第七部 第一章 第八話 心に住まう鬼


 トシューラ・『王家の墓』にて無事に【鍵】を手に入れたライとパーシンは、オクーロの街へと帰還した。



 翌日までの自由時間、パーシンは少し今後のことを考えたいと言い宿の部屋に戻る。

 『王家の墓』にて交わしたライとの会話により、パーシンは双子の妹サティア・プルティア救出後の未来に目を向け始めたのだ。


 そんな友を見守ることにしたライは、次にキリカの部屋へと足を運ぶ。キリカの部屋の扉を軽く叩くと、直ぐ様反応が返ってきた。



「はい……」

「スミマセン。ライです。少しお話が……」

「………。どうぞ」


 中に入れば仄かにお香が漂っている。キリカなりの気晴らしなのだろう。

 キリカは簡素な服で髪も解いていた。ただ腰には刀を忘れていない辺りに剣士としての心構えを感じる。


「それで、ライ殿……お話とは?」

「え~っとですね……キリカさんの出自についてなんですけど……」

「………そういえばライ殿はディルナーチにて修行を行っていたのでしたね」

「はい。容姿や武器……それに名前。やはりキリカさんは……」

「はい。私はディルナーチの民です。故国は神羅でした」


 その姿から混血ではないと察してはいたが、やはりディルナーチの民となると気になることもある。


「キリカさんは、魔人……ではないですよね?」

「はい。私は半魔人です。魔人化はしていません」

「……じゃあ、存在特性は?」

「………」

「使えるんですね?」

「貴方には隠し事はできない様ですね」

「ディルナーチ……久遠国の友人に聞いたんですよ。【百鬼の民】の女性は『魔人化』か『存在特性』のどちらかが特化するって……両方は稀らしいですから」


 ついでに言うならば、王家筋だと存在特性が覚醒し易いともいう。恐らくそれは久遠・神羅どちらでも変わらないのだろう。

 そのことをキリカに伝えると、一瞬だけ目を見開き反応を示した。


「……ライ殿は私が王家筋だと?」

「いえ……。まぁ可能性としてはあると思いましたが……」

「……。確かに私は王家筋に当たる領主の娘でした。ですが、領主一族の地位を奪われ逃げてきた……といったところでしょうか」

「何年前ですか?」

「十五年程前になります。私は殆ど覚えていませんけど……」



 それはケンシンが神羅王に就く以前のこと……。まだ各地にて誰を王に擁立するかで混乱があった頃の話。


「私の父は神羅領主にしては善人過ぎたのでしょう。叔父一族の謀叛計画を事前に知りながら水に流した……その甘さで免罪された叔父一族は、自分達の罪を父に擦り付け追い落としたと聞いています」

「それは………辛かったですね」

「その後……国外追放された父と母、そして私は、龍玉海にてトシューラの艦隊に拿捕されました。それからは……想像が付くのでは?」

「…………」


 キリカの家族は奴隷として囚われた。父は過酷な労働を強いられた。母は身を汚されるのを良しとせず自らの顔を焼いたのだと、キリカはまるで仮面のような無表情で淡々と語っている。


「それでも、神羅を追放された際にボロを纏い追放されたので良かったのです。もし上等な服などを着ていたら神羅の重臣と身元がばれてしまい、情報を引き出す為に父や母は拷問を受けていたでしょうね」

「………スミマセン。辛いお話を……」

「いえ……。私は誰かに聞いて欲しかったのかもしれません。私の中に宿った【鬼】は、あなたの様な方にしか止められないから……」


 キリカはそこでようやく笑った。だが、その笑顔は何処か暗く儚い。


「……その後、ご家族は?」

「父は他の奴隷達と協力しトシューラから脱出を画策。私達を連れて隣国へ逃げました。その際、深傷を負い……高地小国のエクナールにて息を引き取りました。その後、私と母はエクナールからイストミルへ……そこから船でアロウンに渡ったのです」


