第七部 第二章 第三話 大国の闇


 エクレトルにて行われている勇者会議──。



 会議の目的である『脅威に対する連携』を提案したところで、決断は各々に委ねられることとなった。

 勇者会議は大国会議と違い本格的な議決というものは存在しない。勇者とは本来縛られるべき立場に無い故である。


 そうして顔合わせの為の新たな会場が設けられ勇者達は、改めての意見交換を行うことになった。


 勇者という存在がこれ程一堂に会したのは歴史的にも初めてのこと……それぞれの勇者達はより有益な情報や繋がりを作る為に対話に勤しむ。中には知己との再会を喜ぶ姿も見えた。


 ライもその一人だった。


「やはり来ていたな」


 ライに声を掛けてきたのはトゥルクの王子にして『星鎌の勇者』マレクタルだ。


「お久し振りです、マレクタルさん」

「そうは言っても、ひと月は経っていないが」

「ハハハ……そうでした。……ところでティクさんは?」

「ここは武器の持ち込みを禁じているだろう?入り口で待って貰っている」


 武器が相棒だ……というのは皆が思うことだろうが、意思ある武器を理由にすると悪目立ちになる。

 そこで星鎌ティクシーは、預けられている武器に混じり他の星具がいないか確認する役割を買って出てくれたそうだ。


 星具同士であれば近付くことで隠している正体を直ぐに見抜くことが出来る。ましてや勇者の装備となれば、新たな星具との出会いも幾分期待できるかもしれない。


「そう言えば、例の報酬……どんな感じでした?」

「ハハハ。ティクシーも満足した様だったよ」

「それは良かった。マレクタルさんはディルナーチ大陸を見てどう思いましたか?」

「トゥルクに負けない自然に恵まれた良い土地だった。住んでる人達も穏やかで素晴らしい国だと思ったよ」


 ティクシーへの報酬として、マレクタルはディルナーチ大陸・久遠国にて稲刈りを行ってきた。場所は嘉神領と不知火領……同行したトウカの話では、一日で広範囲の稲刈りを終える大活躍を見せ大変喜ばれたらしい。

 その後、少しばかり歓迎されリンドウやトウテツとも交友を結べたらしい。言葉の違いはティクシーの力で問題はなかったそうだ。


「それは良かった」

「感謝してるよ。ところでライ……そちらの方は?」

「ああ、紹介がまだでしたね。彼はオーウェル……俺の友人であり、『獣人族の勇者』です」


 ライと同様の大柄、銀髪の精悍な顔付きの男前──。獣人族という言葉にマレクタルは驚いた様子もなく握手を求める。


「初めまして、オーウェル殿。私はトゥルクの王族であり勇者のマレクタルです。以後お見知り置きを」

「お会い出来て光栄だ、マレクタル殿。俺は獣人族のオーウェル……勇者と呼ばれるに相応しいかは微妙だが、堅苦しいのは無しで良い」

「では、そうさせて貰おう」


 固い握手を交わすマレクタルとオーウェル。互いの強さを握手により感じ取っている様だ。


 オーウェルは『エノフラハ魔獣事件』の際にライが知り合った獣人族。ライはペトランズ大陸に帰還した際、単身挨拶に向かっていた。

 その際『獣人の国』建国の話を聞いたライは、エルゲン大森林にて獣人達の訓練を行うことを決める。


 力比べによるエルゲン大森林の支配権獲得。それは獣人達の悲願であり、獣人という種族の在り方の革命でもある。ライとしては是非とも成し遂げさせてやりたかった。


「そんな事情があるのか……大変だな」

「いや。ライのお陰で随分と可能性は高くなったと思う」


 現在のオーウェルの能力は相当なもの。黒身套を極め、獣人達が敬遠していた魔法への修練も続けている。それはマリアンヌの元での修行が基礎となっていた。


 エノフラハでライを巻き込み、更に一族や家族を生かされた。獣人族は恩義を一生忘れない──オーウェルにはいつかライへの恩義に報いるという覚悟があったのだ。その為の成長は確実に実を結んでいる。


