第七部 第二章 第一話 英傑の喪失
パーシンの双子の妹、サティアとプルティアを救い出した翌日──シウト国・王都ストラトでは密かに会議が開かれていた。
トシューラ国で起きた問題や今後について報告──それは今後の世界の在り方を左右するものでもある。
トシューラ女王パイスベルの崩御、そして今や新女王となるルルクシアの『精霊体化』……それは即ち脅威存在が国を支配していることを意味する。
魔獣の細胞を使用する技術も含め、トゥルクと同様の危機を内包した国家……しかもトシューラは大国。不安は高まるばかりだった。
王都ストラト内の会議室──本来軍事関連の協議を行うその一室に集まった者達。
シウト国関係者は女王クローディアを始め大臣キエロフ、その補佐ロイ・フェンリーヴ、『勇者フォニック』ことレグルス、もう一人の大臣補佐アンネ、そしてトラクエル領主フリオとその副官であるパーシン……。
ライの同伴者はメトラペトラのみ。今回は少し複雑になることを踏まえての判断だ。
「先ずは謝罪を。パーシン……ファーロイトをトシューラに潜入させたのは私の独断です。どうか処分を……」
立ち上り深々と頭を下げたフリオ。これに慌てたのはパーシンだ。
「いえ!フリオさんは私の為に……罰されるは私です!シウト国ではなく己の都合を優先させたことはキエロフ大臣との約束に反すること……どうか御沙汰を!」
溜め息を吐いたキエロフはチラリとライを見る。ライは小さく頷き言葉を発した。
「今回の件は私が正しいと判断し皆には協力を仰ぎました。沙汰があるならば私に」
フリオとパーシンは一瞬反論を試みるもライの一声で沈黙せざるを得なくなる。
「私は英傑位……王以外で私に意見出来る者はいません。逆に言えば、私の意見がシウト国の為になると判断した二人は逆らえなかった。結果として彼等は十分な働きを見せたのです」
「それは……どういう意味でしょう?」
クローディアの言葉にライはわざとらしく答える。
「天然の魔人であるトシューラの双子姉妹が軍事利用された際、その被害は計り知れません。それを奪取したことは決して悪いことではないでしょう。それに加え、現女王ルルクシアは精霊体にまで至った脅威であることも判明しました」
「……確かに一理ありますね」
「更に言うならば、トシューラが魔獣を利用した技術を保有しているという情報は大きな意味を持ちます。シウトは対抗する為の行動を早く始められるでしょう」
大国間での技術差は情報で埋めねばならない。シウトの技術はラジックに頼っている部分が多く量産には遅れが出るだろう。
しかし、トシューラの脅威を早くに察知していれば前線に実力者を配置することも可能。その間に魔導具の増産を行えば状況はより拮抗に持ち込める。
「よって今回、私は行動に踏み切りました。トラクエル卿と副官殿に咎はありません。但し……潜入がバレてしまったことは私の落度……よって責任は私が負いましょう」
この言葉に慌てたのはパーシンとフリオだ。
ライは友人の為に協力していただけ……それを全ての責を負うと言っているのである。
明らかに損な役回りを負おうとするのはいつものことなれど、友人として決して甘える訳にはいかなかった。
だが……。
「ライ……俺はそんな作り話を認める訳にはいかん」
「待て、トラクエル卿。話を最後まで聞くのだ。仮にも英傑公の言葉だぞ?」
「………。失礼しました、大臣」
この時点でフリオとパーシンは気付いた。この場の会議は責を問う意図がないことを。
そしてこれは既に答えが決まった問答であることも……。
「うむ。それで英傑公……貴公は具体的にはどう責任を取ると?」
「トシューラに私の存在が知られた以上、公的な立場を持つと国に迷惑が掛かります。よって、英傑位を返上致します」
「!?……本気か?」
「はい。身に余る地位でしたが、やはり私には荷が勝ちすぎたのでしょう。一介の勇者に戻ることが正しいと判断します」
『英傑位』という立場がある以上は国の臣下。トシューラからの追及に対し何らかの対応をせねばならなくなる。しかし、一介の勇者が勝手にやったこととなればその責を臣下として取らせる必要は無くなる。
