第七部 第二章 第二話 ペトランズ勇者会議


 神聖国家エクレトル国内──ペトランズ大陸会議にて使用される区域。そこは【ロウドの盾】の訓練施設が存在する街となり、今はエクレトルの民も居住していた。


 その一画にある大きな施設にて勇者達が集い脅威について語り合う……それはある意味、今の時代でなければ開かれない集いだったのかもしれない。



 【勇者会議】──開催。



 ペトランズ大陸に於いて勇者を名乗る者、また勇者血筋にて実力を宿す者、そして勇者の素質ありと判断された人材が経験に関わりなく集い開かれる初の会議。


 結果として自称他称を問わぬ勇者の数は想定を超える三千人強となった。


 初の大きな会議に臨む勇者達は幾分緊張の色を浮かべていたが、三大勇者として名高いルーヴェストとマーナの仕切りにより会議は差し障りなく開催へと移行。


 先ず一同が集ったのは半円形でなだらかな傾斜のある会議室。中心を低く配置し注目が集まるよう席が放射状に並べられたその部屋は、一見して闘技場の様にも見えた。


 その中心にて最初に挨拶をするのは議題の提案者であり、議長となったルーヴェスト。その名を知らぬ者無き三大勇者の一人【力の勇者】である。


「え~……俺がルーヴェスト・レクサム。………面倒だから以上だ」


 座席に座る者達は一斉にガクリと体勢を崩す。


「ちょっと!それじゃ挨拶になってないわよ、筋肉馬鹿!」


 そんなルーヴェストのサポート役はマーナ。やはり知名度が高い三大勇者【魔力の勇者】である。


「何ぃ?筋肉が見たいだとぉ?ちょっと待ってろ、今服を……」

「や~め~て~!熱苦……」

「むぅん!!」


 マーナが止めるより早くルーヴェストの筋肉怒張により服はボロ雑巾の如きに破れる。


「…………」

「…………」

「では、議題に移る」


 再び皆がズルッと体勢を崩す。ルーヴェストはボロボロの衣装のまま時折大胸筋を動かしつつ会議を進めようとしていたが、マーナは既に諦めた様だ。


「では、最初の議題だ。俺達勇者は有事の際、勝手に対応してきたよな?」

「正確には個人で、ね。皆、それぞれに各地の盟主の依頼、緊急時の介入、中には金銭で動いた者も居るでしょ?」


 勇者といえど人間……暮らしがあるのだ。たとえ金銭が絡んでも悪徳ではない限り恥じることはないとマーナは付け加える。

 事実、マーナやルーヴェストでさえ報酬を受け取っている。もっとも、報酬以上の働きを行っている二人にとっては『労働に見合わぬ対価』ということになるのだが、それもまた勇者の宿命と言えよう。


 因みに……ルーヴェストは『脳と筋肉は比例する?筋肉勇者の資産活用術!』という書籍をエルドナに頼んで販売している。

 ルーヴェストは本当に資産活用を行っていて、報酬を商人組合に投資したり鉱山を買い取ったりと無駄なく運用……書籍も売れてウハウハだったりしていた。ルーヴェストは商人出自……その才はしっかり受け継いでいた様だ。


 かの『三兄弟』も、そんなルーヴェストの書籍愛読者であることは余談だろう。


「……で、だな。招集の際伝えた様に、今後更なる脅威が出てくるのは確定している。そこで俺達『勇者』も横の繋がりが必要だと考えて今回の会議を開いて貰ったんだが……反対の奴ぁ居るか?」


 ルーヴェストの言葉に反応し手を挙げる者数人……。


「ん~……じゃあ、そこの芋虫眉毛」

「芋虫じゃねぇよ!」

「じゃあ、ゲジマユ勇者君」

「くっ!」


 ルーヴェストが指差したのは真っ赤な軽量鎧で身を包んだ三十路程の顔の濃い男。その眉毛は確かに芋虫を彷彿とさせる様な太さと形状だった。


「ま、まぁ良い。それよりも……横の繋がりというが、俺達は連絡手段なんて持っていないぞ?アンタみたいな有名人と違ってギリギリで生活してる勇者だからな……」


 その言葉に勇者達の中に紛れている勇者ライさんは、人知れず涙している。


(世知辛ぇ……)


 良く見ればライの隣に座る獣人オーウェルも渋い表情だ。

 貧しきを知る勇者は多い。ライはロイの苦労を見ていたので尚のこと主張を理解できた。


「あ~……連絡に関しちゃエクレトルから通信魔導具の進呈があるそうだぞ?但し、勇者間での通信に限定されるらしいけどな?」

「それなら助かるが……」

「はい。それじゃ他に質問がある奴はいるか~?」


 続いて手を挙げたのは細身の若い男。髪も長く一見して女に見えたが、その声の渋さと言葉遣いから男と判明。


「じゃあ、そこの男女」

「おと……!……。フッ!……。フゥ~……ま、まぁ今回は良いでしょう」


 先程からルーヴェストの相手への呼びかけ方が酷い……。皆一瞬カチンと来るものの、相手があの【力の勇者】だけに我慢している様だ。


「連携は良いが、実力によって役割は変わるのではないか?」

「うむ、確かに。……マーナ、説明」

「……。偉そうね、筋肉勇者?」

「何ぃ?こんなチラリズムじゃ筋肉が可哀相だとぉ!?」

「誰もそんなこと言ってな……」

「ハアァァッ!ムゥン!!」


 何かの破裂音と共にルーヴェストの上半身に残されていた端切れは全て千々に弾け飛んだ……。その光景にマーナは眉間を押さえ首を振っている。


「………。はぁ~……。そ、それで、実力の振り分けだったわね?それはこの会議の後、自己申告の後に確認、振り分けをする予定よ。現時点で今回の提案に乗るか乗らないか、まだ決めていない人も居るでしょ?それも話を聞いた後に判断して貰うわ」

