第七部 第一章 第五話 オズ・エンとの邂逅


 残留思念から生み出された【破壊者バベル】との意外な対話……それにより明らかになる事実──。



 【破壊者】は勇者バベルが子孫の為に残した力でもあったという。

 エノフラハ地下でライに取り憑いた【破壊者】の場合は若干違和感が残るものの、こうして目の前の存在と対話が可能であることは都合が良いことでもある。


 足りない情報を少しでも埋めるべく、ライとメトラペトラ、そして破壊者の話は続く。


「良いか、ライよ?【破壊者】は子孫の為に残された。では、何故そんなことをする必要があると思う?」

「それは……子孫に強くなって貰えば脅威に対して安心だからじゃないですか?」

「……。根本がズレとるのぅ。バベルが残したのは『子孫が【神衣】に至る可能性』じゃぞよ?残すには過剰じゃと思わんかぇ?」

「…………。確かに」


 【破壊者】を生み出す程の力を宿したバベルは、恐らく様々な神格魔法を扱えた。ならば、ライの様に神具を残すことも出来ただろう。

 だが現在、確認されているバベルの遺産は数える程度。子孫への支援ならば【破壊者】という存在よりも優先して神具を遺すべきではないか……と、メトラペトラは問う。


「それは……まだ見付かってないだけじゃないんですか?」

「それも否定はせんが、今の話の要点はそうではない。先程【破壊者バベル】が言ったじゃろ?“ クローダーが居るだろう? ”とのぅ?まだ気付かんかぇ?」

「あ……。分かったかも……」


 バベルの時代以前からクローダーはその存在に異変が起こっていたのである。しかし、【破壊者】の言葉が意味するところは『クローダーが解放され正常化していること』を見通していたに他ならない。


 つまり───。


「未来視……」

「ようやく理解したようじゃな。バベルは未来視で現状を知っていたことになる。つまり、お主の存在も知っていた」


 異変をきたしたクローダーを解放できる存在──それを知らねばクローダーに情報を集めようとは通常は考えない。


「【破壊者】という存在は来たるべき【闘神】との戦いに備えたバベルの遺産の一つ……違うかぇ?」


 メトラペトラの問いに【破壊者】は無言で頷いた。


「ふむ……」


 ここでメトラペトラは何かを考え込んでしまう。それはこれまでずっと気になっていたこと……。


「どうしたんですか、メトラ師匠?」

「……以前から考えていたんじゃよ。お主の旅の中で時折感じた意図したような廻り合せをの」

「それってリル……海王やエイルの時に言ってたヤツですか?」

「うむ……お主との旅の中、幾つか思い当たることがあったんじゃよ。未来視となれば説明が付くことがの?」



 それはメトラペトラがずっと抱いていた疑問……。


 バベルが海王リルに目指すよう指定した島には、魔王たるエイルが封じられていた。更に、その島に居たことで不知火領主ライドウの妻・スズと出逢いディルナーチ大陸へ……久遠国や神羅国にて縁を結んだ者達の運命を変えたことは、言うまでもない。


 同時にそこに至る流れでライが得た力は、その後の成長を促す糧となっている。


 恐らく未来視はバベルではなく【時空間を司る大聖霊】たるオズ・エンの力。


 つまり……。



「今、この時点……見ておるな、オズ?」

「流石はメトラペトラだね」


 響き渡る声──ライとメトラペトラが気配を感じた先は【破壊者】の隣。空間が蜃気楼のように“ ぐにゃり ”と歪み現れたのは、赤から橙色へ鮮やかなグラデーションを持つ大きな鳥……。

 ライはその姿が少しだけ火鳳セイエンに似ていると思った。


「オズ……」

「久し振り~?トゥルク国以来だね、メトラペトラ?」

「あの時はさっさと逃げおったな?今日こそは色々と聞かせて貰うぞよ?」

「良いよ?でも、その前に……」


 ライに視線を移したオズ・エンは、楽しげに目を細める。


「初めまして、ライ・フェンリーヴ。ボクの名はオズ・エン……【時空間を司る大聖霊】さ」

「これはご丁寧に。初めまして、オズ・エン。オズって呼んでも?」

「その方がボクも嬉しいよ。その代わり、キミのことはライって呼ぶからね?」

「了~解!以後よろしく、オズ」


 互いに高らかに笑いながら肩?を組むライとオズ・エン。その気軽さ……類は友を呼んだかとメトラペトラは呆れていた。


「全く……契約もしとらんのに気安くするでないわ!」

「ん?じゃあ、ボクと契約するかい?」

「えぇ~?そんな気軽に……良いの?」

「冗談だよ、冗~談。ボクはまだキミと契約しない。いや……できないって言った方が正しいね」


 その言葉にピクリと髭を動かしたメトラペトラ。威圧を掛けながら鋭い視線を向ける。


「……それは、バベルが絡んどる話かぇ?」

「さ~てね。内緒にしておくよ……今はね?」

「お主……洗いざらい吐」

「お~っと!それよりキミに話があるんだよ、ライ?」


 オズ・エンはメトラペトラのことなど意にも介さず話を続ける。


「ボクは未来のことについては他言できないんだ。神様から禁止されてるからね?」

「オズの禁止事項って何?」

「ボクが禁じられてるのは『未来の情報の開示』『過去への干渉』、それと『時の流れを乱すこと』だね。もっとも、未来の情報開示に関しては伝えた途端未来が変化しちゃうんだけどね?」


