第七部 第一章 第十五話 兄妹の再会


 トシューラ王都の地下──メトラペトラを頭に乗せたライを先頭に、パーシン一行とカタスケが狭い通路を行く。


 地下通路は人二人がギリギリ通れる幅……やや埃っぽさはあるものの破損などはなく、仄かな魔石の灯りもある為に歩くには支障が無い。それが却って一同の警戒心を高めていた。



 今回は全員仮面を着用し個人の特定を避けている。流石にシウト国に迷惑を掛ける訳にはいかないことはライも理解していた。




「どうだ、ライ?」


 パーシンはやはり危機感を拭えないらしい。


 先頭にて視覚纏装【流捉】を使い罠等を警戒しているライではあるが、取り敢えず違和感は感じない。


 王族を招き入れているというカタスケの推測を考えるならば、それは寧ろ不安が募るべき状態である。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、パーシン。今んところ罠の気配すらない」

「そうか……」

「それより、通路を抜けた後のことを考えろ。妹達の位置は《千里眼》 で掴んでるけど、そこまで忍び込むのだって警備だらけなんだからさ?」

「ああ……分かってる」


 潜入後、下手に魔法を使えば警備網に掛かり兵が増員する恐れがある。迅速に警備を倒す為に魔法が使えぬとなれば、対多数というのは不利な状況と言えるだろう。

 とはいえ、それは飽くまでライが居なければの話である。


 先ず、【分身】を使えるライが居る時点で問題なくパーシンの妹達の救出は成功するだろう。

 ただ、この時点でライには心配すべき事があった。


(パーシンは優しいからな……。もしこの先にルルクシアって娘が待ち構えていた場合、躊躇うかもしれない)


 その場合、パーシンを尊重するつもりではあるものの敵陣真っ只中……やはり限界がある。特にライは、未だ消息が掴めないベリドに対する警戒心が消せないでいた。


 《千里眼》で確認できないベリド──以前推察したように【神衣】に至っている場合、王城にての激戦になる恐れもある。そうなればライは正体を隠すことすら儘ならないだろう。

