第七部 第二章 第十六話 ランカの契約


 蜜精の森・居城に戻ったランカは、ホオズキの後を追った。


 空皇と争わずに済む方法としてホオズキの存在特性である【共感】は非常に有効なので協力を求めることにしたのだ。

 勿論、ホオズキの安全はランカがその身を賭してでも守る覚悟の上でのこと。これもまた暗殺者だった頃には考えも付かなかったことである。


 それなりに広い蜜精の森ではあるが、ランカにとっては勝手知ったる土地──気配を掴むと転移魔法により目的地まで難なく移動を果たした。



 そして辿り着いたのは、蜜精の森の中に幾つか存在する自然の花園。様々な力の影響を受けた森の植物達は、冬も間近というのに色鮮やかに息付いていた。


「凄いな……。これは一体……」


 ランカは到着早々に感嘆の声を上げる。季節に合わぬ景色に驚いた訳ではない。目の前には蜜精の森に住まう聖獣が集まっていたのだ。

 いや……それにしては数が多い。恐らく他の地から来た聖獣もいるのだろう。


「ランカちゃん。どうしたんですか?」


 聖獣の群れの中からひょっこりと姿を現したホオズキは、 ランカに気付くとパタパタと近付いてきた。


「ホオズキちゃん……。これは一体何の騒ぎだ?」

「聖獣さん達のことですか?実は………」


 パーシンの妹達サティアとプルティアの憂いに気付いたホオズキが聖獣達に呼び掛けを行った旨を伝えると、ランカは呆れた様に笑う。


「聖獣に触れさせれば御魂宿しになれる可能性もあるからか……」

「はい。でも、それだけじゃないですよ?優しい聖獣さんと触れ合えば気持ちも温かくなりますから」

「フフ……ホオズキちゃんらしいな。……。それにしても聖獣の数が随分多いけど……」

「シロマリちゃんとクロマリちゃんに相談したら喚んでくれたんです」

「な、成る程……」


 現在、蜜精の森に住んでいる聖刻兎達がホオズキからの相談に応えた形だが、ざっと見て三十体程の聖獣が居る。つまり他所からの招待客ということらしい。


 聖刻兎は世界を回っていた。故に聖獣の知己がそれなりに居たのだろう。


「……それで、トシューラの姫達は?」

「はい。さっき仲良しの聖獣さんができたみたいです」

「へぇ……」


 御魂宿しは本来、魔人同様に……いや、それ以上に稀有な存在。だが、この時代には既に数名が存在している。


 それもまたライという男の特殊性かとランカは考える。聖獣が溢れる聖地の光景はライが居らねば起こり得ないものと言っても過言ではないのだ。


(同居人の娘達、まさか全員御魂宿しになったりしないだろうな……?)


 流石にそれは飛躍だとランカは笑う。自分が既にそうなることはないだろう、という自覚があるのだ。


 しかし──そんなランカの気持ちを知ってか知らずかホオズキは唐突に提案した。


「ランカちゃんも聖獣さんと仲良くなりませんか?」

「えっ?い、いや、僕は……」


 ランカは元暗殺者──聖獣から最も縁遠い存在だったと言える。既にその手が血に染まっているランカの気配に聖獣が気付かぬ筈が無い。当然ながら縁を結ぶのは無理だろうと理解している。

 更にはメトラペトラとの契約もある。ライを誘惑し交われば聖獣との契約は永遠に行えない。


 しかし、ホオズキの無垢な瞳は断るに断れない雰囲気を醸し出していた。


「僕は……聖獣から好かれることはないと思うから遠慮する」

「大丈夫ですよ。ランカちゃん、とても優しいですし」


 キラッキラッの無垢な笑顔を向けるホオズキに、ランカの笑顔は引き攣っていた。


「………。わ、わかった。でも、過度な期待はしないでね?」

「はい!」


 結局、ランカは雰囲気に流されて聖獣の群れの中へと向かう。我ながら随分変わったものだと独りごちた。


 ランカの予想に反し聖獣達は好意的だった。視線を移すとトシューラの双子姉妹はそれぞれ聖獣と触れ合い笑顔を浮かべている。


(確かに心の癒しにもなる……か。………。ホオズキちゃんは本当に凄いな)


