第七部 第二章 第十四話 元暗殺者の変化
エノフラハ領主レダの元、空の魔物『空皇』の対策に悩むランカ。そこに現れたのは、兄であり暗殺者一族サザンシスであるキルリアだった。
キルリアはサザンシスとしてランカに情報を伝えに来たという。
(それで兄上……手助け、とは?)
エノフラハの領主の城、謁見の間──キルリアは騎士や兵が居るにも拘わらず誰も気付かないという離れ業を難なくやってのけている。その声も特殊な技法によりランカのみに聞こえるよう調整されていた。
エノフラハ騎士団はマリアンヌにより鍛えられた精鋭。彼らに気付かれずにランカの背後にて会話を続けているだけでも、サザンシスという存在の恐ろしさは理解できるだろう。
(我等の表の通り名『死の風』に暗殺の依頼が来た。内容は……)
(……ライに関わる者と、シウト国内の女王派領主の排除……ですね?)
(そうだ)
(サザンシスは……どうするつもりなのですか?)
(問われるまでもない。我々はライに借りがある)
『暗殺集団サザンシス』はライにより変革を齎された。一族の掟のみに従うという古い慣習は、自ら考えることの意味を問われ意識改革が始まったのだ。
一族以外とは関係を持ち得なかったサザンシスが借りなどという考えを持ち合せるようになったのは、その一端である。
特に暮らし振りは随分と豊かになった。肥沃な大地と新たな太陽は、痩せた『血の涙』と呼ばれるサザンシスの里の食料事情を大きく改善した。
更に文化──各種料理技術や材料、被服技術はライの手配により蜜精の森奥にて取引が行われるようになった。
取引といってもライがサザンシスの要望をティムに伝え指定の場所に荷を置くと、代わりに代金が置いてあるという素っ気の無いものではあるのだが大きな進歩と言えよう。
(ライは貸しとは思っていないと思います)
(確かにそう言っていたな。だが、我等には借り……いや、恩義というべきものだ。故に助力するというのが一族の結論よ)
そこでランカは改めて確認する。
(殺しは……ライが望まぬでしょう)
(だろうな)
(では、何を?)
(既に済んでいる)
(はい?)
(女王派領主への暗殺を請け負った者達は既に排除した。無論、殺してはいない。手間ではあったがな)
(!?)
ランカは流石に困惑した。サザンシスがその手を血に染めることなく事を収拾した──本来ならば有り得ないことだ。
(我々は暗殺者──その生き方を変えるにはまだ時間が掛かるだろう。何より綺麗ごとだけでは済まぬのが世界……我々には役割としての意味は無くならない)
(………では、何故?)
(恩義を返すのだ。それが不快な方法では意味があるまい?)
(兄上……)
(ともかく、だ。今後暗殺者が女王派領主を狙うことはあるまい。が……それは飽くまで『暗殺者』に限ってのこと。騎士や傭兵に関しては表の事情故に関与はしまい)
(ライならそう望むから……ですか?)
(ああ)
サザンシス変革の後もライは『血の涙』の地に分身を配置し交流を続けていた。鍛練だけでなく暮らしぶりの改革にも尽力し考え方の違いを否定せず互いを理解しようとしていたのだ。
ライはそれ程にサザンシスと絆を繋いだ……ランカは改めてその存在の特殊性を気付かされたことになる。
(ともかく、我々が手助けできるのはここまでだ。【空皇】に関しては我々も介入は出来ぬ)
相手が空の覇者ともなればサザンシス一族とて加減をすることは出来なくなるだろう。当然サザンシスはその姿を確認されてしまう戦いになる。
それに……ライならば【空皇】の犠牲も望まぬ、というのがサザンシスの判断だ。
確かに【空皇】は直接は動いていないらしい。その辺りに何等かの理由が含まれているのかもしれない。
(空皇の件は解決の心当たりがあります。暗殺者の脅威が減っただけでも行動がしやすくなりました)
(そうか……。では、私は行くとしよう)
(感謝します、兄上。父上にもそうお伝え下さい)
(感謝……か)
(……?)
(いや、お前も変わったと思ってな。……。また里に来る時は……)
(上質な甘味をお持ちします)
(良かろう!)
