第七部 第一章 第七話 想いの力

「改めて……俺はデルメレア・ヴァンレージ。元トシューラの筆頭騎士。今となっては只の御尋ね者だが」



 トシューラ国内。デルメレアを解放したその日……ライ達は結局オクーロの街に宿泊することとなった。

 それは【破壊者】から解放されたデルメレアの疲弊、そして病み上がりのキリカを考慮したパーシンの判断である。



 オクーロの街にて食堂付きの宿をとり、現在は昼食を兼ねた対話が行われていた。


 デルメレアはライの《洗浄魔法》により身綺麗になり、マントを《物質変換》した簡素な服を身に纏っている。

 伸び放題の髪を一つに纏め仮面を付けているデルメレア。パーシン同様に知名度が高い為、一応ながらの変装が必要だった。


 念の為、周囲には認識阻害と防音の魔法を展開しているので、会話を聴かれる心配も無いだろう。



「お前が生きていたとはな……」

「パーシン王子。それは御互い様でしょう?」

「ハハハ………確かに」


 パーシンとデルメレアは互いに面識がある。トシューラ国内の式典で何度か顔を会わせた程度で会話も少ないが、デルメレアはパーシンが王位争いで生き残れないと考えていたらしい。

 パーシンも、大罪人となったデルメレアは討たれたと思っていた様だ。


「俺は王位争いに負けて囚われていたところをライに助けられたんだ。その時に『トシューラ第三王子』は死んだ。だから敬語も不要だ」

「……。【破壊者】とライの会話で事情は大体……」

「そうか……。今はファーロイトと名乗っている。呼び方は好きにしていいけど、人前ではそっちで呼んで欲しい」

「……わかった。そうさせて貰う」


 そもそもデルメレアは王家に弓を引いた大罪人。今や臣下の礼の必要はない。


「さて……デルメレアとやらよ。先ずは聞かせて貰うぞよ?お主の記憶はどこまで【破壊者】と共有しておった?」

「大聖霊メトラペトラ……」

「ワシが判るということは、かなり共有しておったのかぇ?」

「いや……それ程深い共有はない。王家の森で【破壊者】がお前を見た際の記憶だ。【破壊者】の記憶は基本、見えなかった。だが、憑依されてからの記憶は共有している」

「成る程のぅ……」


 メトラペトラとしてはもっと情報の引き出しを行いたかったのだが、【破壊者】の魔法式を救出したので取り敢えずは良しとすることになった。


「……ところで、デルメレアさん。【神衣】についてはどうですか?」


 【破壊者】の言葉を信じるならば、憑依された者は【神衣】に至る可能性を持つことになる。デルメレアがその使い手となっているかで今後の対応は大きく違ってくる。


 しかし……デルメレアの言葉はライの想像を超えることはなかった。


「感覚は判るんだが使えないな……。そもそも【破壊者】の存在特性と俺の存在特性は違うからな」

「あ~……。やっぱり俺の時と同じですね」


 トシューラ地下採掘場にてライの覇王纏衣が不完全だったのは【神衣】の再現を行おうとしていた為……。それを理解したのは自らが【神衣】を発現した後のこと。


 デルメレアが得ている知識では、【破壊者】が憑依することで存在の力そのものを入れ替えているとのこと。感覚が理解できても自らの存在特性とは別物なので、【神衣】修得には鍛練が必要らしい。


