第七部 第二章 第九話 シウト国の軋み


 魔王との共謀者という嫌疑にてロイが拘束されたシウト国・王都ストラト──。


 その玉座にてクローディアは憤慨していた。



「何故、ロイ殿が拘束されねばならないのです!一体誰が命じたのですか!?」


 玉座正面に跪いている騎士に向かい厳しい声を向けるクローディア。傍らに控えるキエロフはそんなクローディアを諭し、穏やかな口調で目の前で項垂れる騎士へと疑問を投げ掛けた。


「近衛は王や大臣の意思無くして動けない……それが大前提の筈だが?何故勝手に近衛兵が動いたのだ、オルテガ殿?」


 オルテガと呼ばれた騎士は頭を上げることなく無言を貫いている。


 齢四十程の精悍な顔付きをした赤髪短髪……白銀の鎧は一際凝った金の装飾がなされている。同様に赤いマントにはシウト国の紋章が刺繍されていた。


 その衣装はシウト国……つまりは王家を背に庇い戦う近衛の統括者たる証──。近衛騎士長。オルテガはシウト国屈指の存在『嵐の四騎士』の一人である。


「………。聡明な近衛騎士長である貴公がこの様な勝手をするとは思えぬ。つまりは何者かが勝手に命じた……私はそう思っているのだが?」

「………」

「オルテガ殿」

「……申し訳ありません、キエロフ様。私は……」


 そこでオルテガの言葉を遮るように謁見の間の扉が開かれる。現れたのは必要以上に豪華な装飾がされた貴族服の男。鋭い目付きで深いほうれい線が刻まれた、五十程の痩せた男。


 そして、その傍らには同じ様な装飾で色違いの服を着た若い男が同行している。


「ピエトロ公爵……」

「久しいですな、キエロフ殿」


 互いに表情を崩さぬまま謁見の間での会話が始まった。


「事前の申請が無い謁見は無礼に当たるのではありませんかな?」

「何……今回は公式な謁見ではなく我が姪の様子を見に来ただけのこと。問題はあるまい、クローディア?」

「叔父様……」


 ピエトロ公爵は先王ケルビアムの弟……つまりクローディア女王の叔父に当たる。但し、血の繋がりは薄い。


 先々代の王には病で他界した友人の貴族が居た。それを引き取り子として育てたのがピエトロである。

 直系ではないので王位はケルビアムが継承。それでも継承権を有するだけの地位にあるのだ。

 特にピエトロはやり手で先見の明がある。その資産がシウト国有数というだけでも才覚の程は判るだろう。


 しかし……ケルビアム退位後、ピエトロの行動は王家を軽んじる節が見られるようになった。


「ところでキエロフ殿……何故オルテガ殿が叱責を受けているのですかな?」

「……。近衛の兵が私の副官を拘束しましてな。手続きを踏み釈放を準備しておりますが、近衛の行動に関して問い質しておるのですよ」

「ふむ……それは異なことを……」


 ピエトロはニタリと笑みを浮かべる。キエロフは内心不快に感じながらも努めて冷静に問う。


「異なこと……とは?」

「キエロフ殿……我が国は既に一度、魔王の危機に晒されたではありませんか。ライ某という輩が魔王であることは疑いようの無い事実……その肉親は疑って然るべきでしょう?」

「ライ・フェンリーヴはその魔王『ベリド』を止めエノフラハを救ったのですぞ?それに、今や敵対国となったトシューラの言を鵜呑みにすることは愚行と思われますが?」

「それが信頼を得る為の演技でないと何故言い切れるのですかな、大臣?」


 互いに視線を交えるキエロフとピエトロ。先王退位の際に開かれた円座会議の頃から二人は何かと反りが合わない。


「ともかく、オルテガ殿は魔王に対する迅速な措置を行ったと私は見受けました。まさに国を案じた忠臣……叱責は御門違いと思われます」

「……話になりませぬな。近衛が勝手に動くようでは国の体制が崩れてしまう」

「ハッハッハ。それは王の権威が低いからでしょう?女王が頼れるならばオルテガ殿は勇み足などしますまい」

「言葉が過ぎますぞ、ピエトロ公爵……」

「これは失礼。が……近衛の行動を制御出来ないのもまた、女王の資質が問題かと思われましてな。そこで……」


 ピエトロは満を持したように告げる。それこそがピエトロが来訪した真の目的──。


「私共は元老院議員に呼び掛け円座会議の提案をしております。まさか魔王が王都近郊に居たなどと笑い話でしかありませんからなぁ……。既に元老院議員の多くは円座会議の開催に賛同しております。この国の方針を決める大事な会議……どちらが正しいかはその場にて決まることでしょう」

