第七部 第一章 第十三話 王都の中の魔獣
トシューラ王都ピオネアムンドへの潜入に成功したライとメトラペトラ、そしてパーシン一行は、借りた宿にて今後の行動を打ち合わせをすることになった。
現在一行は比較的老舗の宿にとった大部屋にて、大きめな円卓を囲み相談中である。
トシューラは徹底して国内情報流出を封じている。当然ながら王都の構造を詳しく掌握している者は貴族ですら少ない。
そんな状態で真っ直ぐに王家の抜け道まで向かえば即座に気付かれるだろうとパーシンは推測を述べた。
「これから向かう先には魔法か隠密の警戒があるだろうな」
「おいおい……。大丈夫なのか、それは……?」
ヴォルヴィルスはパーシンの言葉と表情から、今居る場所がトシューラの中枢であると改めて理解した。
とはいえ、危険を冒してまで王都に潜り込んだまでは良いが身動き出来ないのでは意味がない。
「大丈夫だ、ヴォル。手はある」
「ほう……?」
「伊達に城を脱け出していた訳じゃないってことさ」
パーシンは昔から度々城を脱け出しては市井を見て回っていた。しかし、それは王都の外のこと……民の殆ど暮らしていない王都では意味がない。
だが、幾ら隠密能力に適性があろうと子供……やはり限界があった。
「俺が最初に城から脱け出せたのは偶然だった。でも……それ以降は偶然じゃない」
「?……どういうことだ?」
「俺に隠密行動のイロハを教えてくれた人物が居たんだよ。認識を阻害する方法や移動の際の目立たない方法をな」
それはパーシンにとっては幸運だったと言える出来事。もし相手がトシューラ王族に遺恨を抱えていれば、パーシンは利用された上に葬られていた筈だ。
無論、パーシンは最大の警戒をしていただろう。それでも、当時経験も実力も足りないパーシンが狡猾な相手と渡り合える訳も無い。
「………。ファーロイト様はその方に何らかの協力が期待できると?」
「そうだよ、キリカ。その人は商人で王都に暮らしていた。元魔術師でそれなりに歳だが、まだ健在だと思う。そして……実はその人は王城への隠し通路を造った人だとも聞いている」
「そんな人物が……」
通常ならば王族用の隠し通路を造った者は情報隠蔽の為に口封じされる……のだが、その商人は周到に別人に成り済ましていたらしく失踪扱いになっていた。
その徹底した素性隠蔽だけでも優れた者であることが判る。
そして……これだけ警戒されている王都の中、未だ暮らし続けているならば相当な胆力……。メトラペトラはそこが逆に気に掛かった。
「ソヤツが王都に住み続けていると思う根拠は何じゃ?」
「灯台もと暗し……と当人は言ってましたよ。方々に逃げると逆に目に付くだろうと」
それは理屈としては正しいのだろう。
トシューラで警戒されているのは外部から来る新参者が中心である。長らく王都に住む商人が何十年も警戒されるというのは現実的ではない。
「ともかく、先ずはその人に会いに行こうと思う。ただ、もし王都を離れていた場合はもう一つの策を取る。その時には皆を頼ることになる」
「パーシン様……それはどんな……?」
「俺が名乗り出るんだ、レイス。それで大きな隙ができる筈だ。その間に皆には秘密の通路から侵入して貰い、直接妹達を……」
その言葉に一斉に立ち上りパーシンに詰め寄る者、約三名……。
「お前は馬鹿か!?」
「そうですよ、パーシン様!お考え直し下さい!」
「あなたは何故そう……はぁ……本当にもう……!」
ヴォルヴィルス、レイス、キリカがパーシンを取り囲んでいる。その様子にライは思わず吹き出した。
「プッ!ハハハ。パーシン、お前も随分と無茶を言うようになったじゃないかよ?」
「………お前ほどじゃねぇよ、ライ」
「ま、まぁ……確かにそうだけどね」
苦笑いで頭を掻いているライはスッと立ち上がると、パーシンの頭に手刀を落とす。
「ぐっ……!おい!」
「だけど、今のはお前が悪い」
「む、無茶が常態化してるお前に言われたくない!」
「ぐぬっ!」
ごもっともな意見に今度はメトラペトラが吹き出した。だが、ライは呆れた顔でパーシンを諭す。
「あのなぁ、パーシンよ?お前を心配している人達の顔、良く見ろ。そんで忘れんな。お前に何かあった場合、今の数倍悲痛な顔をさせることになるんだからな?」
「……………」
「俺はさ……?実はそういう自覚があって行動してるんだぜ?本当に悪いと思いつつ無事に戻れるように結構必死なんだ。お前はそこまで覚悟してたか?」
自分は自己犠牲でなく性分……死を覚悟している訳ではない。好んで無茶をやっている訳ではないのだと改めてパーシンに告げた。
