第七部 第二章 第十七話 空皇、来たる


 魔物による物流停滞の危機を救うべく、ランカはホオズキと共にエノフラハへと転移した。


 二人は既に聖獣と融合している状態。ランカはその背に翼を、ホオズキは狐の耳と三つの尾をそれぞれ展開──【御魂宿し】が二人揃って行動することはロウド世界でも初のことだろう。



 そんな二人……エノフラハの上空へと飛翔し周囲を見回すが魔物の姿が見当たらない。

 レダの話では運搬貨車を狙いすました様に襲撃してくるという話だったのだが、空を飛ぶのは普通の鳥ばかりである。


「ランカちゃん。大きな鳥さん、居ないですよ?」

「うん。まぁ、流石に空皇自身はこの辺りにはいないと思う。多分カイムンダル大山脈の何処かに要る筈だよ。と言っても、空皇にとっては移動の時間なんてあってない様なものだろうけど」


 海王と同等に巨大で飛翔に特化した空皇は、実は殆ど人前に姿を現さない。


 空を飛ばぬ訳ではない。空皇はそれに適した能力を有しているのだ。


「空皇は姿を隠す力があるらしく、何処かの国の調査隊が巣を見付けることが出来なかったと聞いてる。広大なカイムンダル大山脈の何処に居るのか……正確な位置を知る者はいないんだ」

「それは困りましたね」

「そうでもないさ。ライから貰った神具の《千里眼》がある。でも、いきなり行くと侵入者として攻撃されるだろう。だから、ホオズキちゃんにエノフラハ近くに居る魔物と対話して空皇と連絡を取って欲しかったんだけど……」


