第七部 第二章 第六話 混迷の会議
「ここに居る勇者ライ・フェンリー……。この男こそ今の時代に於いて最大の脅威たる魔王にして、我ら勇者の倒すべき相手……世界の敵なのだ!」
『勇者会議』の開かれたエクレトル内施設に響くイルーガの声──高らかに、そして確実に周囲に聞こえるよう計算されたその言葉は、集まった勇者達に届けられた。
初めは何か悪い冗談だろうと勇者達は互いに確認。勇者が一堂に集まるこんな機会なのだ……何らかの余興なのだろう、と。
だが……イルーガの言葉はやがて勇者達の動揺を誘うこととなる。
「信じられぬのも無理はない。この男は確かに人に好かれる顔付きをしているからな……。だが、諸君!真に脅威となる者だからこそ人に紛れ正体を悟られぬ……そうは思わないか?」
確かにそれは否定できないこと。今代魔王の足取りが一向に掴めないのは人に紛れているからだと言う者も居る程だ。
やがて一人の勇者……ルーヴェストにゲジマユと呼ばれた男は痺れを切らしイルーガに問い質す。
「貴公……イルーガとか言ったか?勇者が集まるこの場に魔王が居ると言うのか?」
「そうだ。そんな脅威が存在する事実を皆は知らねばならない……私はそう考えた。故に今、こうして伝えている」
「………。貴公は仮にも『魔王』という勇者から程遠い烙印を押したのだぞ?間違いでは済まされんが?」
「無論だ。私は情報を掴んでいるのだ。この男は大国に弓を引いた……違うか?ライ・フェンリーヴ?」
ライは無言を貫いている。苦悶や悲痛な表情は見当たらない。寧ろ驚く程に悟りきった表情だ。
「お兄ちゃん……何で反論しないのよ!」
憤慨するマーナ。イルーガを殺しにかからんばかりの表情で睨み足を踏み出そうとしたが、ルーヴェストがそれを制止した。
「思い当たる節があるからだろうぜ。アイツ、前にトシューラの艦隊潰したろ?」
「でも、あれは……」
「わーってるよ。【海王】を傷付けられた怒りからだろ?だがな……普通の奴には理解できねぇだろうな。魔物を『家族』と考え優先することなんてよ?」
ライにとってはトシューラ兵よりも家族である海王『リル』が優先されただけのこと。海王信仰まであるディルナーチ大陸ならともかく、ペトランズ大陸では到底理解されるものではない。
加えて、先程話が出たデルメレア・ヴァンレージはトシューラにしてみれば大罪人。それを保護したことも『弓引く行為』とも取れるだろう。
更に……。
「この男はあろうことかトシューラ王城に浸入し王族を拐ったという。フェンリーヴ……弁明があるならしてみろ?」
ここで眉を潜めたのはオーウェルだ。
「イルーガ……それは何処からの情報だ?それが真実ならシウト女王すら知らない情報……そうなればお前はトシューラに内通する存在になるが?」
「オーウェルか……獣人風情が勇者気取りを。私には私の情報網があるだけの話だ。そもそも、この『魔王』を英傑位に据える様な愚王……女王の地位に値するとは思えんな」
「……。衆目、しかも国際的な場で自国の女王を批難する意味を理解して発言しているのか、イルーガ?」
「当然だ。私は元老院議員でもある。王家に相応しくない者を据え続ける気はない。帰国し次第、女王退位の円座会議を提案する」
「!?」
シウトの内紛まで明らかになった勇者会議は最早友好を結ぶ場ではなくなった。だが、イルーガはまだ話を続ける。
「フェンリーヴが魔王という証は他にもある。この男は幾つもの分身を生み出しその姿を変える能力を有している。更には失われた神格魔法までも使い熟す。魔王たる証ではないか?」
最早当たり前となったライの力は他の勇者達からすれば超越そのもの。イルーガの言葉は少しづつ場の勇者達の疑念を高めて行く。
が……ここでイルーガの言葉を否定する者数名。
「おい。超越の力を持てば魔王になんのか?」
【力の勇者】ルーヴェスト。そして更に……。
「そうよ。力の強さ、能力の高さは古の知識を発掘すれば手に入るし、神具を手にすれば能力の幅は広がる。何なら私が転移して見せましょうか?」
【魔力の勇者】マーナ。
この二人は各国で起こる危険を次々に解決した功績がある。その発言力はイルーガの比ではない。
「………。失礼ながらマーナ殿は身内故に庇っていると見受けられる。貴女の発言は意味を為さない」
「イルーガぁ……」
