第七部 第一章 第九話 デルメレアの物語


 キリカとパーシンが語り合う間、ライはヴォルヴィルスとの対話をするつもりだった。


 ヴォルヴィルスはリーブラの民……故国の者達がその後どうなったかという経緯は既に伝えてある。

 しかし、元王女オルネリアがライの同居人となったのはパーシン達に同行させていた分身体が消えた後──当然ヴォルヴィルスはそのことを知らない。

 経緯や事情を伝えようとしたライはヴォルヴィルスの元へ向かったのだが……。



「………。何コレ。どゆこと?」


 宿屋内の食堂は……何やら物が散乱していた……。


 椅子やテーブル、食器、それに寝転がる客の状態から、恐らくは乱闘した跡──。

 しかし、食堂の中央にある無事なテーブルでは見知らぬ貴族風の男二人とヴォルヴィルス、メトラペトラが酒盛りをしていた。


 取り敢えず判ったのは、目立たない筈の行動が御破算になったことだろう。


(やれやれ……)


 小さく溜め息を吐いたライは、《迷宮回廊》を……更に《無限華》、《物質変換》と立て続けに発動し、食堂の中を元通りにした。流石に散乱した食べ物は戻すべきではないので、魔力に変換し吸収。


 床に倒れていた者達は、意識を取り戻すとムクリと起き上がり頭を振っている。倒れている間に幻覚を掛けられ、いつの間にか怪我もない。荒れた筈の食堂も以前のまま……。

 酒のせいか疲労のせいか……と考えつつ再びテーブルに着いた客達は、しばらく考え結局自室へと戻っていった。


 今回の幻覚魔法 《迷宮回廊》に掛かっていないのはメトラペトラとヴォルヴィルスのみ。貴族風の男達は食堂が修復された部分の違和感を無くすよう記憶の調整が為されている。

 食堂の従業員に関しても、自己調整された都合の良い記憶に置き換わっていることだろう。


 問題は貴族風の男達だ。安易に話を聞く訳にもいかない。ライは少しばかり対応に困った末……ヴォルヴィルスとの対話を先送りにしデルメレアの元へと向かった。


「デルメレアさん、居ますか?」


 デルメレアに用意した部屋の扉を叩けば、直ぐに扉が開く。


「どうした……?」

「少し時間を頂けますか?」

「………俺も話をしたいと思っていたんだ。入ってくれ」


 デルメレアの部屋はさっぱりとしていた。何せ手荷物は四本の剣のみ。服に関しても一張羅状態である。


「………。先ずは用件を聞こうか」

「用件という訳では無いです。単にあなたのことを聞きたかった。何故、高名な剣士だったあなたに【破壊者】が宿ったのか……」


 【破壊者バベル】は怒りに反応する術式。それも只の怒りでは足りない。魂から燃やすような怒りが必要なのだ。


「………少し長くなるが」

「構いませんよ」

「そうか……」


 ライは【空間収納庫】からグラスとワインを取り出した。ライは酒には酔えないが、デルメレアが酌み交わし易いように自分も酒を煽る。


 少しの沈黙の後、デルメレアは小さな声で話し始めた……。



 かつて傭兵の様なことで生計を立てていたデルメレアは、元々エクレトルの出身。両親と違い厳格な戒律を嫌ったデルメレアは、若い時分に出奔──アステ国へと渡ったのだという。