 そこから更にシウト国に入り、偶々知り合った騎士の一人がドレファー騎士団長のアブレッドだった。


「アブレッド様には大変お世話になりました。母はドレファーにて暮らしています。それから恩義を返そうとドレファーの騎士団に仕えたところでキエロフ様の目に留まり、王都へ……そして隠密騎士という役割を経て今に至ります」

「そうですか……」


 波乱の人生と言っても過言ではないキリカ。その経緯を知ればトシューラへの恨みは納得できる。

 だからライは『恨むな』とは言えない。その鉾先がパーシンに向いても咎めることはできない。


 しかし、ライは目撃している。キリカがパーシンに感謝の視線を向けていたことを……。それは、まだ盲目的に恨むような闇に飲み込まれてはいないことの証。


 ならば、ライは少しでも助けになりたいと考えた。


「お母さんはドレファーに居るんですね?」

「そうですけど……」

「では、今から行きましょう。せめて火傷くらいは癒すことは出来るので……」

「…………」


 キリカは答えない。しかし、ライは構わずキリカの手を握りシウト国・ドレファーの街へと転移した。



 転移を果たしたライとキリカは真っ先にキリカの母の元へ。それはキリカにとっての久々の里帰りでもある。


「母上……いらっしゃいますか?」


 街外れの質素な家はキリカが給金で手に入れた住まい。武骨な木製の扉を叩き反応を見るが反応がない。


「……いつ戻るか判りません。ライ殿……お気持ちは有り難いのですが、一度戻って……」


 そんなキリカの言葉の途中、人の会話が近付いてくる。どうやらドレファー騎士の様だか……その中には明らかに違和感のある人物が……。


 ドレファー騎士団の鎧は艶消しを施した銀の鎧。しかし……その中に一名だけピンクの全身鎧を纏う小柄な人物が加わっている。

 頭部の兜で顔が隠れている為性別は判らないが、その身体の運び方から女性であることをライは感じ取った。


「いやぁ……。流石はスズナ殿ですな。あの魔物を一刀両断とは……」

「いいえ~。皆様の連携あってこそです。流石は『魔獣事件』を切り抜けたドレファーの騎士の方々。見事な連携でしたわ」


 スズナと呼ばれたピンクアーマーの騎士は、その肩に薙刀を担いでいる。

 そんな一団の中に見覚えのある顔が……。


「ア、アブレッドさん?」

「おお!ライ殿か……どうしたのだ?」


 ドレファー騎士団長アブレッド。かつてエノフラハでの騒動の際、ライと縁を結び協力してくれた騎士。

 アブレッドとはライがシウト国に帰国して間もなく偶然王都にて再会している。故に大きく変化したライの姿も理解している。


「実は用があって立ち寄ったのですが……アブレッドさん達は何を?」

「ん?ああ。最近、植物の魔物が彷徨っているというので討伐にな……むむ?そこに居るのは、もしやキリカか?」

「は、はい。ご無沙汰しております、アブレッド様」

「いや!そうか……うむ。実に久しいな。スズナ殿!ご息女が戻りましたぞ?」

「はい。本当に久々で……キエェェェ━━━━━ッ!」



 ピンクアーマーは気合いの声を上げると突如キリカに襲い掛かる。キリカは反射的にそれを躱した。


「ウフフ。身体は鈍っていない様で何よりです」

「は、母上?本当に母上なのですか?」

「そうですけど……何か問題が?」

「い、一体何が……」


 キリカの母、スズナはおっとりとしながらも芯の強い人物。領主の娘が領主に嫁ぐことの多いディルナーチ大陸……領主の娘であったスズナも武芸を嗜んではいた。

 が……前線に出て腕を振るうことはなく、護身術の範囲のものだった筈だ。


 それが騎士の出立ちで居ることはキリカにかなりの衝撃を与えた……。


「キリカ……母はドレファーの騎士になりました」

「えっ?ほ、本気ですか?」

「はい。いつまでも貴女に背負われてばかりの母では居られません。幸いにもアブレッド様からもお墨付きを頂きました。今や母はれっきとしたドレファーの騎士……今後はそのようにお心得なさい」 

