第七部 第二章 第七話 罪の意識
神聖国家エクレトルにて開かれた勇者会議──。
本来、脅威に対しての結束を確認する筈だった会議は『翼の勇者』イルーガの発言により紛糾……混乱の末に本来の目的を果たせず解散となった。
勇者間には多少なりの縁が出来た為、その場が完全に無駄だった訳ではない……。しかし、ライは有らぬ疑いを掛けられ、しかも勇者間に疑心暗鬼を生じた結果を鑑みれば成功と言うには程遠いものだろう。
今回の経緯は各国に瞬く間に伝わった。エクレトルが伝えるよりも先に各国の首脳に情報が流れていたらしく、アスラバルスはその計画的なに違和感を感じていた。
意図的に勇者ライを排除しようとする意思──これは決して良い流れではない。
しかし、ライの擁護を行うには事実もかなり含まれているのでアスラバルスとしても対応に苦慮することとなる。
そして……当の本人であるライはと言えば───。
「御迷惑をお掛けします、アスラバルスさん」
エクレトルの拘留所内──ライは勇者会議により向けられた疑念がある為、シウト国には帰還せず神聖機構の拘束を受けている。
これは向けられた疑惑が晴れるまでの対応としてライ自身が選んだこと。シウト女王クローディアや大臣キエロフに批難が集まるのを避ける為の措置でもある。
「エクレトルとしては不本意なのだがな……。数々の脅威を退けた貴公を拘留するなど……」
幽閉されているライは、飾り気の無い白い空間の中。唯一外部を見ることが出来るのはガラスの様な透明な素材一枚で隔てられた大きな窓のみ。
ライとアスラバルスは、その窓を挟み向かい合うよう椅子に座っていた。
多忙の中わざわざ拘留施設まで顔を見せにやって来たアスラバルスは、心苦しいといった表情だ。
「今回の騒動……半分は自業自得ですから」
「海王の件を言っているのか?だが、あれは……」
「あの時はリルを救うことにばかり考えが行っていて……短絡だったと思ってます。トシューラの兵にも家族は居たのに……」
「………。どこまでも他者を気遣うか」
実はあの時……多くの兵が沈む艦隊から救われていた。それを救ったのは海の魔物達だったことはあまり知られていない。
リルは自分が支配下に置いていた魔物に人間の救助を命じていたのだ。
それはライの悲しみを軽くしようとする対応。リルがそれ程に人間を理解したとも取れる行動だった。
「あれは仕方あるまい。もし貴公が海王と縁を繋いでいなければ、あれよりも更に甚大な被害が出た筈だ。それに、あの計画を容認したのは他ならぬ我々を含む大国……寧ろ我等にこそ罪があろう。海王には悪いことをした」
「いえ……結果的にリルはディルナーチ側に移る良い機会だったんでしょう。それと俺の罪は別物ですよ」
「……貴公も堅いな」
かつての友、幸運竜ウィトもそんな男だったとアスラバルスは思い出す。
性格は似ても似つかぬが根の部分は変わらない……。アスラバルスはそんなことに少し安堵を覚えた。
「それで……これからどうするつもりだ?」
「どうすべきでしょうか?」
「………」
アスラバルスは鳩が豆鉄砲を食らった様な表情だ。
「な、何ですか?」
「いや……貴公も悩むのだなと思ってな?」
「くっ……ま、まぁ確かに考え無しの行動は多いですけどね?」
「真面目な話、今回の流れはあまり良いものではない。特にトシューラはシウトに対して何らかの行動を起こす可能性がある。それに……」
「イルーガ……ですね?」
「うむ……」
エクレトルの技術でも勇者会議まで力の存在を認識されなかった魔人──。
勇者として飛躍した場合、能力の隠蔽をする必要性が無い。そもそもエクレトルの警戒を潜り抜けている時点で並の隠形ではないのだ。
「時空間神具で修行したと当人は言いましたが、それならもっと年齢を重ねていないとおかしいんですよ。少なくとも俺が知るイルーガは数年で化ける様な才能は無かった。でも……」
「魔人転生なら可能……か。しかし、異形化はしていなかったのだろう?」
「気配を隠すようなら異形化を隠蔽している可能性もあります。そもそもイルーガは精神に異常があった訳じゃありませんし……」
そうなると必然的に【真の魔人転生】に辿り着く。故にライは、イルーガとアムドの関係を疑ったのだ。
「………。つまり、イルーガは魔王アムドの配下か」
「恐らくは……ただ、アムドがイルーガを従えるには違和感があるんですよ」
メトラペトラの話では、魔法王国は血統主義だったという。それでも目に留まるだけの力を見せれば、ライに対して興味を見せた様に配下にしようとする可能性は否定できない。
だが……魔人化する前のイルーガでは到底その目に留まるとは思えないのだ。
逆に言えば魔人化させるだけの何らかの価値がイルーガにあったとも取れるのだが……。
「ふぅむ……これは魔王の搦め手の可能性もある、か。いや……今回は貴公の追い落としが目的で配下に加えたやもしれぬ。結果としてシウト国は大きな戦力を封じられた訳だからな」
「う~ん……」
「ならばシウト国に対して何等かの謀略が起こる可能性も否定できまい」
「確かにイルーガは何か企んでいるとは思いますが、アムドとは別口な気もするんですよねぇ……」
「それは……貴公の勘か?」
「はい」
ライの勘は案外馬鹿に出来ない。アムドは確かに暗躍しているが、何か大きな目的の為に動いている気がするのだ。
