第七部 第二章 第四話 剣の勇者



 勇者会議の顔合わせは知己から初見の者達との挨拶へと移る。


 この場にて優秀な勇者との出会いを果たせれば、今後は更なる力強き助力を得られるだろう。



 【全ては救えない──】



 幾度も耳にした言葉だが、ライは諦めるということを知らない。持ち前の気安さも加わればより多くの縁を得られる……かもしれない。


「俺の知る範疇だと他に知り合い居ないけど、皆は誰か居る?」


 ライは勇者としての旅立ちが遅い上、トシューラ国に囚われた後はディルナーチ大陸を放浪していた。ペトランズ大陸側の勇者との出会いは確かに機会は少ない。


 デルメレアは一応ながら勇者ではある……のだが、トシューラの反逆者扱いなので今回は不参加になっている。

 会場にはトシューラ出身の勇者も少なからず参加している。王家の息が掛かっているかどうかは流石に事前には分からなかったのだ。危険を回避するにはデルメレアの不参加は妥当な話と言えよう。


「……。俺は獣人族だからな……シウト国以外に知人はいない」

「そっか……オーウェルは立場上移動も大変だよなぁ」

「そうでもない。マリアンヌさんの手伝いで結構移動をしていたからな……それに、お前に貰った転移神具もある。最近は他国に出ることも多い」


 オーウェルは獣人……獣人族は未だ魔王配下という根も葉もない噂がある為に、シウトとトォンの二国以外では行動が制限されていた。


 シウト国での獣人に対する警戒が緩和されたのは、エノフラハでの魔獣事件の際に救助活動を行った為。

 そして『獣人族の勇者』としての周知は、オーウェルが信頼できる存在であることを認識させるには充分な効果があった。


 それはマリアンヌとティムによって計画的に周知されたものであるが、『獣人』に対する考え方が払拭される切っ掛けになったのは確かだろう。


「う~ん……私も似たようなものだな。アロウン国内の勇者は二人だけだった」


 アロウン国の勇者はシーン・ハンシーを含む二名。国の情勢から判るように、以前は戦い手が極端に少なかった。


 『青の旅団』の殆どはアロウン国出身ではあるものの国外で活動していた者達である。その中にいたアロウン国もう一人の勇者は、シーン・ハンシーの元で旅団の副団長を担っているという。


 余談だが、ライからの訓練課題をクリアし神具進呈を一番で受けたことからその実力は確かな様だ。今回会議の参加を見送ったのは単にシーン・ハンシーに情報収集を任せた為である。


「う~む……俺は覚えてすらいないな」

「あ~……私も同じ」


 三大勇者のルーヴェストとマーナは関わった相手を覚えてすら居なかった……。


「……それ、駄目でしょ」

「いや、覚えてる奴は居るんだぜ?」

「誰ですか?」

「お前の兄貴」

「…………」


 ライとマーナの兄、シン・フェンリーヴ。ルーヴェストと対等に殴りあった過去のある元・勇者。現在はアステ国イズワード領の領主である為に勇者会議は不参加。


「勇者じゃなきゃ何人か居るが、勇者限定だといねぇな」

「う~ん……でも、ルーヴェストさんが認めた人となると、勇者じゃなくても興味がありますね」

「まぁ、それは後で教えてやる。とにかく、勇者会議には居ないって話だ。噂くらいなら聞いたことがあるが、実力は知らん奴ならいるがな」


 ルーヴェストの話に反応したマーナは、そういうことならと自分の知る噂を口にする。


「噂で良いなら何人か居るわよ、お兄ちゃん?」

「へぇ……マーナが覚えている程に有名な人か。どんな人?」

「一人は『剣の勇者』アービン・ベルザー。もう一人は『竜殺しの勇者』ギルバート・ボーマン」


 『竜殺し』の言葉を聞いたライは一瞬顔をしかめた。


 ドラゴンとの縁が深いライからすれば、竜を殺されることは不快なこと……たとえ会話が通じない下位の竜であっても、竜の存在意義は世界の調整役であり決して危険な存在ではない。


 今でこそそれを理解しているとはいえ、中にはそれを知らぬ者も居る。だから一概に責めることはできない。


 但し……それは勇者として本当に必要だと判断した結果ならば、の話である。世の中には竜の遺骸を利益目的にしている者が居るのも事実。もしギルバートという男がそんな輩ならば、ライは竜を殺さぬよう説得を試みるつもりだった。


