第七部 第二章 第十五話 ホオズキお姉ちゃん
メトラペトラの指示によりライの居城同居人達が行動を始めた頃──ホオズキは家事を熟しつつ子守りをしていた。
ヤシュロの子・ハルカは既に一人歩きできるが、何かとホオズキに甘えている。ホオズキはそんなハルカを時に優しく、時に厳しく育くんでいる。
ホオズキは面倒見が良い……というのはスイレンの言葉である。そしてその範疇は広く、親しくなった者全てに当て嵌まるのだ。
「どうしましたか、サティアちゃん?プルティアちゃん?」
居城サロンに居るパーシンの妹、サティア・プルティアへと茶を運んできたホオズキ。ハルカはホオズキの着物の裾を掴み辿々しい足取りで付いて歩いている。
因みに今着ているハルカの服はホオズキのお手製。ティムの店から布地を購入し自分なりにデザインしたペトランズ文化の衣装だ。
肩口やスカート裾に白いフリルの付いた青いワンピース型の子供服は胸元にストライプ柄のリボンが付いている。良く動き回るハルカの為に黒いタイツも履かせていた。
サロン脇は大きめなガラス張りで中庭の花壇が見える様になっている。フェルミナやホオズキが育てたものだが、冬も近い為幾分彩りが少なくなっていた。
サティア・プルティアはそんな植物をガラス越しに眺めて立っていた。その視線がどこか寂しそうで、雰囲気を感じ取ったホオズキは二人に茶と菓子を用意して座るように促した。
「サティア……ちゃん?」
「プルティア……ちゃん?」
『ちゃん』付けされたことに幾分の驚きを見せているサティア・プルティア。これまでトシューラで受けていた扱いとの違いに戸惑っている様子だ。
「ちゃん付けは嫌ですか?じゃあ、サティアさん?プルティアさん?」
「『ちゃん』で良い……です」
「プルティアも……『ちゃん』が良い」
「そうですか」
屈託の無い笑顔で応えるホオズキに対し、サティア・プルティアはまだ少しぎこちない笑顔で返す。
「ライさんが言ってましたよ?このお城に来たら皆、家族だって。だから、サティアちゃんもプルティアちゃんも今は家族です。遠慮しないで下さいね」
「家族……」
「それで……何か困ってますか?」
「どうしてですか?」
「二人とも、迷ってるみたいですから」
「…………」
ホオズキは他者の機微にそれほど聡いという訳ではない。だが、サティアとプルティアはパーシンに助け出されたことで感情を隠すことを止めていた。その為に迷いが表情に出ていたらしい。
サティアとプルティアは互いに頷き合いその心の内を語り始めた。
「私達はこのままで良いのか考えてました」
「このままじゃ駄目なんですか?」
「だって……私達はパーシン兄様や皆さんに頼りきりで何もできない。私達は先祖返りなのに……」
先祖返り──詰まるところ天然魔人であるサティアとプルティアは、 その魔力だけならライの同居人達に匹敵する。それだけの力がありながら世話になっているだけで良いのか……そんな負い目が拭えないのだろう。
「ホオズキも生まれついての魔人ですよ?この子もそうです」
「そうなんですか?」
「はい」
「ホオズキさんは……」
「ちゃんで良いですよ?」
ニコニコとしているホオズキ。見た目はサティア・プルティアの年齢と殆ど変わらないのだが、やはり一応歳上なので『ちゃん付け』には躊躇いがあるらしい。
そこでサティア・プルティアは少し相談しホオズキへの呼び方を決めた。
「ホオズキお姉ちゃんは……」
この瞬間、ホオズキは言い表せない程の喜びの表情を見せた。が……直ぐに我に返り小さく咳払いをして誤魔化す。その姿をハルカが真似していたのは余談である。
「はい!ホオズキお姉ちゃんがどうしましたか?」
「お姉ちゃんは……どうやって皆の役に立ってますか?」
「………。もしかしてサティアちゃんとプルティアちゃんは、自分が役に立たないと悩んでるんですか?」
「はい……」
「はい……」
少し考えたホオズキは先ず自分の考えを伝えることにした。
「ホオズキも同じ様に迷ったことありますよ。ホオズキは魔人でも戦い方を教えて貰えなかったので……」
「…………」
「でも、戦い以外でも出来ることはあるんです。美味しいゴハンを作ったり、お洗濯したり、服を作ったり……。ホオズキは皆さんが喜ぶ顔が好きです。でも、戦うことで喜んでいる顔を見るのとは違うと思います」
確かに戦いに加われば守ることはできる。でも、戦いに加わること自体を悲しむ者が居ることをホオズキは身近に知っている。それよりも待って帰りを迎える方が本当に喜んで貰えることも……そしてそれが時に戦うより辛い役割であることも知っている。
そして、以前メトラペトラが言った『ライの支え』とはそうすることだとホオズキは解釈している。だからホオズキは皆を待つ側に回ったのだ。
「出来ることは皆さん違うとホオズキは思います。サティアちゃんもプルティアちゃんも王女様ですから戦わなくてもホオズキよりも凄いこときっとできますよ」
「でも………」
「パーシンさんはお二人に戦って欲しくないと思います。少なくとも、もうちょっとの間は穏やかで居て欲しいんじゃないですかね?」
「…………」
「…………」
ホオズキの言っていることは二人にも理解はできる。それはそれで大切なことだろう。
