第七部 第二章 第十八話 進化するホオズキ


 エノフラハからフーラッハ遺跡へと伸びる地下通路。その通路の途中で大量の骸骨兵を見付けたランカとホオズキは、エノフラハを守る為の行動を開始した。


「これだけの数を操る死霊術使いとなると、呪闇系の魔法も使うだろう。聖獣にはキツいかもしれないけど……ホオズキちゃんは大丈夫?」


 呪闇系の魔法は死や呪い等の負の影響を与えるものが多い。規模にも因るが聖獣にとっては特に相性が悪い。


「大丈夫です。コハクちゃんは霊獣なので耐性があります。ランカちゃんは大丈夫ですか?」

「バーネリウムは少し特殊な様だから問題ないよ」


 ホオズキの契約霊獣コハクは正確には聖獣ではない為、穢れに対しての耐性がある。万が一影響を受けても戻す方法は既に考案されている。

 一方、ランカの契約したバーネリウムは聖獣。だが、バーネリウムは少しばかり特殊な聖獣であることをランカは契約を交わした際に理解した。


 聖獣の中には世界にて役割を担う者がいる。火鳳が穢れを祓う様に、翼神蛇が大地の異変を管理する様に、それを存在理由としている場合があるのだ。


 聖獣・『冥梟めいきょう』の役割は魂の循環の手助け──何等かの理由で星に還れない魂を『魂の大河』に送る役目と力を宿している。


 バーネリウムはその過程で多くの【情報】に触れているので博識であり、またバーネリウム自身も穢れに対しての抵抗力を持ち合わせていた。


「死霊術は魂を捕らえて操る魔法だからバーネリウムの出番だろう。でも、骸骨兵の数を考えれば死霊使いは一人じゃないと思う。ホオズキちゃんも油断しないように」

「わかりました」

「取り敢えず……ここの骸骨兵を解放しよう。バーネリウム」

『ホッホ。任せなさい』


 その背に翼を展開したランカはバーネリウムの力を発現。羽ばたいた翼は緑色の炎を放ち骸骨兵の居る空間内を包んだ。

 緑色の炎は火鳳の《浄化の炎》と同様に物質を燃やすことはない。



 【葬送の炎】



 その炎を受けた死者は現世でのしがらみから解放され、向かうべき『魂の大河』へと還る。骸骨兵達の姿は崩れ、残された魂達は一瞬だけ人の姿に戻り遺跡通路の天井へと消えた。


「………。骸骨さん達、ありがとうって言ってました」

「ホオズキちゃんにも聞こえたのか?」

「はい」


 解放された魂は新たな命として循環する。願わくば所縁のある者の元へと転生できることを……ランカは獣人達の祈りの言葉を思い出していた。


「………。これで一先ずエノフラハへの脅威は減らせたけど……」

「こんな酷いことをする人達はお説教が必要です」

「そうだね。空皇の卵も奴らが持っているのだろうし、キッチリお仕置きしないといけないな」


 恐らく死霊術使い達は、突然骸骨兵が解放されたことで警戒している筈。この先どんな罠があるか判らない。

 ランカはホオズキに怪我をさせぬように決意するのだが……想定外というものは何事にも起こり得ることを失念している。



 二人が更に通路を進めば、通路は広い空間へと繋がった。何やら祭壇のような場所だが、如何せん古いことと盗掘によりかなり破壊されている。


「ここは……祭壇?」


 そう言葉を漏らした途端、光の矢がランカとホオズキを襲う。光の矢は瞬時に張られたバーネリウムの防壁により阻まれた。


「やっぱり待ち伏せされていたか……。大丈夫、ホオズキちゃん?」

「はい。ランカちゃんのお陰で怪我はないです」

「それなら良かった。さて……」


 姿を隠したままの魔術師だが、そこはサザンシスであるランカには手に取るように位置が分かる。ランカは手の平をかざし《雷蛇》を放った。


 が……魔法は柱の影から飛び出した赤い全身鎧により阻まれる。


「………アレも死霊術か。面倒だな」


 ランカからすればものの数に入らない動く死体。先程骸骨兵に使用した《葬送の炎》を放つ。が……今回は予想外に抵抗があった。鎧型の死霊は平然と動きつつランカ達へと迫る。


