第七部 第二章 第十九話 トルトポーリスの魔人
ライがエクレトルにて拘束を受けた後、メトラペトラの指示により行動を開始した同居人達。
エイルはその中でも特別な役割を負ったと言って良いだろう。
『世界の敵』とされたライへの疑い──それがどう認識されたかを確かめる為にエイルは世界を巡ったのである。
具体的には転移で各国の情勢を確認しながら歩いた訳だが、エイルとしては何もできないことがもどかしいばかりだった。
ただ……意外なことに、殆どの国ではライへの憤り等は聞こえて来なかった。
無論、情報がない訳ではない。魔王としての所業とされた『魔の海域での艦隊殲滅』──その噂は伝わっていたものの、トシューラとアステの二大国への被害には同情ではなく寧ろ歓喜まで含まれていたのである。
「………ま、自業自得だよな」
エイルは各地に存在する商人組合施設一つで食事を兼ねた情報収集をしていた。
アステはともかくトシューラの評判はすこぶる付きで悪い。侵略を繰り返し、時には許可を得て航行する船さえ拿捕して利を奪うなど勝手を行っていたトシューラ貴族。そのトシューラの友好国であれば当然ながらアステも評判が落ちるのは必定だろう。
商人組合の施設は一般に解放されている。施設内は複数の区画に区切られ、商業取引、換金所、仕事依頼と斡旋、更には宿泊や食事の空間まで用意されていた。
しかし宿泊や食事等はかなり割高な為に一般には利用する者は殆ど無く、実質商人同士の情報交換の場となっている。
現在、エイルが居るのはトルトポーリス国。既に息が白くなる程の気温まで下がった北の小国……聞いて回った情報は他国と殆ど変わらなかった。
「トシューラとアステの艦隊を沈めたのはシウトの勇者だって話じゃないか。お前、どう思う?」
「白髪の勇者のことだろ?判断は保留だな。その勇者はトゥルク国や連合国で活躍したって話もある」
「白髪の勇者のことだったのか……。確かに白髪の勇者は悪い噂は聞かないが……」
「まぁ良い顔をして人に紛れていた可能性もあるからな……。今代魔王は実は白髪の勇者って可能性も……」
食堂でこの話を聞いていたエイルは、少し苛立ちを見せる。思わずテーブルを強めに叩いていたのだ。
『駄目だよ。エイルが下手に弁明すると逆に印象が悪くなるから』
胸当てに変化している聖獣コウは、エイルが立ち上がろうとするのを制止した。
「……。何であたしが弁明すると印象が悪くなるんだ、コウ?」
『忘れちゃったの?五日前にライを貶したオジさんの胸ぐら掴んで振り回したでしょ?』
「………そうだっけ?」
『……。まぁ、そういうことだから黙って食事を続けて。大体、ライが完全な悪者扱いじゃないなら上々でしょ?』
「わかったよ……」
まだ納得できないエイルではあるが、確かに思ったより状況は悪くない。各国の対応は飽くまで保留が多いのだ。
一応ながら街中を歩き世間話に耳を傾けてみたが、世間の認識は『エクレトルに捕まっているなら安心』といった程度である。
エクレトルへの信頼は魔獣アバドンによる脅威が大きかったのだろう。アバドンを抑えた【ロウドの盾】はエクレトルを拠点にしている。その活躍を考えれば、拘束されているライは然程脅威では無いのだろうという認識だった様だ。
「本当はそれだってライが活躍したんだぞ?それも知らないで……」
『まだ言ってるの?それはライが望んだんだよ、目立つの嫌だって。その知名度が低いからこそ今の認識程度で済んでるんだし』
「でもさぁ?今代魔王がライの訳ないじゃん。ライ、まだ十九歳だぞ?」
『分かった、分かった。エイルがライ大好きなのは良く分かったから。でも、ライが望んで拘束されてるなら諦めるしかないよ……。それよりも……』
コウは少し溜めてから小声で話し始めた。
