第七部 第一章 第十二話 潜入、ピオネアムンド


 デルメレアを居城の同居人として迎えたライ。その過程で魔導科学者とのやりとりも加わり慌ただしい一時帰還と相成った。


 そして再びトシューラ国オクーロの街へと戻った時は既に夜分──。メトラペトラとヴォルヴィルスはすっかり酔いどれた末、部屋で眠っている様だ。


(……結局、ヴォルヴィルスさんとは話を出来なかったか)


 メトラペトラがヴォルヴィルスと呑んでいる中で伝えた可能性もあるが、取り敢えず話は急ぎではないので先送りとなった。


 一方、パーシンとキリカは食堂にて遅めの夕食をとっていた。声を掛けようとしたライだが、二人の晴れやかな表情を確認した為に無粋と判断。そっと食堂を後にする。


(ん?そういやレイスさんは?)


 パーシンの忠実なる臣下レイスが外出したことは知っていたものの、その後戻った姿を見ていない。考えてみればパーシンの傍から離れていること自体が珍しいことだった。


 部屋に戻っている様子も無いことから未だ外出中。念の為に《千里眼》にて確認すれば、オクーロの街から離れた位置に居場所を捉える。


(隣街……?何でそんな場所に……)


 自室の窓を開いたライは飛翔にて移動。夜の闇に溶け込みつつレイスの後を追う。


 辿り着いたのは隣街。名前も知らないその街の外れには墓地がある。そんな寂しい場所にレイスは一人佇んでいた。


 周囲に人影はない。木の柵で囲まれた質素な草地。石の石碑がまばらに並んでいる。


「レイスさん」

「……。ライ殿でしたか……スミマセン。どうしてもこの街に戻りたくて」

「それは構いませんが……。……。此処はもしかして……」

「はい。私の故郷です」


 灯りはランタン一つの闇夜──。墓場という場所柄とても物静かで、遮るものも無い為に星が良く見えた。


 レイスは在りし日々を思い出しながら語る。


「我が家は一応の貴族家系で、昔は小さいながらもこの街近辺の領地を持っていたらしいんですけどね。曾祖父がトシューラ王族の王位争いで付く相手を間違えたらしいんですよ」


 トシューラならばそんな話はどこにでも転がっている……レイスはそう苦笑いした。


「一族は爵位を落とし禄高も減った。父などは復業して生計を立てていました。それでも家族は幸せでしたが、流行り病で両親が死んでしまって……」

「それで兵士の道を……」

「はい。色々ありましたが、今はパーシン様に仕えている。………。不思議ですよね……。パーシン様と共にトシューラを離れた身の方が良い暮らしが出来ている訳ですから……」