マーナから立ち上る迫力で周囲の者達は無意識に後退りした。
「それと力の勇者……貴方は少々破天荒が過ぎると聞いている。ライ・フェンリーヴが魔王だとしても『面白い』という理由で放置しないとは限らない」
「随分と信用がねぇな、俺は。だが、お前……何様だ?」
「何……?」
「ライは自らの行動で示している。自分の手柄にはしねぇが、コイツに救われた奴の数は『三大勇者』なんて肩書きが霞む程よ。だが、お前はどうだ?イルーガ・イングウェル・クロム?俺はお前の行動を知らねぇぜ?」
「……。私はシウト国の魔獣を倒した筈だが?」
「魔獣を単体で倒せる奴が、何で他の危機に姿すら無ぇのかって聞いてんだよ。いきなり力が手に入るのか?ん?何で前と後に功績が無ぇんだ?」
ルーヴェストの問いに対しイルーガは高らかに笑う。
「それこそ神具の賜物とは思わないのか?私は自らの時間を調整する神具を手に入れた。それにより人に気付かれずして厳しい修行を熟すことが出来たのだが?」
「ほう……その神具をどこで手に入れたか言ってみろ?」
「愚問だな。何故自らの利を他者に明かす必要がある?」
「はん……本末転倒じゃねぇか。自分のことすら証明出来ねぇ奴が他人を兎や角言ってるんじゃねぇよ」
会話は平行線……ライの嫌疑を晴らすこともイルーガの信頼性を証明することもできない。結果として勇者会議はただ混乱を残したことになる。
ただ……イルーガの言う【魔王】が存在しそれが人に紛れているとなると、勇者会議の場に居る者が怪しいという疑念も残るのだ。そしてイルーガの掲げた『ライ・フェンリーヴ』という存在が少なからず名を知られることとなった。
悪意というのは雪崩となって迫ることがある。その火蓋を切る切っ掛けはあの男──。
「ハイハーイ!そのライって人が魔王って話は本当だと思いま~す!」
屈託のない笑顔でそう声を上げたのはアステ国王子にして三大勇者【魅力の勇者】、クラウド。
「僕は魔王討伐計画の時、トシューラ船団に居たんだよ。そして確かに『ライ・フェンリーヴ』がトシューラの船団を壊滅させたのを見ている」
「それは……本当か、クラウド王子?」
「嘘は吐かないよ、ゲジマユ君。勇者の誇りにかけて……ね?」
「ゲジマ……。ま、まぁ良い。だが、本当なら由々しき事態だ」
この発言により会場内が一気に騒がしくなる。
大国の王子という立場、三大勇者という知名度、そして作戦の現場に居た事実に加え、持ち前の魅力──恐らくこの場に於いて最も発言力があるのはクラウドだろう。
そのクラウドによる事実発言。ライの立場は一気に追い詰められた。
「クラウド王子……証言、感謝します」
「いえいえ。イルーガ殿……正義は勝つ、ですよ」
笑顔で握手を交わすイルーガとクラウド。だが、その内心は互いの思惑に満ちている。
(フン……この男、得体が知れん。だが折角だ……利用させて貰うぞ)
(イルーガとかいうこの男、僕から言わせればキナ臭いことこの上無いね。でも、そのお陰で面白いことになりそうだ)
クラウドはイルーガを愚かな男と位置付けたが、同時に丁度良い道化として利用を考えている。結果、ライ程の存在が暴走すれば因縁があるらしいトシューラに被害を与えられる……そう考えた。
しかし、クラウドはライを知らない。たとえ因縁があろうともトシューラは親友の故郷でもあるのだ。
やがてクラウドはライという男の情と信念を知ることになるだろう。
「さて……これでこの場に居る諸君はこの男を魔王と認めざるを得ない筈。そこで私はこの『ライ・フェンリーヴ』を裁判にかけようと思う。が……その為に先ずシウト国の浄化が必要だ」
イルーガはニタリと歪んだ笑みを浮かべていた。
「先ずはエクレトルの天使にライ・フェンリーヴの拘束を要請する」
エクレトルの天使は戸惑いを見せている。神聖機構内に於いてのライは、魔王を幾度も退けた勇者……当然冤罪だと理解しているのだ。
だが、ライがイルーガの申し出の通り拘束を望んだ為に仕方無く従った。
その時点でマーナは完全に怒りが爆発する寸前──それを止めたのは他ならぬライである。
(マーナ)
(!……お兄ちゃん!待ってて?今、この会場の奴等を一人残らずボコボコにして……)
(や、やめなさいって……)
マーナならやりかねない……そう判断したライはマーナに依頼を託す。
(マーナには幾つか頼みがある)
(頼み?)