『ねぇ、エイル……気付いてる?』
「ん……?ああ……神具の気配か?それとも魔人の気配の方か?」
『……気付いてたんだ。良いの、放置しても?』
「魔人の方は敵意が無いからな。もしケンカ売ってくるなら相手するけど」
『じゃあ、神具の方は?』
「これは大型の神具だろ?実は知ってるんだよ。あたしは小さかったから良く覚えてないけどな?」
『……?』
レフ族が今の土地に追い込まれる以前、アステ国のあった位置にカジームは存在した。いや……それよりも領土は大きく北へと伸びていたのだ。
「最初にカジームに攻撃を仕掛けてきたのはトシューラとアステだったけど、その混乱に乗じて土地を奪った国があったんだ。それがトルトポーリス」
『火事場泥棒というヤツだね』
「ああ。実はその時この地には神具を積んだ船があったんだってさ。それごとゴッソリ持っていかれたって聞いてる」
実はトルトポーリスとカジームは交流を結んでいた。カジームの技術や知識は小国であるトルトポーリスにとっても非常に利になるものだった。
カジームは侵略大国トシューラの危険さを理解していたので、万が一の際にと山脈の向こうにある一番遠い場所に強力な神具を隠していたのである。
だが、トルトポーリスはカジームの旗色が悪いと分かるや直ぐ様土地と神具を奪い守りを固めた。現在トルトポーリスがアステに吸収されず残っているのは、その立地と神具のお陰だろうとカジームの長・リドリーも口にしていた。
『………良く暴れないね、エイル?』
「ん……?まぁな。当時なら頭きて暴れてたかもしれないけど、三百年経ってるしな……」
既に代替りしてしまっている民に怒りの矛先を向けても虚しいだけ……それは『カジーム防衛戦』で充分過ぎる程に理解させられた。
それに、少なからずのレフ族をトルトポーリスは保護したとも伝わっているのだ。現にトルトポーリスの民の中には幾分耳の長い者を時折見掛ける。恐らくレフ族の子孫なのだろう。
『でも……その割にはトルトポーリス、魔法に秀でてないよね?』
「多分だけど魔法を封じたんだよ。記憶を消してさ?」
『争いの種を減らしたんだね。流石レフ族』
無論、それだけではない。三百年前の『歴史改変』により多くの情報は損なわれたと見るべきだ。
ただ、神具に関しては実物が残っていたのでそうはいかなかった様だ。破壊するには少々貴重で惜しまれるものらしい。
『……。結局、神具って何だったの?』
「長老の話じゃ船だって話だ。ただ、かなり大きいヤツらしい」
『ふ~ん……』
「現代のことを知る為にティムに歴史を習ったんだけどさ?その時に奪われた神具の話をしたんだ……そしたら、恐らくトルトポーリスは今でも神具を使ってるだろうって言われたよ。だから、別に驚かないぜ?」
カジームから土地を切り取ったといっても、岩山に囲まれているという立地上の問題で小国のままのトルトポーリス国。厳しい環境下での国の維持には神具が必要だったのかもしれない。
「………。ふう、御馳走様。さて、次は……」
『いよいよアステ国だね。でも、本当に敵国にまで行くの?無理して行かなくても良いんじゃないの?』
「敵国ではないだろ?昔はともかく、今のアステ国は別段侵略もしてないし。それにライの兄ちゃんが居るらしいぜ?ライの兄ちゃんなら、あたしの兄ちゃんでもある。つまり敵じゃない」
『…………』
ツッコミどころはあるがエイルがアステ国を憎んでいないなら良いか……と、コウは黙っていた。聖獣としては負の感情がない方が都合が良いのだ。
そうして目的地をアステ国に定めたエイル。ライから貰った白いコートを羽織り商人組合の施設から外に出た。
流石に街中で転移をする訳にもいかないので目立たぬ路地裏へと移動することにしたのだ。
