第七部 第二章 第十二話 蜜精の森の守り手達


 ファイレイが行動を開始したその頃───蜜精の森では問題が発生していた。森の入り口へと侵入者が押し寄せていたのだ。


 しかし、それは近衛騎士団ではない。もっと統一性の無い装備を纏った一団であり。ただ、全員が何処かしらに黄色の布を身に付けていた。

 それは傭兵団が良く使う団結の証……。しかし、その者達は傭兵団というには少しばかり粗暴で下卑た印象を受ける。


「頭ぁ……。本当にこんな王都の近くでやっちまって良いんですかい?」


 頭に黄色い布を被った小柄な男が一際立派な装備を纏った男の傍に近付き、行動の確認を行っている。


 頭と呼ばれた男は鈍い銅色の軽装鎧。長剣に丸盾という一見騎士にも見える佇まいだ。

 その顔は鼻で交差する様に斜めに走る十字傷が特徴的な男……。


「ああ。何せからの御墨付きだ。この森に魔王の城があってお宝もタンマリあるんだとよ」

「ま、魔王?大丈夫なんですかい?」

「慌てんな。魔王ってのは大嘘よ……大体王都の直ぐ傍にそんなのが住んでいて騒ぎになってないなんて有り得るか?」

「た、確かに……」

「大方、住んでいるのは王族様のお怒りを買った愚か者なんだろうぜ。城があるってんだから貴族かもしれねぇが……俺達、『傭兵団・砂嵐』にはどうでも良い話だ」


 傭兵団と銘を打ってはいるが実質は盗賊団である『砂嵐』は、シウト国の民ではない。密かに手引きされ入国しイルーガの手先として各領地流通路を襲撃していた者達である。


 蜜精の森に済む勇者の話は王都ストラトではそれなりに知られている。が……この一団にはその情報がない。

 つまり、王都に寄ることを避け直接蜜精の森に来訪したことになる。王都付近でそれを行えるということは、それなりの隠形の技量を持ち合わせていることを意味していた。


「依頼主の話では、ソイツはベッピンさんをはべらせていたらしいぜ?」

「マジですかい?」

「さてな……だが、もし捕らえたら好きにして良いってのが依頼主のお言葉よ」


 かしらの言葉に傭兵の多くは更なる歪んだ笑みを見せた。


「それは……久々においしい話ですね」

「だろ?このところ積み荷襲撃の依頼ばかり……しかも魔獣に扮してるからあまり荷を奪えなかったからな。だが、今回は城主が捕縛されて不在……こんなウマイ話はねぇだろ?」

「コイツはいよいよ運が向いて来やしたね?」

「だが、油断すんなよ?依頼主が特別報酬を弾んでるんだ。キッチリ熟して依頼料も特別報酬も貰う。それが俺達『砂嵐』よ。そうすりゃ更なる仕事が増える……シウト国の騎士だって夢じゃねぇ。分かったな、野郎共!」

「おお~っ!!」

「それじゃあ行くぜ!」


 森に敷かれた石畳を避け籔から侵入を始めた傭兵達。数班に別れ横並びにゆっくりと進んで行く。

 が……しばらく進むと僅かに霧が立ち込め始める。


(ちっ……。だが、目眩ましになるか。なら却ってこっちにも都合が良い)


 視界の悪い夜間や方向の判りづらい砂漠での盗賊行為を得意としていた『砂嵐』は、その経験も相俟ってこの程度の障害は些事と考えていた。実際、通常ならばそのまま難なくライの居城まで辿り着くことが出来ただろう。


 勿論、……である。



 盗賊達が霧の中をしばらく進むと視界の拓けた場所に辿り着いた。


(ようやく抜けたか……。どれ、城は何処に……)


 すると霧が晴れ、『砂嵐』は己の居る位置を思い知らされることとなる。


「なっ!?」


 そこは侵入を始めた森の入り口……。頭以外の班も全員、侵入前に目印を置いた場所に戻ったのである。


(………霧で迷ったか?いや、俺達がそんなヘマをする訳がねぇ)


