第七部 第一章 第十四話 フキ・カタスケ


 トシューラ王都内──。


 パーシンと縁ある商人を頼り宿を移した一行は、一泊した翌日改めて顔合わせを行った。

 そこでライは意外な事実を知ることになる。


「お久し振りです、パーシン様……ご無事で何よりです。そして皆様……お初に御目にかかります。私の名はカタスケと言います」


 姿を見せたのは総髪で白髪混じりの男……凡そ齢七十程の男は穏やかな笑顔を浮かべていた。


 そして特徴的な名前……。


「カタスケさんはディルナーチの……」

「はい。元々はディルナーチから流れ着いた身です」


 カタスケは、チラリとキリカに視線を向け小さく頷いた。


 トシューラ国はディルナーチ大陸に最も近い大国。広い海洋を流れ着く者も稀にいる。

 殆どの場合……庶民は農奴などにされるのだが、暮らし振りに関しては領主に左右される。


 良き領主の元に流れ着けば商業や技工面で優遇される場合もある。カタスケはそういった流れで商人として身を立てたそうだ。


 しかし──その説明の矛盾にライは気付いている。


「……。あなたは元々商人じゃありませんよね?」

「ほう?何故そう思うのです?」

「王家の脱出路を造ったという話、口封じの際に逃れたという魔術師の能力……それと、今感じる力からです」

「………。ライ殿と申されましたな?あなたがあの『ライ・フェンリーヴ』であり『白髪の勇者』であるならば隠しても無駄ということになりましょうか……。して、あなたは私をどう見ますかな?」


 変わらぬ笑顔だが鋭い視線をライに向けるカタスケ。一方のライは穏やかな笑顔のまま答える。


「ディルナーチから渡ってきて様々な分野に渡る知識を持つ……断言は出来ませんが、恐らくカタスケさんは隠密……若しくは、元隠密なのでは?」


 ライのこの言葉に、カタスケは観念したような深い溜め息を吐いた。


「噂ではあなたはディルナーチに渡っていたのでしたね……。お察しの通り、私は隠密……いえ、元隠密です」

「やはりそうでしたか……。そして魔人なのでしょう?その姿も仮の姿では?」

「ハッハッハ。そこまで見抜かれておりましたか……」


 カタスケは自らの顎に手を掛けると老人の皮を剥ぎ取る。中から現れたのは誠実そうな三十代程の男……。


「改めて……私はフキ・カタスケと申します。ディルナーチは神羅国の元隠密」


 カタスケはずっと昔に王位争奪に敗れた者に仕えていたという。その後、忠義として主人と運命を共にするつもりだったのだが『生きよ』と命じられた。

 主人を失い神羅にも絶望したその時、友人が新たな生き方を探せと死の擬装を用意し国外へ出奔する。その後、トシューラの軍艦に拾われた。


 それからは正体を徹底して隠し商人になったという。トシューラという国を知り世界を知るには商人は都合が良かったのだ。


「カタスケさんはどうしてディルナーチの民の姿にしているんですか?」


 流暢にペトランズの言葉を語れるのだ。ならばペトランズの民の姿が都合が良いように思われた。


「ディルナーチは異界から新たな技術や知識が流れてくるので、ペトランズとは別種の発展をしています。故に親大陸の国々はその知識を欲しがるのです。商人などは特に優遇されるのですよ」

「………」


 勿論、それだけではないのだろう。国を捨てても血は捨てられなかった……それが本音だろうとライは感じた。カタスケ自身が自覚しているかは不明だが……。


「………。カタスケがディルナーチの民だとは知っていたが、まさか隠密……しかも魔人とは……」

「申し訳ありません、パーシン様。しかし、ペトランズでは魔人は魔王と同義でしょう?面倒事を避ける為のものでした」

「いや……私は助けられた身だ。それに身の上を理解した今となっては様々な疑問が解けた気がする」


 つまり、パーシンはディルナーチの隠密技能を伝授されたということになる。成る程、確かにそれなら納得だとライは思った。


「………話が落ち着いたなら本題に戻そうぜ?あんまり時間も無いだろ?」


 ヴォルヴィルスの言葉で話題は再び白鴉城への潜入に話は戻る。


「これは失礼致しました。王家用の通路に関しての話でしたな」

「その前に……アンタはどこまで力を貸してくれるんだ?先ずはそこから聞きたい」

「何処まで……と言われれば全面的に協力致しますよ」

「……何故そこまで?」

「簡単に言えば感傷や後悔です。私はパーシン様と亡き主を重ねたのですよ」

「…………」


 確かにカタスケの主はパーシンに近い身の上だ。王位争いに破れた結果も含め、カタスケには思うところがあるのだろう。

 それはパーシンに隠密技能を授けた昔からのもの。恐らく王位争いに残れないだろう優しいパーシンをせめて生き永らえさせる為の助力……。結果として捕まりはしたが、カタスケの指南がパーシンを生かしたのは間違いない。