 そんな三人が対話していると、ライの元へと人が集まり始める。まずはマーナ、それとルーヴェスト。ルーヴェストは一応、新たな服装に着替えている。


「よう!どうだった、俺の筋肉?」

「ルーヴェストさん……喧嘩売りすぎですよ」

「そうか?あの程度のやり取りは余裕だろ?」

「いやいやいや……ゲジマユはともかく、男女とかゴロツキは流石に……」


 ゲジマユも充分失礼なことは敢えて触れない。会場に居た者の多くは内心同意していた為である。


「それより……マレクタルはともかくソッチの奴。お前、相当やるな?」

「【力の勇者】か……。成る程、尋常ならざる気配がする」

「ほう、分かるか……手合わせするか?」

「今は止めておこう。が……是非、後程指南願おう」


 ルーヴェストの突き出した拳にオーウェルが応える。男達はどうやら互いを認めたらしい。


 そんな光景に加わるか迷っていたのはシーン・ハンシー。アロウン国の勇者だ。

 勿論、ライが即発見し手招きで呼び寄せる。


「どうしたんだよ、シーン?」

「いや……少し気後れした」


 シーン・ハンシーはマーナに想いを寄せたら過去がある。どちらかといえば一時の憧れに近いものだったが、改めて顔を会わせると気不味さが消えない様だ。


「え~っと……チーン・パンジーだっけ?久し振りね?」

「シ、シーン・ハンシーなんだが……」

「マーナ、失礼だぞ?今はアロウン国を代表する勇者だ。結構腕も上がったし」

「そう……。お兄ちゃんがそう言うなら認めるわ。改めて宜しくね、シーン・ハンシー?」

「あ、ああ。宜しく」


 出会いや経緯はともかく、ようやくマーナに認められたことにシーン・ハンシーは安堵の溜め息を漏らす。


「俺達の知り合いとしてはこんなものか?」

「そうね。あとは勇者ではなく騎士とかが殆どだから……」


 マーナとルーヴェストに関しては面識がある相手も居る。しかし、その殆ど覚えていない。失礼かもしれないが強者側からすればそんなものである。


 だが──そんな二人にも忘れようもない相手は存在する。


「やぁ……久し振り、かな?」


 そこに姿を現したのは、アステ国の王子にして『魅力の勇者』──クラウド。


「クラウド王子……何か用かしら?」

「冷たいなぁ、マーナさんは。同じ『三大勇者』の仲じゃないか」

「………。お兄ちゃんを差し置いて三大勇者を名乗るなんて納得出来ないわね」

「そんなことを言われても、僕自身は三大勇者って名乗ってないんだよ……皆が勝手に言ってるだけだからさ?でもまぁ、マーナさんのお兄さんか……。君がそうなのかな?」


 ライに近付いたクラウドは笑顔で握手を求める。対するライは同じく笑顔で応えた。


 一瞬止めようとしたルーヴェストだがライの目配せで踏み止まった。


「初めまして。僕はクラウド……アステの王子だけど勇者でもある」

「これは御丁寧に……私はライと言います。お会い出来て光栄です、クラウド王子。それとも勇者クラウドと呼んだ方が?」

「そうだね……勇者と呼んでくれた方が嬉しいかな? それと敬語も要らないよ。勇者に地位の差は無い……違うかい?」

「分かったよ、クラウド。俺のことはライで良い」


 互いに満面の笑み。やがてクラウドは手を離しライの肩をバシバシと叩く。


「うん!君は面白い!」

「そう?まぁ、今後縁があったら仲良くしてくれるとありがたいね」

「そうするよ。おっと……他の人にも挨拶しないとね?王子ってのは何かと面倒なんだ」


 そう言ってクラウドは慌ただしく挨拶回りを続けた。


「大丈夫か、ライ?」

「まぁ、何とか」

「魅了はされなかったのか?」

「いえ……キッチリ使ってきましたよ?」


 クラウドはライと握手をした瞬間、存在特性【魅了】を発動。しかしライは同時に存在特性【幸運】を発動。更に大聖霊紋章を使用し自らを概念力で満たした。