「………。ピエトロ公爵……貴公は………」


 ピエトロは以前そこまで国を乱す様な男ではなかった。いや……寧ろ王を支えることを是としていた。だからこそ円座会議にて先王ケルビアムを支持していたのだ。

 たとえ血が繋がらずとも兄──ピエトロは父王に恩義も感じていた。


 それがこうまで変わった理由をキエロフは何となく察していた。


(……親となり欲が出たか)


 ピエトロに同行しているのはその子息、モイルーイ。

 モイルーイはピエトロの子であることが疑われる程に何の才の片鱗も見当たらない。政治、商才、武芸は言うに及ばず、容姿も冴えない男である。


 それもその筈……努力さえ怠っているのである。持ち得た能力があっても種が芽吹こう筈もない。

 それはイルーガなどよりも余程怠惰で、エルフトにある訓練所に所属したにも拘わらず真剣に打ち込んだことが無いのだ。


 努力も才能……それはキエロフが以前マリアンヌとの会話で耳にした言葉だった。


(ピエトロは王位に就き息子に王の座を用意したいのだろうが……)


 それは国を担う者としてやってはならぬこと。為政者こそ身を律せねば国は滅びに向かうのだ。それは先王ケルビアムの退位劇で証明されているのだが……。


「先程も言ったように今回は挨拶に来ただけのこと。取り敢えず私はこの辺りで帰るとしましょう。が……覚悟なされた方が良いですぞ、キエロフ殿?あなたはフェンリーヴ家との距離も近かった。当然ながら弾劾の対象にもなる」


 脅し文句にしては安易ながら、ピエトロはしっかりと楔を打ちに来た。しかし……今のキエロフは国の為に身を惜しむことはない。


「御心配痛み入るが、私は正しきことをやっていると自負している。勇者ライはこのシウト国にとって……いや、世界にとっての希望。貴公こそ……良く考えるべきと思われるが」


 一瞬顔を歪ませたピエトロ……しかしキエロフは構わず続ける。


「邪神と目されていた存在……闘神がどれ程の危機か……。個の思惑で動きいさかいを拡げている現状は、後に必ずツケを支払わねばならなくなる。それが個人で済めば良いが、間違いなくシウト国……そしてロウド世界の民全てにまで類が及ぶだろう。貴公らはその重さをやがて自覚することになる」

「…………」

「まぁ良い。どのみち円座会議は『ペトランズ大陸会議』の後となるだろう。せめて貴公がその間に目を覚ますことを期待するとしよう」

「……フン」


 ピエトロは視線をクローディアに移す。その表情は微妙に険しさが含まれていた。


「クローディアも覚悟はしておくことだ」

「叔父様……」

「………。行くぞ、モイルーイ」


 ピエトロとモイルーイは謁見の間から去っていった。


「オルテガ殿……貴公ももう良い。下がりなさい」

「ハッ……」


 先程の会話にはオルテガへの言葉も含まれている。キエロフはこれ以上の叱責は不要と判断した。


 他の近衛騎士達も全員下がらせた後、謁見の間にはクローディア、キエロフ、そして『勇者フォニック』たるレグルスが残される。


 と……玉座裏側の壁が音もなく開かれる。王族用の隠し通路から現れたのはマリアンヌとマーナだ。


「案の定だったわね。あのピエトロ公爵がイルーガと共謀しているのは間違いないわ」


 マーナの言葉にクローディアの表情が俄に曇る。

 血は繋がらずとも叔父……信じたい気持ちがあるのだろう。


「それで……貴公らの目にはどう感じた?」


 キエロフは現状、補佐であるロイを欠いた状態。マリアンヌ達からの助言は得られるだけ得たいと考えていた。

 マリアンヌはそれを察し情報の収集と共に推察を始める。


「オルテガ様のことですが、御家族は?」

「奥方と娘子が居る。ストラトの騎士団詰所近くに暮らして居た筈だが……」

「恐らくですが、人質に取られた可能性があります。確認が必要かと……」

「!?……ま、まさか……本当にそこまでするのか……?」


 近衛騎士団長の家族を人質に取ることは、近衛を敵に回すことと同義。それでは王位を手に入れても主従の関係性が瓦解する。それどころか家臣全てに反発され国としての崩壊が始まるだろう。