(ああ。先ず、今日の経緯をメトラ師匠とマリーに伝えて欲しい。それと、クローディア女王とキエロフ大臣の安全確保を)
(……?)
(……。多分、イルーガは魔王アムドと繋がっている。そうなるとどんな手を打ってくるか分からない。少なくともイルーガはクロム家の家名を高めようとしてくると思うんだ)
今回のライの排斥はアムドではなくイルーガの思惑。しかし、そうなるとライと所縁のある者達をも排除しようとする可能性が高い。
(だから前もって策を講じて欲しい。それと、この隙にアムドが何をやらかすか分からないから警戒も……)
(お兄ちゃんはどうするの?)
(イルーガは今のところ俺に執着している。だからこのままで良い)
(でも……)
(……頼むよ、マーナ)
マーナにはライがまだイルーガを信じようとしていることが分かった。
(分かった。でも、お兄ちゃんに何かあったら私はイルーガを赦さないわよ)
(……ああ)
それはライにしても同じこと。ライの身内に被害が出る時がイルーガとの訣別の時──その時は敵として葬る。
たとえヒルダに恨まれることになったとしても……。
そうしてマーナとの念話を終えたライは、天使達に拘束されたままでようやく口を開く。
「勇者の皆さん、改めまして……勇者ライ・フェンリーヴです。え~っと……まぁ、魔王のレッテルなんて貼られちゃいましたけど、俺は魔王じゃないですよ?」
しかし、クラウドの言葉は勇者達の意識を疑心暗鬼にさせている。ライを見る視線はかなり冷たい。
「………。まぁ、俺は勇者として恥じるべきことはしていない……とは言わないよ。勇者も人……正しいことをしているつもりでも間違いの可能性はある。でも俺は人としての道を踏み外した事はないと思う」
今もその気になれば会場の者達の記憶を書き換えることすら出来る。それをやらないのはライの流儀に反するからだ。
そもそもトシューラという国は先にライに被害を与えた国でもある。正当性はライにあると自覚しているし、それ以上に多くのトシューラの民も救っているのだ。
「俺は魔王じゃない……これだけは今、ハッキリと言っておく。どうか忘れないでいて欲しい」
そのままイルーガに視線を向けたライは小さく溜め息を吐いた。
「満足か、イルーガ?なぁ……アンタが求めていたのは本当にこんな程度のものなのか?」
「……何だと?」
「アンタのやり方の先に何があるんだ?何を誇れる?」
「黙れ……」
「ヒルダはアンタが変わってしまったことにずっと苦しんでるんだ。何でそれが分からないんだよ?」
「黙れ!」
「間違った力と方法で何が残る?アンタこそ魔王と何が違うんだよ?そんなんで『クロム家』を貶めて……」
「フェンリーヴゥゥッ!」
イルーガは高速移動でライに拳を振るうが、ライは避けることなく真っ向からそれを受けに出た。
右こめかみに届いた拳──しかしライは微動だにしていない。
滲む血を気にもせずライは続ける。
「イルーガ……一人は淋しいよ?」
「くっ!言わせておけば……」
再び構えたイルーガ……ライとの間に割って入り拳を止めたのは、ルーヴェストだった。
「おっと……その位にしておけよ?それ以上は俺が相手することになるぜ?」
「………。フン。まぁ良い。いずれ貴様らは理解する。今の時代に真に必要なのは誰なのかをな?」
イルーガが去り勇者会議は半ばで終了となる。
この会議は成功とは到底言えるものではなく、今後の世界の在り方と予兆している様だった……。
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