 アステ国・エルタブ領を旅していたデルメレアは盗賊に襲われる商人を助けようとしたものの、実力不足により危機に陥る。

 それを救ったのは今や【剣聖】として伝説に語られる存在、カラナータだった。


 デルメレアは直ぐ様カラナータに弟子入りを懇願した。


「俺が持つ剣の内三本は師匠から託された物だ。竜鱗の宝刀が二つ、回復魔法剣が一つ……俺は魔法が得意な方じゃなくてな」

「剣聖カラナータですか……伝説の剣士が師匠だったんですね」


 その後……過酷な修行の果てにデルメレアに竜人化の兆しが見え始めると、カラナータはそれを見抜き皆伝位を与え武者修行を命じた。


 世界を股にかける【三宝剣】デルメレア。やがて完全な竜人となったデルメレアは、エノフラハ遺跡地下深層にて勇者バベルの遺産を手に入れる。


「それが竜鱗刀の重力剣だ……。知っているか、ライ?バベルの遺産は子孫の血に引き寄せられるんだ」

「へぇ~……。……。そういや俺、バベルの装備持ってないっスよ?」

「それは本当か?……お前程の力が有りながら」

「俺の装備は近年造られたものばかりですよ。唯一例外がこの小太刀です」


 ライが差し出した刀を受け取り確認するデルメレア。それが魔導具ですらないことに目を丸くした。


「これはディルナーチ製か?」

「はい。剣や剣術はディルナーチで手に入れました」

「………。やはりお前は相当な例外なんだな」

「……?どういうことですか?」

「バベルの子孫はバベルの遺産を手に入れ易くなる。そういう魔法が掛かっているのは重力剣を手に入れた時に


 バベルの装備は手に入れた際に説明を兼ねた映像が視えるという。当然、ライは視たことがない。


「俺……そういった方面には運が良い筈なんですが……」

「ふむ……俺にも良く判らないが、お前は他の才が優先されたんじゃないのか?」

「う~ん……そうかも」


 先に求めたのは纏装、そして魔法。ベリドの圧倒的な魔法を目の当たりにしたライがそれを無意識に求めたとしても不思議ではない。

 そうなると剣に頼るのは邪道だったのかもしれない──というのは飽くまでデルメレアの推察だ。


「お前は竜人ではないんだろう?」

「最初は人から魔人化……それから半精霊で、今は精霊体です」

「純天使と同じか……いや、大聖霊契約が加わっているから『聖霊体』じゃないのか?」

「聖霊体………」


 大聖霊としての『理の法則』にまで関わらないが、同様の力ある存在──ロウド代々の神は『神衣』により神格を持つものの、その元となる身体は聖霊体に引き上げられたとデルメレアは言った。