 この二つの行動により、クラウドの存在特性はライに届くこと無く無効化を果たす。


 去り際、クラウドが小さな舌打ちをしたことをライは聞き逃さない。


「やっぱり油断ならねぇな、あの野郎は」


 そんなルーヴェストとライの会話を聞いていたマレクタルは、ただならぬ様子に質問せずには居られない。

 それはオーウェルやシーンも同様で幾分表情が険しくなっている。


「……この際だから聞いておいて貰った方が良いですね。マレクタルさん、オーウェル、シーン。あのクラウドは……」


 存在特性【魅了】を操り他者を支配する……現実にそれを見た者はいない。だが、マリアンヌの《解析》によりその力は確認されていた。

 そしてクラウドの行動には違和感があることもマリアンヌにより暴かれている。


 その危険性が決定的になったのは、ライがペトランズに帰還した後のこと。二名の証言者から得た情報はマリアンヌの推測が正しかった裏付けとなる。


 一人はトシューラ第一王女アリアヴィータの情報。


 シウト国・デルテン騎士アーネストの献身的な介護により心が安定してきたアリアヴィータは、トゥルク国に囚われていた経緯を口にしたと報告されている。

 アリアヴィータをプリティス教に引き渡したトシューラへの敵意等、クラウドの行動には悪意が窺えた。


 そしてもう一人……当時アリアヴィータ付きだったドレンプレル領主・メルマー家次男、ボナート・メルマー。


 アリアヴィータが捕らえられたあの時──存在特性により危機を感じ兵站の外へ隠れたボナートは、クラウドとプリティス司祭メオラの会話を聞いていたのだ。


 その話をボナートから知らされたライは、魔の海域での魔王討伐作戦についてマリアンヌに確認。クラウドの危険性を改めて理解することとなる。


「そんなことが……」

「だから、皆も油断しないでくれ。トシューラへの敵意の理由は判らないけど、クラウドはどうもかなり歪んでいるみたいだから」


 この勇者会議の場に於いて、躊躇無くライを魅了しようとしている時点で危険極まりない。それは皆、即座に理解した。


「それじゃ、この会場は危険じゃないのか?」

「大丈夫だよ、オーウェル。存在特性も無制限には使えないらしいから……大勢は魅了し続けられないだろうってマリーも言ってたし」

「だが、実力者を狙えば……」

「その点は確かに不安だけど、現時点でこの場に居る俺達は魅了されていない。なら、取り敢えずは安全だよ」


 ルーヴェストやマーナは言うまでもなく、マレクタル、オーウェル、シーンが魅了されるとかなり厄介だったとライは告げる。


 実のところライは会場に入る時点から存在特性を発動している。親しき者達が魅了されないようにとの配慮からだったが、上手く行った様だ。


 本来は常時発動型の【幸運】──これを意図して使うと効果は高い。反面、疲弊も早いので現在は解除している。


「ともかく……今回は勇者達の交流だ。流石にクラウドも敵を増やして死にたい訳でもねぇだろ?なら大丈夫だと思うぜ?」

「【力の勇者】がそういうなら大丈夫……か?」


 シーンが不安げにライに確認の視線を向けるが、ライは苦笑いするばかりだった。


 クラウドは得体が知れない。ライの見抜く目を以てしても、抱えている闇の深さが解らない。

 そしてライはつい最近、同様の闇を抱える者を見ていた。


(どうして大国の王族はこう黒く染まるんだろ……。いや、トシューラとアステだからこそなのか?)


 トシューラ王女、いや……今は女王となるルルクシアもまた深い闇を抱えていた。


 二つの大国の闇──。それはロウド世界にとって大きな障害となるのは間違いないだろう。



 勇者会議は続く……。それがライにとって新たな試練の始まりであることには誰も気付かない。


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