フッとランカの傍から消えたキルリア。去る瞬間“ じゅるり ”と唾を呑み込む音が聞こえた気がするが、ランカは気のせいだと思うことにした。
一族のお陰で憂いの一つは無くなった。残るは流通経路の安全……ランカは早速行動を始める。
「レダ。僕は今から空皇の元に向かい事情を確認してくる」
「そう?じゃあ頼めるかし…………え━━━━━━っ!な、何言ってんだい、アンタは!?馬鹿をお言いで無いよ、全く!」
ランカの両肩を掴み激しく揺さぶるレダ。かなり取り乱していらっしゃる御様子。喋り方も以前のものに戻っている。
「大丈夫。戦いに行く訳じゃないから。ただ、その為に少し此処を離れなければならない」
「い、いや、そうじゃないからね?アンタはライの同居人だから強いかもしれないけど、それでも空皇は海王と同じで……」
「ハハハ……。成る程……レダは優しいな」
「アンタねぇ……」
真剣に心配するあまりレダは怒りの感情を見せている。ランカの姿はそれ程に華奢で儚く見えるのだろう。
レダはランカが魔人だと知らない。いや……たとえ知っていても心配することはランカにも判っている。
「済まなかった。だが、今のままではエノフラハも疲弊するだけだろう?」
「………。たとえそうでもアタシは犠牲を出したくないんだよ」
「そこは大丈夫。今回のことを解決できるだろう娘に心当たりがあるんだ。だから安心して良い」
「本当かい?嘘だったら一生赦さないからね?」
「嘘は付かない。終わったら報告に来る」
ランカの目をしばらく見つめたレダは盛大な溜め息を吐いた。
「ハァ……ライが無鉄砲だからって何もアンタ達までそうなる必要は無いんだからね?良いかい?必ず無事に戻ること。そうじゃないとライを張り倒さなきゃならないからね?」
「それは……困るな」
「そう思うなら無理はしないこと。駄目なら駄目で他に方法なんて探しゃ良いんだ。分かったね?」
「承知した」
ランカは不思議な気分だった。一族以外にこれ程に心配されるのはライに関わってからのこと。やはりライは特殊な存在と思わざるを得ない。
いや……ライだけが特殊なのではない。ライを取り巻く環境は皆、結束が固い気がする。それがライの影響か、それともそういった者達がライを引き寄せたのか……。
これもまた人運──ライの存在特性を聞いていたランカは、妙に納得するのだった。
エノフラハを離れライの居城に戻ったランカは、湖の畔に整列する傭兵達を見てファイレイと似たような反応を見せた。が、そこはサザンシスの血を継ぐ者──華麗に見なかったことにして居城の中へと移動する。
「ランカさん。どうしました?」
居城内サロンに居たのはセラのみ。どうやら料理の本を読んでいた様だ。
「済まない、セラ。ホオズキちゃんを知らないか?」
「ホオズキさんですか?ホオズキさんならサティア様とプルティア様を連れて蜜精の森の散策に……」
「……。双子の王女達は大丈夫なのか?」
「森自体はウィンディさんが守ってくれているので大丈夫とのことです。城の中だけでは気が滅入ってしまいますからね。それに、先程ウサギの聖獣さんが来て手伝うと」
「ライの契約聖獣の
蜜精の森に住まう聖刻兎達はウィンディが森に干渉したことを察知し確認に来たらしい。その後何やらウィンディと打ち解け、森の守りの協力をしてくれることになった様だ。
「クラリスさんは先程戻られたファイレイちゃんと『四季島』というところに向かいました」
「リーファムの島に?どうしたんだろうか……」
「何でも人捜しを依頼するとか……」
「そういうことか。………。ところで、セラは退屈じゃないか?」
「いえ。色々と珍しいものがあるので退屈はしませんが……」
「何か気になることがあるのか?」
ランカはサザンシスであった為他者の機微には聡い。セラの胸中にある何かを感じた様だ。
「私は……何の力にもなれないので……」
「セラは剣を使えるんだろう?」
「しかし、デルや父上には遠く及びません。私の剣では足手纏いにしかならないので……」
「………」
今のセラが戦う必要は無い。しかし、共に暮らす者は皆何らかの力を持っているのだ。そんな中で何もせずに暮らしていると自らが無価値に思えてしまうのだろう。
ランカは何となくではあるがほんの少し手助けをしたくなった。これもまた変化かと少しはにかみつつセラに一つの申し出をする。
「セラは魔法は?」
「下位魔法までは大体……」
「じゃあ大丈夫だ。僕が今から魔法を伝授する。だから、時間があった時は練習すると良いよ」
「魔法……ですか?」
「そう。これは僕のオリジナル魔法……覚えさえすれば色々と使い勝手が良いからそこから先は工夫すると良い」
そういうとランカは魔法理論と基礎を伝えた。
サザンシスに於いては自らに適した魔法を生み出すことも必要となる。そうして編み出されたランカの魔法……セラにそれを伝えたのは、『暗殺者』だった自分の魔法が誰かの助けになることを望んだからだろう。
「──と、こんな感じだけど……どう?出来そう?」
「わかりません。でも……頑張ります」
「その気持ちがあるなら大丈夫だ。じゃあ、僕はホオズキちゃんに用があるから会ってくる」
「はい。……ありがとうございました、ランカさん」
セラの目に力強さが宿ったのを確認したランカは居城から出てホオズキの気配を探る。
ウィンディの防御結界はライの同居人に不都合を与えぬよう調整されているらしく、ホオズキの位置は直ぐに特定することができた。
(あの辺りを歩いてるのか……じゃあ、目的地はあそこだな。行ったことがあるから転移はできる)
ランカは蜜精の森に暮らしていた為森をほぼ把握している。転移魔法を発動し早速ホオズキの元へと転移した。
一方のホオズキは、元気のないサティアとプルティアを連れて森を散策していた。
魔人が三人……しかも天然魔人。見た目は歳が近いのだが、その光景を見て約一名大人が混じっていると気付く者はいないだろう。
そして視点は少し遡ったホオズキの記憶へと移る──。
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