第七部 第九章 第十五話 剣聖と氷竜
「時にロクスよ。今回は珍しく単身ではなかったのだな」
長マグナは氷竜の里の周辺にまでその感知の根を広げている。里に居るプリエールやエマルシアのことのみならずルーヴェストやカラナータのことも察知していた。
「そう言えば……長はカラナータ殿と知己だったのですね」
「お主には伝えておらなんだな。カラナータとはワシの若い頃からの腐れ縁なのだ。一時期、共に旅をした」
その昔、トォン国の奉納武闘会の代表となったマグナは若かりし頃のカラナータと闘ったという。
「それで結果は……」
「ハッハッハ。ワシの圧勝だ。あの頃、カラナータはまだ少年……研鑽がまるで足りなかった」
「あのカラナータ殿が……」
「誰もが初めから強い訳ではないということだ。奴が研鑽を重ねた今では逆の結果となろう」
顎髭を撫でながら遠くへ眼差しを向けるマグナはどこか嬉しそうだった。
「武闘会の後、奴はワシに付き纏うようになってな。里に帰ろうにも正体を隠していたので飛んで逃げることを避けた。逃げ切ることもできたが飽きるかと思いしばらく放置しておった」
当時十五歳のカラナータはとにかく負けず嫌いだったという。何度敗れてもマグナに挑み、後を追いながらまた挑む。それが楽しくなったマグナはしばらく氷竜の里に戻らず各地を巡り歩いた。その旅こそがカラナータの成長の始まり──。
「カラナータにはある種の【見抜く目】があってな……各地の武術・武芸を観察し本質を理解する。身体の動きから鍛錬法を、武器の形状からその最適な動きを……あらゆる意味を読み解き最適化する才があった。更にアヤツはそれを自らに取り込むことが可能だったのだ。世間では『剣聖』と呼ばれておる様だが実質は『武神』とでも呼ぶのが相応しいだろう」
断崖を登る前にロクスへ教示したように、カラナータはあらゆることの意味を読み解く。何故そう動くのか、何故その形状なのか、そういった通常なら見落としてしまうものからも必然を見出し自らの糧とする……それこそがカラナータの真骨頂。
それは剣のみに留まらずあらゆる武器、魔法、魔導具、体術、果ては生物の生態や環境、生活用具にまで至るという。
「……。長はそれに気付いたからカラナータ殿を強くする旅に
「始まりはな。ただその性根が気に入っただけ……しかし、奴は砂が水を吸うが如く成長を始めた。そうなると今度はどこまで伸びるのか見たくなる。丁度その時勢は強者の空白期間……脅威に立ち向かえる者を育てる必要もあったのでな」
三百年前の【荒神来訪】以降、世界の強者は減少を始めた。勇者バベルやその仲間達はやがて姿を消し、実力者となる者達は存在が疎まれることを避け神聖国家に保護を求め隠遁。二百五十年前の時点でペトランズ大陸にて名のある人物は『赤のベルザー』『森の王ブロガン』『狼姫ルピア』の三名程にまで減っていた。
新たに生まれる魔人や竜人が一気に減少したのは、脅威が去った為に【世界】が元の法則へ調整したのだろうとマグナは述べた。
しかし、代わりに主流となったのは人間同士による国家間の争い。戦争が齎すのは負の感情……そうなれば恐れるべきは聖獣の裏返り──【魔獣化】である。
当時エクレトルの天使達が魔獣対策を行ってはいたものの、原因である人間が争いを止めぬ限り根本の解決には至らない。そこで神聖国は率先しての魔獣対策を減らすことを各国に通達した。
結果、国家間の大規模紛争は大きく減少した。紛争より魔獣の被害の方が“純粋な暴力”である為に被害が大きいと判断したのである。
それ以降、神聖国家エクレトルは要請があった場合のみ国を挙げての対応を行う政策が定着した。
実際のところ、それでは届かぬ所で対応に遅れが生まれることもある。故に天使達は翼を隠し各地を調査する役割も担っているが人間達の殆どは気付いていない。
「思惑通り……いや、思惑以上にカラナータは成長した。小型魔獣程度ならは単身で討伐できるようになった。そこでワシは自らが竜であることを伝えた」
「カラナータ殿は何と?」
「盛大に笑いおったよ。“どうりで硬い訳だ”とな」
薄々気付いていたのだろうとマグナは笑う。正体を聞いてもカラナータは全く動じていなかったのだ。
それからマグナは氷竜の里へ戻りカラナータは修行の旅を続けた。時折、氷竜の里へ顔を見せる様になったカラナータは会う度にその力を増していた。
「……。一つ疑問なのですが……」
「何だ……?」
「カラナータ殿は天然魔人ではなかったのですか?」
「いや……アレは只人だった。一応、生まれも調べてはみたが完全なる人の血統……それもある意味では珍しいのだがな」
半魔人化した時点でカラナータの成長を確信したマグナは血筋の調査をエクレトルへ依頼したという。結果、分かる範囲では超越と言える実力者は先祖に存在していなかったらしい。
「全てを調べることはできぬのでな……一概に覚醒する因子が無いとは言えぬ。が、少なくとも数代前まで遡っても皆普通の人間だった。つまり……」
「カラナータ殿は自らの修練にて高みへと至っている訳ですね」
「実際、かなり特殊な鍛錬はしていた。常人はアレを真似できまい」
説明しようとしたマグナだったがロクスはそれを丁重に断った。
「……? お主なら喜びそうな話だと思うたが……」
「以前ならそうなのですが、私はカラナータ殿の弟子入りを認めて頂いたので……」