 目的の魔物が全く居ないので予定が狂ってしまった。それは空皇の意思で引き上げたのか、または空皇の力で隠れているのか……。


「仕方無い。千里眼で間近にいる空皇の眷族を……」

『その必要はない』


 低く響く声に視線を向ければそこには上空から舞い降りる十代前半程の少年の姿が……。


 やたら癖毛で髪が跳ねている銀髪の少年は簡素な白服。だが、その身体から立ち昇っているのは並の魔力ではない。

 魔人──ランカがそう考えると同時にホオズキの言葉がそれを否定した。


「あなたが空皇さんですか?」

『ほう……私が分かるか?』

「はい。ホオズキは魔物さんともお話しできるので」


 そんなやり取りに驚いたのはランカ。目の前の少年が空皇という事実を信じられずに居た。


「……。本当に……お前が空皇なのか?」

『疑うのは自由だ。しかし人が私を【空皇】と呼んでいるのは間違いはない』

「何故……そんな姿をしている?」

『必要があったのだ。本体で人の元に来る訳にもいかないのでな』


 確かに巨大な鳥の魔物である空皇が街の近くに現れればその羽ばたき一つで大惨事になり得る。

 ランカは空皇が人を慮ったことに驚きを隠せない。


 確かに【空皇】は【海王】に比べても人に被害を与えた事例は非常に少ない。それはつまり倫理を理解している可能性を意味している。


「それで……空皇は何故ここに?」

『目的の為だ』

「目的?それは荷物を襲っていることと関係があるのか?」

『察しが良い。私は奪われたものを探している』

「……それは一体何だ?」

『その前に聞こう。お前達は何故私との対話を求めた?』


 空皇の質問にランカは正直に答える。


「エノフラハは知人の所縁ある地。荒らされては困る」

『そんな理由で私と対峙しようとしたのか?私は空の支配者だぞ?』

「関係無い……と言いたいところだが、その知人の為に多少の無茶は覚悟していた。それでも争わないで済む手段を選んだつもりだ」

『成る程………』


 空皇はチラリとホオズキを見やる。一方のホオズキは小首を傾げている。


『御魂宿しが二人、か……。随分と珍しいことだ。そして、力だけでなく胆力もあるようだな。良し……ならばお前達は丁度良い』


 一人納得している空皇。ランカはその意図が読めず眉をひそめる。


「話が見えないんだが……」

『それは今から説明してやる。代わりにお前達の力を貸して貰うぞ?』

「………」


 空皇は有無を言わせずランカとホオズキに協力を約束させた。


 ホオズキの提案で食事をしながらの対話となった一同は、エノフラハ内の食堂へ移動。早速、空皇は用件を語り始める。


『実は盗まれた卵を探している』

「卵?空お……お前はメスなのか?」

『私はオスだ。卵は正確には私のものではないが、私の後継という意味では子に当たる』

「………?」

『理解させるには説明が足りない様だな』


 空皇はオスなので一代のみの存在。というより空皇も海王も巨大になりすぎて『つがい』になる存在が居らず子孫は残せない。


 そもそも、二体の魔物は既に数百年の長きを生きる上で様々な変化が起こり精霊格一歩手前……順調に行けば寿命は無いに等しい。


 とはいうものの、空皇としてはそれは少し寂しいと考えたらしい。それが生物としての種の維持からの本能か、空皇としての義務感かまでは判らない。

 ともかく、空皇は自らの眷族の内より親を失った卵を子として育てることにしたらしい。


 卵は魔力の高い空皇に常時温められていた為変化を起こし、長く孵化しない状態で目覚めの時を待っていたという。


「幾つか疑問がある」

『何だ?』

「お前のその身体はどうなっているんだ?」

『この姿は羽根を依り代にした分身だ。魔力は高くとも耐久力はそれ程ではない。故にお前達に出会えたのは幸運でもあったな』


 卵を探す上でどうしても巨体では無理がある。その為の小さな身体を用意したは良いが、仮そめの身体では不測の事態には対応できぬ可能性が高い。


 その点、【御魂宿し】にして魔人でもあるランカとホオズキから協力を得られれば申し分は無いだろう。


「エノフラハの荷を襲っていたということは、この近辺に卵があるということか?」

『正確な位置は判らないがな。しかし、この辺りに私の臭いがした。卵には私の臭いが染み付いている』

「そうか……。事情は理解した。その上で確認するが街中で暴れないと約束できるか?」

『良いだろう。卵さえ無事なら街に興味はない』

「約束だ。じゃあ……取り敢えずエノフラハの街を捜索してみるか?」

『そうしよう』


 予想以上に会話が成立する空皇。ライから聞いていた同格の存在である魔物【海王】の様子とは随分違うのだなとランカは思った。


 確かに海中よりは人の会話を聞き人の営みも目にする機会は多いだろう。それでも空皇からは“ 対話に慣れている ”印象が強い。


 ともかく、細かいことは置いておくことにしたランカ。魔物と意志疎通が可能なホオズキが目の前の少年を空皇だと言うのならば、最早疑う余地はない。


 寧ろ戦いにならなかったことは僥倖だったと考えるべきだろう。



 ならば──。