そしてアムドは、ライに対しては正面から挑んでくる……そんな気がしている。
「どのみちエクレトルとしては、内政干渉になるので警告しか出来ぬが……」
「それはまぁ大丈夫かと思います。シウト国にはマリーやメトラ師匠も居ますし」
「ならば良いが」
「呼んだかの?」
拘留室内に突然現れたのはメトラペトラ。しかもライの頭上……。
拘留室内は結界があり、あらゆる魔法を阻害する……のだが、メトラペトラの【如意顕界法】の前には意味を為さなかったらしい。
「それにしたって師匠……一度も此処に来たこと無いでしょう?」
「ん?ああ……ワシはアソコから転移したんじゃが?」
メトラペトラが尻尾で指し示した拘留施設入口にはチラリとマレスフィの姿が見える。
確かに見える範囲ならばメトラペトラには短距離転移など容易い。
「マレスフィ」
「済みません、アスラバルス様。ライ殿が心配で大聖霊様をお呼びしました」
「……仕方あるまい。さて……私は戻るとしよう。勇者ライよ……いつまで居て貰っても構わぬが、後悔をせぬようにな?出て行く際は好きな時に行くと良い」
「あ……!アスラバルスさんには一つ頼みが……」
ライの要請を受けたアスラバルスは依頼を承諾し去っていった。
マレスフィには残って貰った。アスラバルスとは別に依頼したいことがあったのだ。
「まぁた、お主は……。今度は魔王扱いじゃと?」
「アハハ……」
「それにしても随分大人しく捕まったのぅ……。全員の記憶を
勿論メトラペトラはライがそれを嫌うことを理解している。魔の海域でのことも後々こうなることは予想は付いていた。
「で……どうすべき決めたのかぇ?」
「……正直迷ってます」
「理由は……まぁ想像が付くがの」
過去に一度縁を繋いだ相手であるイルーガに対し、敵対に踏み切れない……というのは理由としては弱い。
つまり、本当の理由は別……。
「ヒルダの為か……。じゃが、このままイルーガとやらを放置するのは得策ではあるまい。それこそヒルダの為にも、のぅ?」
「そう……ですね」
「とにかくじゃ。優先すべきはシウト国の安全じゃな?女王と大臣、それとフェンリーヴ家……まぁ、マリアンヌが居ればある程度は対策できるじゃろうが」
「流石師匠……愛してるぜぇ!ニャンコォ━━━ッ!」
「シャーッ!」
必殺・ネコサマーソルトキック炸裂!
ライが頭上に伸ばした手を躱し宙返りしたメトラペトラは、そのままライを蹴飛ばした。ライは勢い余って拘留室のガラスにビタリと張り付いている!
突然の光景にマレスフィも白眼だ!
「まったく……何故緊迫感が続かんのかのぉ……」
「え~……師匠への愛はそれ程に深いんですよ?」
「………。と、とにかくじゃ。お主はどうするんじゃ?」
「
「ふぅむ……チャクラの《千里眼》ですら追えぬのにかぇ?」
「実は勇者会議の場でイルーガの服から端切れを切り取ったんです。物質変換で補修したから気付かれていないと思うので……」
残留思念を辿ればアムドの居場所が判明する可能性もある。万が一途切れていても大体の居場所は特定できる筈……。
あとは広範囲に威圧を掛ければ炙り出しができるだろうというのがライの考えだった。
「ふむ。ならば、ワシも行くかのぅ」
「いえ……今回は単独で向かいます。戦闘は避けるつもりですよ」
「じゃがのぅ……」
「それよりシウト国の方を頼みます。政治的なことはクローディア女王やキエロフ大臣が要ですからストラトを。それとノルグーの守りもお願いします」
「ならば皆と打ち合わせせねばの。王都ストラトはフェルミナと犬公に任せるとするかぇ。ノルグーは一先ずワシが守護してやるぞよ?」
「はい、お願いします。それと、ティムを頼って下さい。アイツなら良い案をだしてくれる筈ですから」
「今、骨抜きじゃないかぇ?」
「……『スイレンちゃんに良いトコ見せれば男が上がる!』とでも言えば問題ないと思います」
「そんなもんかのぅ……まぁ良いわ。では、ワシは行くぞよ?……。用があれば大聖霊紋章に呼び掛けよ。直ぐに行ってやるわ」
「……おニャンコ━━━ッ!」
「シャーッ!」
飛び掛かるライに再び華麗なサマーソルトキックをかましたメトラペトラは、そのまま宙に発生した《心移鏡》の中へと消えた。
「フッ……どこまでも照れ屋なニャンコだぜ」
鼻血を拭いヨロヨロと立ち上がったライにマレスフィは言葉も無い御様子。
「それでですね、マレスフィさん。折り入って頼みが……」
「………。えっ?は、はい。何でしょうか?」
「エクレトルで確認している聖獣・霊獣に呼び掛けて一時避難させて欲しいんです。アムドが動き出した今、狙われる可能性がありますから」
「避難ですか?場所は?」
「アステ国にある月光郷かシウト国の蜜精の森でお願いします」
「………聖獣は聖地から離れない可能性もありますが」
「その時はロウドの盾に護衛依頼をお願いします。手が足りない時は蜜精の森の居城に行けば手助けしてくれますから」
こんな時ばかり同居人に頼るのは心苦しいが、ライは嫌な予感がしている。今回は対策に人手がないと間に合わないのだ。
こうして魔王アムドに備える準備を進めることになったのだが、折角の警戒も裏目に出ることが続くとは誰も想像だにしなかった。
そして世界は、混乱へ向かいゆっくりと動き始めた──。
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