「………。どういうことだ、バーネリウム?」

『恐らくだが【蓋】をされているんじゃろう』

「蓋……?」

『魂を擬似的に宿した者の周囲を魔法式で固めると炎が中まで届かない。恐らくはあの鎧が蓋……あれを破壊しないと魂を送ることは出来ないじゃろうな』

「その程度で良いなら簡単だけど……」


 問題は死霊術使い。鎧型の死霊は見たところ操作型ではなく自立稼働型……つまり複数体用意していると推察できる。操っているのは魔術師一人だろう。


 残りの魔術師はランカの見立てでは二人。一人は先程の光の矢を放った魔術師。


 そして問題は最後の一人──全く動く気配がないだけではなく、ランカでさえも気配を感じないのだ。


(僕にも気取らせないか……。かなりの使い手が混ざっているな)


 サザンシスであるランカが遅れをとることは無いにせよ、ホオズキが居る以上あまり悠長な対応も出来ない。

 戦いは相性……聖獣・霊獣の御魂宿しとなっている二人に一介の魔術師風情が相手になる訳も無いのだが、蜂の一刺しという例もある。ホオズキに何かあることだけは避けたいのがランカの本音だった。


 しかし……そんな心配を余所に、ホオズキから飛び出した言葉にランカは驚愕することになる。


「ランカちゃん。鎧を全部壊せば中の魂さん達は解放できますか?」

「え?あ、ああ……出来るけど……」

「じゃあ、ちょっと待って下さいね?」


 ホオズキは高速詠唱の後、手で思いきり遺跡の床を叩いた。同時にアチコチから突き出た岩の棘が鎧型死霊を串刺しにする。


「んなっ!」


 その数約二十。感知した鎧型死霊全てが貫かれたことに流石のランカも驚きを隠せない。


「ランカちゃん、今ですよ?」

「………。はっ!バ、バーネリウム!」

『う、うむ』


 《葬送の炎》により鎧型死霊の魂は解放され、鎧はバラバラに崩れ落ちた。


「……ホ、ホオズキちゃん?」

「何ですか?」

「い、今、何を……?」

「魔法です。メトラさんに仕込まれました」

「へ、へぇ~……。ち、因みにどうやって位置を?」

「それはコハクちゃんが視てくれました。コハクちゃん、凄いんですよ?尻尾の数だけ色んなことが出来るんです」

「…………」


 霊獣となったコハクは元々、聖獣コハクと魔獣レイジュに分かれた存在だった。レイジュが討伐された後、その骨を取り込み霊獣となったコハク……。


 ランカは知らない──。レイジュが魔人が多く存在するディルナーチ大陸でどれ程の猛威を振るったのかを……。そしてコハクがその半身であり、山を支える程の巨体を展開する魔力を宿していたことを。


 要は霊獣コハクは『規格外』なのである。


 通常一つしか持ち得ない筈の概念力──だが、コハクは【千変万化】という概念力を宿していた。


 それは一度見た存在特性はほぼ全て使用可能というとんでもないもので、大聖霊の力さえも劣化版ならば使用可能なのだ。当然、ライのチャクラの能力も劣化版として使用が可能。先程の魔法は《千里眼》を元に魔法の的を定めたのである。


 コハクの能力を知ったライは自分のチャクラの能力を全て見せている。それはホオズキの身を案じるライがコハクに託した願いと言って良いだろう。


「……因みに、魔術師って何人居る?」

「三人です」


 ランカが自らの腕輪型神具で改めて確認すれば、確かに三人。こちらは最初に感知した通りだった。


(……メトラペトラは一体どんなことをホオズキちゃんに仕込んだんだ?)