対外的にはトシューラ侵入前に剥奪したことにすれば良い。パーシンは今やファーロイト……知らぬとして通せば済む話なのだ。
この辺りは流石な政治的な措置である。
それでも……英傑位の剥奪は限りなく不名誉な事態。しかし、ライは全く気にした様子はない。
「拝領頂いた蜜精の森ですが、英傑位の返上に即し本来ならばお返しせねばなりません。しかし、あの地は今や私の大事な住まい……そこで申し訳ありませんが、蜜精の森を買い取りさせて頂きたいのですが……」
「それは構わんが……宜しいですかな、クローディア女王?」
「はい。キエロフ大臣はその様に取り計らって下さい。金額については改めて協議を」
「感謝致します」
これにより蜜精の森、及び居城はそのままライの所有として手元に残る。この辺りの流れは全て事前の取り決め通りだった。
実は昨日の内にキエロフの元に向かったライとマリアンヌ、そしてティムは、ロイ付きの副官となったアンネと相談を行っていた。
その際にキエロフとも面会し、体面上の措置を協議したのである。
クローディアやキエロフにとってもライがシウト国を去ることはやはり避けたい事態……。政治的な対応はアンネが、蜜精の森についてはティムが案を出した。今の話はそれに沿った流れだ。
こうして取り敢えずの流れは決まり話は今後の話へと移る。
「さて……推測だが、この先トシューラは我が国に戦を仕掛けてくる可能性が高まった。が、今は秋……トシューラにとっても軍を揃え侵攻するには少しばかり季節が悪い」
シウトとトシューラを隔てるカイムンダル大山脈……冬の山越えはたとえ魔導具があっても困難である。
冬山にはその時期にのみ現れる精霊や魔獣も存在する。そしてカイムンダル大山脈には【海王】に匹敵する魔物【空皇】が居ると言われている。雪に惑い迂闊に縄張りへと踏み込めば全滅も有り得るのだ。
つまり……トシューラが行動を起こすとすれば雪解けの頃……。それまでは軍備を備えるだろうというのがキエロフの意見だった。
「もっとも……ルルクシアなる人物は並ではない切れ者という。それまでに何等かの搦め手や妙手を打たぬとも限らぬ。油断は出来ぬがな」
「……申し訳ありません、キエロフ大臣」
「気にするな、ファーロイトよ。私は寧ろ清々しい気分だ」
「………?」
「賭けはお前の勝ちということだ、ファーロイト。お前はそのままトシューラに帰りシウト国に牙を剥くこともできた。しかし、お前はこうして戻り妹達の奪還まで果たした。お前は真なる臣下……胸を張れ」
ルルクシアとパーシンの経緯はキエロフにも伝わっている。それが演技ではないとは断言できぬが、可能性としては非常に低い。
何よりライはパーシンを疑っていないのだ。ならばキエロフが疑う理由もない。
「どのみちルルクシアとやらが脅威存在と化しているのならば戦は近い内に起こっただろうな。ここまでの話で問題なのは今後……トシューラに、そして魔王に備えることだ。それが邪神……いや、闘神だったか?その復活を送らせることに繋がるだろう」
既に復活は避けられないことは闘神の眷族デミオスの言葉で明白──ならば、ロウド世界全てで立ち向かうことは必然なのだ。
本来は……トシューラとも争っている場合ではない。連携が必要なのだが、不安要素は後を絶たない。
「ファーロイト殿……あなたの妹君達のことですが……」
「はい、クローディア様。現在はライの居城にて世話になっております」
「そうですか……ならば安心ですね」
蜜精の森は今のロウド世界で最も安全な地の一つ──戦力ならば世界最強と言えるだろう。
他にも聖獣達の聖地・月光郷や、フィアアンフとオルスト……そしてアグナの住まうカジーム国等、状況によってはサティア・プルティアを移動させることも考えている。
そこにはディルナーチ大陸も選択肢に含まれていることは、今のところ秘密にされていた。
