第七部 第二章 第十三話 神に届く道
蜜精の森・ライの居城に帰還したファイレイは、湖の畔に整列する一団に絶句する。
「えっ?誰?一体何が……」
「あ。ファイレイ、お帰り~」
「クラリスさん……な、何ですか、あの人達?」
「あ~……アレね?森を守る臨時の傭兵さん、かな?」
クラリスは苦笑いで説明を始めたが、聞いているファイレイは最早呆れるしかない。
何より戦力として考えていなかったホオズキ、ウィンディ、クラリスの能力の高さを改めて理解することとなった。
特にウィンディ……洗脳とも人格改造とも言えるそれは、流石のファイレイも身震いせざるを得ない。
そんなウィンディは現在、傭兵団達に倫理や道理を
と……そこにフェルミナとアムルテリアが帰還を果たす。アムルテリアは見知らぬ者達が城の前に居ることに一瞬ギョッとしていたが、様子を見て状況を大方把握したらしく深い溜め息を吐いている。
「フェルミナさん、アムルさん」
「ファイレイか……役目は終わったのか?」
「いえ……。私は今からリーファムさんの所へ向かうつもりです。アムルさん達は?」
「マーナ達とフェンリーヴ家に向かったが、ロイは既に拿捕されローナは双子と共に避難した後だった様だ」
「………。じゃあ、お二人は?」
「フェルミナはカジームに向かうそうだ。私はこの地をと思ったんだが……」
再び傭兵達に視線を向ければ、ウィンディが説教を終え近付いてくるのが見えた。
「あ……皆、戻ってきたのね?」
「ウィンディさん……あの人達、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、ファイレイ。ただちょっと善というものを強く意識するよう精神を弄っただけだから」
ファイレイの言葉にとても誇らしげに答えるウィンディさん。
「妖精族の秘術か……。だが、人の意思を無理に操作するとライはあまり喜ばないと思うが?」
「うっ……。そ、そんなことないわよ。悪いヤツを更正させれば被害に遭う人も減るでしょ?ライとしても喜ぶと思うんだけど」
「それは………そうなのか、フェルミナ?」
「そうね……。分からないけど、ライさんの労力は減ると思う」
しばし考えたフェルミナとアムルテリアは、『じゃ、良いか』という結論に達した。
大聖霊達は基本、ライが最優先である。ライの負担が減りその悲しみが増えぬなら一部の悪党の意思などどうでも良いのが本音だ。
「ま、まぁ、今回は外部からの敵だった訳ですから、自業自得ということにしましょう……」
「そうよ!ファイレイの言う通り!……という訳でライには内緒ね?」
ウィンディの行動はこうして正当化、ついでに隠蔽された……。
「それはともかく、ヤツらの狙いは聞き出したのか?この森に組織立って侵入するということは、やはり……」
「ええ……ライへの弾圧だったみたいね。命令したのが誰かまでは分からないけど、居城へ攻め込むのが目的だったって……」
「……………」
途端にアムルテリアは毛を逆立て小さく唸り声を上げる。その迫力にファイレイとウィンディは息を飲んだ。
「駄目よ、アムル」
「だが、フェルミナ……」
「ライさんはあなたにも誰かを傷付けて欲しくない筈よ?幸い魔人や魔獣ではない普通の人間……“ とるに足りない ”相手だった訳だから」
「む……」
「それに、妖精族の力で今は味方になった……そうでしょ、ウィンディ?」
「ええ。それは保証するわ」
「ライさんならあの人達をきっと許すと思う。だから我慢してね?」
「わかった……」
アムルテリアは小さく頷き憤りを抑えた。
この時ファイレイは、改めてライを取り巻く者達の異様を理解した。
彼等は人道的な観点からの躊躇があまり無いのだ。アムルテリアはともかく、フェルミナやウィンディでさえもライの反応を考慮して動いている。
その存在の特殊性から人の考えから乖離している部分があるのはある程度仕方無いが、それらの者達を繋いでいるライは本当に奇跡的な存在なのではないか……ファイレイは改めてそれを思い知らされた。
故に今回、ライに不利に物事が運ぶのは別の意味で世界の危機を宿しているとも言える。
ファイレイは祖父エグニウスの懸念の意味をようやく理解した。
(お祖父様の仰った幸運とは、ライさんを取り巻く超常存在も含めた話なのかもしれない……。なら……一刻も早く……)
「私は今からある人を捜して貰う為、リーファムさんの元に向かいます。その人ならシウト国内の騒動を治めることが出来るかもしれません。それで、この城には【四季島】への転移扉がありますよね?」
「えっと……確かホオズキが鍵を管理してるわよ?」
「わかりました」
「ボクも一緒に行くよ。森の守りは大丈夫だろうからね」
「クラリスさん……ありがとうございます」
共に行動する者が居ることは心強い──ファイレイはクラリスの配慮に感謝した。
「じゃあ、あたしは……ワンちゃん大聖霊!アイツらの装備を揃えて貰える?私達が壊しちゃったから」
「……………」
アムルテリアは物凄く嫌そうな顔をしている!