 それでも最悪の場合を想定し、緊急時にはメトラペトラの転移を頼りにしていた。



 そうしてしばらく通路を進んだ先……行き止まりの石壁にて一旦の足止めとなる。


「ちょっと待っててくれ」


 パーシンは指輪を取り出し石壁に掲げる。同時に石壁は滑り落ちるように下方へと消えた。

 その先に見える長い階段……登った先の細長い扉を開けば、そこはトシューラ謁見の間内部の柱だった……。


「………凄い」


 キリカが漏らした声で周囲を見回す一同。ゴシック調の内装にステンドグラス……これ以上無い程の荘厳な造りの謁見の間───。

 ライはシウト国の謁見の間しか知らないが、トシューラのそれは比べるべくも無い程の贅沢な技工が施されている。


 侵略国家にして絶対王政──その意味を一同はまざまざと感じさせられた。


「呆けている場合じゃないですよ~?パーシン。ここからはどう動くべきだ?」

「一応城内にも隠し通路はある。ライは俺が確認したい時に索敵を頼む」

「あいよ。では、皆さん……油断せずに行きましょう」


 隠し通路、そしてライの索敵により一同は順調に城内を進む。そもそも隠し通路は王族専用の抜け道──一般兵が立ち入れる場所ではない。


 そうして最奥にある王族居住地区──中庭には花園が存在し月明かりがそれを照らしていた。


「流石にここには警備が居ないか……なら、好都合だ」


 パーシンは最早姿を隠すことなく月明かりの中を進む。小さな白い建物の前で再び『王家の鍵』を使用し中へ……。そこにはじっと並んで座る白髪の少女達の姿が……。


 白いワンピース、整った目鼻立ちと瓜二つの顔……そのあまりの反応の無さが本物の人形かと思える程だ。


 しかし──パーシンが仮面を外した途端、双子の姫は年相応の笑顔を向け立ち上がった。


「パーシン兄様?」

「パーシン兄様……」

「パーシン兄様よ、サティア!」

「ええ!パーシン兄様が来てくれた!」


 愛しい兄との再会に駆け寄るサティアとプルティア……。だが、メトラペトラは違和感を感じ叫ぶ。


「ライよ!」

「判ってます!」


 パーシンと双子の姫の間に割って入ったライは、サティア・プルティアの胸を素早く貫いた。


「………。ライ……ああ……き、貴様ぁぁ━━━っ!」

「落ち着け、パーシンよ。ライの手……それと妹達の胸を良く見てみぃ……」

「何……?」


 良くみればサティア・プルティアは傷一つ無い。そしてライの手には赤黒い掌大の石が見える。


「……い、一体何が……?」

「お主も報告を受けとるじゃろ?あれは魔獣の石じゃ。恐らくお主に反応し魔獣化するよう仕組まれていたのじゃろうな」


 やはり罠……もしあのままだった場合、サティアとプルティアは魔獣の細胞に取り込まれていただろう。

 そして双子の姫は魔人──ともなれば脅威存在となっていたのは間違いない。


 ライはそれを逸早く察知し魔獣の石を取り去ったのだ。その事実にパーシンは己を恥じた。


 一瞬頭に血が昇ったとはいえ、これまでパーシンの為に心を砕いた親友へ怒りを向けたのだ。パーシンは謝罪の言葉さえ絞り出すのがやっとだった。


「………スマン」

「気にすんなよ。可能性が有ったのに前もって言っておかなかったのは俺の落ち度だし……。それに、お前の怒りは妹への想いの強さだろ?なら……早く抱き締めてやれ」

「………本当に済まない。ありがとう」


 そこでようやくの抱擁……。


 兄妹は長き時を経て再会を果したのだ。それは本当に大切な者同士の熱き抱擁だった。


 パーシンが己の生きる意味としていた妹達の救出──その願いは遂に果たされたのである。


「良かったですね、パーシン様……」


 見守る者達も感動の再会に涙腺が弛む。が……ライとメトラペトラだけは警戒したまま念話による確認を続けていた。


『ライよ……今のは……』

『ええ。あの瞬間……魔獣の石が反応するまで魔力が掴めませんでした。そうなると……』

『やはり罠か……しかも高度な隠蔽までしておるとはのぅ』

『………ベリドなのか、それとも別の存在か。とにかく、メトラ師匠はこのまま皆を連れていって下さい』

『お主はどうするんじゃ?』

『魔法の残滓からシウトに向かったってバレると争いの種になっちゃいますからね……ちょっと隠蔽して行きます』


 トシューラの姫、しかも魔人という特殊な存在を連れ去るとなれば、トシューラが本気で戦を仕掛けるだけの大義名分が生まれてしまう。

 それを避ける為にライは転移魔法の痕跡を追えぬよう細工するつもりなのだ。そして自らは南の宝鳴海に転移しそのまま世界を迂回しつつ帰還する予定だった。 


「………まぁ良いわ。パーシンよ……再会の喜びは程々にしてそろそろ行くぞよ?」


 メトラペトラの呼び掛けでサティア・プルティアから身体を離したパーシン。レイス、ヴォルヴィルス、キリカ、そしてカタスケに視線で確認を行った後、メトラペトラの言葉に頷いた。


「お願いします、大聖霊様」

「ふむ。では行くぞよ?」

「はい」


 メトラペトラの《心移鏡》が展開されサティア・プルティア、レイス、キリカ、カタスケ、ヴォルヴィルス、メトラペトラの順に鏡の中へと足を踏み入れて行く。


 最後に残ったパーシンはライにもう一度謝罪と感謝を述べた。


「この恩は一生忘れない」

「忘れろよ、こっ恥ずかしい……。ダチの為にできることをやっただけだぜ?」

「ああ……。それでもだ」


 パーシンはこれまでに見たことがない程に真剣だ。ライはその気持ちに本気で答える。


「……。大変なのはこれからなんだよ、パーシン。この先、この世界にとって本当の嵐が来る。俺がこれまで助けた人達も、その試練で生き残れるとは限らないんだ」

「邪神──いや、闘神の話だな?」

「ああ。だから俺が助けてもそれが救いになるとは限らない。でもさ……やっぱり家族は一緒が良いだろ?そうすれば嵐だって乗り越えられる気がしないか?」

「ライ………」


 と……そこに拍手が響く。


「素晴らしいお考えですわ。家族は一緒が良い……確かにその通りです」


 凛と響く声──建物の扉が独りでに開けば、月明かりの花園に少女の姿が浮かび上がる。


「ルルクシア……」

「お久し振りです、パーシン御兄様。それと、お初に御目に掛かります……ライ・フェンリーヴ様」

「…………」


 既に素性は見抜かれている様だ。ライは仮面を外してルルクシアを見据えた。


「初めまして、ルルクシア王女……いや、今は女王様かな?」

「あら……。まだ他国には知らせていない筈ですが……?」

「じゃあ、やっぱりパイスベルは……」

「はい。私が殺しましたわ、お兄様」


 笑顔のまま答えるルルクシアにライとパーシンは口許を歪ませた。


「何故だ、ルルクシア?パイスベルはお前をあれ程に……」

「愛していたから私の手で解放したのです。お母様はトシューラに囚われていた。私の為に自分を犠牲にし、その手を汚して……だから愛された私が手を下したのです」

「お前………」

「ウフフ……私は壊れているのですよ、パーシン御兄様。この国に壊されたと言い換えても良い。だから私もこの国を……そしてこの国を野放しにした世界を壊そうと考えています」