「脅威への備え……それは他国も考えている御様子。そこで皆様にお話があります。この度、三度目の『ペトランズ大陸会議』への打診がありました。議題は闘神に関することと魔王アムドについてです」
「……開催を申請したのは何処の国じゃ?」
「エクレトルです。トゥルク遠征の最大功労国ですし、他国も情報が欲しいだろうとの判断からでしょう。その場で新生トゥルク国の紹介もあるとのこと」
「ふむ……ならばこれまでで最大の大陸会議となるかのぅ……。良し、ワシも参加するかの?」
「アスラバルス様もそう仰有るだろうと……」
ペトランズ大陸会議に大聖霊の参加……確かに類を見ない大会議となる予感。
「あともう一つ……勇者会議についても御連絡がありました。こちらもエクレトルにて開催されるとのことです。日時は追って伝えるとのことでした」
「承知しました。……。クローディア様……御迷惑を御掛けします」
「それはお互い様です。あなたの行動が無ければ数年前にシウト国は大きく崩されていました。内乱も起こったでしょう。しかし今、こうして確かな国が確立しています。本当に感謝致します」
「いえ……それはクローディア様やキエロフ大臣のお力です。私は何も……」
そこで席を立ちライの肩に手を置いたキエロフは申し訳無さそうに頷く。
「済まぬな、ライよ。結局、貴公への褒賞は実質無くなってしまったな……」
「まぁ、仕方無いですよ。利益よりも大切なものがありますから……。キエロフ大臣……パーシンを頼みます」
「うむ。上手く取り計らう故安心してくれ」
ライは立ち上りキエロフと固い握手を交わした。
「父さん……アンネさんも、キエロフ大臣を頼むよ」
「言われるまでもない。それよりお前はお前自身のことを考えろ」
「私はライさんに機会を頂きました。そしてキエロフ様にも……必ず恩義をお返ししてみせます」
「期待しています」
最近では文官も増えキエロフも休みを取ることが出来るようになったらしい。それはアンネの優秀さが元になっていると聞いている。
シウト国も安定してきた──ライはそう安堵していた。
しかし……それは油断だったことを間も無く思い知らされることになる。
会議も終了し部屋を出た一同……。ライの傍にはフリオとパーシン、そしてレグルスが近付いてくる。
「ライ……お前はまた……」
「スンマセン、フリオさん。今回はしゃしゃり出た真似を……」
その言葉にライの頭上からタシタシと肉球の感触が伝わる。師たるメトラペトラは小さく溜め息を吐いていた。
「今回も、の間違いじゃのぅ……お主がしゃしゃり出なかったことがあったかぇ?」
「し、失敬な!俺だって見守ることくらいありますよ?」
「ほぅ……例えばいつじゃ?」
「た、例えばですね……。……例えば…………………。……ZZZZZz……」
「寝るニャ━━━ッ!」
「ギャニアァ━━ッ!」
サクリと食い込むメトラペトラの爪にライはのたうち回る。その間メトラペトラが頭上に固定されたまま──実に奇妙な光景だ。
しばらく転げ回った末ダラダラと頭から血を流したままのライは、ゆっくりと立ち上がった。メトラペトラは変わらずピタリと張り付いている……。
「と……そんな訳じゃ」
何事もないかの様に告げるメトラペトラ。フリオ以下一同はガクリと体勢を崩しかけた。
「…………。ど、どんな訳だよ」
「此奴は結局、自己満足でやっとるだけ……お主らが気にする必要は無いぞよ?それよりもじゃ……フリオ、パーシンよ。今後はお主らも修行に参加せい」
「は……?何で、いきなり?」
「当然じゃろう?トラクエルはトシューラ防衛の要じゃ。つまり、魔獣の力を持つ騎士と戦わねばならぬじゃろう。じゃが、今のお主らでは役不足感が否めん。レグルスは別の様じゃがな?」
レグルスは時折ライの分身との手合わせを行っていた。
シウト国にとっての要はクローディア……その騎士たる勇者フォニックともなれば弱いままでは居られない。それ故の研鑽。
レグルスは今やシウト国内屈指の実力者になっていた。
「今回の件で思い知ったじゃろうが、ライは己よりも友の窮地を優先する。つまり、お主らが強ければライの弱点が減るのじゃ。理解したかぇ?」