「ふむ……そういうことなら後で確認になるのか。分かった」


 細身の男が座るとほぼ同時……手を挙げたのは鋭い目付きの男だ。


「はい、そこのゴロツキ勇者」

「オイ!先刻から口が悪いぞ、貴様!」

「ん?そうか?」

「くっ……。俺が聞きたいのは勇者同士の連携の報酬についてだ。有事に駆り出されるならば危険……その手当てはどうなる?」

「は?お前、馬鹿か?」


 会場内に一瞬“ ピリッ! ”とした空気が伝わる。目の鋭い勇者はルーヴェストに敵意を向けている。


「貴様……何と言った?」

「お前、馬鹿か?と言ったんだよ。今回の連携は『助けてやる』ものじゃなく『互いの窮地の際に助け合う』為のモンだ。謂わば支え合い……場合によっては助けて貰う訳だが、お前はその時報酬を出すんだな?」

「当然だ」

「じゃあ聞くぜ?魔王から救ってやった場合、お前の命は幾らだ?」

「…………」

「ホラ、どうした?自分の命くらい自分で決めろや?」

「この……言わせておけば……」

「ん?やんのか?ホラ、かかって来いよ。相手してやんぜ?」


 両手で迎い入れる様な挑発を繰り返すルーヴェスト。一方、目付きの鋭い勇者はプルプルと震え青筋を浮かべていた。

 何せ相手は三大勇者……幾度も魔王級を撃破・撃退した強者。幾ら何でも相手が悪いが、引き下がるに引き下がれない。


 ここで見兼ねたマーナはルーヴェストの頭に手刀を落とした。


「ぐっ……」

「いい加減にしなさいよ。アンタは相手を挑発して実力を確認するつもりだったんだろうけど、今は話し合いの場よ?それは後からやりなさい!」

「んなこと言ったら逃げるかもしれねぇだろ?」

「お黙り!」

「グアァッ!」


 流石のルーヴェストもマーナ相手ではタジタジだった……。


「……でも、ルーヴェストの言葉も正しいのよ。皆、良い……?先ずは話し合いをしているけど、これは通常の話し合いと違うの。脅威存在を倒して報酬……というのであれば、そもそもこんな会議を開く必要がないわ」


 先に述べていた様に、勇者の大半は豊かではない。そんな勇者の間で金銭のやり取りが成立する訳もないのだ。

 報酬を臨むなら商人組合側からの依頼に頼った方が余程報酬が良いのである。


「この会議は勇者の会議……世界の希望である勇者同士の顔見せであり、同時に交友を深めるのが目的なの。あなたは友の助けにまで金銭を要求するの?」

「いや……それは……」

「今、世界にはこれ以上ない危機が迫っているわ……。魔王アムド、魔獣アバドン、そして闘神。それはもう、街……いいえ、国単位での連携でさえ足りない【ロウド世界】最大の危機」


 それは即ち、個人の価値観ではなく【人類】としての星に住まう者の義務を果たす覚悟の話なのだ。


「嫌なら参加しないことを薦めるわよ?但し、私やルーヴェストは基本的に連携相手を優先するけどね?」

「つまり、連携の対価が三大勇者の戦力か?」

「勘違いしないで欲しいけど、私やルーヴェストは確認した中で最も脅威な相手に当たる。でも、連携していれば必然的に他の勇者達が対策に向かえる。逆に連携していない相手は連絡自体が遅くなる」

「………要は広く行動する勇者を利用した連絡網で、戦力連携は保険か」

「その考え方が一番しっくり来るかもね」


 実のところ、マーナの言葉は方便である。エクレトルの観測機構ならば脅威の判定は容易く、わざわざ選り好みもする必要がない。

 とはいえ、利益を求める者が居るならばメリットを見せれば食い付く。マーナも存外食わせ者だ。


「これまでの話で気になることはある人?」


 と……ここで手を挙げた若い勇者。十四、五歳程の幼さの残る男女。どうやら姉弟の様だ。

 姉の方も会議に参加しているということは勇者……マーナ以来の女勇者ということになる。


「あの~……」

「何だ……?」


 ルーヴェストが筋肉を動かしつつ答えると、少女勇者は手で顔を覆う。年相応の反応と言って良い。


 代わりに質問したのは弟……少年勇者だ。


「スミマセン。僕らはまだ経験が浅くて……鍛練を付けたりはして頂けますか?」

「……あなたは勇者血筋?それとも自己申告?」

「一応、血筋です。でも、この場には他にも若い人が居るので……」

「訓練を付けるのは大丈夫よ。それは会議とは別件でやった方が良いと思うけど……」


 今回の会議に若い者の参加を促したのは、各地の勇者血筋に鍛練を施す為でもある。わざわざ捜し出す手間を減らせるなら利用しない手は無い。


「希望者にはエクレトルでの訓練、または指導を付ける。勿論、無料でね?」

「じゃあ、是非お願いします」

「他に質問は……。………ないみたいね。じゃあ、今度は休憩を挟んで互いの紹介を行いましょう」


 若い勇者は自らの成長の機会に胸を踊らせている様だった。

 確かに土地によっては若き勇者を育てる師匠が居ない場合もある。しかし、今回これ程の勇者が集ったのだ。成長の機会に事欠くことはないだろう。



 互いに良い影響があることを望みつつ、勇者達の会議は場を変え交友の場へと移行する……。

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