「卵を無事に見付ければエノフラハの荷を襲うことも無くなる……そうだな?」

『そうだ。積荷を確認していたのは卵を探す為の行動だ』

「わかった。ホオズキちゃん……そういうことなんだけど……」

「分かりました。早く卵さんを見付けてあげるんですね?ホオズキ、頑張ります」


 空皇にニッコリと微笑むホオズキ。空皇も同様の笑顔で返した。


 食事を終えた一同は入り口付近の広場に移動。今やエノフラハの象徴となった『仮面の女神像』の元で腕輪型神具に付加された《千里眼》を発動した。


「…………」

『……どうだ?』

「少し待ってくれ……。………。見付けた。これは……街の地下だな」


 エノフラハの地下はフーラッハ遺跡と繋がっている。『エノフラハ魔獣事件』でそれが判明してからは領主となったレダが管理を行っていた。

 だが……どうやらまだ把握しきれていない隠し通路や空間があった様だ。


「この街の地下から遺跡の方に向かったみたいだ」

『地下か……』

「空皇は少し待っていて貰えるか?僕とホオズキちゃんで探してくる」

『…………』

「信用できないか?」

『……いや、そうではない。………。分かった。お前達に任せるとしよう』


 空皇は何かに納得した様に頷いた。


「戻るまでの間、エノフラハには被害を出さないでいてくれるか?」

『随分と念入りなことだ。わかっている……だが、卵を盗んだ輩は赦すことは出来ない』

「それは……仕方無いか……」


 あの御人好し勇者ならばどうするだろうか……?ランカは少し自嘲気味に笑う。


 命を奪うことに躊躇いがあるのは暗殺者としては失格……しかし、暗殺者である自分を捨てた今はそれで良いのだという自覚がある。


(僕は……変われたのか……?)


 今回は卵──命を守るのが仕事。そう考えたランカの頬は少しばかり弛んだ。


 空皇を残し向かったエノフラハ地下への入り口は、街の端に存在した。

 エノフラハには以前から古びた小さな遺跡が立っていた。それは文化保護の観点からそのまま残されていたもの……何等かの遺産のヒントになる可能性もあり新生エノフラハでも残してあったらしい。


 但し、老朽化しているので基本的な立ち入りは禁止されている。そんな遺跡の床に遺跡への通路は巧妙に隠されていた。


(これは……流石に見付からなかっただろうな)


 灯りもなく暗い遺跡通路ではあるが、聖獣と融合している二人は視覚と感覚が上昇しているので支障なく移動。ランカに至っては通路の状態から人の痕跡を辿れる程に感知できる。


「さて……ホオズキちゃん。この先は少し危険かもしれないけど……」

「大丈夫ですよ?ホオズキ、メトラさんに鍛えられていますから」

(………何時そんな時間があったんだ?)


 ホオズキは家事を担当している。台所作業や荷物整理、裁縫、家庭農園、そしてハルカの子守りを行っていた。割と多忙な上、皆との修行にもその姿はなかった筈。


「ねぇ、ホオズキちゃん?」

「何ですか?」

「いつ修行してたんだ?」

「ホオズキ、ライさんに分身をさせて貰いました。ハルカちゃんが傍にいない時のホオズキは分身です。メトラさんも分身できますから」

「……成る程」


 思い返せばホオズキの『狐耳や尻尾』は出ていない時が多かった。あれは分身なので霊獣コハクを宿していなかったことを意味しているのだろう。

 となれば、どんな修行を行っていたのか……ランカは少し気になった。


「因みに……メトラペトラはどんな修行を?」

「え~とですね……少し前までは『高速言語』と『神格魔法』をみっちりやらされました。メトラさんが分身できるようになってからは、アチコチに連れて行かれてじっとしてたり、変な魔法を掛けられたり……」

「………。だ、大丈夫なのか、ソレは?」

「はい!何だかメトラさんやライさんも喜んでましたから大丈夫です」

「???」


 前半はともかく後半は良く判らないホオズキの修行。メトラペトラが喜んでいたというのならば問題はないだろうが……それでもランカには一抹の不安が過った。


 会話を小声で続けつつ進んだ先には、やがて小さな灯りが漏れる空間が目に映る。ランカが気配を隠して先行し中を確認すると、そこには大量の骸骨兵が──。


「死霊術……魔術師か。それにしてもこの数……」


 ざっと見て千近くの骸骨兵が揺れる炎に照らされてる。魔石の灯りではないのは地上から察知されない為だろう。

 ともかく、これ程の数の骸骨兵地下から現れた場合エノフラハは甚大な被害を受けることになる。以前の『エノフラハ魔獣事件』と併せれば民の精神的被害は計り知れない。


 目の前の骸骨兵はそれを意図して用意されたのだろう……そう考えるとランカは腹立たしくなった。シウト国の内紛はそれ程に根が深いということなのか、と……。


「ホオズキちゃん。少し面倒なことになったけど……」

「大丈夫です。頑張りましょう、ランカちゃん!」

「頼もしいよ。それじゃ……行こうか」

「はい!」


 エノフラハ地下──二人の御魂宿しによる活躍が始まる。


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