第七部 第二章 第十話 黒の覇竜


 シウト国に不穏な空気が流れ始める中、カジーム国に避難したライの母ローナと『元・双子の魔王』ニースとヴェイツ。


 緊急時にはローナやロイを連れて避難するよう事前に教えられていた双子は、時折散歩と称してライと共にカジームに来訪していた。


 今回ロイを連れてこられなかったのはローナの指示である。“ 人を傷付けぬように ”というローナの教えはしっかりと双子に根付き始めた為、安易な戦闘にならなかったのはかなりの進歩と言えるだろう。



 一方……事情を聞いたカジームの民は、ローナと双子を温かく迎え入れた。何かと恩のあるライの家族──歓迎されるのは必然だったかもしれない。


「ようこそ、おいで下さいました。いつまででも滞在を──などと言うと語弊がありますかな?」


 カジームの里、長の家にて出迎えたのは長リドリー。そしてライ絡みでフェンリーヴ家とも所縁があるフローラも駆け付けた。


「いいえ。受け入れて頂き感謝しております、リドリーさん。フローラちゃんも久し振りね?」

「はい。ご無沙汰しています、ローナさん」


 ニコニコと挨拶を交わすフローラにローナは笑顔で応えた。


「それにしても災難でしたな。シウト国は固い結束で安定しているとばかり……」

「はい。ただ、どんなことにも絶対は無いとあの子……ライが言っていましたので」

「ふむ……事前に避難場所にと頼まれてはいましたが、本当になるとは」


 ライは《未来視》を使える訳ではない。神の存在特性である【チャクラ】にも未来視は加えられていないのだ。

 今回の避難は云わばライの心配性が功を奏したということになる。


「ところで……そちらの双子がくだんの?」

「はい。今は我が家の子です。ホラ、二人とも御挨拶は?」


 マーナに促されたニースとヴェイツは辿々しいながらも礼儀正しくお辞儀をする。


「ニース・フェンリーヴです。宜しくお願いします」

「ヴェイツ・フェンリーヴです。お願いします」

「ふむ。私はリドリーじゃ。宜しくお願いします」

「リドリー!宜しく!」

「リドリー!宜しく !」

「コラッ!リドリー“さん”でしょ?」

「はぁ~い……」

「ごめんなさ~い……」

「宜しい。良い子ね」


 双子の頭を撫でるローナ。その教育の影響もありニースとヴェイツには少しづつ社会性が生まれてきた様だ。


「ところで……里に来てガラの悪いのに捕まりませんでしたかな?」

「あ~……。えぇ~と……止めたんですが……」

「ハッハッハ。返り討ちにされましたか……まぁ、仕方ありますまい」

「スミマセン。お互い怪我はないと思いますので……」


 ストラトに設置されている秘密の転移扉を抜けカジームに来訪したマーナ達。しかし、当然魔人たる双子の侵入に反応する者が居た。

 傭兵オルストと黒竜フィアアンフ──二名はレフ族の里に於ける守備の要でもある。


 因みにもう一人の要である元・傭兵アウレルは、エレナと共にカジームの民の訓練を行っている。ニースとヴェイツの気配には気付いたが諍いは既に無いので放置していた。


 フィアアンフはともかく、オルストは双子に反応して詰問に現れ交戦。結果、オルストは双子に退けられてしまった。


「あの男も並みではないのですが……やはり『元・魔王』には未だ及ばぬようですな。寧ろ良い修行になったでしょう」

「そうなんですか?」

「ええ。以前も敗けているらしく相当悔しかったのでしょうな?今頃は修行不足に憤慨している筈。ハッハッハ」


 リドリーの言葉通り、オルストは憤慨していた。


 レフ族の里、訓練場──。そこにはフィアアンフと手合わせを行うオルストの姿が……。


「クッ!油断したぜ!」

「何が油断だ、たわけ。貴様はまだまだ弱いだけよ」

「チッ!」


 オルストは全力で戦った訳ではない。現在オルストの鎧と籠手、そして新たな剣は改修作業中。折角手に入れた装備はラジックに回収され強化されることになっていた。

 唯一手元にある『因果の槍』はフィアアンフの命で使用不可とされている。


「貴様は武器に頼りすぎだ、オルストよ。丁度良い経験になっただろう?」

「傭兵ってのは有るもので戦うんだぜ?何だって使えりゃ使う」

