第七部 第二章 第五話 世界の敵
勇者会議はその後も続きライ達は挨拶を兼ねた実力の確認を行う。
立ち振舞い、魔力、生命力などは、隠していても察知することができる。それだけの実力をライ達は持っているのだ。
対する相手方もそんなライ達の力を推し量り力を隠すことの無駄を感じたのだろう。実力のある者程抑制していた力を隠すことを止めた様だった。
ライはチャクラの力 《解析》で相手を調べることも出来る。しかし、相手への礼儀を考えこの場に於いての使用は極力避けることにした。
多くの勇者と交流することが目的の今回の会議──その中に於いて、ライは一つの疑惑を思考から外している。
それは、ライが誰とでも友好的でいようとする中での例外……。
いや……友好的なライだからこそ、どうしたら良いのかの判断が付かなかったとも言える。
『イルーガ・イングウェル・クロム』
かつて幼馴染みとして共に遊んだこともあるクロム家の次期当主にして、ヒルダの実兄でもある男──。
そのイルーガが『翼の勇者』という通り名を得て勇者会議に加わっているのだ。
「ライ。気付いてるか?」
そうライに問い掛けたのはルーヴェストだ。
「馬鹿ね……お兄ちゃんが気付かない訳無いでしょ」
ライの代わりに答えたのはマーナ。当然ながらライと共に居るオーウェル、マレクタル、シーンの三名も気付いている。
多くの勇者達が居る中でライとマーナにのみ向けられている殺気に似た視線。会場内にてそれに反応する者も若干名存在するが、殆どの者は気付いてすらいない。
それ程に調整しながらも敵意だけは隠しきれないといったその視線は、間違いなくライを中心に注がれていた。
「……。随分と矛盾を孕んだ視線だな。あれは……イルーガか?」
女王付きを依頼されている勇者ということもあり、オーウェルはイルーガの顔を知っている。
但し、面識があるといった程度の間柄で親しい訳ではないらしい。
「イルーガ?有名な勇者なのか?」
シーンとマレクタルはその名を聞いたことすらない。少なくとも他国に轟く様な知名度はないということになる。
そんなシーンの疑問に不快な様子で答えたのはマーナだった。
「イルーガは本当は勇者じゃないのよ。近年までは……ね?」
「?……どういうことだ?」
「あの男は貴族の次期当主。所属していたのは騎士団であって勇者として活躍したことは一度も無かったわ。それがトゥルクへの査察の際……シウト国内に出現した魔獣を一人で倒したらしいのよ」
シウト国内に出現した魔獣はそれ程大型では無かったが、それでも魔獣を単身で撃破することは並の実力者では不可能。
それを見た者達はイルーガの背に展開された【翼】を見て噂したのが通り名の由来だという。
「魔獣を一人でか……それは凄いな。だが……」
イルーガから感じるのは敵意。それがライに向けられていることにマレクタルは幾分の不快感を感じていた。
そしてもう一人──イルーガに対し警戒している者が居る。
「なぁ、ライ?」
「何ですか、ルーヴェストさん?」
「アイツ……魔人じゃねぇのか?」
「…………」
それこそ判る者には判る気配。しかし、ライは何も答えない。だがルーヴェストは、ライの気持ちを察していながらも遠慮せずに推察を語り続ける。
「アイツが魔人だとすりゃ一体何処でどうやって魔人化したんだ?」
「どういうことなの、ルーヴェスト?」
「確かに鍛練で魔人化に至る者もかなり稀に居るっつうのは聞いたことがある。つっても、噂の範疇でしかねぇが……」
魔人は魔王と同義で語られる事の方が多い。故に大概の良識ある魔人は厄介事を避ける為自らが魔人化したことを隠す。
それでも、その数は手の指の数より少ないというのがエクレトルの見解だった。
「鍛練の末に魔人化した人なら知ってるわよ?私の剣の師匠もそうだったし、ウチにもいるわよ?」
「マジか……噂は本当だったんだな。てかお前、師匠なんか居たのかよ?誰かに教えを仰がねぇ印象があるが……ん?ウチに居る?」
ウチということはライの居城ということになる。同居人の中にそんな存在が居ただろうかとルーヴェストは首を傾げた。
「あ~……言い忘れてました。ルーヴェストさん、最近修行に来ないから知らないんですよ。最近、新しい同居人が増えたんです」
「悪い悪い。今はちょっと忙しくてな」
忙しいというのは方便で、実のところルーヴェストは他の地にて修行中。ライとの手合わせでは成し得ない自らの高みへの修練──先ずは【竜血化】を容易に行使できるようになることが目的だった。
そして更なる切り札……こちらも確実なものにする為の修行。ライを驚かせる為にコッソリ修行しているのだが、その修行相手がフィアアンフとオルストであることは余談と言えるだろう。
「で?その“ 新しい同居人 ”ってのは強ぇのか?」
「はい。一人は魔人です。その人の娘さんは普通の人間ですが、最後の一人は……聞いたら驚きますよ?」
「おいおい……ここまできて勿体付けんなよ」
「何と、【四宝剣】のデルメレアさんです」
「マジか!あのデルメレ……ウグッ!?」
「シ~ッ!声が大きいですって!」
ルーヴェストの口を塞いだライは、小声にてデルメレアが同居した経緯を説明した。
知名度では『三大勇者』に劣るものの、武を志す者ならばその名を知らぬ者の無い【四宝剣】……デルメレアがライの居城に居ると聞いたルーヴェストはかなり嬉しそうな顔をしている。
「く~っ!何だってお前んトコは面白ぇ奴ばっか集まるんだか……今度手合わせに行って良いか?」
「忙しいんじゃなかったの、筋肉勇者?」
「何?筋肉が見たい?……いやいや、今はそれより手合わせの話だ」