「ルルクシア……止めるんだ。なぁ……一緒に行かないか?もうお前が王家を捨てても咎める者は居ないんだぞ?」


 悲痛なパーシンの声にルルクシアは困った様に微笑む。


「ウフフ……。相変わらずお優しいですね、パーシン御兄様は……。だから貴方だけは殺さずに居たのですよ」

「まさか……!俺を魔石採掘場に送ったのは……」

「はい。本来暗殺されるべき貴方を兄妹達から守るには、最果てに送る必要がありましたので」


 宝鳴海の魔石採掘場は生きて出られないと言われている。逆に言えばそんな地に居る者をわざわざ殺す必要は無い。ルルクシアはそれを理解しパーシンを送ったのだ。


「サティアとプルティアを殺さなかったのは何故だ?」

「そんなことをしたらパーシン御兄様に嫌われてしまうでしょう?」

「お前は一体何を……」

「私は貴方だけは殺しません。そして誰かに渡す気もない。御兄様……私の伴侶になって下さい」

「なっ……!」


 血筋を残す為の同族間結婚ということはペトランズ大陸に於いてそう珍しいことではない。但し、王族の兄妹間というのは非常に稀である。


「ルルクシア……」

「如何ですか?」

「………。そうすればお前は争乱を起こさないのか?侵略をやめて他国と連携をするのか?」

「それは別の話です。この醜い世界は一度全てを壊さないといけません。全てを破壊した世界で私と貴方が残れば良いのです」


 自ら壊れていると断言するルルクシアは確かに常軌を逸しているのだろう。

 既に道理は通じない……。他国のみならず、わざと生かしたサティア・プルティアも、トシューラ国民も、全てを殺すと本気で言っているのだ。


「……。もしお前が破壊をやめるなら一緒に居ても良い。でも、やめないなら……」

「残念です、パーシン御兄様。世界を壊すことは確定事項……そして御兄様が私を拒むならば力づくでも手に入れます」


 ルルクシアは月明かりの中でその姿を変化させ始めた。


 その背に展開された蝶の羽根は、月光を反射する宝石の如き輝き──。

 同様に額にも雫型の魔石が出現し、身体の周囲には沢山の小さな光る蝶が舞っている。


 魔人……いや、その姿と魔力は精霊体で違いない。


「悪い!パーシン!」

「グハッ!」


 ライは反射的にパーシンを蹴り飛ばす。まだ展開されたままの《心移鏡》へと向かうも、その手前でルルクシアが姿を現した。


「瞬間転移まで……」

「逃がしませんよ、パーシン御兄様?」

「くっ!マズイ!」


 このままではパーシンを連れ去られてしまう……。ライは己の判断ミスを悔いた。


 と……ここで救いの手が入る。《心移鏡》の中からメトラペトラが現れたのだ。


「全く……やはりワシが居らねばこのザマかぇ?」


 恐らく《心移鏡》の向こうで会話を聞いていたのだろうメトラペトラ。絶妙のタイミングで事態の収拾を図る。


「必殺!猫フラッシュ!」

「………っ!」


 ルルクシアの眼前に飛び出したメトラペトラは閃光を放つ。

 虚を突かれたルルクシアが怯むその隙に、新たな心移鏡を展開しライ、パーシンと共に転移を果たした。


 直ぐにルルクシアの視力は回復したが、既に室内はもぬけの殻……。ライ達は脱出に成功したのだ。 


「…………」


 ルルクシアは精霊化を解除。転移していたサティアとプルティアの部屋から外へと歩き出す。


「フフフ……アハハハハハ!」


 王家の居住区域……その中庭の花園で月を仰ぎ、ルルクシアは高らかに笑う。まるで円舞の様にゆっくりと回りながら、その笑いはしばしの間続いた。


 その目には一筋の涙が光っていたが、当然それを知る者は誰もいない……。




 トシューラ王都侵入──サティア・プルティアの救出は思惑どおり成功を果たした。しかし、結果として様々な不安を残すこととなる。

 それがライにとっての大きな失策だったと知るのは間も無くの話……。



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