しかし……トシューラという国で人形のように過ごしたサティアとプルティアにとって、何もせず待つ時間は長過ぎたのだ。やはり、ただ待っているだけというのは納得は出来ないようだった。
そんな二人の胸中を理解したのか、ホオズキは一つ申し出を行った。
「それに『戦いに加わること』と『戦いに備えること』は違うと親方が言ってましたし」
「親方?」
「とにかく……お二人の気持ちは分かりました。戦う必要はなくても、できることを増やせれば良いんです。それじゃサティアちゃん、プルティアちゃん。ちょっとお出掛けしましょう」
「お出掛け……」
「はい。今お弁当を用意しますね?」
ホオズキの勢いに困惑気味のサティア・プルティア。ハルカを預けられた二人はホオズキが準備を終えるまでサロンで待った。
ホオズキ達が城を出ると金色の体毛に九つの尾を持つ狐が門の前で待っていた。
ホオズキの契約霊獣コハク──その意思は常にホオズキと繋がっている。普段森のお気に入りの場所に居るコハクは、ホオズキの意図を察し駆け付けたらしい。
「コハクちゃん」
『ホオズキ。その子達に?』
「はい。先ずは見せるのが先ですね」
コハクは光る魔力体となりホオズキの中へと融合。すると、ホオズキには狐の耳と三つの尾が発生し髪の色も鮮やかに変化する。
戦いに身を置かぬサティアやプルティアにもその大きな力の変化に気付いた様だ。
「ホオズキお姉ちゃん……」
「今のは……?」
「今ホオズキと一つになったのはコハクちゃんです。コハクちゃんは霊獣で、ホオズキの一番のお友達です」
ホオズキからすれば【御魂宿し】もお友達。しかし、それもホオズキらしいとライならば思うことだろう。
『初めまして、トシューラの姫達。私はコハク……ホオズキと契約した霊獣です』
「契約?霊獣?」
『詳しい話は歩きながらしましょう』
それから一同は森の奥へと向かう。その間ホオズキはハルカを抱き抱え、サティアとプルティアはホオズキの荷物を持っての移動となった。
移動の間、コハクは様々な智識をサティアとプルティアに伝えた。聖獣や霊獣、そして魔獣の存在。そして【御魂宿し】に関する智識……。サティアとプルティアはそれを真剣に聞いていた。
本来ならば【御魂宿し】とは無縁である双子の姫達は、童話に出てくる聖獣・霊獣との対話に表情が和らいでいるのが判る。
『ここまでが私達の様な存在に関する話です。そしてここから先は……ホオズキ』
「はい。ありがとうございます、コハクちゃん」
ホオズキは足を止めサティアとプルティアに向き直る。
「ホオズキ……本当は争いが怖いです。誰にも争いなんてして欲しくはありません。皆さん仲良くできれば一番良いんですけど……」
世の中が生きるに厳しいことを【御神楽】に所属していたホオズキは嫌という程知っている。【御神楽】に暮らす者達は安寧な暮らしを出来なかった者達が多いのだ。
そしてディルナーチ大陸は大きな争いこそなかったものの常に緊張に満ちていた。見守る役目の【御神楽】といえど無縁ではなかったと言える。
だから……ホオズキはずっと望んでいた。皆が穏やかで居られる世界を。
ライとの出逢いはそんなホオズキに多くのものを与えた。争いを避ける為に過剰とも言える配慮をするライに優しい世界の可能性を見たのだ。
出来ることを出来る限り……そうして進んで行くライの道筋の中で霊獣コハクと出逢い、優しいコハクと共感し【御魂宿し】としての力を宿す今に至る。
「ホオズキはコハクちゃんと居ることで勇気を持てました。自信を持てました。だから、サティアちゃんやプルティアちゃんにも切っ掛けをあげたいんです」
「それは………」
「はい。聖獣さんに会って貰います」
蜜精の森はライが移住して以来その土地の性質が変わり始めた。膨大な魔力は地脈に影響を与え土地の活性化に繋がったのだ。
加えて同居人達。大聖霊や竜の力は土地に良き影響を齎したのである。
最終的には精霊達や聖獣・聖刻兎が移り住んだことも加わり、蜜精の森は所謂『聖地』へと変化したのである。
ロウド世界の聖地が減少する中で生まれた希少な聖地──それなりに広く水辺や草原もある蜜精の森には、やがて聖獣が増え始めたのは必然とも言えるだろう。
因みに聖獣は律儀にライの城に挨拶に来ているとのこと。ホオズキが聖獣の移住を知ったのも挨拶に訪れた者に対応した経緯があるからだった。
「今はまだ少ないですが、サティアちゃんやプルティアちゃんが仲良くなれる子が居るかもしれないですよ?」
実際のところ、契約に至らずとも聖獣は精神に良き影響を与えるだろうとホオズキは考えていた。どうしてもと言うならば、最大の聖地である【月光郷】に向かうことも選択肢の一つとしていたのだ。
そして、この申し出をサティアとプルティアは受けた。
聖獣との対話がサティアとプルティアの今後には欠かせないものだったことは、後々に判ること。
ライの幸運が蜜精の森にも広がっている……などと当人すらも気付いていないだろうが、これらもまた確かな【縁】の一つである。同時にそれは、ライが不在の間の必然でもあったと言えるだろう。
そして視点は、エノフラハより一時帰還したランカへと移る──。
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