 そこまで大きな効果があると意図していた訳ではないだろう。だが、無意識レベルのホオズキの善意は間違いなくサティアとプルティアの心を救ったと言って良い。

 しかも、どうやらサティアとプルティアは御魂宿しにまでなった様子。これも幸運の流れであることは最早疑いようもない。


 そんなことを考えていると一体のフクロウ型聖獣がランカに語り掛ける。


『お前さんは自分に負い目があるのかい?』


 老紳士の様な声で語り掛けるフクロウ聖獣は無垢な白……ではない。薄く青白い輝きを放っている。

 大きなミミズクの姿をした聖獣はその羽角が長く伸びていて特徴的だった。


「………。心が読めるのか?」

『ホッホッホ。聖獣というのは機微に聡いだけじゃよ』


 ランカは元暗殺者……本心を相手に気取られぬことは身に染み付いている。

 しかし聖獣が嘘を吐くとは思えない。恐らく聖獣は精神感応系の察知能力があり、だからこそ【御魂宿し】などということが可能なのだろうとランカは推測し納得した。


『それで……何で負い目があるのじゃな?』

「……結構ズケズケ聞いてくるな、聖獣」

『儂の名はバーネリウムじゃ。以後宜しく』

(………。ライみたいな聖獣だな)


 物怖じせず親しくなろうとする……確かにそれはライの様なフクロウだった。


 そしてそれはお節介さまで似ていたのだ……。


『ふむ。儂はお前さんが気に入った……契約、やっとくかいの?』

「軽いな!………。お前、まさかライが変化しているんじゃないだろうな?」

『?……ライというのはこの森の主じゃな?はて……会ったことはないが、そんなに儂と似ているかいの?』

「…………」


 嘘を吐いている様子は無いが、ライだとすれば何が起こっても不思議ではない。


『ふむ。疑われている様じゃが証明する方法は……やはり契約しとく?』

「くっ……そんな理由で契約するのも釈然としない!」

『ホッホッホ。冗談はこの位にして……どうじゃ?契約する気はあるかな?』


 バーネリウムはフクロウらしい仕草で首を傾げながら尋ねた。


「………。何で僕なんだ?分かっているんだろう?」

『勿論分かっているとも。だが、お前さんの方は分かっていないようじゃな』

「……?」

『良いかね?聖獣は戦うことが嫌いじゃ。だが、手を汚すことを恐れている訳ではないのじゃよ。我々が一番恐れているのは世界が乱れること。聖獣はドラゴンや精霊と同じく世界を維持する存在……その為に命を奪うことも稀にだがある』

「……そうなのか?」

『うむ。そうでなければ護ることが出来ないこともあるのじゃよ』


 人の知らぬところでは聖獣は魔獣と戦うこともある。人に仇為す魔人とも戦い、時には魔物を屠ることもある。

 その情は優しく穏やかで争いは好まないが、決して戦わぬ訳ではない。


 それはクリスティーナの契約聖獣メルレインを見ても分かること。元々契約していたライの兄シンは、歴戦の勇者……当然、戦闘に於いて役割があった。

 つまり、道理が正しければ聖獣は戦いという行動を躊躇わない。


『だから我等はの姿をしているのじゃよ。我々が滅多に魔獣と戦わぬのは、侵食されて【裏返る】可能性があるからじゃ。戦いの被害も計り知れなくなるが、裏返ったら被害は倍増以上だからの。だから強力な魔獣と戦う際はドラゴンや人に任せる。その方が世の治安も維持できるし、事後処理もし易い』


