第七部 第一章 第六話 デルメレアの解放

 トシューラ『王家の森』──。


 【時空間を司る】オズ・エンとの邂逅を終えたライは【破壊者】との会話を続けていた。



 デルメレアの解放には【破壊者】を倒さねばならぬという事実を聞きながらも、ライは魔法疑似人格である【破壊者】を消滅させたくは無かった。

 何故かは判らない。ただそうしたかったというのはライの我が儘なのだろう。


 だが……そこにはちゃんと意味が生まれる。



「で……?何を企んでおるんじゃ?」

「取り敢えず【破壊者】の条件付けになっているリーア王子を倒させればデルメレアは解放される訳だよね?」

「そうだが……死人は生き返らない」


 【破壊者】の言葉はもっともである。が、ライの小賢しさを忘れてはいけない。


「さて……死んだのは本物かな?」

「何……?」

「だって、リーアって奴は偽者が多いんだろ?カジーム国で死んだっていう話だけど、それだってアンタが確かめた訳じゃないだろ?」

「…………」


 ライ自身はパーシンから『カジーム防衛戦』の経緯を聞いていたので、リーアの死は疑っていない。あのオルストが偽者を仕留めて気付かないことはないというのが理由だ。

 同時に《千里眼》による能力で地上に存在していないことも確認している。


 これは、【破壊者】にリーアが生きていると思い込ませる為の布石──既に演技は始まっていた。


「俺は千里眼を使える。もしリーアが生きているなら見付け出せる。そうしたら改めて倒すことができるだろ?」

「………」

「代わりに条件がある。どうする?乗る?」

「……良いだろう。だが、これは一種の契約だ。偽者を用意した場合、俺は無条件で攻撃に移ることになる」

「どのみちこのままじゃ戦わなくちゃならないんだろ?なら、それでも良いさ」

「……取引条件を言え」


 ライの提示する条件は、デルメレアが解放された場合の【破壊者】魔法式の確保。そしてパーシンを『条件付け』の対象から外すこと。

 パーシンの件は『リーアの殺害』が優先されるので、取引に応じることが可能だったらしい。しかし──。


「俺の魔法式に関しては断言は出来ない。悪用されないようバベル当人が何かを仕込んだ可能性もある」

「ああ……。多分それは大丈夫だと思うよ?」

「………?」

「とにかく、要はアンタが良いって言うならなんだけど……」

「俺は………」


 たかが魔法式の意思を尊重する変わり者……しかし、【破壊者】は不思議と悪い気はしなかった。


(おかしな奴だ。魂すら無い俺に何を求めるのか……。だが……)


