第七部 第一章 第十一話 魔導科学者、来訪


 ラジックとエルドナ、ライの居城に来訪──。



 現在二人は湖の畔にてライの服の袖をガッシリと掴んでいる。相変わらず対抗心が凄い。

 と言っても、ライはその様子を初めて目の当たりにする訳で若干気圧され気味だった。



 思えばトゥルク遠征時の協議以降、ライはラジックに開発を任せきりだった。トゥルクでの出来事は伝わっている筈なので新たな開発意欲が湧く頃合いなのかもしれない。


 一方のエルドナは、依頼していた装備の強化を模索していると以前会った際に言っていた。


 エルドナは大型魔獣の攻撃を防ぎきれなかったことで親友を危険に晒した事実に憤慨し、より高い機能を求めている様子。燐天鉱の【創造】が可能になり、更にはデミオスとの戦闘データも加わった今、エルドナもラジックに負けぬ程に開発意欲を高めていた。


 そう……エルドナは一つ上の高みを目指そうとしているのだ。



 そんな二人が来訪したことで装備に関しては更なる向上が期待出来る……かもしれないのだが───。



「邪魔よ、ラジック!私が先に話すの!」

「何おぅ?君はライ君から色々と貰っているだろう!次は私の番だ!」

「アンタの技術じゃ竜鱗装甲造れないでしょうが!」

「残~念。ロリ眼鏡よ……私は既に竜鱗装甲の再現に成功したのだ!」

「なっ……!う、嘘よ!」

「フッフ~ン?決め手は魔石と竜鱗を繋ぐ魔導回路──竜脈紋だろう?更に!私は機能の向上すらも果たしたのだ!ライ君の齎した『方術』によってな?ハ~ッハッハッハ!」

「ちょっと、ライちゃん!聞いてないわよ!?」


 憤慨するエルドナに胸ぐらを掴まれ揺さぶられるライ……最早その目は逃避していた。


 この二人が絡むと騒がしいことこの上無い……。


「ラジックさん……知識は共有しないと駄目ですってば」

「アレは私が貰ったお土産だも~ん!」

「……。ラジックさん。ライバルって奴は対等な条件で越えてこそ『勝ち』になると思うんですが……」

「……………」


 その言葉を聞いたラジックはしばし目を閉じ思案した末、舌打ちしながら研究成果の入った魔石をエルドナへと手渡す。


(物凄ぇ酸っぺぇ顔してるな……)


 対してエルドナは当然の様な顔で研究データをひったくる。が……内容に目を通すと驚愕の表情を見せた。そして何故か、いきなりライを張り飛ばした。


「ぐべっ!」

「ちょっと、ライちゃん……これ、結構重要な知識よ?何でラジックにだけ……」

「い、いや……知識は共有してると思ってたん……」

「黙らっしゃい!」

「ヘブッ!?」


 今度はグーで殴られたライ。しかも魔導具まで使用……エルドナ、中々に容赦が無い。


「私が一回でもラジックに遅れをとるなんて許せないわ……」

「フッフッフ。ロリ眼鏡よ……君の時代は間もなく終わるのだ!」

「うるさいわよ!猫背眼鏡!」

「何を?このロリ眼鏡め!」


 眼鏡が眼鏡を罵倒する──これもまた様式美か……。


「フフン。そこまで言うのならば私の傑作を見せてやろう!出でよ!【竜装巨人】!」


 ラジックの声に合わせて上空から落下して来たのは巨大な鎧。漆黒で光沢のある『全身鎧型装甲』は、優にライの四倍程の全長──全体的に二回り、いや三回り以上大きい。

 それが音もなく減速し静かに着地した。眼前のそれは、まさに巨人の武装の如き威圧感である。


「………。こ、こんなものを……」


 ライ、白目。そしてエルドナは叫ぶ。


「何よコレ!どう考えても魔力効率がおかしいでしょ!」

「チッチッチ!良いかな、ロリ眼鏡よ?ライ君から齎された『方術』により更なる魔力回路の効率化は成った。だが、それでもこの大きさになると魔力は足りない」

「じゃ、じゃあどうやって……」

「そこは私の幸運だな。実は私の元に『命ある炎』がやって来たのだ」


 ラジックがエルフトにて研究をしていたある日、命を持つ『炎』が来訪した。その二つの炎は意志を持っていたのだ。

 それからラジックは様々な手段を用い意思の疎通を試み、遂には理解し打ち解けたという。


 お忘れの方も居るだろうが、ラジックの元に現れたのはメトラペトラが『魔の海域』にて生み出した炎である。消される筈だった炎はライの助命嘆願により存在を許され、そのまま世界を巡った。