「それもバベルの遺産からの?」

「ああ……」

「御先祖、何か俺にだけ冷たい様な気が……。魔王を封じていた魔剣も結局、ドラゴンだったし……」

「それがお前への遺産だった可能性は?」

「いや……何も教えて貰えなかったし、剣は結局手放して自由の身だし、違うかと………」

「…………」


 何故ライに装備が渡らないのかは結局分からない。判りようがないので、デルメレアは話を続ける。


「ともかく……俺は宝剣を使い熟せるように修行を続けた。各地で腕試しをしながらな」


 ロウド世界に於いて剣の武者修行として一般的なのは、領主が兵の募集をする際に参加し騎士団長との対決を希望する方法。

 騎士団長級ともなれば当然ながら名が知られている。その中でも特に名を馳せた相手に挑むのが修行としては主流だった。


 デルメレアは己に幾つかの縛りを設けて手合わせを行っていた。そうでなければ『竜人』は圧倒的過ぎるのである。


「各地を巡る中でトシューラ国に入った時のことだ。ギルデリス領で騎士団長と手合わせをした後、突然領主から試合を申し込まれた」

「領主自らですか……。へぇ~……」


 シウト国・ノルグー卿レオンは武人として名を馳せた領主でもある。似たような領主が居ても何ら不思議ではない。

 ギルデリス領主が使い手として名を馳せた存在かは当時のデルメレアも知らなかったらしい。


 だが……いざ剣を交わしてみればデルメレアがそれまで相手をしてきた者達とは一線を画した相手だった。

 身の熟し、剣技、その多彩さ……デルメレアが縛りを解いてほぼ互角。つまりそれは竜人とほぼ同等の力を宿していたのだ。


「もしかして……魔人ですか?」

「ああ……。ギルデリス領主カインは天然の魔人だった」


 魔人故の超常と互角に渡り合うデルメレア。結局決着は付かなかったらしい。


 互いを気に入ったデルメレアとカインは歳の離れた友人となった。そして……。


「俺はカインの娘と恋仲になった。カインはそれを喜んでくれた……俺はギルデリス領の次期領主としてカインの娘セラと婚約した」


 そしてトシューラの騎士となり筆頭騎士にまで登り詰めた。それは友であるカインと妻となるセラの為の奮闘といって良いだろう。

 ただ強くなりたいというデルメレアの意思は、誰かの為に強くなるという決意へと変わっていった。



 しかし……その決意はある王族の行動により無惨にも打ち砕かれることとなる。


 トシューラ第一王子リーアは他国侵略の帰り道、ギルデリス領主の館に立ち寄った。

 その日は運悪く、領主カインは魔物討伐へと赴いていた。デルメレアは筆頭騎士の立場で王都に出向。対応したのは領主の娘セラ……。


 そして………。


「リーアは……セラを無理矢理自分のものにしようと……。だが、セラは必死に抵抗した……」


 色狂いの王子の目に止まってしまった不運。しかしセラは、必死に抵抗し自害の道を選ぶ。


 領主カインが戻った時、セラはまだ辛うじて生きていた。だが……傷があまりに深く通常の魔法では癒すことが出来ぬ為、ギルデリス領に伝わる秘宝を用いセラの時間を止めた。


「………」

「俺が戻った時は既にセラは水晶の中に封じられていた。その傷は本当に惨いものだった……抵抗するセラを何度も切り付け嬲ったのが一目で判った。あんなことを人が……人が出来る訳がない!」


 デルメレアがテーブルを叩き壊した為、酒やグラスが散乱。ライは無言でそれらを《物質変換》と《吸収》で片付け、新たな酒を用意する。


「それから俺はリーアを殺すと決めた。カインにはセラと共に国外へ逃げて貰った」


 共に反旗を翻すと譲らないカインが折れたのは、秘宝の効果を解けるのは使用した者だけだったからである。つまり……カインが死んでしまえばセラは永久に目覚めない。

 それを説明し納得させたデルメレアはカインとセラを国外へ逃がした後、トシューラ王都ピオネアムンドへと向かった。


「そこでリーアを狙うも『フォニック傭兵』に阻まれた。奴等は狡猾だ……。それに……ある魔術師の造り出した魔獣との戦いで消耗した俺は、結局リーアを討つまでに至らなかった」


 フォニック傭兵団は地位が低い者を当たり前の様に捨て駒にする。自爆系の魔導具や呪具を用いた多重攻撃の合間に団長や副団長が攻撃する。

 更にリーアの側近がベリドの生み出した魔獣を放ち操作。休みなくデルメレアを襲う。


 デルメレアは魔法が得意ではない。宝剣を用い奮闘するも相手は多勢……遂にデルメレアは追い詰められた。


「その時……復讐の炎を燃やし特攻しようとした俺の心に【破壊者】が語り掛けてきた。俺は我が身を賭けてリーアを殺すことを願い、【破壊者】はそれに応えた。だが、討ち果たしたリーアは影武者だった」


 それからはリーアを追う日々が続くも偽者の数があまりに多い。やがて【破壊者】を捜し歩くのではなく待ち伏せに切り替えた。


「本来は式典がある時を狙ったのだが、トシューラ国自体に何らかの騒動が起こった様だった。それならば墓に現れると踏み待ち構えた。そして実際、第二王子は現れた」

「それで墓に……。ところで、その第二王子は……?」

「殺した。今は骨となり朽ちている」


 リーアが来ない可能性もあったが、第二王子が現れたとあれば可能性として捨てきれない。

 デルメレアに肉体の時間は関係なかった。何せ破壊者は【神衣】を使用する……その間は肉体的寿命は無くなっていたのだから……。


「だが……俺はリーアの死を知って条件付けの矛盾に囚われてしまった。目的を果たせぬ故に解けぬ【破壊者】状態の中で俺は後悔した。セラとは二度と会えないと……」


 王家の墓に常駐する警備兵の会話から本物のリーアが討たれたことを知ったデルメレア……【破壊者】のままでは諦めて帰ることも出来ない。

 そこで初めて本当に必要だったものを思い出した。リーアを追うよりも大切なことを……。


 セラを癒す方法を探すことも出来た筈なのだ。後悔の思考は幾度も繰り返す。

 たとえ魔人でもカインには寿命がある。何かの拍子に脅威に討たれるかもしれない。


 デルメレアは心の底から焦りを感じていた。


「【破壊者】はそれを知り色々試してくれたが条件付けは解けなかった。そんな時だ……お前が現れたのは」


 リーアそのものから造り出した人形を討つことで条件を満たしたデルメレア。【破壊者】も偽者と知りながら敢えて本物と判断した。同時にデルメレアもケジメを付けることが出来たのだ。