「…………」


 ディルナーチの領主血筋は婚姻が早い。キリカは今年二十歳になる。スズナが十七歳の時に産んだ子……つまりスズナは現在三十七歳。決して若くは無い。

 そんな母の意思を信じられないキリカは、責任者とも言えるアブレッドを睨み付けた。


「どういうことですか、アブレッド様……」

「いや……スズナ殿が是非にと言うのでな。だが、その実力が素晴らしいのでつい……」

「つい、って……そんな言葉で……」

「お止めなさい、キリカ。これは私が決めたこと……貴女にそれを遮る権利はありません!」

「は……母上……」


 すっかり蚊帳の外になったライは、ドレファー騎士の一人にこっそり近付き情報を確認した。


「ス、スミマセ~ン。それで結局、どうなってるんですかね?」

「ライ殿……それがですね」


 実のところスズナは、キリカの重荷になることを悩んでいたのだという。そこで自分の生き方を模索していたところ、偶々街の近くで魔物騒動が起きた。

 そして、やはり偶々近くに居たスズナが救助に向かい活躍。それからは実力を買われ騎士団と共に行動していた。


 因みに、薙刀と鎧は何と竜鱗製。アブレッドはエノフラハの件で縁ができたティムに相談し、ラジックに装備開発を依頼したらしい。

 そこには、スズナの意志を尊重しつつ安全を確保しようとするアブレッドの優しさが垣間見えた。


「むむむむむ……予想外の展開に……」


 キリカとスズナはまだ意見のぶつけ合いを続けている。この場合、誰の意見を尊重すべきか……ライとしては珍しく判断に迷うところだった……。



 ともかく……本来の目的であるスズナの火傷の治療を行うべく、ライは一度仲裁に入る。


「キ、キリカさん……ともかく一度落ち着いて……」

「ライ殿……。も、申し訳ありません」

「キリカ……その方は?はっ!ま、まさか……貴女にも遂に春が……!」

「違います!何が『遂に春が……!』ですか!この方は上司の友人で母上の傷をわざわざ癒しに来てくれたのですよ!」

「まぁ!これは御丁寧に……」

「い、いえ……な、何か突然スミマセンね」


 一向に話が進まないので、ライの提案でスズナは一度ドレファー騎士団から離れ帰宅。キリカとライによる対話に移る。


 聞いていた通りスズナの顔には大きな火傷の痕があったが、ライの【創生】魔法により跡形もなく癒されることに。


「ありがとうございました、ライ殿。まさか貴方がアブレッド様の話していた『英傑公』様だったとは……とんだ失礼を致しました」

「アハハハ~……。その称号は形だけなので堅苦しいのは無しにして下さい。これも縁ですから……」

「この御礼はどうしたら宜しいかしら?」

「そうですね……取り敢えず、キリカさんと仲直りでお願いします」


 キリカとスズナは少しだけ照れくさそうに笑う。互いの言い分は有れど仲違いがしたい訳ではないのである。

 結果としてライの仲裁は成功したと言えるだろう。


「ところでスズナさん。ディルナーチの話を聞きたくはありませんか?」

「まぁ!是非にお聞かせ願えますか?」

「分かりました。知っている範囲ですが……」


 去りし後の故国──その現状を聞いたスズナは少しだけ微笑み涙している。それは一つの一族に戻った喜びか、それとも時の流れの残酷さを知った故か……。

 今のディルナーチであれば、キリカやスズナの生き方は違ったかもしれないのだ。


「………そう。でも、良かったです」

「母上……」

「この際だから言っておきます、キリカ。どれ程願っても時は戻らないのです……だから、誰かを恨むのはおやめなさい」

「………」

「父上もそう望んでいる筈ですよ?あの方は最後まで貴女の行く末が明るいことを望んでいた。それは私も同じ……。貴女の上司がトシューラと関わりある方だと実はティムさんから聞いて居たの。そして貴女がその方に敵意を向けていたことも……」


