第七部 第一章 第十話 来るべき時に備えて


 デルメレア・ヴァンレージは、その長い苦悩の時を越え失っていたものを取り戻した。


 友であるカインと再会を果たしたデルメレアは、ライの計らいにより神具の効果で時を止めたままの婚約者セラ共々ライの居城へと向かう。


 デルメレアは既にライを疑ってはいない。故にカインを説得し全てをライに託したのだ。



 そして───。



「セラ!」

「デル!」


 恋人達の再会にライの同居人達も柔らかな表情を浮かべている。


 この残酷な世界に於いて唯一、死の縁からさえも命を救う存在【生命を司る大聖霊】──フェルミナの概念力によりセラの身体には傷痕すら残っていない。


 そしてセラの『悲劇の記憶』はライにより削られている。その方が良いと判断した結果ではあるが、デルメレアとカインも了承した。

 その為、トシューラ内で争乱がありデルメレアの親類の元に逃げた……というのがセラの認識だ。


「ありがとう……君には感謝の言葉ではとても足りないな」


 カインはライの手を取り深々と頭を下げた。娘の死を半ば覚悟していた身としては奇蹟が起きたと思えただろう。


「いや……これは俺の自己満足ですから」

「……?」

「もう悲恋は見たくなかったんです。救えるなら全部救う……そう決めているんですよ」


 ヤシュロとハルキヨ、キリノスケとホタルというディルナーチで体験した悲しき愛を見ているライは、魂の深いところで幸運竜と女神の別れも思い出しつつある。


 救うことであれ程の苦しみが無くなるならば……ライは無意識に覚悟を決めていた。


 故に……既に超常でありながら、まだ力が足りないと何度も心で繰り返し修行を続けているのだ。



「ライ。この恩は必ず返す」

「そんなことより、もうセラさんと離れない様にして下さい」

「勿論だ。もう離さない」


 その決意に柔らかな笑顔を向けたライは、改めて今後について確認する。


「取り敢えずデルメレアさん達は、この城に留まって養生して下さい。今後ずっと居て貰っても構いませんから……」

「いや……それは流石に……」

「じゃあ、一つお願いを……。この城に若い戦士が居ます。俺は多分ずっとは修行をつけてはやれない。だから、指導してやって貰えませんか?」


 剣聖カラナータの弟子ともあれば効率の良い鍛練を付けてくれるだろう。無茶な成長を続けたライのやり方では下手をすると肉体を壊してしまう可能性もある。やはり良き指導者は必要だ。

 そしてカインもデルメレアと渡り合う程の剣豪……。指導者は多い方が良い。


「本当にそんなことで良いのか?」

「はい。結構重要なことですよ?」

「わかった……。それは世話になる礼として引き受けよう。だが、恩はいつか返す」

「アハハハ。結構強情ですね、デルメレアさん」


 苦笑いでデルメレアを見たライはふと真顔になる。


「デルメレアさん。ちょっと場所を変えませんか?」

「何だ?他にもあるのか?」

「バベル繋がりでちょっとばかり……」

「分かった。カイン……少し出て来る。セラは……」


 デルメレアが視線を向けたセラは、ライの同居人達と早くも打ち解けていた。

 中心に居るのはホオズキ……やはりホオズキは他人との壁を取り払う才があるらしい。


(………却って良かったかもしれないな。此処ならセラの気も安らぐだろう)