「そ、そうは言っても……」
「その転移神具を使えば移動時間に問題無かろう?それでじゃ……お主らにも魔人を目指して貰う」
そこで慌てたのはライだ。
「ちょっ!メトラ師匠!何を無茶な……」
「無茶なものか!既に前例が居るんじゃぞよ?」
「三兄弟ですか?でも、あれは当人達の意思で強制じゃないですし……」
「知らん!………で、どうする?やるかぇ?」
メトラペトラの問いに応えたのはパーシンだ。
「やる。俺は元々力が足りないんだ……もし魔人化できるなら妹達を守れる。それに……」
ルルクシアを止められる可能性がある。パーシンはルルクシアを恐れていたが、同時にどこか見切りを付けられなかった。
救えずとも止められるなら……それはトシューラ王族として、そして義兄としての責任感なのかもしれない。
「じゃそうじゃぞ?で……お主はどうするんじゃ、フリオよ?」
「………」
人を捨てる覚悟……フリオにとっては複雑な気分だろう。
「ライ……。魔人てのはどう変わる?」
「フリオさん……」
「俺は不安なんだ。後のノルグー領主としての立場、そして人と隔絶した存在になることが……」
「………」
「だが……今のままでは駄目なことも理解している。闘神とやらが現れるなら、人を守る立場である俺は尚更に力が必要になる……」
「俺は……無理強いはしたくありません」
「ライ……魔人は悪か?善か?」
「魔人は……人そのものです。足を踏み外さなければ誰よりも正しく力を使える。俺はそれをディルナーチ大陸で知りました」
「………。そうか」
フリオの心に決意が宿る。
力ある存在としてライに頼りきりになるにも限度はある。弟のような存在のライ……せめて足手纏いだけは避けねばならない。
「俺もやる」
「うむ、良く言った!」
「メトラ師匠……俺は……」
「心配するでない、ライよ。覚悟を知る為魔人化とは言ったが、恐らくフリオは竜人化に至ると見た。お主にもバベルの血は流れておる様じゃからの」
魔石食いでも遺伝子により変化は変わる。バベルの血は竜人化の傾向がある。
対してパーシンは、妹達を見れば判るように魔人化に傾く筈だ。
そこまで理解しながらメトラペトラはある矛盾に気付かない……。
何故、竜の系譜たるライが竜人化を成さなかったのか……その疑問に気付いた時、メトラペトラはライという存在を改めて知らねばならぬだろう。
「良し。では、今後時間がある際はライの居城にて修行じゃ!他にも幾人かに目を付けておる。忙しくなるぞよ?」
「…………」
これも全てロウド世界……そしてライの為でもある。メトラペトラなりに考えた結果でもあった。
現在、神衣に最も近いライの知己は暗殺集団サザンシスの長・エルグランだ。更に擬似とはいえ神衣を知ったルーヴェストは、その勘の良さで到達する可能性を秘める。それはライの妹マーナも同様……。
そしてデルメレア。【破壊者】の力を受けたバベル血統の勇者──神衣覚醒の可能性は高い。
更にはレイスから齎された魔導具──あれを解析し量産できれば更に開眼する可能性を持つ者も現れるだろう。
それでも──恐らく戦力は足りない。
デミオスは闘神を主神と述べた。つまり、闘神はデミオスの世界の【創世神】であることを意味する。
その眷族は生半な数ではない筈──。対峙するにはやはり圧倒的な危機だった。
ならば、せめてライが闘神と決着を付けるまでの間生き残る術を……魔人を増やすのはメトラペトラなりの生存戦略なのだ。
その後、ライの居城は修練の地となり更に多くの知己を鍛え始めることとなる。
メトラペトラ自身も更なる修練を行ないつつ聖獣の力まで借り受け、未来に備えるのだ。
同様に強き者達が集う機会──【勇者会議】。
本来、強者と縁を結ぶ筈の決起集会。未来の為にとルーヴェストが考案したその会議が、ライの立場を苦難に追い込むことになるとは誰も知らぬこと。
そうして、運命の勇者会議開催の日が訪れた……。
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