石だ。花を逆さにしたような耳飾りからは、透明の宝石が連なる。長さの違う複数本の宝石飾りが揺れ、ルシファーとお揃いであることが見て取れた。


「魔王様、魔王妃様、結婚……おめでとうございます」


 感極まったように声を絞り出したエルフに続き、同様の声が魔王城を外から包み込んだ。

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