 恋人の楽しそうな顔を確認し、デルメレアはライと共にそっと部屋を後にした……。



 蜜精の森を散策することしばし……小川の上流へと移動した場所には少し苔むした岩場がある。ライとデルメレアはそこで岩に腰を下ろした。


「それで……こんな場所まで移動したということは、何かあるのか?」

「……実はデルメレアさんには話しておくことがあります。邪神……いや……闘神のことは……?」

「一応はな……【破壊者】はそれに備える為のものらしいからな」

「やっぱり……」


 そもそも後世に力を遺すことは争いの種となる。だからこそバベルはその装備が血筋以外に渡らぬよう魔法を施したのだろう。

 恐らく【破壊者】という魔法も闘神に備えたものというライの勘は正しかった様だ。


 そして【破壊者】が宿ったデルメレアは、神格に至る可能性を秘めていることになる。否が応にも戦いに巻き込まれるだろう。


「今、この世界で【神衣】──神格に至れるのは何人いるか判りません。でも、デルメレアさんは可能性がある。出来れば【神衣】を修得して下さい」

「……お前は使えるのか?」

「一か八かなら……失敗すると昏倒しちゃうんですよ。だから修得の為の修行にも時間が掛かっちゃって……」


 神衣は本体でしか使用できない。その為、分身で様子見しつつ考察・研鑽することが出来ないのだ。


「そうか……。……。他に使える者は?」

「話ではエクレトルの最高指導者……ティアモントという天使が使えると聞いてます」


 ただ一人天界に身を置き『神の代行』を行っている大天使ティアモントは、自力で【神衣】に辿り着いた存在だ。


「………」

「どうしました?」

「いや……神衣というのは本来、奇蹟に近いのだろう?闘神の復活までに修得できるのかと思ってな……」

「それは……わかりません。でも、使い手を増やさないと」

「………。何故焦っている?」

「俺は闘神の眷族と戦ったんですよ」

「……何?」


 ライはトゥルクに於ける一部始終をデルメレアに伝えた。


「………。良く生き残ったものだな」

「まぁ、運は良いので何とか……。それで、分かったことがあります」

「【真なる神】の力か……」

「はい……」


 【神衣】による神格化は完全な神の力という訳ではない。【神衣】を解除すれば神の力が失われるのだ。つまりは纏装と同じ……。


 対して【真なる神】は存在している時点で神──というのはメトラペトラから聞いた話だ。



 創世神ラール───ロウド世界に於いての【真なる神】はその一柱だけだという。


「他のロウドの神達は【神衣】と『神の玉座』を組み合わせて神の力を執行していたらしいです」

「………。お前の言いたいことは解る。【真なる神】に対抗するには【神衣】では足りない。だから使い手を増やしたいのだろう?」

「それもありますが……【真なる神】を倒す術は別に考えています」

「では、何故……」


 焦っているのか?……そんな問いに苦笑いを浮かべたライは、真に危惧するべき推測を述べた。


「闘神は異界の神です。デミオスの話では闘神の管理する世界から来訪したと言っていました」

「それは聞いた」

「その世界の神の眷族がデミオス……何故闘神がこの世界に来たのかは分かりません。でも、その眷族がこの世界に居た。そして多分、闘神の眷族は一人二人じゃない」

「……そういうことか!」

「はい。闘神は眷族を複数抱えている可能性が高い」


 そしてその眷族は、このロウド世界に来訪することが出来る。闘神が喚ぶのか、眷族に移動能力があるのかまでは特定は出来ないのだが……。


 つまり、闘神の眷族による組織……。デミオス一人ですらあの混乱である。それが複数──神の眷族が全員【神衣】を使えるのかまでは判らないが、少なくとも精霊体以下という可能性は低いというのがライの見立てだ。


 対抗するには最低でも半精霊体の数を増やしたい。可能ならば【神衣】使いも多い方が良い。


「だからデルメレアさんには【神衣】を目指して欲しいんです。この先どれだけの猶予があるかは判りませんが、戦力は幾ら有っても足りない」

「………」


 これはデルメレアにも関係すること……いや、『ロウド世界』に住まう者全てに関わる話。


 デルメレアは改めて己の役割を理解した。


「お前の話は理解した。俺もロウドに住まう者……【神衣】の件は修得を目指すことにする。それがセラやカインを守ることに繋がるのならば尚のこと、な?」

「ありがとうございます!」

「それで……お前はこれからどうするつもりだ?」

「俺は………」


 【神衣】の修得、仲間の鍛練、新たな神具開発………やることは山積みではあるが、本当に必要なことは別にある。ライはそれを理解していた。


 それは自らの修行などより遥かに困難な道……。


「出来る限り各国の連携を繋げるつもりです」

「それは……」


 無理だ──と、口にしかけてデルメレアは思い止まった。


 トシューラ国での出来事だけでも連携など考えられない。それはデルメレア自身が身を以て体験した。

 恐らくライはそれを理解している。理解した上で諦めていないのだ。


「このロウド世界がバラバラのままじゃ、とても闘神とは戦えない。多分、闘神の復活はこの世界の命運を決める時───。ロウド世界の命を守るなら無茶でも無謀でもやらないと」