だが……その路地裏で転移魔法を唱えようとした瞬間、目の前にローブを纏う人影が出現。エイルは直ぐに魔法発動を中止し向かい合うようにローブの人物を窺う。
『エイル!無防備過ぎるよ!』
聖獣コウはその気配を理解している。勿論、エイルも……。
それはトルトポーリスに着いてからずっと感じていた魔人の気配。
離れていた筈の気配が一瞬で眼前に移動したことから判るように、神格魔法の使い手……。それは油断ならない力を秘めていることも意味している。
しかし……エイルは不思議と穏やかな気持ちだった。
『エイル?』
「大丈夫だ。コイツは多分、敵じゃない。それどころか懐かしい感じがする……」
背丈はエイルよりも低い。一見して子供のような体格だ。
全身黒いローブを纏い白銀の仮面を付けている。年齢も性別も分からない。
黒いローブの魔人は小さく震えているようにも見える。
「ゴメン……ナサイ……」
銀の仮面から絞り出すように漏らしたその声は、少年の声だった。
「ゴメン?何でいきなり謝るんだ?」
「…………」
流石のエイルも少し困惑気味……。しかし、先程から感じる気配に導かれるように考えが口を衝く。
「……なぁ?お前、レフ族じゃないのか?」
「……う」
「同族なら仮面を取って顔を見せてくれよ。もしかしたら知り合いかもしれないしさ?」
エイルの呼び掛けに黒ローブの魔人は首を振る。
「魔人化して外見が変わっちまったのか?なら、治してくれるヤツを知ってるからさ……?」
「……。マダ……ダメダ……」
「駄目?何が駄目なんだ?」
「ウラギラレタ……。トリカエスマデ……」
黒ローブの魔人が何を心に抱えているのかは分からない。だが、エイルはかつての自分と目の前の魔人を重ねた。
「………。あたしは一人でやろうとして結局皆をひどい目に遭わせた。だからさ?一人で抱えるのはやめた方が良いぜ?あたしで良ければ力になるからさ?」
「………。ダメナンダ……コレハ……ボクノ………」
「お前、名前は?あたしの名前はエイルだ。エイル・バニンズ」
「………ボクハ……イヤ……」
エイルが近付きその肩に触れようとした瞬間、黒ローブの魔人は再び転移で姿を消した。
「…………」
『……エイル。今のは?』
「間違いない。あれはレフ族だ。同族だから気配で分かる」
『でも、エイル以外のレフ族で魔人なんて魔王アムドの一派だけじゃないの?』
「わかんねぇ……」
ここでエイルの頭を過ったのは、同居人となったブラムクルトのことだ。
ラッドリー傭兵団としてトルトポーリスの王族護衛をしていた際にブラムクルトが遭遇したという黒ローブの敵。ブラムクルトに呪詛を掛けた者は『裏切られた』と口にしていたという。
つまり、先程の魔人が十中八九そうなのだろう。
しかし、その気配はレフ族だった。そもそも一体いつ魔人化したのか……謎は深まるばかりだ。
「コウ……予定変更だ。アタシはカジームに向かう」
『良いの?』
「ああ……。まぁ、その前にちょっとだけアステに寄ってくけどな?ライの兄ちゃんに会いたかったけどそれは後回になるかな。それよりも今は……」
『うん。エイルの好きにしなよ。ボクはエイルがどんな決断をしたってこの乳を守って見せるよ!』
「……。本っ当にブレないな、お前」
エイルは少し変わった相棒聖獣に肩を竦めて呆れた。
先程の魔人の気配はまだ微かに感じてはいる。が、既にエイルには意識を向けていない様だ。
レフ族は情が深い。同族なら尚更に。
そしてエイルはアステ経由にてカジーム国へと向かう。長老リドリーから話を聞き、恐らくは同族だろう魔人を救う為に……。
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