「ライ……私はギルバートを知っている。だが、あの男は悪党じゃない」

「マレクタルさん……」

「それに……ここだけの話だが……」


 マレクタルは声を潜めて説明を始めた。


 ギルバート・ボーマンの『竜殺し』は自称ではなく他者に付けられたもの。そしてギルバートは竜を殺していないのだという。


「は?なんだそりゃ……一体どういうことだ、マレクタル?」

「ルーヴェスト。お前程の力があれば別だが、単身で竜を殺そうとする愚者は居ない。今の私でも星鎌が共に無ければ危険すぎる」


 竜の鱗を打ち破るには覇王纏衣が必須。加えてバベルの遺産級の装備が無ければ人の数に頼るしかない。


 過去に殺された竜は百人近くの者達と数日を掛けて戦い続けた末に倒されている。それでも百年内での成功例は僅か二例……しかも生存者の数は二例とも一桁。

 そして竜は仲間意識が強い。コミュニティの仲間が危機に陥れば容赦なく人間を殺す。そうした前例は人間側の歴史にしっかりと刻まれていた。


 近年ではエルドナ社の製品に行き当たる者も居る。竜に挑み装備を手に入れるよりも安全で、しかも強力な為に竜に挑む者も激減した。

 エルドナの武器に辿り着けぬ者は竜の相手になる訳もなく、複数人とはいえ竜に届く実力を持つ者はエルドナの装備に届く可能性が高い。そんな状況に竜達が平穏を得たことは人の知るところではない。


「じゃあ、何で『竜殺し』なんて言われてんだよ?」

「ギルバートが倒したのは『飛竜ひりゅう』だ」

「………。あ~……成る程な」


 飛竜はドラゴン種──ではない。元は『トビトカゲ』というトカゲの一種が魔物化したものだ。

 魔物化したトカゲは鱗が強化され、更には皮膜が進化。炎まで吐く為にドラゴン種と勘違いする者が居る。


 明確な違いは知能だが、外観的にも違いがある。ドラゴン種は手足があり背に翼……飛竜は手と翼が融合した蝙蝠のような状態。戦いに身を置く者であれば直ぐに判断が付くのだが、そうでない者には竜自体を見たことがないので区別が付かないのは無理からぬこと。

 因みに、竜による災害とされていたのはほぼ飛竜の仕業だ。一部フィアアンフの伝説がドラゴンに風評を生んでいたことは余談だろう。


 ともかく、ギルバートは仕事で飛竜を倒し無駄にしてしまうのは忍びないとその硬い鱗で装備を作製したという。それが『竜殺し』と勘違いされた原因……マレクタルはそう語った。


「ギルバートは……困っていた。竜殺しではないのに称号ばかりが拡がってしまい、行く先々で『竜殺し』と……。結果、難易度か高い仕事が増えて正直重荷だそうだ」

「へ、へぇ~……何でマレクタルさんはそんな話を知っているんです?」

「ギルバートと縁が出来た日に酒場で聞かされた。一晩愚痴を延々とね……」


 ライ、男泣き。冤罪……ではないが、勘違いされた悲しさは誰よりも理解できる漢……同類、相憐れむ。


「それじゃあ、悪い人じゃないんですね?」

「それは保証する。案外頼りになる男だ」

「じゃあ捜して挨拶を……」


 そう口にしたその時……一人の男がライに近付いてきた。


 黒髪に整った顔付きの男。人懐こそうな微笑みを浮かべたその人物は──。


「失礼。私はアービン・ベルザーと言います。少しご挨拶を……」


 絶妙なタイミングで現れたアービン・ベルザー。【剣の勇者】は強者の風格を纏いつつも一見して優男に見える。


「ハッハッハ。丁度お前の話をしてたところだぜ、【剣の勇者】?」

「三大勇者たる【力の勇者】や【魔力の勇者】の話題に出して貰えるとは光栄だ。【狼の勇者】【星鎌の勇者】【青刃の勇者】も初めまして。そして……君が【白髪の勇者】かな?……凄い面子だね」