「……これが俺の経緯だ」

「…………」

「どうした?」

「いえ………」


 ライの頭の中には幾つか気になっていることがある。


「トシューラ……フォニック傭兵の副団長にオルストという男が居ませんでしたか?」

「その男は知っている。が……俺とは戦っていない」

「そうですか……」


 ライは少しだけホッとした。デルメレアの敵となっていた場合、何かで出会った際に一触即発になる可能性もある。オルストに頼る様子のレフ族を考えると、やはり安堵するのは仕方がない。


「実はそのオルストがリーアを討ったんですよ」

「本当か?」

「アイツは小国の王子で、侵略された際に家族を……。理由はやっぱり復讐で、アイツはずっと機会を狙っていたみたいです」

「………そうか。ならば、優先権はオルストという男にあったんだろう。それに俺はもう……」


 デルメレアはセラの元に帰りたいと思っている。それを悟ったライの行動は言うまでもあるまい。


「先ずはデルメレアさんの服ですね」

「………?何の話だ?」

「セラさんは生きているんでしょう?じゃあ迎えに行ってあげないと……」

「だが……セラは……」


 ニンマリと笑うライに怪訝な表情を向けるデルメレア。ライは構わずデルメレアと共に転移した。


 転移先はノルグーの貴族街。既に夜分だが、仕立屋ジェレントはライの要望に応えデルメレアの衣装を誂える。

 まるで貴族の様な出立ちとなったデルメレア。ジェレントに礼金を支払い感謝を述べた。


 続いて《千里眼》を使用した後に転移したのは、エクレトルの片田舎。人目を避けひっそりと建つ山小屋からは灯りが漏れている。

 ライはデルメレアに扉を開けるよう促した。


「開けてくれ。頼む」

「……。誰だ?」

「!……その声は……カインか!」

「まさか……デルメレアか!?」


 勢い良く開かれる扉。中から現れたのは黒髪の若い男……。

 元ギルデリス領主カインはデルメレアとそう変わらない歳に見える。魔人化している故に正確な年齢は判らない。


 友との再会……それは何年ぶりのことか。二人の男は涙を浮かべ互いを肩に抱き合った。


「カイン……セラは?」

「あの時のままだ。神聖機構に頼んでみたが、恐らく神具を解除すると治療が間に合わないだろうと……。それからは此処でお前を待っていた」

「………済まない、カイン。俺は愚かだった。復讐にかまける暇があるなら、セラを救う方法を見付けるべきだった」

「デルメレア……」


 沈痛な表情のデルメレアとカイン。ライはそんな二人の肩にそっと触れる。


「いいえ……見付けましたよ。デルメレアさんの意思は無駄じゃなかった」


 ライの言葉に動揺するカイン。デルメレアも同様に戸惑っている。


「行きましょう。多分これも………」


 縁──。しかし、ライは流石に何らかの意思の介在を感じていた。


(御先祖……バベルはオズと契約していて未来視が使えたんだっけ。そして【破壊者】の魔法式………デルメレアを死なせたくない為に俺を使ったのかな?)


 【神衣】に至る可能性のある貴重な子孫デルメレア。ライと対峙させたのはライの成長の為か、デルメレアを救うためか……。


(ま……知ったこっちゃないね。俺は俺の意志で決めている。御先祖の思惑がどうあれ、俺は後悔しない生き方をするだけだ)



 そしてライはデルメレア達に伝える。デルメレアとカイン……二人にとって大切な存在を救う方法を……。


「今からシウト国の俺の居城に転移します。必ず救うと約束します。信じて付いてきてくれますか?」

「………き、君は一体……?」

「デルメレアさんの遠い親戚……ですかね。それに友人でもあります」


 カインはデルメレアに視線を向ける。デルメレアはただ無言で頷いた。


「……わかった。頼む……娘を救ってくれ」

「はい。じゃあ、行きましょう。早くデルメレアさんとセラさんを再会させてあげないと」

「ああ……」


 山小屋の奥にある水晶の中で眠るセラ……。確かに酷い状態だ。

 だが……ライには頼れる仲間が居る。セラを救うことが出来る存在、【命の大聖霊】が共に在るのだ。



 そしてライは再度転移を行った……。



 この日──バベルの子孫の一人が悲しみの因果から解き放たれた。


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