 間違いなく真っ直ぐに進んでいた感覚はある。頭は直ぐに事態を理解した。


「か、頭……これは一体?」

「狼狽えんな。どうやら魔術防壁らしいな。城を構えてるくれぇだ……そうとう手間を掛けたんだろうぜ?」

「それじゃ侵入は無理ですかい?」

「いや……こういった防壁は必ず魔石核がある。霧の中で明るい光があったらソイツをぶっ壊せ」

「了解でさぁ!」


 今度は互いの距離を広げ森の中の探索を始めた傭兵達。しばらく進めば赤く妖しい光を視界に捉えた。


「見付けたぜ!うおりゃあっ!」


 盗賊の一人が鎚を振りかぶり思い切り水平に叩き付ける。が、鎚はその光を透過……石とは違う硬質の感触の抵抗を受けた。


「グボベアァ!」

「へっ……?」


 突然視界が晴れた先は再び森の入り口。が……眼前には派手に鎧がひしゃげた仲間の姿が……。


「お、おい!何があった?」

「ぐ……い、いぎなり……何が……に殴られ……ガクッ」

「お、おい!」


 事態を理解できない傭兵は周囲を見渡す。すると悲鳴や金切声が聞こえた後、次々に森から転がり出る仲間達の姿が……。

 続いて武器を手に呆然としている者達が森から歩み出てきた。


 転がっている者の中には『砂嵐』の頭の姿も……。


「ぐぇ……な、何が……」


 身体を起こしつつ周囲を確認する頭。存外回転の速い思考は原因の推測、結論まであっさりと辿り着く。


「げ……ゴホッ!幻覚だと……?生意気な……」

「頭……仲間の半数が重症です」

「見りゃあ分かる!ちっ……厄介な……」


 思ったより強力な防衛機構に歯噛みしつつも頭は素早く対策を立てる。


 今時、盗賊紛いの傭兵団が生き残る為には統率する者の頭脳がモノをいう。その点で『砂嵐』は実に優れた者を頭に戴いていたと言って良いだろう。


「こうなりゃ魔物を使うぞ。幻覚に強い奴を喚べ」

「わかりました!」


 魔導具『魂縛の笛』──。


 対象の魔物を五体まで使役することが出来る呪縛系魔導具。本来は魔物との住み分けの為に考案された魔導具だが、『魔獣の仕業に見せる』為にピエトロがエルフトの魔術師より入手。その後、傭兵団・砂嵐が譲渡されたものである。


「これで一気に城まで突っ切る。恐らく城に防衛の中心となる魔石があるからな……ソイツを壊せば良い」

「誰が行きやすか?」

「ここは俺自ら行く。お前らじゃ魔術関連は不得手だろうからな……」


 早速配下の呼んだのは人の身の丈まである大猪型の魔物『凪山なぎやま』。この魔物は特殊な攻撃は使えないが、あらゆる魔法を弱め受け付けない性質がある。傭兵団が魔導具で捕らえるのに苦労した魔物でもある。