「師の方針を事前に聞くことは失礼にあたる……か。それにしても良く認められたものだ。確かにお主にはそれだけの実力はあろうが、カラナータは同時に二人の弟子を取らぬと聞く」
「そこは私の兄弟のような友が無理矢理……」
「ハッハッハ。【力の勇者】ルーヴェスト、か……噂は聞いておる。かの者もこの地に向かっておるのだろう? おっと……噂をすればだな。丁度来た様だ」
断崖の上で分かれてからまだ四半刻経っていないがマグナの感知が間違う訳もないことをロクスは理解している。結界装置の設置を手早く終えたと考えるのが妥当だろう。
一応、マグナに確認してみたが確かに結界が展開された気配はあったと言われた。事前にマニシドからの親書で確認していたので里も混乱せずに済んだ様だ。
それから間もなく長の住まいにルーヴェストとカラナータが姿を見せた。
「お……? まだ生きておったな、マグナ? 関心、関心」
「吐かせ。お主こそ若作りだからといって一所に落ち着かんとは……恥ずかしい奴め」
「ハッハッハ。まぁそう言うな。うむ……四十年振りの再会だがそれだけ元気ならまだまだ大丈夫か。ワシの数少ない友よ……長生きしてくれよ」
「……言われるまでもない。それで……そちらが力の勇者ルーヴェストか。会うのは初めてだが良い顔付きをしておるな。歓迎するぞ」
「突然来たのに受け入れ、感謝するぜ」
ルーヴェストが差し出した手をマグナはガッシリと握り返した。そこからマグナの強さを感じ取ったルーヴェストは満足気に頷いた。
「それにしても里っつう割には案外広いな」
「竜の里なのでな。身体を考えれば程々丁度良い、といったところだ。こんな山の上ならば隣近所など気兼ねもせずに済むだろう?」
「ハッハッハ! 違いねぇな」
するとルーヴェストは神具の腕輪の中から大きめの酒樽を取り出した。
「これはマニシド爺からの手土産だ。特級酒だぜ? それと……」
続けて空間収納神具から取り出したのは業務用大樽二つ……ざっと千人は飲める量の酒だ。
「これは俺からの土産だ。流石に特級って訳にゃいかんが良い酒だぜ? 竜ってのはイケるクチが多いんだろ?」
「これはありがたい。里の皆で遠慮無く頂くとしよう」
突然取り出した大量の酒にロクスは生温い表情だ。
「お前……こんな酒いつ手に入れてたんだ?」
「邪教騒動の少し後にカペラの親類の酒蔵を手伝ってよ。そん時に義理で一樽買った。もう一樽は国外の魔獣討伐ん時に名産地から礼として貰ってたモンだ。どうせ俺はこんなに飲まんし好きな奴に譲ろうかと思ってな」
ルーヴェストもトォン国の民なので酒は嫌いではない。しかし、修行の邪魔になるので宴などの時にしか飲まないことにしている。大量の酒は
「フム……。こちらも返礼をしたいところだが何か望みはあるか?」
「う〜む、そうだな……」
「何でも良いぞ? と言っても、我等は竜故にできることは限られるが」
「なら、情報はどうだ?」
「それでも構わん。が……何が知りたい?」
「魔の海域の島に魔獣がでるってんで捕獲依頼が来た。だが、何の魔獣か判らん。知ってたらで構わねぇから教えてくれ」
「魔の海域の魔獣だな? しばし待て」
マグナは竜の姿に戻り目を閉じた。それからしばらく瞑想を始める。
「……。何やってんだ?」
「竜は地脈を通じ他の竜と交信が可能なのだ。恐らく情報を集めておるのだろう」
竜の姿になったのはその方が地脈干渉に適している為。そしてカラナータの言葉通り、マグナは念話を用いて各地の竜の長と対話をしていた。
やがて情報を集め終えたマグナは再び人型へ姿を変えると溜め息を漏らす。
「何か分かったのか?」
「うむ……。だが、あまり良い報せではない。魔の海域にある島の名は【
「そんなヤベェのが居るのか?」
「アステ国……『風竜の里』の長はワシより永きを生きておる。その長の話では“彼の地には創世神の魔獣”が居るとのことだ」
太古に創生された『創世神の獣』の一体、虹蛇・アイダは【狂乱神襲来】により魔獣転化した。同じ様に、ロウド世界は異界の神の襲来を受けている。
「口伝も含めロウド世界の【荒神来訪】は三度……狂乱の神、暗黒の神、そして闘争の神。内、二度は創世神の獣が影響を受け危険な魔獣と化したそうだ。一度目の狂乱神の際は『虹蛇』が大魔導士エリファスにより封じられた。二度目の暗黒神の際は『黒蜘蛛』自らが魔獣化する前に島ごと封じた。それが縄檻島」
「創世神の獣ってのはそんなにヤバイのか?」
「古すぎて詳しい能力は分からんのだ。が……『黒蜘蛛』は中でも特に強い力を宿していたとも伝わっている。並の魔獣とは考えぬ方が良かろう」
「ヘェ〜……」
そんな存在を生け捕りにしろというマニシドの依頼は討伐よりも難易度が更に高まる。しかし、ルーヴェストの口元は不敵に吊り上がっていた。
「……。何をするつもりか知らぬが、危険だぞ?」
「だからこそ俺に仕事が来たんだろ。ライには随分離されちまった感じがするからな……丁度良い難解な仕事だぜ」
「……。ならばこれを持っていけ」
そう言ってマグナは、巣の奥に飾られていた螺鈿の光沢を放つ扉程の大きさの白き鱗を取り出した。
「これは慈母竜エルモース様の鱗だ。天空竜の鱗は強い守護を持つ。必ず役に立つだろう」
「良いのか? 大事なモンだろ?」
「貸すだけだ。生きて返しに来い」
「へっ。わ〜ったよ。ありがたく借りとくぜ」
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