「ホラホラ。これもライの為よ?」
「……。仕方無い。その代わりキッチリ奴らを働かせろ」
「勿論よ。あ、出来ればアイツらの仮住まいもお願いね~?城に入れるのは嫌でしょ?」
「…………」
ウィンディの遠慮の無さにアムルテリアは幾分押され気味……。しかし、ライの為だと言われれば我慢するしかない。
そんな様子にフェルミナは思わず微笑んだ。
「……何だ、フェルミナ?」
「いえ……。あなたも少し変わったなって」
「……ライの影響だろう」
「そうね」
存在を生み出されて十万年以上……。大聖霊達は少しづつ変わりつつある。フェルミナはその意味を考える。
(闘神の復活に合わせてライさんが生まれ、大聖霊達を繋ぎ始めた様にも感じる。ラール……これも貴方の望んだことですか?)
大聖霊達全てとの契約を果たせばライは文字通り【神】の領域に至る。それこそが闘神との戦いの鍵──。
しかし、フェルミナは知らない。ライの身体は既に限界に近い。大聖霊との更なる契約にはライ自身の更なる変質か生まれ変わりが必要であることを。
今シウト国とライを取り巻く苦難の先──ライには苦難の選択が続く。何一つ溢さぬよう足掻くライの選択は、果たして未来を繋げるのか……それはまだ誰にも判らない。
◆
蜜精の森で傭兵団の魔改造──もとい新生が行われる頃、各地の女王派諸公の護衛に向かった者達は自らの役目に奔走していた。
予想外に早く動き始めていた反女王派による各諸公の封殺。手段は暗殺以外にも反乱の扇動や魔物の暴走等と、とにかく手間を取られる形で動いている。
領主の無事は確保できても政治的・経済的な問題解決を為せないライの同居人達は、自らの非力さに歯噛みするしかない。
「これは参ったわね……」
シウト国フラハ領・エノフラハ──。
領主レダは魔物の急増に対し見事に対応していたが、如何せん流通網の確保が難しい。
エノフラハの街は広野の中の緑化地帯に存在している。流通に際し運搬を行う荷馬車や魔導貨車は目立つ荒野を通らねばならない。
何とか護衛を増員し最低限の確保は行えているものの限界が近いのは目に見えていた。
「エノフラハ近辺にこれ程多くの魔物は出ない筈だが……」
レダの元で護衛を行っていたのはランカ。エノフラハの様な治安の確立された地は暗殺者が出現する可能性が高いと判断し受け持ったのだ。
事実……暗殺者は存在したが、既にランカにより誰に知られるでもなく拿捕され投獄されている。
だが、それで終わりではなかった。思いも寄らぬ魔物の群れ──流石にランカ一人では対応に限界があった。
「それが……斥候の話では【空皇】が上空に居るらしいのよ……」
「空皇が!?空皇はカイムンダル大山脈に居る筈だけど……」
「でも、間違いないらしいわ。どうしてこの地に居るのか……困ったわね」
どうやら魔物は【空皇】に統率されているらしい。
【空皇】とは、純白の鷲が魔物化し巨大化した存在である。海王と同様に永い刻を生き高い知性を宿した存在と言われている。
普段はカイムンダル大山脈の龍脈を住み処にし、時折大型の魔物を捕らえる為に姿を現す。
何故か人を襲うことはなく大型の魔物を捕らえることで人の生活安全を保つ手助けにもなっているので、人々は敬意を持って【空皇】と呼んでいた。
因みに、【陸皇】や【地王】は存在しない。地の魔物は巨大化する前に人や竜に淘汰される為である。
「住み分けが出来ていた筈だから事情を聞ければ騒ぎは収まると思うけど……」
「ランカ……あなたはライの同居人だけど、空皇と対話できる力があるの?」
「それは……判らない」
レダは小さく溜め息を吐いた。
「どのみちライの同居人なら無理をさせたくないわ。今出来るのは空皇が去るまで堪えることね……」
「しかし、いつまで掛かるか判らないんじゃないか?」
「でもねぇ……」
実際、レダの言う通りなのだろう。何よりランカはレダの元を離れることは出来ない。暗殺者は更に送り込まれる恐れがあるからだ。
困ったランカが腕輪型神具でメトラペトラに相談しようとしたその時……不意な違和感に襲われる。
直ぐ様警戒体制をとるランカ。が……いつの間にか背後を取られ動けない。
周囲の者達はその存在にすら気付いていない。完全なる隠形──それは……。
(兄上……)
(まだまだ未熟だな、ランカ。それともライの元で平穏に暮らしていて鈍ったか?)
(そんなことは……)
ランカの兄キルリアの来訪。それはサザンシスの意思を意味する。
(兄上……何故此処に?)
(長の命でな……。シウト国は何やらきな臭いことになっているらしいではないか)
(はい……。実は……)
(いや、既に事情は掴んでいる。今日赴いたのは少しばかり手助けをしてやる為だ)
サザンシスの意思……それもまたライの繋いだ縁。
縁は各地の騒動を最悪の流れから回避する為に、意味を為し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます