第七部 第二章 第八話 混乱の種
エクレトルにて自ら拘束を受けていたライは、魔王アムド捜索を決意するに至る。
イルーガの行動がアムドの指示によるものかは疑問が残るものの、【真なる魔人転生】が使われたと考えれば、アムドがイルーガを魔人化させたことはほぼ間違いないだろう。故にアムドの思惑を知る意図も含め捜し出す必要があった。
どのみちアムドとは対峙せねばならないのだ。この先、闘神復活までに決着が付けられないのならば休戦や共闘も視野に入れる必要がある。
魔王たる存在との対話など正気を疑われそうなもの……しかし、ライは未だアムドに何らかの信念を感じていた。
それに──奪われたデミオスの首を取り戻さねばならない。戦闘は極力避けるつもりではあるが、先ずは見付けてから判断することにした。
一応、混乱を抑える為にエクレトルには分身体を残している。シウト国から身柄引き渡しの要望がある予定なので、体裁として残すことにしたのだが……そのシウト国内には混乱の種が既に芽吹いていることをライは知らない……。
「……という訳じゃ。ライは魔王の疑いが掛かっておるからのぅ。目立った行動を控えておる」
蜜精の森・居城、会議室内──。
エクレトルにてライとの打ち合わせを終え帰還したメトラペトラは、ライを心配した同居人達に説明を行っていた。
「じゃあ、ライはエクレトルに居るのか?」
メトラペトラに詰め寄るエイル。他の同居人もメトラペトラに迫り詳しい説明を求めている。
「そうじゃ。今回は大人しくしとる筈じゃぞ?疑いが晴れぬままアヤツが下手に動けば、混乱を起こし兼ねんからのぅ……」
ライがアムドの捜索を始めたことは内密にすることになっている。事実を知ればライの後を追おうとする者が居るのは想像に易いのだ。それは魔王との対峙の場に同行させることを意味する。
ライとしてはそれは避けたかったし、メトラペトラもその気持ちを汲んだ形だ。
「じゃあ、あたしもエクレトルに行くぞ」
「待たんか、エイル。ライからは幾つか頼まれごとがあっての……お主らの力も借りねばならん。が、その前に──」
メトラペトラはチラリとヒルダの顔を見やる。本日も朝から居城に来訪していたヒルダ。イルーガの件は先に帰還したマーナより伝え聞いている。
その際、マーナはメトラペトラにイルーガが魔人である可能性を伝えていた。
メトラペトラは迷った末それをヒルダにも伝えることにした。気丈にもヒルダは事実を受け止め、メトラペトラの判断に従う旨を伝えている。
そういった経緯から、ヒルダはメトラペトラの意図を読み取り小さく頷いた。
「お主らも聞いておるじゃろうが、今回の騒動の発端はイルーガ……つまり、ヒルダの兄が原因じゃ。そして……イルーガは魔人化しておる可能性が高い」
この言葉に同居人達から僅かな声が漏れるが、メトラペトラは構わず続けた。
「勿論、それはヒルダも知らなんだことじゃった。そして恐らく、クロム家も関与しておるまい」
「もしかして……【魔人転生】……か?」
「断言は出来ぬがのぅ……」
「それって魔王アムドか?」
「そう急くでない、エイルよ。先ずは順を追ってじゃ」
事の発端であるイルーガは、シウト国の元老院議員。勇者会議の場にて円座会議の開会を宣言している。
これによりクローディアやキエロフ、延いてはロイやマーナ、蜜精の森居城にまで類が及ぶ恐れもある。早急な対策が必要だった。
「先ず、政治的な対策についてはワシらでは荷が重い。今回ライの縁者は特に警戒されるじゃろうからの……。じゃが、ライの台頭以前に功績のある者は別……その点、ロウドの盾に所属している者は動いても問題あるまい」
特にマリアンヌはシウト国に於いても多大な功績がある。三大勇者たるマーナと共に円座会議に臨みクローディアを補佐できる筈だ。
更にファイレイは元老院議員でもあるエグニウス賢人の孫……その知識で会議を有利に運べるというのがメトラペトラの算段だ。
「という訳で、円座会議はお主らに任せる。マリアンヌ、マーナ、そしてファイレイよ……任せたぞよ?」
マリアンヌ達は頷き早速行動を始めた。
「……じゃあ、あたしらはどうすんだ?」
「うむ。先ずはサァラとレイチェルは今まで通りにエルフトの街で講師を続けよ。三兄弟と連携しノルグーの警戒が必要じゃ」
シウト国で最大の力を持つ領主ノルグー卿レオンは発言力も高い。円座会議に参加できぬよう何かしらの混乱を起こされる可能性もある。
ノルグー領は広い……ノルグーの街の守りは堅いが他の街全てを守るには戦略的に限界がある。少しでも守りを高める必要があった。
「他の者達はクローディア派の元老院議員の護衛じゃな。その辺りの采配はランカに任せるとしよう」
「わかった。じゃあ、クリスティーナとトウカ、シルヴィ、アリシア、イグナースは準備を」
サザンシスであるランカは同居人達の戦力をほぼ把握している。誤った采配はまず無いだろう。
「フェンリーヴ家はフェルミナとアムルテリアに任せれば良かろう。少なくとも命の危機は回避されるからのぅ」
「わかったわ」
「……良いだろう」
ライの大切な両親に大聖霊二体による護衛を当てることは過剰なでは無い筈だ。
「この城は自動防衛があるもののクローダーが眠って居るからのぅ……念の為にクラリスとウィンディに守りを固めて貰う」
クラリスは防御特化の精霊人、ウィンディはリーブラ国にて他国の侵入を防いだ妖精族。守りには打ってつけだろう。
「取り敢えずはそんなところかのぅ」
「メトラさん、ホオズキはどうしますか?」
「うむ。お主はチッパイ担当じゃ」
ホオズキはガビ~ン!と衝撃を受けた!
「チ、チッパイ担当とは何ですか?」
「ハッハッハ。………。それでじゃな?」
「メトラさん!」
「冗談じゃ、冗談。お主の役割は決まっとるじゃろ?」
メトラペトラはホオズキの胸に尻尾を向ける。そこにはホウズキに抱かれウトウトとしているハルカの姿が……。
「最重要じゃぞ、お主の役割はの?」
「はい……はい!」
ホオズキは嬉しそうにハルカを頬ずりしている。
「なぁ、メトラペトラ?」
「何じゃ、エイルよ?」
「あたしは?」
「お主はデカパイ担当じゃ」
「…………」
「…………」
沈黙の末取っ組み合いを始めるメトラペトラとエイル……周囲の目は生温い。
「デカパイ担当ってなんだよ!」
「冗談も通じんのか、このポヨンポヨンが!」
「くっ……乳を叩くな!」
大聖霊様と元魔王様は何だかんだと仲が良い……。
「エイル……お主には別件で役割がある」
「別件?」
「お主には他国の情報を確認して貰いたいのじゃ。今回の騒動が他国にどう判断されておるかをの?」
「…………」
ライが魔王だという噂が世界に定着してしまうと、闘神との戦いに備える際にかなりの手間が必要になる。せめて状況を把握しておくべきというのがメトラペトラの判断だった。
「………メトラペトラ」
「何じゃ?」
「お前、ライには凄い優しいよな?」
「なっ!ワ、ワシは師匠として当然の判断を……」
「良いって、良いって。照れなくても分かってるからよ?」
「ぐぬぬぬ……シャーッ!」
メトラペトラの猫パンチ・乱打炸裂!エイルの乳は激しく揺れている!
「おぉぉい!ヤメロ!」
「シャーッ!シャーッ!シャシャシャーッ!シャシャー!」
「くっ!こんのぉ……」
エイルが拳を振り上げた瞬間……突然飛来しエイルの胸に貼り付く物体が──。
『エイルの乳房は僕に任せて!』
現れたのはエイルの契約聖獣コウ──エロ聖獣さんはその身を胸当てに変化させエイルの胸を覆い隠した。
しかし、コウは金属なのに柔らかい状態のまま……エイルの胸は変わらず激しく揺れている!