 未来を他者に伝えると歴史が変化し別の未来が生まれる。未来は不確定であって干渉すること自体が未来を狂わせる可能性もある。

 だから神ですらも極力干渉しないのだとオズ・エンは語る。


「その割には随分とライの道筋に色々残したではないかぇ?」

「メトラペトラは勘違いしてるよ。あれはライの為だけに残した訳じゃない。勇者バベルの子孫なら誰でも至れた可能性のある道なんだ」

「…………」


 オズ・エンは嘘を吐いている……メトラペトラはそれが直ぐに判った。


 その最大の理由こそ自分達大聖霊──特にメトラペトラの居た地の底にバベルの子孫が来る可能性はかなり低い。

 だが、メトラペトラはそのことを指摘しない。こういう場合、オズ・エンを追及すると結局はぐらかされて逃げられる。クローダーが居るならば別だが、今オズ・エンから情報を得る機会を逃すのは得策ではない。


「まぁ良いわ。で……何を教えてくれるんじゃ?」

「そうだな……。一つは『星具』だね。まだ所有者のいない星具の場所を幾つか教えてあげるよ。もっとも、これはあんまり必要無いかもしれないけどね」

「星具……」


 所在の判らない星具は四種……剣、槍、斧、弓……。それらは地天使スフィルカが捜索に向かっている。

 もし所在が判ればスフィルカの負担も減らすことが出来る。オズの申し出は有り難いのは確かだ。


「オズ。所有者って言ったけど……」

「ああ……星具の内二つはもう所有者が居るんだよ。当人達は星具と知らず使ってるけど、星具が逃げないなら所有者って言って問題ないと思うよ?」


 星鎌ティクシーは見た目を変えて人の中に紛れていた。恐らく似たような状態なのかもしれない。

 そして、星具が逃げないのであれば所有者は悪人ではないのだろう。それならそれで問題はない。


「一つは……ってことは他にも何か教えてくれるのか?」

「まぁね……。何度も言うようにボクは未来のことは教えてあげられない。教えると『不確かな未来』は悪い方向に転がることが多いんだ」

「それで……何が言いたいんじゃ?」

「未来のことは教えられないけど、今回は少しだけ事情が違う。未来に迫っている危機はロウド世界の外……つまり異界の神の絡むこと。ロウドの法則に従っているだけじゃ世界を守りきれないんだ。ボクだってこの世界が好きだからね……」

「…………」

「だから、ライに幾つか力を貸す」


 そうしてオズ・エンが取り出したのは、一枚の羽根。それはオズ・エンの羽根を加工したものらしい。


「これは……」

「キミとの約束手形みたいなものかな?ボクはやるべきことを果たしたらキミとの契約を結ぶ。その印だよ」


 その羽根を持っていれば一度だけ時を止められるのだという。危機の際に用いて欲しいとオズ・エンは告げた。


「それと……」


 オズ・エンが言葉を切ると世界は一瞬にして停止した。鳥も虫も、【破壊者】も、大聖霊たるメトラペトラでさえも動きを止めた。


 動けるのはオズ・エンとライのみ。そんな中でオズ・エンは厳かに告げる。


「未来は決まってはいない。特にキミの未来はあまりに不確定だ。だからバベルはキミに……」

「……?」

「おっと。とにかく、キミは思う通りにやってみて。キミの幸運は周囲を引っ張るからね?それこそが……」


 そこで再び時間は動き出す。


 オズ・エンは時が止まっていた間のことは全く触れずライにウィンクして見せた。当然ながらメトラペトラも【破壊者】も知覚していない。


「それと……なんじゃ?」

「神具の材料を進呈するよ。少しだけど、ボクが持っている『ラール神鋼』と『星命珠』を進呈する。星具を創るつもりなんでしょ?」

「……随分と気前が良いのぅ。じゃが、まだ聞きたいことがある」

「おっと。悪いけどもう時間だ!ゴメンね、メトラペトラ?」

「くっ!逃がさんぞよ?」


 メトラペトラはオズ・エンに襲い掛かるもその爪は空を切る。空間操作を利用して回避したオズ・エンの姿は既にない。


「アハハハハ。あんまり話すと未来のことまで話しちゃうからね?だから今日はここまで」

「逃げるな~!この鳥公めが!」

「あ……とりあえず【破壊者】と話を続けてごらん?色々と役に立つ筈だよ……じゃあね~?」


 高笑いをしながらオズ・エンは去っていった……。


「くっ……結局逃げおったわ!アンニャロウ……」

「ま、まぁまぁ、メトラ師匠……。色々と役に立つものも貰えましたし」

「ワシは肝心なことを聞いておらんわ!」

「大丈夫ですよ。契約の約束もしてくれましたし、その時に聞けば良いんじゃないですか?」

「くっ………お主も甘いわ!ちと緩すぎるぞよ?」


 ライの頭上に移動しタシタシと前足で足踏みするメトラペトラに、ライは苦笑いするしかなかった。


 とはいえ、実はライ自身も聞きたいことがあったのだが……。



 この先、オズ・エンと契約を結ぶにせよライの身体は限界。どうすれば良いのかの触りだけでも聞きたかったところ。

 しかし……未来の話はすべきではないと言うならば、オズ・エンはきっと話をしなかった可能性もある。諦めるしかない。


「話は終わったか?」


 それまで黙っていた【破壊者】は律儀に待ってくれていた様だ。

 順応性というか対人対応に配慮が見られる点を鑑みれば、ライを乗っ取ろうとした【破壊者】とは別物というのはどうやら本当らしい。


「悪いね、待たせて」

「構わん……今の俺は停滞状態だからな」

「停滞?何それ?」

「俺は……いや、正確にはデルメレアは目標を失った。故に俺の条件付けを果たせず判断に迷いが生じたまま停滞している」


 デルメレアの条件付けは『トシューラ王子』を倒すこと。特に第一王子リーアは必ず自らの手で倒さねばならないとのことだった。


「リーアって……カジームで死んだんじゃなかった?」

「だから困っている。実はリーアを何度か倒したが、どうやら影武者……偽物だったらしい。一年程前に倒した第二王子は本物だったのだが……」

「………もしかして、先刻いきなり攻撃をかけてきたのは」

「第三王子を狙った。が……あれを防ぐ存在が居るとはな」


 【破壊者】は飽くまで憑依されている者に『バベルの神衣』を体感させる存在。その他の能力は当人の才に左右される。

 デルメレアは探知系が苦手だったらしく、転移で消えたパーシンを追えなかった様だ。


「……一応言っとくけど、パーシンは王族辞めたんだけど」

「………」

「アイツは今、『パーシン・ドリス・トシューラ』じゃなくて『ファーロイト・ティアジスト』として生きてる。条件付けの対象から除外できない?」

「…………。ならば丁度良い。俺を倒せ」

「は……?何でそうなるんだ?」

「デルメレアを解放するにはそれしか手がないからだ。お前が俺を倒せば存在意義が失われ自動的に条件付けは解かれる。それがデルメレアの為……そして第三王子の為でもある」

「…………」


 ライは渋い表情で【破壊者】を見る。そのまま思考での葛藤を始めた。


「………メトラペトラ。何故コイツは迷っている?」

「………。お主のせいじゃろ」

「どういうことだ?」

「お主との会話で情が湧いた……ということじゃよ。まさか魔法の疑似人格にまで気遣うとはの……どこまでアホなんじゃ」

「………アホ……なのか?」

「アホじゃ。ド阿呆ゥじゃぞ?」

「…………」


 【破壊者】はライに近付きその肩に手を置いた。その顔は変わらずの無表情だ。


「ライ・フェンリーヴ……お前はアホなのか?」


 物凄い真顔で聞かれた為ライはガクリと体勢を崩す。


「くっ……そんなことを当人に聞くのか?」

「何故、魔法式などを気にする。そんなものに魂など無い」

「そうとも限らないだろ?俺はアンタと話していて何か感じたんだよ。それが何か判らないんだけど………ん~……どうするかな……」

「………」


 再び思案に暮れたライは改めて【破壊者】に問う。


「魔法式……お前の疑似人格って移せる?」

「無理だ」

「じゃあ、条件付けって内容を変えられない?」

「お前は………何を考えている?」

「いや……ちょっとね」


 再び思案……そしてライは改めて【破壊者】に問い掛ける。


「例えばリーアを倒せた場合、お前はどうなるんだ?」

「第三王子が『トシューラ王子』でない以上、役目を終えた俺は魔法式が解け消える。情報はクローダーに伝わるだろうが……」

「消える前に取り込むことは可能か?」

「………分からん。が、可能性は無くもないだろう」


 そこでニコリと笑ったライは、改めて提案した。



「それなら『リーア』を倒させてやる。それで全部解決だ」


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