「俺のことまで知ってるんですか……」

「一応、貴族でもあるから情報はね。それに私もマリアンヌ殿からの指導を頂いた。君とは兄弟弟子ということになる」

「挨拶が遅れました。ライ・フェンリーヴです」


 握手を差し出したライにアービンはしっかりと応えた。


「あなたが【剣の勇者】……。ねぇ、あなた『イベルド』って知らない?あなたと同じ『ベルザー』っていうんだけど……」

「いや……申し訳ないが……。でも、確かにベルザーを名乗ったのならば血縁かもしれない。ベルザー家は少々特殊な血筋だからね」

「特殊……?」

「カジームが国として容認された今は明かしても大丈夫だろうけど、ベルザー家はレフ族の血を継いでいる。これはシウトの王族にも隠していたことだ」

「!……レフ族の血……ですか?」

「正確にはレフ族と他の種族の混血。だから私の一族は祖先になるほど寿命が長い。ベルザー家の初代と二代目の当主はまだ生きているし、一族は皆寿命が長い傾向にある。私の耳も……ホラ」


 レフ族程ではないが、アービンの耳は少し長い。レフ族の血筋に間違いない様だ。

 そうなると、アービンはレフ族の性質も受け継いでいることになる。


「アービンさんは魔力が多いんですか?」

「レフ族程ではないだろうけど、多分かなり多いと思う」

「神格魔法は?」

「実はウチの家系は魔法知識を封印してしまっていた。争いの種になることを避けたみたいだ。だから、知識は後になってから得た」

「何て二度手間な……」


 アービンが勇者としての台頭が遅かったのはそういう理由もあるらしい。


「纏装の技術に関しても恥ずかしながら全くでね……習得には苦労したよ」

「ほう……その割には良い感じに圧を感じるぜ?」

「そう思って貰えれば修行の甲斐があった」

「そういやお前……何で【剣の勇者】なんだ?」

「一族に伝わる剣が理由だと思う。何というか少々変わった神具で……」

「もしかして、意思ある神具ですか?」

「いや……もっと別種のものだ」


 アービンの剣は柄のみで刃が無いのだという。対峙した相手によって形状と効果が変わる剣……名を【明星剣みょうじょうけん】というらしい。


「成る程……デルメレアさんと同じ感じか……」

「ハハハ。確かに通り名はあの【四宝剣】のデルメレアに近いけど、あそこまでとは思っていない。あんな風に強くなりたいとは思うけどね」


 照れているアービン。と……ここで本題を切り出した。


「実は挨拶に来たのは御礼と忠告を兼ねている」

「忠告は判りますが……御礼?」

「ライ君はカジームを解放してくれただろう?その御礼だ。たとえ一族を離れていても、カジームの同胞が救われたことは嬉しい。本当にありがとう」


 レフ族は情が深い。既に遠い子孫とも言えるアービンではあるが、心から感謝をしている様だった。


「いえ……俺は本当に何もしてないですよ。あれはレフ族が勝ち取ったんです」

「だが、切っ掛けは君に間違いない。感謝している」


 そして再度の握手を交わすライとアービン。アービンは小さく深呼吸をした後、改めて真顔になった。

 そして始まったのは念話……接触した相手とのみ通じる限定念話である。


『ライ君……シウト国の中の勇者に気を付けろ。君を狙っている可能性がある』

『………。それは元老院絡みですか?』

『そうだ。特にイルーガ……あの男からは嫌な気配がする』

『………。忠告ありがとうございます。アービンさん……そのことは黙っていて貰えませんか?イルーガは……幼馴染みなんです』

『そうか……。とにかく、気を付けてくれ』

『はい。アービンさんも警戒を』


 手を離したアービンは再び笑顔に戻った。


「それでは私はこれで……また会おう、皆さん」


 アービンは他の知人の元へと去っていった。


「……良い人でしたね」

「中々先が楽しみな奴だな」

「私は興味な~い」


 マーナはアクビをしている。


「………お前の評価が高い人をお兄ちゃんは知らないぞ?」

「良いのよ。私はお兄ちゃんが基準なんだから」

「………コイツゥ!」


 人差し指で妹の額をつつく勇者さん。身内贔負の気恥ずかしさで耳が赤い。


 こうして新たな知人との縁もできた勇者会議。だがこの後……ライの立場は一変する。



 不幸の真に恐ろしいことは連鎖することにある。ライの幸運は、遂に不幸の流れとの鬩ぎ合い始めた……。



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