「…………」

「大聖霊が俺の元に集まったのは多分、その流れの一つだと思っています。才能もなく運だけで突っ走った俺だから、支えてくれた人達を守りたいと思えた。だから……」


 世界を繋ぐ──ライは恥ずかしそうに笑った。


「………。そんなお前に救われた俺は何も言えないな。しかし、もしそれが叶うなら見てみたいとは思う」

「デルメレアさん……」

「だが忘れるなよ、ライ?人は聖人ではない。裏切りや謀略は常に存在する。もしお前がそれに巻き込まれた場合、お前に縁ある者達は俺の様な復讐者に成り得る。それはお前が手を汚すよりも悲しいことだ」

「はい………」

「それに、俺はまだお前への恩を返していない。俺は借りが嫌いだ……だから、返す前に死なれては困る」

「アハハハ……」

「だから、無理はするなよ?」

「………はい」


 拳を突き出すデルメレアに応えるライ。話を終え一度居城に戻ることになった。


 ライはその途中でデルメレアと別れ、湖の畔で魔法指導するメトラペトラ(分身)の元へと向かう。


「メトラ師匠……」

「ンニャ!?………。ライか……何じゃ?」

「オクーロに居る師匠の本体、何やってんですか?あんなに店散らかして……」

「あ、あれはワシのせいじゃないぞよ?ヴォルヴィルスの奴が……」

「ヴォルヴィルスさんが……どうしたんですか?」

「実はじゃな……」


 メトラペトラは食堂で起こった出来事の経緯を語り始めた。



 メトラペトラとヴォルヴィルスは宿屋の食堂で酒を楽しんでいた。ヴォルヴィルスは結構イケるクチだ……というのは酒ニャンの感想だ。


 そんな感じで程よく酔っていた時に、食堂に一人の貴族が現れたという。


 メトラペトラ達の姿は認識阻害がある。どうせ気付かれないので構わず飲み続けていたところ、貴族が客の一人に因縁を付け始めたらしい。


 それを止めたのは別の貴族……。二人の貴族は意見の違いから言い合いを始める。

 酒の力も加わったのだろう……やがて貴族達の口喧嘩は殴り合いに発展した。


「何ですか、ソレ………」

「知らんわ。人が多いだ我慢しろだと騒いだ末に突然殴り合いをの……。ワシは無視してたんじゃが、ヴォルヴィルスがお節介を焼きおって……。まぁ、そのお陰でタダ酒が呑める訳じゃがな」


 貴族の殴り合いは生活の苦しいトシューラ民の鬱屈した心に火を付けた。やがて酔っ払い総出での殴り合いが始まった食堂……見兼ねたヴォルヴィルスは、全員を殴り飛ばした後で一番強い酒を全員と呑み比べしたそうだ。


(……倒れてた客は怪我じゃなく酒のせいかよ)


 記憶を改竄したのが正解だったのか……何かライはどうでも良くなった。


「貴族は二人とも酒に強くての……そのまま酒宴に移行した訳じゃな。酒代は勿論、貴族持ちじゃぞ?」

「………。まだ呑んでます?」

「うむ。イヤ……ノンデマセンヨ?」


(くっ……呑んでやがるな?)


 殴り合いの記憶は消えても酒盛りは続いているらしい。良かったのか悪かったのか……。


「ま、まぁ良いや。程々で切り上げて下さいね?明日はトシューラの本拠地に向かうんですから……」

「ワカットル……ワカットルヨ、ライ……。おかわり自由じゃろ?」

「くそぅ!全然分かっちゃいねぇ!」


 翌日……メトラペトラとヴォルヴィルスを待っているのはディルナーチ大陸、久遠国・豪独楽たけこま領主ジゲン特製の『酔い覚まし』(を再現したもの)であることは余談としておこう……。