「わかった。好きにしろ」

「良し!交渉成立ね。そうとなったら半刻程待ってて貰える?リーアを連れてくるから」

「……良いだろう」



 ライは早速行動を開始。王家の森に【破壊者】を残しメトラペトラと共にカジーム国へと転移した。


 一方、分身体から事情を伝えられたパーシン達はまたもやオクーロの街へと引き返すことになる。



 そうしてライ達が転移したのは、レフ族の里ではなくカジームとアステの国境・リバル渓谷──。

 そこはカジーム防衛戦が行われた場所であり、トシューラ王子リーアがオルストに討たれた地でもある。




 カジーム国に緑が戻った影響でリバル渓谷は少し緑化を始めている。岩壁はそのままではあるものの、大地には雑草がうっすらと緑鮮やかに浮かび上がっていた。


 但し、時刻は時間差で夜──なのだが、夜目の利くライとメトラペトラには大した問題ではなかった。


「で……?何を考えておるのか言ってみぃ?」


 定位置であるライの頭上にてタシタシと足踏みするメトラペトラ。


「え~っと……何から説明します?」

「そうじゃの……まず、【破壊者】をどうするつもりじゃ?」

「あれだけ見事に構築された人格ですからね……。勿体無いと思いませんか、メトラ師匠?」

「まぁ、確かにのぅ……。受け応えに違和感もないあの術式は神具と変わらん」

「流石、メトラ師匠……まさにそれですよ」

「何……?……。そうか!成る程のぅ……そういうことかぇ」


 ライの意図を察したメトラペトラ。相変わらずの考えの突飛さに感心頻りである。


「新たに造る星具の『精神核』として使うという訳じゃな?確かにそれなら人格を一から構築して組み込む手間が減るのぅ」

「でしょ?ましてや結構まともな奴でしたし、あれだけ気が利けば持ち主との連携も上手く行くと思ったんです」


 だが、メトラペトラはここで渋い表情を見せた。


「バベルが遺した神格魔法となると、上手く行くかは微妙じゃぞよ?」

「はい。だから『波動魔法』を使うんですよ。魔法式さえ出来ていれば波動で強化できますし」

「成る程……。それならば或いは」


 恐らくロウド世界でも創世神以来初めての力──波動魔法。それを用いればバベルの神格魔法を超える可能性がある。


「という訳で、メトラ師匠には魔法式を組み上げて貰いたいんですが……」

「良かろう。じゃが……何故わざわざカジームに来たんじゃ?」

「【破壊者】に約束したリーアを用意しないと。多分、分身じゃ偽者だとバレます。だからリーアを創ろうかと………」

「…………(サクリ!)」


 ライの頭にはトラペトラの爪が無言のまま食い込む。


「痛い痛い!な、何故に?」

「はて……お主、今何か無茶を言わなんだかぇ?」

「ちょっ……話を最後ま……痛ってぇ!」

「やれやれ……」


 メトラペトラはライの頭上からヒラリと飛び降り浮遊を始めた。


「くっ……!おのれ、おニャン子……」

「ホレ。良いから話を続けんか」

「ぐぬぬぬぬ………」


 ライの推察では、【破壊者】は何らかの方法で真贋を確認すると見ている。とはいえ【破壊者】の力はバベル同様の【拒絶】……それでは真贋判定は難しい。

 と、なれば……神格魔法による判定──。


 【破壊者】はバベルがわざわざ開発した選定魔法であることを考えれば、対峙する相手がリーアの情報を持っていないことなど直ぐに見破られてしまうだろう。


 恐らくは【情報】側からの干渉……。計画を確実に成功させるには『本物のリーア』と誤認させねばならない。


「この地に来たのはリーアとやらの存在情報を手に入れる為じゃな?」

「はい。【破壊者】がリーアの情報に干渉できるなら、俺が下手に同じ【情報】に干渉すると相手にバレちゃいますから」

「ふむ……どうするつもりじゃ?」

「だからリーアを創り出すんですよ。それで骨の欠片でもあればと探しに来た訳です」


 倫理的には問題視され然るべきリーアの複製体。但し、ライは生物を生み出すつもりは毛頭ない。

 【破壊者】に殺させる為だけに生み出す──命はそれを許せる程軽いものではないとライは自覚している。


  目指すのは、リーアの姿をしてはいるが命を宿さない器物……そこまでしなければ【破壊者】を納得させることは出来ないだろう。


「だからリーアを元にした人形を創り出し、それを操作しておけば……」

「良いのかぇ?それはお主が最も嫌うことの一つではないのかぇ?」

「死者への冒涜……ですよねぇ、やっぱり。でも……既に死んでいるリーアへの冒涜で、今生きている『パーシン』と『デルメレア』……それと【破壊者】を救えるなら……手を汚すのも已む無しかと」

「無理しおって……。で、肝心のリーアは見付かったのかぇ?」


 カジーム防衛戦に於いてリーアは遺体が残らぬ無惨な死に方をしている。欠片だけでも探すとしても通常は不可能と言って良い。

 だが、ライには《千里眼》がある。リーアの欠片は墓標すらない墓に納められていたことを探り当てた。


「………レフ族の仕業じゃな」

「手足の骨……。誰かまでは判らなかったんですね」

「……本当にやるんじゃな?」

「はい」


 メトラペトラは溜め息を一つ吐き再びライの頭上に着地。励ますように足踏みする。


「リーアという輩は侵略により多くの命を奪った……と、オルストが言っておった。そんな輩の遺体で命が救われるなら、寧ろ良い罪滅しじゃろうよ。誰が批難しても師であり大聖霊たるワシが赦してやるわ」