 恨みは力に成り得るが、明るい未来へと繋がるかは判らない。スズナはキリカの未来を案じていた。


 だからこそ、キリカの身に枷がないようにと独り立ちを決意したのだ。


「貴女は自由。父上はトシューラを恨んではいなかったわ。世界が残酷なことを理解していたから……。それでも家族をバラバラにされなかったことを感謝していた程よ?」

「父上が……」

「トシューラの中にも良心と悪意があって、私達が囚われていた地では極力配慮してくれていたの」


 あまり甘くすると内部の隠密が王家に伝え、囚人がより厳しい扱いを受ける。そのギリギリを上手く回していた看守長がいたのだとスズナは語る。

 その看守長は囚人の逃走を陰では手助けしていたのだという。聞けば元はトシューラの領主だったそうだ。


「その方は……」

「善人だったのでしょう。でも、限界だった。その方は逃走の際に殿を努めた後、離れ離れに……」

「知りませんでした……」

「貴女は小さかったから……」


 トシューラ全てが敵ではない。スズナはそれを切々と言って聞かせた。


「貴女は今、シウトの臣下。だからシウトの為ならばトシューラと戦うことは正しい。しかし、貴女が自分の恨みを肯定するために剣を振るうならば今すぐお止めなさい。今ここに居るのは『シウト国のキリカ』──それを忘れてはなりませんよ?」

「…………」


 美しい顔に戻った母の言葉に、キリカは戸惑いを隠せない。やはり困った表情で笑うスズナ。少しだけ縋る様な顔をライに向ける。


「……どうかキリカのことをお願いします」

「大丈夫ですよ。俺より適任者が居ますから……。アイツならキリカさんのことを良く理解しています」

「そうですか……フフッ。良いに恵まれたのね、キリカ?」


 今度は安堵したような、不安なような顔を見せたキリカ。そこでようやくスズナは嬉しそうに笑う。


「さぁ。もうお帰りなさい、キリカ。母は今から訓練です!」

「母上……」

「私は私の役割を……そして、貴女は貴女の役割を」

「………。わかりました」

「ライ殿。この御恩はいつか……」

「もし恩義に思うならドレファーに返して下さい。そうやって人の縁は巡る……それが結局、俺に返りますから」

「わかりました。では、その様に」


 スズナは兜を被ると一礼し家を出る。スズナを見送ったキリカとライは、しばらく立ち尽くしていた。


「………。中々逞しいお母さんですね」

「はい……」

「さて、キリカさん。あなたの中にはまだ【鬼】が居ますか?」

「………わかりません」


 父はトシューラを恨んでは居らず、寧ろトシューラの者に救われた事実まで知った。母の火傷は完全に癒え、母自身がトシューラを恨んでもいない。

 父と母の願いはキリカが恨みに囚われないこと。それが自分に出来るのか……スズナと言葉を交わした今も自信がない。



「じゃあ、確かめてみましょう。あなたの中に【鬼】が居ても、それは百鬼一族の血によるもので悪いものとは限らない。それを確かめるには、貴女の上司と話をするしかないと思います」

「私は……」

「怖いですか?」

「怖い……そうですね」


 パーシンが善人であることは最初から分かっていた。トシューラ王族であるが故にそれを認められなかった……そして冷たく対応していた。

 そんな自分は、このままパーシンの傍に居ることが正しいのか……やはり答えは出ない。


「大丈夫ですよ。アイツはそんなの気にしません。だからキリカさんは、自分が溜め込んでいたこと全部をパーシンにぶつけてみて下さい。そうすれば俺の言っていることが正しいって分かります」

「…………はい」

「さて……。それじゃ帰りましょうか……パーシンも心配してるかも」


 再びトシューラ国・アクーロの街に戻ったライとキリカ。キリカは早速パーシンの部屋へ向かう。



 その蟠りが解けるまでゆっくり話す時間はあるだろう。その間にライは、ヴォルヴィルスと対話をするつもりだ。



 しかし……この後ライは、ヴォルヴィルスの待つ酒場でちょっとした騒ぎを目の当たりにする……。



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