フェンリーヴ家は勇者の家系……家族は皆、どこかにそういった覚悟を宿して行動している。そうでなければ動くことすら出来なくなるのだ。
その点パーシンは、『自分さえ犠牲になれば』という考えが抜け切れていない様にライは感じたのだ。
故の説教──それはライなりの友情でもある。
「大体、お前がそんな真似するなら俺が王都で暴れ回った方がずっと早い。何せトシューラ艦隊を壊滅させた張本人だ。慌てて対応してくるだろ?」
「……だが、これは俺の事情で……」
「面倒なヤツだな、お前も……。お前はもう俺より背負ってるものが重いんだよ。シウト国トラクエル領主付き副官、キエロフ大臣から名を貰った立場、それから心配してくれる友人と部下……それを恩義さえも返さないまま全部簡単に手放すのか?」
「…………」
ライの言葉がパーシンの心に突き刺さる……。
いつの間にか増えていた大切なもの……最優先は妹達ではあるが、今のパーシンが持つ縁はそれに劣る訳ではない。手離したくない絆でもある。
「ま……例の商人さんが居ればこんな話をするまでもないんだよなぁ。お前としては最終手段のつもりだったかもしれないけど、もうちょっと周りを見た方が良い。特にここは敵陣真っ只中だ。身内を動揺させたら上手く回るものだって失敗するぜ?」
「……ああ。俺はまだ自覚が足りなかったみたいだ。ありがとうな、ライ」
「ま、分かれば良いんだよ。という訳で、先ずはその商人に会いに行く。それでダメなら俺がこの地で暴れる。結界を幾つか破壊すれば転移で逃げられるだろ?」
「ライ……」
「良いんだよ。俺は行動する、お前は考える……前と同じだよ。だろ、相棒?」
「………ああ」
ライが拳を付き出せば仮面を外しているパーシンは涙目で応えた。
「ってな訳で、皆は確認だけでもしてきてくれる?俺はちょっとやることあるから」
「……わかった」
「言うまでもないけど、単独行動はしないように。必ず四人で動いてくれ」
「ああ……行ってくる」
パーシンはすっかり迷いを振り払った様だ。颯爽と仮面を着用しライとメトラペトラを残して去っていった。
「お主も言うようになったのぅ……自分のことは棚上げで」
「うっ……ア、アハハハ~……スミマセン」
「フン。もう慣れたわぇ」
ライの正面に移動したメトラペトラはライの意図を察している。
「で……?お主は何を警戒しておるんじゃ?」
「………師匠も感じているんじゃないですか?」
「まぁのぅ……。これだけアチコチに魔獣の気配があると嫌でも判るわぇ。この地の結界故に入るまで気付かなんだが、まさかここまでとはのぅ……」
トシューラ王都内に感じる魔獣の気配──。これは本来の魔獣ではなく人工的な手が加わったもの……。
ライはその違いを感じ取れる程にそれらと対峙している。
「モラミルト……人工魔獣の気配ですね、これは」
「ふむ……ベリドと言ったかぇ?ソヤツの気配はどうじゃ?」
「今は感じませんね。多分ですが、王都にはいないのかと」
「となると、魔獣の力を宿した者が守りを固めておるんじゃろうな。つまり……」
「はい。オルネリアさんやプラトラムさんと同じです」
魔獣の細胞を魔石化したものを人体に植え付けるベリドの邪法。エイルの話ではカジーム国に攻め入った『フォニック傭兵団』も類似した技術で魔獣の力を宿していたという。
その研究が更なる発展を果たし軍事転用されている場合、かなりの脅威となる。
「それで……どうするつもりじゃ?」
「いえ……別にどうもしないですよ?」
想定外の答えにメトラペトラは目を丸くしている。
「……お主、本当にライかぇ?」
「どういう意味ですか、ソレ?」
「いつものライならば、誰も頼みもしないのに自ら首を突っ込むじゃろ?そして皆巻き込んでカオスになる筈じゃがの……?」
「くっ……!い、嫌だなぁ。お、俺だってちょっとは成長を……」
「する訳ないのぉ」
「…………」
酷い評価にライは突然笑い始めた。
「クックック……バレてしまっては仕方がない。そう……私はライではない」
「やはりか……貴様は一体何者じゃ?」
「では見せてやろう。私の正体を!」
室内につむじ風が巻き起こり黒い影がライを包む。そうして姿を表したのは……何か哀愁漂うオッサンだった。
その顔はもの悲しそうな、それでいて人生を諦めたような笑顔を浮かべている。
「…………」
「…………」
「………フン!」
「ぐあぁぁっ!目が、目がぁぁっ!?」
妙技・ネコフラッシュ炸裂!