 やがて炎達はライの言葉に従いラジックの元へ辿り着いたのである。


 炎達はラジックに力の成長を求めた。より力を得ることで恩義に報いようとしたのだろう。


 結果──長らくラジック特製魔力槽にて眠りに就いた果てに、その存在格は精霊体へと進化した。

 元より精霊寄りの存在構築だった為、それもまた必然と言える変化だった。


「『命の炎』君達は鎧と容易に同化できるようにしてある。つまり、この【竜装巨人】は精霊なのだ!」


 成る程、発想力のネジが外れているラジックならではの所業……。エルドナも大概だがラジックの方が常軌を逸する点に関しては数段上手だ。


「こ、こんなデカイものを……ラジックさん、矛盾してませんか?」

「何がだい、ライ君?」

「いや……だって……」

「過剰戦力だって言いたいのかい?でもコレはね?カジーム国の防衛の為に作製したんだ。守る為には力も必要だからね。因みに、竜装巨人は人も搭乗出来る」

「へぇ~……」

『解剖して良いですか?』

「何で!?」


 竜装巨人の中にはラジックの弟子カートが搭乗している模様……。


 ここに至りペトランズ大陸の変人……ならぬ魔導科学者勢揃いである。


「と、ともかく、皆さん一度中へ……。竜装巨人は……入れないですね」

「ああ。それなら大丈夫だよ。君の竜鱗装甲『アトラ』の情報のお陰で小型化出来るから」


 竜装巨人の胸元が開き中から現れたカートは、浮遊する光の円に乗って下降。同時に鎧は光に包まれて縮んでゆく。


 最終的に形を成したのは、小さなランタンの付いた錫杖。その二つの炎はくだんの『命の炎』らしく、ランタンの中で時折色を鮮やかに変化させている。


 こうして一同は会議室へと移動し話を続けることになった。


「今日は以前より随分と賑やかだね……」

「ええ。新しく同居人が増えましたので……」

「この城に来るとなると、それなりの人物かな?」

「はい。四宝剣のデルメレアさんていって……」

「四宝剣!あ、あのデルメレア・ヴァンレージかい!?」

「え、えぇ、まぁ……」


 ラジックとエルドナの目がキラリと光る。


「後で是非とも話をしたいんだけど……良いかな?」

「多分、大丈夫です。というか、デルメレアさんの装備もお願いしようと思ってました。……。でも、お願いですからエルドナとも仲良くやって下さいよ?」

「フッフッフ……任せなさい。だろう、ロリ眼鏡?」

「そうね、猫背眼鏡……私達は仲良し。でしょう?」


 そそくさとデルメレアの元へと向かい捲し立てるように質問しているラジックとエルドナ。急に態度が変わったことに違和感を感じたライは、カートに耳打ちして理由を確認する。


「カート君……何かラジックさん達の様子がおかしいんだけど……」

「多分『四宝剣』に興味があるんだと思います」

「ああ……成る程」


 どこまでも研究主体の二人……耳を澄ませばデルメレアの困った声が聴こえる……。

 が……その内、マリアンヌとアリシアのお叱りが入り二人はスゴスゴと戻ってきた。


「うぅ……。四宝剣を調べられる折角の機会が……」

「仕方無いわよ。私達は所詮、一介の研究者だし……」


 チラリチラリとライを見ているラジックとエルドナ。普段張り合っているのにこんな時の連携は息ピッタリである。


「わ、分かりましたよ。デルメレアさんに剣を調べられるようお願いしておきますから……」

「流石はライちゃん!」

「わかってるぅ!」

「…………」


 それでもエルドナとラジックはライにとっては必要な存在である。今後も何かと頼らねばならない。


「ところでラジック……。あの【竜装巨人】だけど、あんな量の竜鱗をどうやって集めたのよ?」

「ん?ああ……あれはね、フィアアンフ君から週に一枚づつ貰って貯めたんだ。フィアアンフ君はライ君との契約影響で再生能力が高まっているらしくてね。いやぁ……コツコツ貯めた甲斐があったなぁ」