 レイスにとっては大きな運命の転換だっただろうシウト国への奉公。二度と戻れないと考えていた故郷を間近に感じつい足を運んでしまったのだろう。


「きっとご両親も誇らしいと思いますよ?魔石採掘場でもレイスさんは人の心を失わなかった。それに、今もってパーシンへの忠義を貫いているんですから……」

「そう……でしょうか。私は祖国を捨てたことを嘆かれている気がして……」

「国より我が子、ですよ。トシューラ国の友人が増えて初めて分かりました。トシューラの民は家族思いの人が多い。レイスさんの両親もきっと生き方を否定しないと思います」

「……ありがとう、ライ殿」


 レイスは墓石の前に屈む。綺麗になっているのはレイスが手入れしたのだろう。

 用意してあった花を手向けトシューラ式の祈りを捧げる姿には穏やかな表情が浮かんでいた。


「父上、母上……私はパーシン様に忠義を尽くします。見守っていて下さい」


 そしてレイスは墓石の裏側に回る。そこには小さな石の箱があった。


 短刀を差し込み固くなった蓋を抉じ開けるレイス。そこには小さな虹色の石が納められていた。


「ライ殿……これを」

「これは……?」

「我が家に伝わる家宝です。私しか居ないオールド家……魔石採掘場に送られ無くしてしまうのが嫌だったので置いて行ったのです。どうか受け取って下さい」

「……これはどういう品なんですか?」

「曾祖父の代で知識が途絶えた為に恥ずかしながら使い方が分からないのです。ですが、ライ殿なら有意義に使えるかと……」

「わかりました」


 ライはチャクラの《解析》を用い宝具を確認する。と同時に、ライはその効果を見て驚きの声を上げた。


「こ、これ……凄い品ですよ!?」

「本当ですか?」

「この宝具は持ち主の『存在特性』を一時的に引き出すもの……みたいです。こんなものが存在していたなんて……」


 存在特性に関する宝具は極端に少ない。いや……少ないどころかライは見たことがない。

 敢えて挙げるなら【概念力】を宿す星具くらいなものだ。


 存在特性は魔法ではなく概念の力。それを魔法式化し道具に固定したのは如何なる存在か……。


 ともかく、無二とも言える稀少さの宝具だ。


 但し、欠点もある。その宝具は使用限界があるらしい。機能は最上位なれど耐久性は下位の品だった……。


 だが……それでもその価値は非常に高い。ライが求めて止まなかった宝具と言っても良いだろう。


「レイスさん……この宝具は凄い物です。本来なら受け取るのを躊躇う程に……」

「………」

「でも、俺にはこれが必要です。だから……しばらくお借りできませんか?」


 未知の魔法式を解読するのは簡単なれど、その内容の理解には相当時間が掛かるだろう。これは専門家……ラジックとエルドナに任せるべきだとライは判断した。


「私は初めからライ殿へのお礼として差し上げるつもりでしたので、遠慮せず受け取って下さい」

「ありがとうございます。ですが、必ずお返しします。これはレイスさんの一族の宝……。だから……」

「わかりました。では、お預けします」

「はい」

「それでは参りましょうか」

「そうですね。パーシンが待っているでしょうし」


 ライの転移魔法によりレイスと共にオクーロの街へ──。


 宿の入り口にはパーシンが落ち着かない様子で臣下の帰りを待っていた。


 二人が楽しげに語る姿を確認したライは、再び居城に転移。レイスから受け取った宝具をラジックとエルドナに託す。

 途端に二人の魔導科学者は対抗意識を燃やしつつ早速解析を始めた。



 今回の宝具はこの先【神衣】を修得する者を増やす為には必要不可決──後にメトラペトラやアムルテリアとも連携し是非とも解析を果たして欲しいとライは思った。



 トシューラ王都に踏み入る前に予期せぬ騒動が続いたが、それらは決して無駄なものではなかった。

 多くを飲み込み内包し、糧にさえ変える……それがライと言う男──。ここに至る流れも確かに意味は生まれるだろう。



 そしていよいよ……ライとパーシン一行はトシューラ王都へと歩みを進める。







 トシューラ国・王都【ピオネアムンド】──。


 ロウド世界の歴史上で魔法王国に次ぐ侵略を行った軍事国家であり、現時点で大国最大の軍部を所有する国。

 トシューラ国の全ての中枢にして最大の都市……そして、王の絶対君臨を象徴する地でもある。


 ピオネアムンドは常に先端の技術を取り込み発展し続ける街である為、外観からして歴史を語れる都市ではない。

 観光地ではないので景観を美しくする必要はなく、権威の集中である為に一般の民が居を構える場所でもない。軍事機関と貴族の別邸、そして王族の暮らす領域が大半を占める歪な街なのである。


 だが、一般の民が存在しない訳ではない。軍事国家である以上、トシューラは常に強者や技術を欲しているのだ。


 ピオネアムンドを歩くのはトシューラ国への仕官目当ての者が多い。定期的に行われる仕官募集で力を見せれば、いきなりの兵長級も夢ではない。同様に魔術師にとっては金に糸目を付けず研究が行える場でもある。