「その“ 使えるもの ”が無かったから撃退されたのだろうが」

「ぐっ……。つったって、一応俺は近接格闘も使えんだぜ?なのに、黒身套を纏った攻撃を何であのガキ共は……」


 オルストの技は尽く通じなかった。その理由が判らない。


「恐らくだが、あれは存在特性よ。あのガキ共は並の魔人ではないようだな」

「?……どういうことだ?」

「我も分からん。が……アレは普通の魔人とは違う匂いがするぞ?そう……ライの様な……」


 ライの名前を聞いたオルストは心底嫌そうな顔で手合わせの手を止めた。


「かっ!あの甘ちゃんと同じだと?単なるバケモンじゃねぇかよ」

「フフン。何だ、オルスト?そんなにライに届かぬのが悔しいか?」

「ウルセェよ。大体ヤツに届かねぇのはテメェも一緒だろうが……」

「ぬっ?我は奴の兄貴分よ……。さては貴様……封印が解けた我を以前と同じと思っているのか?」

「違うってのかよ?」


 フィアアンフは至極悪い顔で笑う。


「クックック……我は史上最強の竜だぞ?何故封印されていたと思っておるのだ?」

「悪さしてたからだろ?」

「そう……悪さしてたから……ではないわ!何だ!その安い理由は!?」


 暴れて手の付けられなかった意味では『悪さ』はあながち間違っていないのだが、フィアアンフはそれを認めない。


「猫大聖霊に聞いたが、勇者バベルが封じたのは大聖霊、魔王、そして我だ。つまり星を滅ぼす可能性がある者──」

「ほぅ……随分と大きく出たじゃねぇか。じゃあ何か?テメェはあの甘ちゃん勇者を倒せるってのか?」

「馬鹿者。我はライの兄貴分だと言っただろうが。我は奴を気に入っているのに倒してどうする」

「じゃあ、言い方を変えるぜ?『試しに殺り合えば倒せる』だけの力があるのかよ?」

「フン……無粋だがそういうことだ」


 オルストはまだ疑いの眼差しを向けている。


「くっ……信じておらんな?」

「口では何とでも言えるからな?」

「良いだろう。貴様、少し顔を貸せ」

「は?何をするってん……!?」


 オルストが答えるより早く、フィアアンフはライから譲り受けた神具の腕輪で転移。巻き込まれたオルストが次に目にした光景は完全な別世界だった。

 見渡す限り何もない荒野──かつてカジームは『死の大地』等と呼ばれていたが、それよりも遥かに殺風景な土地。植物は一切なく水気も無い。空は濁った灰色で、大地は唯々岩場や砂が広がるばかりである。


「フハハハハ!うむ!まだ残っていたな!重畳、重畳!」

「………。おいおい……何処だよ、此処は?」

「ここは異空間……その昔、神が研究の為に生み出した場所よ」


 【特殊神界ウァスティタス】──。


 魔力の発生しない空間は果てなく広がり、空間内は破壊されても直ぐに復元される。

 かつて創世神ラールが後継の神々の為に遺した異空間は、『魔力に頼らずとも世界を維持する仕組み』を創り出すよう課題を与えた際に提供された地だ。


「おいおい……そんなスゲェ場所を何でテメェが知ってんだよ?」

「フハハ!我の力の発散場所にと先代の神アローラから与えられたのだ!」

「……要は他所じゃ迷惑だから此処で暴れろ、と言われたんだな?」

「我がロウドの器に収まらなかった、と言え」


 この空間のお陰でロウド世界はフィアアンフの暴威から被害を随分減らすことが出来たのは歴史の真実……。かつての神々により肥沃化に成功したウァスティタス空間は今の荒野に成り果てたのは余談だろう。


 ともあれ、ウァスティタス空間の犠牲?によりフィアアンフが破壊に飽き、ロウド世界でも殆ど暴れなくなったのもまた余談と言える。


 もっとも、敵対する相手には容赦なく力を振るっていた故にバベルに封印される結果となったのだが……。


「………ガキか」

「くっ!我の武勇をそんな一言で済ますな!」

「そんなことより、こんな寂れた場所に来て何すんだよ?」


 オルストに問われたフィアアンフはまたもや悪い顔で笑っている。


「完全に封印が解けた我の力を見せてやるのだ。あちらでは騒ぎになるのでな……我が勇者バベルに封印されたのは、ヤツが未完成ながら【神衣】を使用したからよ。それが無ければあの程度の輩……」