「成る程……つまり、フィアアンフからはむしり放題なのね?」

「そうだね」


 ライの脳裏には羽根をむしられるニワトリのイメージが浮かんだ……。


「まぁ、竜鱗は前もって頼まないとくれないよ?私は対価として彼に武器を作製したんだ」

「わかったわ。私もそうしてみる」


 ラジックは人型時のフィアアンフの装備を作製した……らしい。


「さて……それじゃ本題に戻りましょうか。ライちゃん……何を作ろうとしているのかしら?」

「エルドナの元にも【星具】の情報は行ってるだろ?」

「創世神が遺した意志ある器物よね?」

「そう……。これまで見付かったのは二つの杖、鎚、鎌の四つ。杖の一つは俺が壊したけど、それも何とか再生できそうなんだよ」


 トシューラ国ドレンプレルにて暗躍した魔王ルーダ──その正体こそが『星杖ルーダ』である。

 あの時ライの手によりルーダは破壊してしまったが、核となる星珠は無事……更に浄化も果たし元の星杖として再現できることも分かった。


「だから、先ずは星杖ルーダを再生するつもりなんだけど……」

「勿論、私達も立ち合わせて貰えるんでしょ?」

「それは構わないけど、ラール神鋼って多分アムルしか扱えないよ?それに星珠も……」


 理に絡む大聖霊……アムルテリアの概念力ならばラール神鋼の【創造】はできずとも、物質形状の変化程度は成し得ることが可能だという。


 星珠に関しては自我を宿せるまでの時間が必要になるので、即時の作製は不可能とのことだった。

 しかし、そちらもデルメレアから分離した【破壊者】の魔法式があれば時間の短縮が可能になるだろう。


「私達は飽くまで知識の糧になれば良いのよ。結果として見ているだけでも今後に繋がるから」

「ラジックさんもですか?」

「うん。まぁ、私は人間だから寿命に限界があると思うけど、出来ればラール神鋼や星珠と並ぶものを目指すつもりだ。それは後の世に大きな恩恵を与える筈だからね」

「…………」


 ラジックは自分がどこまで出来るのかを知っている。才能を過信している訳でもなく、時間が有限であることも理解している。

 しかし、それでも絶望せず歩みを止めないのだ。ラジックの真の才能は探求心なのかもしれない。


「わかりました。じゃあ、アムルと一緒に星具作製する際には声を掛けます」

「ありがとう!流石はライ君だ!」

「解剖して良いですか?」

「だからライちゃんから目を離せないのよね~?」


 若干怪しい声が混じったが、ラジックとエルドナは益々開発意欲を高めた様だ。


「あ……それでね?依頼されていた皆の竜鱗装甲の作製だけど、アトラが新たな力を発現したじゃない?」

「ん?……何かあったっけ?」

「持ち主とのリンクによる無詠唱転移とか、あとは波動っていうの?あの力との協調とか、極めつけは神衣ね……。あと、ラジックが隠してた『方術』との融合も含めて、改めて開発し直したいのよ」

「つまり……竜鱗装甲の改良?」

「そう。どうする?」

「勿論頼むよ、エルドナ。じゃあ、必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ」


 新たな装備はエクレトルにて作製されるらしい。


 エクレトルのエルドナの研究室とカジームに新設したラジックの研究室は、転移魔導具が設置されているので共同開発の体制は出来上がっているとのこと。


「じゃあ、ラジックさんもエクレトルで?」

「そうだね。寝泊まりはカジームに帰るけどね」

「あとはこの城と繋いで貰えれば研究は大丈夫ですよね……。そうだ、ラジックさん。以前にお願いした転移魔導具って……」

「ああ。もう設置済みだよ。リーファムさんの島とディルナーチの二ヶ所……だったかな?」

「はい。本当は他にも繋ぎたいんですけど、今はそれで良いです」


 リーファムとの連携は最も緊急対応に適している。姉弟子であるリーファムの能力はかなり高い故の選択でもある。


 ディルナーチは華月神鳴流の『試練の地』に設置。ディルナーチにはペトランズ大陸の脅威──魔王や魔獣の情報が中々流れない。故に緊急時に対応できるようにとのライの配慮である。


 ディルナーチに関しては魔法育成も兼ねたもので、メトラペトラやエイルが度々来訪し魔法知識を伝達しているとのこと。

 トウカやホオズキの里帰りにも便利と考えたが、現在はスイレンにとっても都合が良いだろう。


「さて……俺はまたトシューラに戻らないと。ラジックさん、城を使っても良いですから装備の件は頼みます。エルドナも時折アリシアに顔を見せてやってね?」

「わかった。任せてくれ」

「ライちゃんも人のことばかりじゃなく自分のことも気遣いなさいよ?」

「ハハハ。あ……それと、カート君には頼みがあるんだ」

「解剖ですか?」


 屈託のない笑顔を向けるカート。普通に怖い……。


「い、いや、チガウヨ~?実はディルナーチ側での魔導具開発を頼みたいんだ。あっちは魔導具が圧倒的に足りなくてさ……魔王に備えるのも大変だと思うんだ。材料や知識は優遇するけど……どうかな?」

「良いですよ。ディルナーチの言葉も話せますから」

「そうなの?じゃあ、頼りにしてるよ」


 今後、自在にライの城に移動できる魔導科学者三名……。その知識は大きく飛躍を果たし、ライと縁ある者達は更なる安全な守りを手に入れるだろう。


 だが、それこそがライの幸運であると同時に願いでもある。たとえライが居なくなったとしても、その想いが大切な者達を守るのだ。



 そんな中で、ライのトシューラ侵入は混迷への序章──舞台は再びトシューラ国オクーロへと移る。


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