「しかし、俺に力を貸したことがバレればカタスケは王都には居られなくなるぞ?」

「どのみち頃合いなのですよ。今の王都は人外が跋扈した魔界……。長くは居られない」


 王都内の魔獣の力を感じ取ったカタスケは、退去の頃合いを迷っていたという。今回のパーシンの生存はある意味その機会でもあるのだ。


「本当に……信用しても大丈夫なんだな?」


 ヴォルヴィルスはカタスケではなくライに視線を向けている。ライは笑顔のまま頷いた。


「俺の知る限りディルナーチの隠密だった人は義理堅い。隠密頭からしてそうですから」

「そうか……お前がそう言うなら大丈夫だろう。スマン、カタスケ殿。俺はちょっと警戒心が強くてな」

「いえ……その位の方が丁度良いのですよ。生きる為にはね。さて……それでは本題に移りましょうか」


 トシューラ王城・白鴉城──。そこには王族専用の区画が存在する。

 幾重もの防壁の先まで潜入するには幾つもの警護があり、王族に招かれぬ以上は内部へ踏み入ることは不可能な場所……。


 そこで王族専用の抜け道を利用することになったのだが、抜け道は王が代わる毎に密かに造り直される。

 最後に手が加えられた際はカタスケもその防衛構想に関わった。故に潜入の半分は容易だろうと口にした。


「半分……というのはどういう意味でしょうか?」


 レイスの疑問は皆も感じたこと。侵入するに至り不安材料は確認する必要がある。


「……実は王都ではある噂が流れているのです。そしてその噂は事実の可能性が高い」

「何ですか?噂とは……」

「女王が逝去したという話です」

「!?……あのパイスベル女王が……死んだ?」


 トシューラの最重要人物パイスベルの死……それが本当ならばペトランズ大陸中が大騒ぎになる。


「私はパーシン様がそれを見越して潜入してきたのかと思いました。その混乱の隙に妹君達の救出をするのかと……」

「いや……初耳だ。それどころか、この国には混乱の気配も無いじゃないか……」

「ルルクシア姫が仕切って居りますからね。あの方は本当に末恐ろしい」

「……。ルルクシア……」


 王位争いは結局最有力と目されていたルルクシアの勝利で終わった。


 末の妹達は人形の様に振る舞っているので王位争いからは外れている。パーシンは既に国を捨てており、辛うじて生き残ったアリアヴィータも到底王位に就くことは叶わないだろう。


「……成る程。それなら半分どころの話じゃないな。王族用の通路は実質魔物の胃袋と同じだ。……クソッ!」


 パーシンの悲痛な表情……。


 ルルクシアはトシューラの兄妹の中で最も得体が知れない。天性の頭脳を持ち人の思考の数歩先を行く。常人では思いも寄らない策を幾つも巡らせているのだ。

 トシューラの全権がルルクシアに渡ったとなると、最早以前とは別物と判断すべきなのだ。


 しかし、カタスケはパーシンの肩に手を置き話を続ける。


「大丈夫ですよ、パーシン様。通路自体は何故か変わっていないのです。私が通路に仕掛けていた感知術式に手を加えられた様子はありません」

「しかし……あのルルクシアが何もしないなど考えられない」

「はい……だからこそですよ」

「だからこそ?……どういうことだ、カタスケ?」


 パーシンはカタスケに真剣な視線を向ける。


「良いですか、パーシン様……。ルルクシア様がわざと通路を放置しているのは待っているのでしょう。通路は王族用……つまり……」

「戻るのは王族のみ……俺かアリアヴィータ……若しくは他の兄弟を待っているのか?」

「恐らくは。真意こそ判りませんが、少なくとも王族の領域までは邪魔されずに入れるでしょう。それは逆に好機とも言える」

「好機……」


 罠の可能性は高い。しかし、こちらにはライが居る。今回の潜入は双子の妹サティアとプルティアに辿り着きその身を確保さえ出来れば目的達成と言えるのだ。


 パーシンはカタスケの意図とは別の意味で確かに好機を感じた。


「……。ルルクシアが何を考えているかは分からない。だが、今の期を逃せばサティアとプルティアを救うのが難しくなる。その意味では確かに好機かもしれない」

「話は決まりましたな。では、私が道案内を致しましょう」

「……巻き込んでこんなことを言うのは何だが、本当に良いのか?」

「はい。敢えて報酬を要求するならば、この後私が身を寄せる国を紹介して下さい。流石にトシューラで商いを続けるのは難しいですからね」

「分かった……頼む、カタスケ」

「承りました」


 カタスケはどこか嬉しそうだった……。


 先程カタスケが語った様に、仕えるべき主を失った過去とパーシンを重ねている……ライにはそれが直ぐに解った。



 カタスケは奥の部屋から地図を二枚を手にしテーブルに並べる。王都の地図と地下通路──二枚を比べつつ注意すべき点を説明しながら潜入計画を組み立てる。

 潜入すべき王族居住区域にサティアとプルティアが居るのかという疑問は、ライの《千里眼》にて解決している。部屋も特定し目指すべき場所に印を付けた。


 脱出は転移による移動を予定。直接シウト国に転移となると争乱の原因となる恐れがある。その為、何ヵ所かに迂回し皆が転移した後ライが魔法の痕跡を乱し追跡出来ぬようにする予定だ。

 但し、ライも既に存在を知られている。故に姿で判別されぬよう全てを擬装する。


 そうして一同は全員変装の上に仮面、認識阻害の術を掛け念入りに潜入の準備を行った。


 意外なことに、カタスケの店の地下には王族用の通路へと繋がる隠し通路が用意されていた。カタスケの話では、危機に陥った際に王族用の通路を使い脱出するつもりだったらしい。


 これにより潜入は即座に開始される。時刻は夜──頃合いとしては都合が良い。



 いよいよトシューラの中枢へ──。パーシンの本懐はようやく果たされようとしていた。 




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