 そうなれば王都に滞在し期を待つ者も増える。貴族の中にはそういった者達の中から優秀な者を引き抜くこともあれば、彼等を対象にした商いを行う者も居る。


 無論、王家に伺いを立てなければならないものの王家にとっては不利益がある訳でもないので容認されていた。


 そんな異様な街の中をフードを被った四名の者……と黒猫が歩いている。ライとメトラペトラ、パーシン、キリカ、レイス、そしてヴォルヴィルスは遂にトシューラ王都へ侵入を果たしたのである。


「しっかし……王都だけあって随分とまぁ厳重な検査だったな」


 ヴォルヴィルスはフードを外しウンザリと溜め息を吐いている。


「当たり前ですよ。この地を何処だと思っているんですか?トシューラの中枢ですよ?」


 続いてフードを外したキリカは、呆れた顔で溜め息を吐いている。しかし、その表情はどこか明るい。


 パーシンとレイスはフードを被ったまま……。もし知己に顔を見られれば忽ち看破されてしまう。

 パーシンに至っては仮面までも付けているが、念には念を入れて行動をしていた。


 王都の入り口にて行われている身元確認。幾重にも張られた擬装破りの魔法結界と魔術師による直接確認の検問は、実質破ることなど不可能と思われていた。


 だが、それは通常ならば……である。


「フフン……まぁライに掛かればあの程度の検問など意味を為さぬじゃろうな」


 ライの頭上……は流石に目立つので、肩にしがみついているメトラペトラは、誇らしげである。


「で……結局、何がどうなって素通り出来たんだ?」

「なぁに……簡単な話じゃよ。ライの持つ情報の概念力で擬装破りの魔法に介入したのじゃ。当然、誰も気付かん」

「だが、魔術師や兵の直接確認はどうやったんだ?ファーロイトの仮面までお咎めなしだったろ?」

「ヴォルよ……お主、見ておらなんだな?あの時、ライの纏装がパーシンとレイスの顔を包み変化したのじゃぞ?」


 小型の分身をパーシンとレイスのフード内に仕込んでいたライは、人相を確認される前に顔を変化させていた。因みに変化させたその顔は、どこにでもある平凡な顔だった様だ。


「相変わらず無茶苦茶だな、ライ……。ん?そういや、お前が一番顔バレするとマズイんだろ?どんな顔で誤魔化したんだ?」


 ヴォルヴィルスの言葉にフードを外したライの顔は……何か人生に疲れた様な切ない顔をしたオッサンだった。


「誰だよ!?」


 叫ぶヴォルヴィルスの口を慌てて塞ぐレイス。目立つのは得策ではない。


「………。のぅ、ライよ?」

「何です、メトラ師匠?」

「おぉぅ……声まで変わって……。な、何でその顔なんじゃ?そもそも誰?」


「いやぁ……疲れたオジさんなら一発逆転を狙って現れたと思ってくれるかと。同情も引けると思いましたし……あ、モデルはいないですよ~?」

「へ、へぇ~……」


 それは本当に哀愁を漂わせる姿……思い返せば検問していた兵士は少し同情の色を浮かべていた気もする。


「さて……それじゃどうするんだ、パーシ……じゃなかった。ファーロイト?」


 流石にパーシンと呼ぶのは不味い。認識阻害が働いていても注意するに越したことはない。


「……。スマン、ライ……。その前に、今の顔以外に変えて貰えないか?」

「ん……?何で?」

「いや……普通に気になって仕方無いから。俺まで切なくなってくる」

「……やれやれ。我が儘だなぁ」


 ライは変装を解いた。但し、髪だけは黒く変化させている。案外髪の色が違うだけで人は認識出来なかったりする。黒は赤髪や白髪と一番離れた印象と言えるだろう。


「それで、ファーロイト……」

「分かってるよ。だが、先ずは宿屋を見付けよう。仕官が決まるまでの拠点を作っておかないと怪しまれる。こうしている間も監視はされているだろうからな」

「了~解」


 宿に部屋があれば何かあった際の合流地点にも使える。実際にも一応の拠点と言うことだ。


 そうして……宿の大部屋を借り全員一部屋での打ち合わせが始まった。


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