「神衣?何だ、そりゃ?」

「神格に至る力だ。既にライはそこには至っている。貴様がライを超えたければ最低でも神衣が必要だろう」

「…………」


 神格……神と言われてもオルストにはさっぱり現実感が無い。


「難しく考える必要は無いぞ?神衣は覇王纏衣に存在特性を混ぜたものだからな」

「……そもそも俺は存在特性を使えねぇんだがな?」

「それも踏まえて、だ。我が力の片鱗を見せてやろう」


 フィアアンフは人型から竜化。更にもう一度人型へと変化を果たす。


「?……何だ?」

「久々なのでな。竜の身体で感覚を確認したのだ。人型は扱いが難しい」


 更にフィアアンフは少しづつ形状を変化。それは竜人よりも竜に偏った姿。例えるなら竜を模した全身鎧と表現するのが相応しいだろう。


「………俺は別に仮装大会を見たいとは思わねぇ」

「一々茶々を入れるな!良いか?先ず、覇王纏衣は『覇竜王の力を模したもの』だ。だが本当の覇竜王の闘気は別物……それを貴様に教えてやろう」


 フィアアンフは覇王纏衣を発動……かに思われたがそれは別物。金色の輝きは深く炎のような揺めきを帯びている。更に闘気は凝縮を始めその身体に吸い込まれるように消えた。

 無闘気状態に見えるが身体そのものから立ち上る威圧感は覇王纏衣の比ではない。


 オルストは……驚愕の表情で固まっている。


「どうだ?これが覇竜王の真なる闘気──【王鎧おうがい】だ!消費は覇王纏衣のままだが黒身套とやら以上の力があるぞ?」

「マジかよ………」

「貴様にはこれを伝授してやろう。何……可愛い舎弟の為だからな」


 真なる覇竜王の闘気の伝授。これに存在特性を加えた【神衣】は、通常のものより高位の神格を得られるだろうとフィアアンフは語る。


「存在特性については我も使えんがアテがある。それでライを超える準備が整うぞ?」

「………テメェは一体何モンだよ?只の竜じゃねぇとは常々思っちゃいたが……」

「フッフッフ。我が名はフィアアンフ──又の名を『黒の覇竜』……覇竜王の突然変異よ」

「は、覇竜王……だと……!?」

「まぁ、竜の理から外れた異端が我だ。分の覇竜の力……まだまだこんなものではないわ!フハハハハ!」


 覇竜王の突然変異フィアアンフ……ロウド世界に於いて力をもて余すだけの理由はあったということだ。

 だが、これはオルストにとって間違いなく好機。これで更に大きな力が手に入る可能性が増えた。


「へッ!面白ぇ……じゃあ頼むぜ、フィアアンフ?」

「兄貴は?」

「はぁ?何言ってんだ?」

「我は舎弟だからこそ面倒を見てやるのだ。それなら相応しい態度があるだろう?」

「テメェ……呼び方なんぞどうでも……」

「ア・ニ・キ!」

「…………」

「フゥ……良かろう。ならばこの話は無かったことに……」

「ま、待て!わ、わかった!」


 勝ち誇った顔で笑うフィアアンフは既に魔王の如き悪い顔だ。対してオルストは苦悶の表情から作り笑いを浮かべている。口許が明らかに引き攣り目が笑っていない。


「よ、宜しく頼むぜ、ア……」

「目上の者に対しては?」

「ぐっ!………。よ、宜しくお願いします、フィアーのアニキ」

「フハハハハ!良かろう!我が弟分ならば仕方あるまい!ミッチリしごいてやるわ!フハハハハ!ハ~ッハッハ!」

(くっ……我慢だ、俺……)


 この日、改めてフィアアンフの舎弟が増えた。



 ライが意図せずとも高みを目指す者は研鑽を続ける。だが、フィアアンフとオルストの縁はライが繋いだものでもある。


 この出来事もまた未来への布石──【幸運】の導きは今、更なる意味を持ち始めたのだ。

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