 想像を上回る『御魂宿し・ホオズキ』。ランカは自分の考えが杞憂だったと改めて理解することになった……。


「とにかく、これで魔術師を残すだけだ。後は僕が……」

「ホオズキも役に立ちますよ?」

「うん。それは分かったよ。………。因みに他に何ができる?」

「えぇとですね……。纏装は修行中ですが、神格魔法を沢山仕込まれました。コハクちゃんと一緒ならもっと色々できます」

「へ、へぇ~」

「メトラさん、『コヤツ、半精霊化しおった!』って凄く驚いてましたが、半精霊化って何ですか?」

「嘘ぉっ!」


 驚愕の事実発覚……ホオズキ、半精霊化。


 それは即ちランカよりも存在格が上であることを意味していた……。


「ホオズキちゃん……ゴメン、正直甘く見ていたよ」

「?……分かってくれれば良いですよ?」


 何を理解されたかが判っていないホオズキではあるが、ランカの言葉に何やら誇らしげな顔をしているのは気のせいではないだろう。


「良し。じゃあ、早く片付けて空皇を安心させてやろう。力を貸してくれる?」

「はい!悪い人にはお仕置きですね?」

「そうだね」


 ホオズキの性格からして相手を死に至らせることはないと理解したランカは、心置きなく魔術師退治へと舵を切る。


 通常の魔術師が本気を出したランカの相手になる訳もなく、逆にランカは【御魂宿し】の力を持て余す結果となった。

 その間にホオズキは空皇の卵を見付け確保。エノフラハの地下に存在した脅威は、誰にも知られることなく遺跡の闇へと消えた。


 因みに──拿捕された魔術師達はこの後ウィンディにより洗脳……もとい修正を受けることとなり、蜜精の森に侵入した傭兵団に組み込まれることになるのは余談だろう。


 ともかく、空皇の依頼を果たしたランカとホオズキは卵を空皇に返還。空皇は感心した様に唸っていた。


 現在三人は街外れの遺跡前にて倒れた石柱に腰を下ろしている。空皇の卵は人が両手で抱える程の大きさ……丁度ヤシュロの子ハルカが卵だった頃と同じサイズで、空皇の分身が大切に抱えている。


『まさか、これ程すんなりと帰ってくるとはな……』

「ホオズキちゃんが頑張ってくれたからね」

『ほう。その娘が……』


 空皇は目を細めてホオズキを見る。そこには魔物とは思えぬ友愛の情が見える。


「……結局、お前の卵は何故盗むことが出来たんだ?卵はお前が常に温めていたんだろう?それに、空皇の巣は誰も位置を知らない筈だ」

『私もそれが気になってはいた』

「ホオズキが調べますか?」

『出来るのか?ならば頼む。原因を解決しない限り再び盗まれる恐れがある』

「わかりました。コハクちゃん……」

『はい』


 コハクはライのチャクラの存在特性 《残留思念解読》を模倣し卵に発動。盗んだ方法や原因を確認した。


『どうやら神具によるものらしいですね……』

「神具?」

『はい。相手は元よりエノフラハの混乱が目的の様です。神具は【対象の一部を持っていれば場所を把握できるもの】と【遠距離から空間を繋いで対象物を転送するもの】です。一部というのは空皇の羽根らしいですね』

「それじゃ、また狙われるんじゃ……」


 ランカの不安に対しコハクは穏やかに答えた。


『かなり貴重な神具で一度きりで壊れた様です。だから大丈夫でしょう』

「そうか……」

『因みに犯人は魔術師組合の者ですが……』

「神具が無いならもう放置で大丈夫だろう。一応、アズーシャに連絡しておくよ。キッチリ罰してもらうからそれで許して貰えないか、空皇?」

『……本来ならケジメを付けねばならぬのだがな』

「……多分、この先そんな輩でも必要になる。大きな戦いが迫っているから」

『………。仕方無い』


 空皇も何か流れを感じているのだろう。ランカの提案を渋々ながら認めることにした様だ。


 これで取り敢えずは一安心……しかし、ホオズキは念の為にと一つ申し出をした。


「空皇さん」

『何だ?』

「お友達になりませんか?そうすれば、また困った時にお手伝いできますし……」


 ホオズキの提案を聞いた空皇は少しの逡巡の後、高らかに笑う。ランカは少し戸惑っていたが止める理由もない為、様子見をすることに……。


『ハッハッハ!お前は少し似ているな』

『……?』

『いや……。良いだろう。今回のような場合、頼れる相手が居るのと居ないのでは大きく違うからな。それに……』

「それに……何だ?」

『私は昔、一人の女と友になった。その時のことを思い出した』


 昔を懐かしむ様にホオズキを見た空皇は申し出を快諾した。


『私の名はレムペオルだ。友から貰った大切な名……呼んでくれる者との出逢いに感謝を』

「その【友】がお前に倫理を教えたのか?」

『そうだ。でなければ私は今でも只の暴君だっただろう』


 空皇レムペオルは再び目を細める。そして改めて宣言した。


『これより私はお前達を友としよう。互いの為に必要であれば力を貸す。私が困った際は力を貸してくれ』

「わかりました」

「ああ」

『では、友よ。私は卵を戻さねばならない。いずれ改めて会いに行くとしよう』


 卵を抱えた分身が空高く昇ってゆく。その姿が見えなくなる頃、エノフラハの街に日が陰った。


 街を覆うように大地に写されたその影は鳥型であったが姿はない。影はそのまま南へと移動して消えた。


「………。行こうか、ホオズキちゃん」

「はい!」


 その後、経緯を聞いたレダが白目で固まったりとあったがエノフラハの騒動は収束したと言って良いだろう。


 ランカは念の為にエノフラハに滞在。しばし様子を見ることとした。ホオズキは居城に戻りいつものように皆の帰りを待つ。


 ライの同居人達は、意図せずそれぞれの役目を担う。それが今後に不可欠であることなど当人達は知る由も無い……。

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