ルーヴェストが筋肉よりもデルメレアを優先したことにライは苦笑いを浮かべた。
と……呆れたオーウェルが話題を戻す。
「力の勇者……お前の話では修行の末に魔人化する場合があるのだろう?そしてライの妹の話ではその前例もある、と。だが、少なくとも俺はそんな存在を知らない。つまり確率はかなり低い」
「……何が言いたいんだ、オーウェル?」
「魔人化に至るには生半可な修行では足りないのだろう。必ず魔人化できるとは限らない上、そこまでせずとも騎士や兵として暮らしていく実力は付く。だからなのだろうが……」
オーウェルは横目でチラリとイルーガを見た。
「アイツがそんな過酷な修行をしたのか?」
「…………」
ライの魔石食いに関しては限られた一部の者のみにしか知られていない。そもそもジョイス、ウジン、アスホックのソウルオクス三兄弟は、トシューラ魔石採掘場にてライの魔人化を聞き真似たのだ。
それでも、イルーガがライのように古い魔術書を信じて続けたというならば可能性として無い訳ではない。だが、イルーガの台頭はあまりにタイミングが良すぎたのである。
魔獣出現より先に魔人化しているならば隠す必要はなく勇者として活躍すれば良い筈。クロム家が近年勇者を輩出できていなかったことを考えれば、尚のこと勿体振る必要もない。
そして、修行をするにしても騎士という立場は枷になる。時間を拘束される宮仕えである騎士は鍛練は出来ても本格的な修行は行えない。理由は脅威がいつ発生するか判らない為疲労を残せないのが理由だ。
ロウドの盾に参加したシウトの騎士バズ、ドロレス、アーネスト、イグナース等は特例として鍛練時間を得られるようにされている。更にはシウト国内の騎士でも優秀な者はマリアンヌの手解きで実力を引き上げた。
しかしながら、時間的な限界で『過酷な修行』にまでは至らないのだ。
オーウェルやレグルスはやはり特例──特にレグルスは女王の騎士であるので最後の砦でもあるのだ。それでも、どちらか片方が女王クローディアの傍らに居ればもう一人は修行に専念することが出来る体制になっていた。
しかし──イルーガはそんな枠組みの中には居なかったことをオーウェルは知っていた。
「ふぅむ……。つっても、魔人化の方法は他にもあるんだろ?」
「……そんなものが……一体どうやって?」
「ライから聞いたぜ?カジーム国に魔人化した戦士が居るってな?」
「………。本当なのか、ライ?」
オーウェルの疑問にライは困った顔で答えた。
「【魔人転生】っていう術があるんだ。でもそれは邪法に近い。何せ古の魔法王国を滅ぼしカジーム国を弱体化させた原因にもなった魔法だし」
「邪法……」
「カジームに居るアウレルさんはそれこそ魔人に至れそうな程の修行をしていたよ。でも、魔人化しなかった。あのままじゃ自己嫌悪になって精神を壊す恐れがあったんだ。だから俺は、アウレルさん自身の信念を確認して魔人化させた」
本来は使うべきではない魔法──ライはそう念を押した。
「じゃあ、イルーガはどうやって魔人化した?」
「………」
ライがイルーガに関する対応を行わないのはそれが理由でもある。
【魔人転生】は単身で行うことが困難な術。たとえイルーガがどこかで魔法王国の知識を手に入れたとしても、それを行使するだけの魔術レベルに届いてる筈が無いのだ。
カジーム国に残されているだろう【魔人転生の術】は未完成型で暴走を伴う。だが、イルーガにはその様子は見当たらない。
そして現在、完成型を使えるのはライと魔王アムドの両名のみ……必然的に結論は出ている。
それでもライは信じたかったのだ。かつての友が古の魔王に与する訳がないと……。
そうした気持ちと脅威に対する警戒との板挟みになり、ライは行動を選択することを避けた。
だが──それが更なる試練を与えることになろうとはライには思いも寄らなかった……。
「おい。アイツ、こっちに来るぜ?」
それまで壁に寄り掛かりライに敵意を向けていたイルーガは、ゆっくりとライに向けて歩を進め始めた。
ルーヴェストやマーナは瞬時に周囲を警戒した。イルーガよりもアムド一派を警戒したのだ。
同様にオーウェル、シーンの二人は会場の勇者達の安全に意識を廻らせる。マレクタルは星鎌ティクシーを喚ぶタイミングを計っていた。
そしてライは……一人イルーガに向けて歩を進めた。
会場内の混雑の中、ライとイルーガは遂に対峙する。だが、ライは未だ迷いを見せていた。
「イルーガ……」
「気安いぞ、フェンリーブ……貴様如きが俺の名を呼ぶな」
「…………」
「フン……まぁ良い。それより随分と余裕だな。何せ世界で活躍する『白髪の勇者』様だ。気付いているんだろう?」
「……。イルーガ……俺はアンタを信じたい。たとえ間違った方法で力を手に入れても正しい選択をすると思いたいんだよ」
その言葉を聞いたイルーガはニタリと口角を吊り上げた。
「正しい選択か……。勿論だ」
そしてイルーガは高らかに叫ぶ。勇者会議の会場全てに響くように……今この場だからこそ最大の意味を為す呪いの言葉を……。
「この会議に参加している勇者諸君!私はイルーガ・イングウェル・クロム!私はこの場にて勇者諸君に知らせねばならないことがある!」
波が引くように静まりかえる会場。イルーガは更に声を張り上げ続けた。
「ここに居る勇者ライ・フェンリー……。この男こそ今の時代に於いて最大の脅威たる魔王にして我ら勇者の倒すべき相手……世界の敵なのだ!」
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