 だが、戦わぬ訳ではなく影ながら動いているのだとバーネリウムは語る。


 例えば魔獣の巣の近隣住民を守ったり、行動を見張ったり、時には人の魔獣討伐に参加する場合もある。

 もっとも、バーネリウムの話では近年は神聖国家エクレトルの天使が率先して対応するので無茶をする必要は無くなったのだそうだが……。


『まぁ、そんな訳で契約者の過去はどうでも今が自分に相応しいかが肝心なのじゃよ。そして儂はお前さんから何か不思議な縁を感じている』

「…………」

『どうだね?契約するかね?』


 ランカは迷った……。バーネリウムの言っていることが本当だとしても、今の自分がそこまでの存在になれたとは到底思えない。

 だが……聖獣の力があればより皆の役に立てることは間違いない。


「…………」

『お前さんも頭が堅いな。良いかな?聖獣は簡単に言えば波長で相手を選ぶ。我々は滅多に人の前に姿を現さぬし、波長が合う者も稀。事実、【御魂宿し】はロウド世界で見ても百年に一人居るか居ないかじゃろう。そんな相手と出逢えた儂に一人でいろと言うのか?』

「………ぷっ!」


 ランカはとうとう吹き出した。つまるところ、このフクロウの聖獣は自分が一緒に居たいと我が儘を言っているのだ。


 それがランカを気遣ったが故の言葉かは判らない。しかし、ランカは何かが胸の中に宿った気がした。


「僕はある依頼を受けている。御魂宿しは純潔でなければならないのだろう?直ぐにそうでなくなる可能性もある」

『構わんよ。人が交わるのは自然の道理。だが、それまでは共に在ることは出来る』

「………。分かった。契約を依頼する」

『ホッホ~ッ!』


 契約魔法陣が浮かび上がり互いの意識が繋がる。ランカは初めて清らかなものを受け入れた気がした。


『我、冥梟めいきょうバーネリウムは此処に契約を成す。汝の名を述べよ』

「ランカだ。ランカ・サザンシス」

『ホッホ!まさかサザンシスの者だったとは』

「契約をやめるか?」

『まさか、まさか。言った筈じゃぞ?儂はお前さんが気に入ったと』

「そうか……」


 ランカの微笑みにバーネリウムは大きく羽ばたく。


『では、ランカよ。これより我は汝の知恵と爪と翼になる』

「わかった。宜しく、バーネリウム」

『契約は成った。汝は我が月。その明かりが陰らぬよう頼む』


 バーネリウムは青白き光となりランカの中に融合。同時にランカの髪の色は毛先に向かう程青白く輝く姿へと変わる。髪の一部は羽角のように跳ね、まるで触覚の様になっていた。


『今は待機状態じゃ。必要ならば力を展開する』

「まだ一体化しなくても良いんじゃないのか?」

『この後、空皇の元に向かうのじゃろう?ならば少しでも慣れておいた方が良いと思うぞ?』

「フッ……全く……」


 ランカにとって初めての相棒となるバーネリウム。悪い気はしないとランカはまた微笑んだ。


 契約を果たしたランカは気恥ずかしそうにホオズキの元へと向かう。ホオズキはランカが変化した姿に驚く様子もなく笑顔で迎えた。


「やっぱり大丈夫でしたね、ランカちゃん」

「ホオズキちゃんは凄いな……最初から分かってたみたいに……」


 それはホオズキの存在特性の影響か……。


「ところでホオズキちゃん……頼みたいことがあるんだ」

「?……何ですか?」

「空皇って知ってる?凄く大きな鷲の魔物なんだけど……」

「そんな大きな魔物さんが居るんですか……会ってみたいです!」

「け、結構危険だと思うけど良いのか?」

「はい!大丈夫です!」

「………。じゃあ、お願いするよ」


 一応、エノフラハの現状を説明したがホオズキの意思に迷う気配はない。

 流石に苦笑いしているランカにホオズキの契約霊獣コハクは一言付け加えた。


『大丈夫です。ホオズキは私が守りますので』

「そうだな」


 サティアとプルティアを居城に戻した二人は、セラに事情を説明し後を任せることになった。



 二人が対話に向かうのは空の支配者たる魔物、空皇──。


 ライが不在の今、混乱を鎮める為に二人の【御魂宿し】がエノフラハへと向かう。

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