「………はい!」


 その場にてまず行ったのは、【破壊者】を取り込む魔法式の構築。幾度かの議論の末、魔法は遂に完成した。

 更にそれをライが練習し修得。これで約束さえ果たせば【破壊者】の意志は消えずに済む。


 そしていよいよ【創生】によるリーアの複製。それは生きているような外見をした肉の塊まりと呼ぶべきものであり、魂の宿る生物とは全く異なるもの。

 それでもリーアという存在で構築されたことには違いない。


(これで……)


 続いてライは、人形であるリーアに自らの分身を憑依させた。これもまた魔法式の構築が必要だったが、今のライには簡単なことだった……。



 様々な覚悟を宿したライが準備を終えたのは、カジームに来訪して丁度半刻……今度はメトラペトラの《心移鏡》によりトシューラ『王家の墓』へと舞い戻る。



 そこで待っていた【破壊者】──その表情はまるで狂喜のようにも見えた。それは本懐を果たせる【破壊者】の顔か、復讐を果たせる『デルメレア』の顔か、はたまたその両方か……ライは判断に迷った。



「リーア……。貴様を殺せる日をどれ程望んだか………」


 震える声……これは【破壊者】の声ではない。恐らくはデルメレアの魂の声……。


「フン!デルメレア・ヴァンレージか……下賎な犬の分際で世迷言か?ハッハッハ!ハーッハッハ!」

「ライ!ソイツを離せ!ソイツは俺の……獲物だ!」

「やれるものならやってみろ、下賎らめが!」

「うぉぉぉ━━━っ!リーアァァッ!!」


 そこに【破壊者】の力は無かった……。


 正真正銘『デルメレア・ヴァンレージ』の力のみ──ライの心はチクリと痛んだが、それでもデルメレアの声を聞いたと同時にリーアを操り応えていた。


 幾度か切り結んだ後、デルメレアの『重力剣』で動きを止めたリーア……その首が宙を舞った時、王家の墓に雄叫びが響く。

 それは地の底から響く慟哭であり、人の闇から漏れ出た歓喜。


「ライよ!今じゃ!!」

「はいっ!」


 メトラペトラの声にライは間髪入れず魔法式を発動……。デルメレアから立ち昇った赤い魔力は構築された魔力球に吸い込まれる。

 ライは【破壊者】の人格救出に成功したのである。


 そして……。


「……感謝するぞ、ライ。【破壊者】の中で見ていた……お前のしてくれたことを……」

「……デルメレアさん。いいえ……俺はあなたを騙」

「分かっている……【破壊者】も薄々は気付いていた様だ。それでも、自ら魔法式を掌握し条件付けを果たしたことにした。【破壊者】の意志は確かに魔法を超えていた」

「…………」


 リーアが偽者であることにはデルメレアも気付いていたという。しかし、これは全て自分に決着を付ける為の行動──そう呟いた。


「俺自身、迷っていたのは確かだ……。だが、【破壊者】となってからの日々は絶望に近かった。全てを失えば人はこうなるのだと改めて知らされた。だが……」

「【破壊者】……ですか?」

「そうだ。【破壊者】は俺に語り掛けていた。六年以上……ずっと対話を続けた。そして俺も条件を果たせない【破壊者】を解放できないかと考えていた」


 互いの解放を……【破壊者】もデルメレアもそう考えていたのだ。これはもうバベルの魔法の欠陥……皮肉でしかない。



 そんなデルメレアに【空間収納庫】から取り出したマントを渡し、全員でオクーロの街へと移動。そこで改めてデルメレアの真実が語られることとなる。



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