「……………」
「……………」
やがてメトラペトラとエイルは一気に冷静になり、何事も無かったように会話を続けることにした。
「コホン……。あ~……それでじゃな?ワシはイルーガの動きを逆に辿ることにした。ヒルダ、それとオルネリアはワシに同行せよ」
「それは構いませんが……私にはセバスティアーンが同行しますわよ?」
「まぁ、お主らはセットじゃから構わん。オルネリアも良いな?」
「分かりました」
残る同居人は少数。トシューラから脱出し同居人となったデルメレア、元領主のカインとその娘セラ、そしてトシューラ第三・第四王女にしてパーシンの双子の妹サティアとプルティアだ。
「お主らは下手に動けんからの……デルメレアとカインはブラムクルトの修行を付けてやるが良い。それと、ライの知己も何人か修行に来る筈じゃからの……みっちり鍛えてやれ」
「分かった」
「セラはホオズキと家事を任せたぞよ?」
「はい」
「ふむ……これで大体は決まったが……」
最後に残されたのは一時的に同居しているティムとスイレン……。
「ティムよ……」
「大丈夫です、大聖霊様。お任せ下さい」
「流石じゃな。ライはお主が居れば安心だと言っておったからのぅ……頼んだぞよ?スイレンも同行しティムの護衛を頼むぞよ?コヤツはある意味切り札じゃ」
「はい」
ティムとスイレンはそっと互いの手を握っている。すっかり通じ合っている様だ。
「今回はライがいつもの様に動けぬ。が、今後似たような事態が起きぬとも限らぬ。いざと言う時は各々で判断し最善を目指すのじゃぞ?それがライの為にもなるからの?」
これにより居城同居人達は役割に向け奔走を始める。シウト国を守る為に、ライの疑いを晴らす為にと様々だが、この時点で既に後手となっていた。
シウト国王都ストラト──。
最初に起こったのは大臣補佐であるロイの拘束。魔王の疑いあるライと連携し、シウト国に混乱を齎そうとした、というのが拘束理由である。
明らかな言い掛かりだが、ロイはストラト王城内にて突然拘束され牢に放り込まれたのだ。
更に……マリアンヌ達がフェンリーヴ家に着いた時点で近衛兵が踏み込んでおり、ローナ、及びニースとヴェイツの姿は既に無かった。近衛兵の話ではニースとヴェイツがローナを連れ脱出したらしきことが窺えた。
「まさか……ここまで……」
マリアンヌの想像よりも数手早い行動……それは以前から計画的であったことを意味している。そして間違いなくイルーガには協力者が居るだろうことも。
「大丈夫よ、マリアンヌ。多分、お母さんと双子はカジームに向かった筈だから」
「マーナ様……」
それはライが双子に言い含めていたこと。国内より国外へ……イズワード領主たる兄を頼ることも考えたが、アステ国にはクラウドが居る。皆が【魅了】されては目も当てられない。
ならば、翼神蛇アグナやフィアアンフの居るカジームが最も安全だと判断したのだ。
「それより、近衛兵がこれ程安易な行動に出たことが驚きね……。恐らくイルーガの協力者はシウト国の王族……これを期に王位を狙いに来たんだわ、きっと」
「……………」
安定した筈のシウト国には未だ燻る火種があったことにマーナとマリアンヌは溜め息を吐く。
「闘神復活が迫る今、そんなことをしている場合じゃないのにね……。お兄ちゃんが何でイルーガを甘やかしているのか知らないけど、私を怒らせた落とし前はキッチリつけてやる」
とはいうものの、現状は既に後手。メトラペトラは政治に聡い訳ではない。そしてこの時点で、マーナとマリアンヌは現状把握に努めるしか無くなってしまった。
ライの魔王疑惑から始まったシウト国の混乱は、後に『魔王謀略』と言われる大事件にまで発展するのだ……。
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