「はぁ~……。となると、後はレイスさんか」


 転移でトシューラ国に戻ろうとしたライだったが、その寸前で呼び止められることとなる。ライを呼び止めたのはアムルテリアだった。


「何処に行っていたんだ、ライ?」

「トシューラに友達を手助けにね……。そこで新しい友人を連れてきたから仲良く頼むよ。………あ!そうだ!オズ・エンに会った」

「オズが……?」

「それで、『ラール神鋼』と『星珠』を貰った」

「本当か?」

「うん。で……アムルにはラール神鋼の加工と星具の作製を手伝って貰いたいんだけど……その前にトシューラの用を済ませてくるよ。取り敢えず材料は渡しておくから」


 【空間収納庫】から取り出したラール神鋼と星珠をアムルテリアに渡そうとした瞬間、空に高らかな笑い声が響く。


「素晴らしい!話は全て聞かせて貰った!」

「そんな素晴らしい素材……そして面白そうな話を私達に隠しているなんて……。酷いじゃない、ライちゃん!」

「だ、誰だ!?」


 空から降りてくる……いや、落ちてくる人影……。天使のシルエットにしては妙に銅が長い……。


「ちょっと!離しなさいよ、ラジック!」

「くっ!眼鏡っ娘め……手を離したら研究を独占するつもりだろう?そうはいかん!」

「ちょっと!どこ触ってるのよ!?」

「ぐぎぎぎ……は、離さへんでぇ~?」


 空から降りてきた影は………そのまま湖に墜落した……。


 落ちる瞬間、ライはラジックとエルドナの姿を確かに見た。が……見なかったことにした。


「…………」

「…………」

「……さて。行くかな」


 再び転移魔法を展開し逃げる気満々だったライ──しかし、湖から飛び出した手がその足を掴む。


「ちょっと!逃げちゃダメよ、ライちゃん!」

「そうだぞ、ライ君!せめてその素晴らしい素材だけは……フヒッ!置いていきたまえ!」

「ダメよ、ラジック!これは私が借りるの!」

「おのれ、ロリ眼鏡め……ならばこうだ!」

「ちょっ!ハヒヒヒ!ホホホ……ちょっ!やめ……あぁっ!やめなハハハハ!」

「クックック!我が研究を阻む者は皆、こうなるのだ!フハハハハぐぇっ!」


 エルドナの脇を容赦なく擽るラジック……。流石に女の子に対してやりすぎと判断したライは、ラジックの頭に手刀を落とした。

 かつて自分もフェルミナにやったことなのだが、すっかり忘却の彼方らしい……。


「………。で?何で二人が……」


 ライの城周辺は許可した者しか侵入できないが、エルドナもラジックも許可は与えている。

 問題は、二人は多忙じゃないのかという話だ。


「エルドナ……エクレトルの防衛機構は?」

「そんなものとっくに終わっているわよ。今日は竜鱗装甲とか神具の確認にね?」

「………ラジックさんは?」

「君に託された竜鱗装甲や武器開発だけど、アリシア君の怪我を鑑みて更なる強化が必要と思ってね。そこで君にアイデアや材料を貰いに……」

「……………」


 研究の為なら何処にでもやって来る……ライは二人を甘く見ていた様だ。


 しかし、これはこれで悪くない。今後はデルメレアやカイン、ブラムクルトの装備等も必要になる。

 元々連携を取るつもりだったラジックとエルドナ。この際なので装備開発に関わって貰うことにした。


「じゃあ、一つ……。ラジックさん、例の空間を繋げる魔導具……幾つかお願いしたいんですけど」

「それは構わないけど……どうするつもりだい?」

「ラジックさんとエルドナの研究室と俺の城を繋いで下さい。それならエクレトルやカジームの方にも対応が利くでしょ?何なら城の一室を研究所に使っても構わないので……」

「本当かい!?」

「え、えぇ……。その代わり他にも何ヵ所か繋いで欲しい場所があるのでお願いします」

「わかった!すぐ用意しよう!」

「ズルいわよ、ラジック!ライちゃん、私は?」

「エルドナにも色々頼むから………その前に、話は二人とも風呂に入ってからにしようね?」

「へっぷし!」

「うわっ!汚いわね、ラジック!」


(………騒がしいことこの上無ぇな)


 ラジックとエルドナ来訪──ここに来てライの城は一気に騒がしくなった。



 だが、この繋がりこそライの縁……【幸運】が加わることでライの仲間達はより成長し、より安全な環境が確保されて行く。


 しかし──その幸運が世界を満たすことは無い。少なくとも、ライの力だけでは世界は変わらない。



 そう思わせる混乱が間も無く訪れる……。


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