 だが……副産物があるのだとデルメレアは口にした。


「俺の場合のみかもしれないが、存在特性とその感覚を掴んだ」

「マジですか!?」

「ああ。俺の存在特性は【受容】だ」

「受容……?」

「そうだ。他者の魔力や能力、その他諸々を任意で借り受け、それを自らのものとして使用できる」

「そ、それって割と凄いんじゃないですか?」

「欠点もある様だがな。互いの同意が無ければ成り立たないし、受容後でも拒否されれば解除されてしまう」

「つまり相手からは奪えない訳ですね?それでも使い方によっては凄いことになりますよ、それ……」


 サザンシスの長・エルグランの存在特性【簒奪】の様に、相手から強制的に奪うことは出来ないらしい【受容】。

 しかし逆に、同意さえあればあらゆる力を行使できることを意味している。


 ライは試しに『分身纏装』を貸与してみたがデルメレアは難なく使用して見せた。


「【破壊者】の話では、【受容】の存在特性があったからこそ互いに意思疎通が可能だったらしい」

「じゃあ、普通【破壊者】に憑依された時はどうなるんですか?」

「条件付けが済めば憑依された者の精神は眠りに就くと聞いている。その後は【破壊者】が行動する。一時的に神格に至る為、食事や睡眠等は不要になるのは俺自身も見ていた」


 それでもライが憑依された【破壊者】とは別物……。その辺りを知っていそうなオズ・エンに逃げられたのはやはり痛いと、メトラペトラは舌打ちを漏らす。


「それで……アンタはどうするつもりなんだ、デルメレア?」


 ヴォルヴィルスの問いにデルメレアはしばし沈黙する。そして一瞬視線を向けられたことに気付いたライは、その日の休養を提案した。


「取り敢えず今日は休みましょう。パーシン……いち早く妹を救いたいだろうけど今日だけは我慢してくれ」

「……まぁ、仕方無いな。お前がいなけりゃ俺はデルメレアに……【破壊者】ってヤツに殺されてた訳だしな」

「悪いな。それで……今日はちょっと全員と話がある。街の外に出なければ会いに行くから待っててくれ。それまでは自由行動ということで」

「了解」



 全員から了承を得たライは、まずパーシンと共に『トシューラ王家の墓』へと向かう。メトラペトラは酒場にてヴォルヴィルスと酒盛りすることに……。


 今日の内に『王家の鍵』を回収する──という名目の行動は、友人への配慮でもある。


「どうだ、パーシン?」

「ああ……見付かった」


 直接の血の繋がりすらない、親類としても遠い一族の墓の中には、王族同士の決闘に用いられる衣装のまま骸骨が眠っている。


 パーシンは骸骨の指からトシューラ王族の紋章が刻まれた指輪を引き抜いた。


「………この王族はさ?兄弟で決闘して負けたんだってさ。結局トシューラ王族ってのは呪われた血筋なんだよ……」

「パーシン……」


 屈んだままのパーシンの肩に手を置いたライ。どこか諦めの色を浮かべているパーシンは親友へと顔を向けるや否や、思いきり殴り飛ばされた。


「グハッ!」


 仮面が砕け派手に吹っ飛ぶパーシン。勿論【痛いけど痛くなかった】を使用しているので怪我はない。

 そんなパーシンは勢いで転がった末に近くの墓標にぶつかって止まった。


「ぐっ!い、いきなり何すんだよ、ライ……」

「パーシン。いい加減、トシューラ王家の血に囚われんのはやめろ」

「何……?」

「王家の血を理由に言い訳すんな。俺の知る親友は弱い人達に率先して手を差し伸べてた良いヤツだぜ?」

「…………。そんなものは魔石採掘場から逃げる為に……」

「本心からのモンじゃないってか?あのなぁ、パーシンよ?俺とどんだけ一緒に居たよ?俺の目が節穴だと思ったか?」


 トシューラ魔石採掘場に囚われていた際、パーシンはその隠形能力を用い危険を承知で兵の食料を盗んでいた。

 それは魔石採掘場に於いて弱者となっていた者達を生かす為の行動……。滋養の為に病を患った者や老人、そして子供に配っていたことをライは知っている。


 それは王族としての罪の意識がなかった訳ではないだろう。それでもパーシンは、弱き誰かの為に命懸けで動いたことには違いないのだ。


「なぁ、パーシン?お前はお前の妹達の未来さえも疑うのか?」

「それは……」

「お前は妹達なら大丈夫だって信じてるんだろ?なら、自分も信じてやれよ」

「ライ……」


 ヨロヨロと立ち上がったパーシンの肩を改めて叩いたライは、壊してしまった仮面を《物質変換》で修復。それを改めてパーシンに手渡した。


「ま。この先何があっても俺は疑ってすらいないけどな、パーシン?」

「……ったく。お前って奴は」

「あ……。そういや、お前に言ってないことがあるんだ」

「………?」



 ライがすっかり忘れていた事柄が二つ。


 一つはスランディの島・アプティオ国に住まう元トシューラ兵のこと。

 彼等がパーシンの帰還を信じ待ち続けていることを伝えると、申し訳無さそうな顔をしながら仮面を付ける。 


「デルメレアにも言ったけど、俺は死んだことにしたいんだ。だからトシューラに戻るのは……」

「なぁに……あの人達を謀ったのは俺だからな。実はパーシンのことは初めからアテにしちゃいない。そのまま放っておけばいつかアプティオに根付くと思うし……」

「住めば都か……」

「パーシンの名前を出した手前、一応報告しただけだよ。それより……」


 もう一つの事柄はパーシン自身にも繋がるものだ。


「アリアヴィータっていう名前に心当たりは?」

「トシューラ第一王女の名前だ。それがどうかしたのか?」

「邪教討伐の際に【ロウドの盾】に救出された女性が居たんだ。その人は自分の名前をアリアヴィータって名乗ったそうだ」

「!?……まさかプリティス教に……」


 身も心もボロボロで救出されたアリアヴィータは、身体だけはフェルミナの力により全快した。しかし、心に関しては傷を負ったままだという。


「それで……アリアヴィータは今どこに……?」

「シウトのデルテン領に居るってさ。救出したのがデルテン騎士団長のアーネストさんだったんだけど、傍を離れようとしないんだって」

「…………」


 パーシンの記憶からは考えられないアリアヴィータの行動。邪教に捕縛された中でどれ程の地獄を見たのか……半分のみの血の繋がりとはいえパーシンは少し胸が苦しくなった。


「それで……アーネストさんは……?」

「甲斐甲斐しく世話をしているみたいだよ。騎士団も辞めて【ロウドの盾】も抜けたって……」

「そこまでしてくれたのか……」

「一目惚れだって臆面もなく言ってたよ。凄いよな、あの人……」


 アーネストは全てをなげうってアリアヴィータと共に居ると誓った。騎士団長だけでなく騎士団を辞めたのはケジメ……家名すら捨てる覚悟だったのだが、アーネストの家族は理解を示したのだという。

 故にアーネストは、騎士ではないものの貴族としての地位を有したままデルテンで暮らしている。


「な、パーシン?人間、どこでどうなるか分からないだろ?血筋なんて関係無いのさ」

「………そうだな」

「良し。それを理解したなら自分の心に従え。俺が全力で支えてやる」

「ああ……頼りにしてるぜ、相棒?」

「おう!」


 最後にパーシンは王妃の墓標の前に足を運ぶ。それはパーシンの母の墓だった……。


「母上……お久しぶりです」


 墓石に手を触れ項垂れるパーシン。ライは密かに額のチャクラを開き《残留思念解読》を発動する。

 そしてパーシンにも見える様に投影。それを見たパーシンは涙を流し声にならぬ声で泣いた……。



 我が子の為に命懸けで行動をしたパーシンの母。その愛があったからこそパーシンは優しさを知ったのだろう。


 それこそが想いの力──ライはそう信じたいと心から思った。


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