メトラペトラが突然放った閃光を受けたオッサン──ライは、目を押さえて転げ回る。
「ハァ~……。やれやれ、何でまたオッサンなんじゃ?気に入っとるのかぇ?」
「…………」
オッサンは回復した目でメトラペトラに熱い視線を向けている。が、相変わらず切ない顔だ。
「えぇい!いい加減にせい、気持ち悪い!」
「え~………。師匠のフリに応えただけなのに……」
「誰も望んどらんわ、そんなオッサン!」
やれやれと首を振り元の姿に戻ったライは、メトラペトラを抱え上げ再び席に着く。
そもそもこの二名……契約印により本物か偽者かの判断など即座に付くのだ。これもまた師弟の触れ合いである。
「それで……本当のところは何故じゃ?」
「師匠はオルネリアさんの時居なかったから分からないと思いますけど、あの魔獣の石って共鳴するんですよ。だから、何処かの石を浄化すると十中八九相手にバレる」
魔獣の力を宿す者は当然ながらトシューラの中でも実力者扱いになっていると考えれば、やはり警戒を強めてしまう恐れもある。
今回はパーシンの妹達の救出が第一。ならば救出を確実に行動せねばならない。
「ふむ……。じゃが、奴らの持つ魔獣の力はこの先危険じゃぞ?トシューラが再び侵略を続ける恐れもある」
「それはそうなんですけどね……。それは一度撤退した後、改めて考えます」
「………まぁ、お主がそれで良いなら何も言うまい」
本当のところ、ライは直ぐ様行動をしたいと考えてはいる。
魔獣の力を宿す行為はトゥルク国で起こった邪教騒動同様に多大な犠牲が発生する恐れもある。仮にもパーシンの故郷──それを起こされるのは避けたい。
しかし、ライにとってはパーシンのこれまでの苦悩の方が優先されるのだ。だからこそ静かに事を為すと決めているのである。
代わりにトシューラの民が危機を背負うことになる。ライはそこでも自らに苦悩を与えることを選択した。
現実問題として、今回のトシューラ潜入は様々な危機を情報としてライに与える。
魔獣の石による戦力強化が為されればトシューラはいよいよ大国に対してさえ侵略を始める可能性がある。更に大きな争いは闘神に力を与え封印からの解放を早めるだろう。
また、魔獣の魔力は魔王アムドの興味を引かないとも断言できない。アムドに一族への同族愛に似た感情があれば、カジーム国を最も苦しめたトシューラ国は怒りの対象にもなり得るのだ。
そして……魔獣アバドン。
魔獣の気配に釣られて再び現れる恐れがある。ライが真に恐れているのはそれらの危険が同時に複数発生することだ。
「師匠……」
「何じゃ?」
「力が増しても俺ってちっぽけですよね……。結局、自分の都合で取捨選択してる」
「……。お主も学ばんのぉ……。何度も言うた筈じゃぞよ?神ですら全ては救えんのじゃ。そう……神ですらの……」
「…………」
「どうしても全てを思い通りにしたければ、大聖霊の力を全て手にして制御することじゃな。お主にはその可能性と権利がある」
メトラペトラの言葉にライの心はチクリと痛んだ。
期待を込めたメトラペトラの言葉とは裏腹にライの身体は限界を感じている。次に【神衣】の力を扱えない場合、どの程度戦えるかさえ判らない。
(全てを救うのは無理、か……。でも、俺は……)
諦めない──。その身体が動くなら……足掻く覚悟は出来ている。
ただ……それを他者に悟られるのは嫌だったライは、突然メトラペトラを拘束し的確にマッサージした。
パーシン達が戻った時、ベッドで恍惚の表情で痙攣するメトラペトラを確認するも敢えて触れなかったという。
「どうだった、パーシン?」
「どうやら最初の予定で行けそうだよ」
「良し。打ち合わせはどうする?」
「今日の夕刻に商人の営む宿に移ろう。それから商人を交えて打ち合わせ……そして……」
「いよいよ侵入だな……」
真剣な顔になったパーシンは友へと顔を向ける。
「……。済まない。頼む、ライ……力を貸してくれ」
「いつもみたいに言ってくれよ、パーシン?」
「……。頼りにしてるぜ、相棒!」
「おうよ!任せろ、相棒!」
一行は宿を移し準備を始めた。トシューラ王城『白鴉城』侵入計画は着実に進んでいる。
間も無くパーシンの願いである兄妹の再会は果たされるだろう……。
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