 その皮は防具として高い汎用性があるのは余談だろう。


「じゃあ、ちょっと待ってろ!ハッ!」


 頭は早速、猪の背に乗り霧の中へと飛び込んでいった。



「………。しつこいわね」


 ライの居城、サロン。そこでは残された者達が茶を飲みながら遠隔視魔法 《遠見とおみ》にて傭兵団の様子を窺っていた。


 代表して森を防衛しているのはウィンディである。先程まで傭兵団の同士討ちに笑っていたが、今はややウンザリとしている御様子。


「………私達が出るか?」


 デルメレアとカインは協力を申し出るも、ウィンディは肩を竦めて笑う。


「大丈夫よ。ただ、あんまり無理矢理だとあの猪が可哀想だから」

「傭兵より猪が可哀相、か……。ハハハ。噂に聞いた妖精族らしいな」


 カインは妖精族は人間以外には優しいと記憶している。しかし、ウィンディはその考えを否定した。


「あたし達妖精は正しい気持ちを持つ相手には種族に関わり無く優しいわよ?ただ、悪意ある輩には容赦しないけどね?」

「成る程。無理矢理使われる猪は被害者なのか……。それでウィンディ殿はどうするつもりだ?」

「こうなったら地下にでも誘導して閉じ込めようかしら」


 森を自在に操り惑わせる妖精族の力──その能力でリーブラ国は長年トシューラ国から守られていたのだ。傭兵団程度では当然ながら相手にもならない。


「う~ん……。それだと外の連中は?リーダーを捕まえた方が早くないかな?」

「クラリス殿の意見ももっともだが、傭兵相手となると一応危険では?」

「ボクの力使えば簡単に捕まえられるけど……」

「待ってください」


 ここで名乗り出たのは意外にもホオズキだった。


「ここはホオズキに任せて下さい」

「ホオズキちゃん……どうしたの、急に?」


 ホオズキは珍しくフンスと鼻を鳴らし憤慨している。胸に抱えられているヤシュロの子ハルカがホオズキの真似をしているのがホッコリ感を誘う。


「クラリスちゃん。ホオズキにはあの魔物さんから“ 助けて ”って聞こえます。だから助けたいんです」

「そう……。わかった。じゃあ、ボクも手伝うよ」

「あ~。あたしも~」


 まるで買い物に行くが如き気軽さで、ホオズキ、クラリス、ウィンディは立ち上がる。


「………。やはり私達も……」

「大丈夫、大丈夫。あなた達はメトラペトラが言ったようにブラムに修行をつけてあげて。セラはお茶の用意をお願いね?」

「しかし……」


 心配げなカイン。その肩に手を置いて立ち上がったデルメレアは小さく首を振った。


「彼女達なら大丈夫だろう。何せライの同居人だ。余計な心配は失礼になる」

「………。そうかもしれないな。だが、手が必要なら遠慮せず呼んで欲しい」

「分かったわ。それじゃ行ってくるわね」


 居残り三人娘はハルカをセラに預け居城入り口から外へと踏み出した。




 それではご覧頂こう。




「魔物さんを苛めちゃダメですよ!」

「グヒャア~!」

「ちょっと~!こっちに来ないでよ!」

「ゲピィ!」

「あ……。あのままじゃ危ないかな」

「ギガッ!ガガ……!」


 お分かり頂けただろうか?……当然ながら判らない筈なので解説を入れて再現することにしよう。



 先ず高速で城に近付く猪型魔物は、ホオズキの存在特性【共感】により魔導具の呪縛から解放された。


 ホオズキの存在特性は魔物との精神共有。魔物用の魔導具では魔人のホオズキの精神を縛ることは出来ず、猪への呪縛は崩壊したのだ。

 そしてホオズキの命令で急に停止した猪から振り落とされた傭兵頭は、そのままホオズキの拳を受け宙高く舞う。たまたま落下した先に居たウィンディは植物の枝を操作し傭兵頭を迎撃し、その落下先に岩があることに気付いたクラリスが激突を回避させる為に透明な鉱石に傭兵頭を閉じ込めのである。


 そもそもホオズキ、ウィンディ、そしてクラリスは通常の者が相手ならば歯が立つ訳もないのだ。


 天然魔人であるホオズキはメトラペトラの密かな指導により魔法も習得している。加えて膂力は、拳の一撃で金属鎧をへし曲げるだけのことが可能だった。


 それらは勿論、霊獣コハクの力を抜いての話。前線に出ることをライが止めているが、ホオズキの実力は確かに『ライの同居人』として遜色の無いものとなっていた。


 ウィンディは元々妖精王族の高い魔力を持つ。加えてメトラペトラの修行も受けているので神格魔法も幾つか習得、使用可能になっていた。

 加えてウィンディ……実は存在特性も使える事実をまだ誰も知らない。


 そしてクラリス──居城に残された中でデルメレアに次いで高い力を持っていた。霊位格だけで言うならライと同格の精霊格……優しい気性の面で攻撃こそ出来ないものの、人間が届くべくもない高みに居る。



 そんな三人娘が行動した結果──傭兵頭は頭だけを鉱石の外に出した状態で捕縛されることとなった。


 更に………。


「フッフ~ン」

「どうしました、ウィンディちゃん?」

「ちょっとね~。ホイ、ホイのホイ!うん!これで良し!」


 悪戯好きな妖精族……。


 この日、傭兵頭は記憶を散々ぱら弄られ別人の様に真面目な人間に生まれ変わる。ライが聞いたらドン引きな事態ではあるものの、妖精とはそういう存在だと納得するしかないだろう。


 同様にこの後、戻らぬ傭兵頭の様子を見に来た傭兵達は全員が記憶改竄されることとなった。そして『傭兵団・砂嵐』は新たな傭兵団『深緑の絆』として再誕を果たす。


 彼等は後に【傭兵街構想】に組み込まれラッドリー傭兵団と連携。その役割を果たしロウド世界に大きく貢献する……かどうかは先の話となるだろう。



 メトラペトラは適材適所で判断したのだろうが、結果として蜜精の森は【迷いの森】以上に侵入が困難な地となっていた。


 そして聖獣や精霊達にもその影響を多大に与え蜜精の森は聖地へと変化を始めるのだが、それもまた少し先の話。



「………サティア」

「………プルティア」

「私、強くなりたい」

「私も強くなりたい」

「どうしたら良い、サティア」

「どうしたら良いかしら、プルティア」

「………あのネコさんに頼んでみる?」

「………あのネコさんに頼んでみましょう」

「兄様の為に」

「パーシン兄様の為に」

「私達、強くなりたい」

「私達、強くなりましょう」



 そして此処にも大きな変化を望む者達がいた………。



 些細な出来事、それぞれの心境、そして役割は、複雑に絡んで未来へと繋がってゆく。


 大きな試練の中でも【幸運】の流れは確かに息づいているのだ……。


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