「大臣……認識が甘いようだけど、これはもう内乱なのよ?手段より目的を果たすのが最優先。この場合、クローディア女王に成り代わるのが目的ね」

「だが、勇者マーナ……ピエトロはそこまで浅はかな男ではない筈だが……」

「世界を何度も救ってるお兄ちゃんを【魔王】扱いした時点で浅はか以外の何ものでもないわよ」

「…………」


 確かにその通りだとキエロフは思った。だが、それにしても短慮すぎる。

 そんなキエロフの疑問に答えるようにマリアンヌは自らの推察を述べた。


「恐らくピエトロ公爵はモイルーイに泣き付かれたのでしょう」

「?……どういうことだ、マリアンヌ殿?」

「モイルーイはノルグー卿レオン様の令嬢・レイチェル様に御執心だったそうです。レイチェル様は今、ライ様の同居人……モイルーイからすれば横から奪われたと思ったのかもしれません」


 勿論、ライの同居人となるのはレイチェルが自らの意思で決めたこと。出会い自体ライの方が早いのだが、貴族には余計な気位がありモイルーイもそれを一丁前に持ち合わせていたのだろう……とマリアンヌは口にした。


 加えて、ピエトロは前回の円座会議で暗躍したライの噂を耳にしたのだろうと推察。当然ながら恨みの対象にもされたと考えれば、魔王デッチ上げに関しては容認しそうな話である。


「更にはイルーガ……同じ有力貴族同士、何等かの裏取引があった可能性があります。イルーガは元老院議員であると同時に近衛騎士。やはり何等かの謀略があると考えるのが妥当かと」

「うぅむ……」


 次々代の王位をモイルーイに……とでも約束をされればピエトロがイルーガと手を組む可能性はある。とはいえ、魔人となったイルーガからすればそれら全てはどうでも良いことだろう。


 己の害になるようなら首をすげ替えるだけで良いのだ。ピエトロはともかくモイルーイの未来は無いと言っても過言ではない。


「バカよね……子供の為に動いてるのに、その行動は子供の未来を潰しているんだから」

「………」

「ともかく、今のままではクローディア女王や大臣が追放されて国が乗っ取られるわ。でも、それだけじゃなくもっと酷いことになるわね」

「トシューラ……ですね?」


 クローディアは不安げな視線をマーナに向ける。この二人は案外仲が良い。


「大丈夫よ、クローディア。三大勇者である前に私もこの国の人間だから、友達は守るわよ」

「頼りにしています」

「ええ。それで……今後のことだけど………」


 ペトランズ大陸会議──その場にてトシューラからの批難は免れないだろう。いや……その件についてはエノフラハでの魔獣騒動があるので互いを牽制する程度で済む。


 問題はパーシンと双子の姉妹。しらを切るには少しばかり地位が高い。


「パーシン殿と双子の姉妹は引き渡す気はありません」

「分かってるわよ、クローディア。ただ、今回の相手は新しい女王……かなりの切れ者らしいから覚悟した方が良いわね」

「ルルクシア……でしたね。……」


 同年代、そして互いに女王……本来なら友好を結べそうな相手だが、トシューラに限りそれはないだろうと残念そうに首肯くクローディア。


「ここからが正念場よ?お兄ちゃんなら一気に形勢をひっくり返せるだろうけど、頼らなくても私達で出来るところを見せましょう!」

「そうだな……勇者マーナの言う通りだ。国政は我々が担う。そうですね、クローディア女王」

「はい……皆様方、お力添えを宜しくお願い致します」


 クローディアは深く頭を下げる。その場の者は小さく頷いた。


 そして役割の確認を終えたマーナとマリアンヌは、そのままクローディアとキエロフの護衛を努めつつシウト国の情勢把握を始めた。




 それから間も無く『ペトランズ大陸会議』が開催される。この開催を最後に、大陸会議は長らく開かれることは無い──。






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