第七部 第二章 第十一話 大賢人と孫娘


 シウト国が円座会議に向けて動き始める中、国内の各領地ではそれに併せた工作も活発になり始めた。


 前回の会議にて国賊として処分を受けたトラクエル領はノルグー卿の息子フリオが領主の座に就いている。フリオは魔獣アバドン、及びトシューラに対する国境防衛に専念する為元老院議員になって欲しいとの打診を断っていた。


 代わりに元老院議員に就いたのがクロム家嫡男イルーガ。これがそもそもの混乱の始まりだったと言えるのかもしれない。


 もう一つの枠であるフラハ領はレダがそのまま引き継いだ。エノフラハを発展させる為には悪しきイメージを払拭させる必要があり、レダは領主としての権威確保の為議員になることを選択したのである。

 その甲斐もありフラハ領は他領地との経済連携に成功し、現在の新しいフラハ領が確立されることとなた。


 この時点で円座会議は、国王派がピエトロ派に代わった以外均衡は保たれていると思われていた。



 だが────。



 イルーガとピエトロが手を組んだことによる影響が各地に及び始めた。特に女王派議員の領地……。


 ピエトロはその財力にて自らの商会を立ち上げている。それらは少なからず各領地に影響を与え、領地の運営に反映されていた。

 裏で画策し各領地の商業を操作……物価の上昇も含め領主に圧迫を掛けたのだ。


 本来国に禁じられている物価操作だが、ピエトロは狡猾かつ巧妙に理由を作り上げる。小型魔獣による流通経路寸断を捏ち上げキエロフの糾弾を避けた。

 その背後にはクロム家の権力を使った工作があったことまでは時間が足りぬ為、キエロフも確認することが出来なかった。



「ふぅむ……。やはり後手になっとるな」


 シウト国クルセオ領──『聖樹の森』と呼ばれるシウト最大の聖地。


 その地の守り手としてシウト国の重鎮に数えられる大賢人エグニウスは、通信魔導具を用い女王派各領主と連携を取っていた。


 そしてその傍らには孫娘であるファイレイの姿が……。


「お祖父様……それ程状況は悪いのですか?」

「いや……。流通に関しては女王派領地の連携で何とでもなる。が、問題は其処ではない」


 魔獣を装い流通路を乱すことは、それ自体が悪手。一度それが行われれば同様の手段を用いて悪事を働く賊が増えることは想像に易い。


 更に……。


「一度信用を失った領主間の禍根は後々まで残る。有事の際、ピエトロ派領主は女王派領主との連携に支障が出るだろう。魔獣アバドンを完全に倒せた訳でない現状でそれは絶対に避けるべき事態だったのだがな……」

「……しかしそれでは、もしピエトロ公爵が王位に就いても取り返しが付かないのでは?」

「恐らくピエトロは領主の一斉入れ換えを行うつもりなのだろう。自らに従う者を領主に据えれば領地自体の反発はなくなる」

「!?……それは余りに無茶ですよ。だって、ノルグーやエノフラハ、それにデルテンは領主の信頼があってこそ発展を……」

「名主と呼ばれる者にも獅子身中の虫はおるのだ。良いか、ファイレイよ?人は聖獣とは違う。他者より自らが豊かになる道を選ぼうとするのだ。それを悪いとは言わぬが、大概の者はその選択の結果を見通せぬのだよ」


 名主を追放して喜ぶのは殆どが身内。自らが成り代われば同等以上の統治を行えると勘違いするのだ、とエグニウスは語る。結果苦しむのは民であり、その怒りの鉾先は名主を追放した者へと向かい手痛い対価を払うことになるだろう……と。


 それが自己責任で済む範囲であれば良いが、件の魔獣やトシューラの脅威が控えているのだ。そして悪いことはまるで狙ったように最悪のタイミングで起こるのだ。


 負の連鎖……長く生きるエグニウスはそれを理解している。


「勇者ライはシウト国に幸運の流れをもたらしたが、その勇者を追いやったことで幸運が逃げ不運が迫る……ワシはそれが恐い」

「………。では、私達も出来ることをしないと……」

「うむ。だが、手が足りん。だからこその後手……せめてクインリーが生きて居てくれればな……」


 『シウト三賢人』と呼ばれる中で政治にも精通していたクインリー。年齢に因る認知症から戻ったまでは良かったのだが、他界してしまったことがここで大きな痛手となる。


「お祖父様……三賢人最後のお一方はどちらに?」

「セフィエか……。あれは完全な世捨人になってしまった。何処に居るのかワシにも判らん」

「では、捜し出せれば……」

「恐らくは無駄だろう。アレは世に絶望して姿を消したのだ。話すら聞くまい」


 三賢人最後の一人の名は『セフィエ・カルメ』──唯一の女賢人は伴侶を喪った哀しさに堪えきれず姿を消したという。

 しかし、その力を借りることが出来れば現状は変わるかもしれない。


 そうとなれば、ファイレイに動かぬ理由は無い。


「では、捜し出し説得すれば良いのでしょう?」

「聞いていなかったのか、ファイレイ?アヤツは……」

「聞いていましたよ。しかし、僅かでも可能性はあるのでしょう?ならば、私は動きます」

「…………」

「お祖父様も常々仰有っていたではありませんか……。『可能性が残されているならば先ずは動くことだ。結果がどうあれ、動いたという経験が新たな道を生み出すのだ』……と」


 それはエグニウスがかつて口にした言葉だった。


 エグニウスの目指しているのは『魔獣や霊獣の聖獣転化によるロウド世界の安定』──それを為すまでは諦めないという意志をファイレイに語って聞かせた際の言葉だった。

 そして実際、諦めずに研究を続けたエグニウスは思いも寄らぬところからその可能性を耳にした。ライが果たした魔獣の『聖獣転化』はエグニウスの新たな希望となったのだ。


 ライですら未だ霊獣の聖獣化は果たせていない。ならばこそ……研究を続けた知識は役に立つ日が来るかもしれないとエグニウスは考えている。


「フッ……ハッハッハ。立派になったな、ファイレイ。ワシが間違っていたと気付かされるとは……」


 エグニウスは手を伸ばし孫娘の頭を撫でる。その顔は実に誇らしげだ。


「お祖父様……では」

「うむ。やってみるが良い。だが、時間はないぞ?あまり悠長にしていれば円座会議までに流れを変えられぬ。良いな?ペトランズ大陸会議までに捜し出し行動を始めるのだ」

「はい」

「ワシは仲間達とこの聖地を守らねばならぬ。済まぬが頼んだぞ?」

「はい!」


 ファイレイは早速行動を開始。先ずは賢人セフィエを捜さねばならない。


 そしてファイレイには、その為に欠かせぬ『捜し人のエキスパート』に心当たりがあった。


(火葬の魔女……リーファムさんなら……)


 ファイレイは四季島に来訪したことはないが、ライの居城からならばラジックが設置した直通の転移扉がある。


 こうしてファイレイは、再び蜜精の森へと向かうのであった。


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