第七部 第一章 第四話 破壊者との対話



 トシューラ国『王家の墓』の森に舞い戻ったライ一行は、再び森の中を進む。



 今回はデルメレア・ヴァンレージが潜んでいることを初めから知っているので、全員が事前に戦闘態勢を整えての移動となった。


 とはいえ、相手は【神衣】の使い手──つまりは神格に至る者。

 相手の目的も不明……もし【破壊者】と化しているならば、意思疏通すら怪しい為に対応を考えねばならない。


「じゃあ、打ち合わせ通り俺が囮になる。パーシン達は墓地を迂回。隙を見て王家の指輪の回収をしてくれ」

「わかった。………。頼ってばかりで悪いな、ライ。気を付けろよ?」

「気にすんなって、パーシン。メトラ師匠……皆を頼みます」

「仕方無いのぅ」


 【神衣】の力は最低でも存在特性を持たねば感じることができない。概念力を持つ大聖霊ならばその力を僅かながらに察知することが可能な筈。

 故にライは、パーシン達の護衛をメトラペトラに任せることにしたのだ。



 メトラペトラに付き添われたパーシン達は、森の入口から横方向に大きく距離を置いて待機。ライ自身は正面から森を更に奥へと向かい相手の反応を見る。


 今のライは【神衣】の展開こそ不確実ではあるが、存在特性【幸運】を体感出来ている。使い熟すとまでは行かないものの、【神衣】の気配の察知程度なら可能となっていた。

 それもまた【神衣】を二度体験したからこその感覚──これは幸運ではなく、危機に晒された経験からのものだ。



(さて……もしデルメレアが予想通りに【破壊者】に身体を乗っ取られているなら、元に戻すことが出来るかどうか……)


 【破壊者】を名乗る意識存在が一体何なのか……それは未だライにも理解出来ていない。

 バベルを名乗った【破壊者】はメトラペトラから聞いたバベル当人とは大きく印象が違っているのだ。


 そしてライは、自ら体験した『肉体の簒奪』については何等かの魔法の可能性を疑っている。

 ライの見立てでは残留思念を相手に憑依させる情報系統の神格魔法……。だが、ライが覗くことの出来るクローダーの記録にはそんな魔法は確認出来なかった。


 恐らく、破壊者に関する情報自体が【拒絶】の対象になっているのだろう。クローダーとの契約で閲覧できる情報は増えたが、やはりその量に対応するには力が足りない様だった。



(魔法なら解呪できるかもしれないけど……そもそも【破壊者】が使う力──『拒絶の神衣』が厄介なんだよなぁ)


 バベルが使用したという存在特性【拒絶】を元にした神衣──存在特性の中でも特に強力だったとメトラペトラが言う【拒絶】だけでもライとは相性が悪い。

 存在特性は相性……ライの【幸運】は事象に作用する力には強いが、それでも【拒絶】の力には及ばない。


 デルメレアに憑依した残留思念を消すにはやはり吸収か消滅の魔法……それすらも【拒絶】される恐れがあった。



 但し、自らの経験から【破壊者】も無制限で力を使える訳ではないことは推測していた。その証拠に、エノフラハ地下で【破壊者】から解放されたライは魔力・体力共に激しく消耗していた。

 つまり、力の元になっているのは飽くまで憑依されている当人の力……。


 今回の行動前にパーシン達とそんな話を交わしていたライは、ヴォルヴィルスから別の懸念も伝えられている。


「今の話が本当だとして、問題があるんだが……」

「何ですか、ヴォルヴィルスさん?」

「ライ……お前は【破壊者】とやらを疲弊させてからデルメレアとの分離を考えているんだろう?」

「はい……そのつもりではありますけど」

「それを踏まえて、デルメレアの通り名を言ってみろ」

「四宝剣の……あっ……」

「そういうことだ」



 【四宝剣のデルメレア】──その通り名の由来となった四宝剣とは、四本の神具剣。長刀二本、短刀二本を携えたデルメレアには様々な噂は有れど実力の全貌は明らかになっていない。


 判明しているのは、長刀の一つが『重力剣』であることとと短刀の一つが魔力回復系であること。それだけでデルメレアは相手を征することが出来たという。

 そして判っている武器『魔力回復系の短刀』は【破壊者】を疲弊させることの困難さを意味する。


(神具か……。事象神具だった場合、破壊に意識を向けている暇はないよなぁ。なら、奪うしかないか……)


 あのベリドを圧倒した【破壊者】──最悪の場合、ライは逃げに徹するつもりである。

 まず今回の最優先目的はパーシンの妹、サティアとプルティアの救出。こんな場所で無理して戦うことは得策ではない。


 幸い、【破壊者】は王家の墓から殆ど離れようとしない。憑依に何らかの制限があるのかは判らないが、ともあれ王家の指輪さえ手に入ればデルメレアの救出は後に回すことも出来るだろう。



 そうして森の奥──王家の墓の入口に辿り着いたところで足を止めたライは、深く息を吸い込んだ後高らかに叫んだ。


「お━━━━い!話しようぜ━━━?」



 この呼び掛けにメトラペトラ達は盛大にコケた。


「あんの痴れ者め……。また悪い癖が……」

「いや……。あれは注意を引く為だろう?」

「ヴォルヴィルスとか言ったの?お主はアヤツを知らんからのぉ……。のう、パーシン?」


 視線を向けられた仮面のパーシンの口許は少し引き攣っていた。


「ま、まぁ、半分はヴォルの言う通りだろう。半分は、だけど……」

「残り半分は?」

「マジで話し合いするつもりだろうな。今回は事前に言ってたように“ 逃げ ”も考慮しているとは思うけど……」

「大丈夫なのか?【破壊者】ってのは多分話が通じない……とか言っていなかったか、アイツ?」

「それがライなんだよ。どのみち俺達には何も出来ないけどな?」


 今更止めると言っても間に合わない。それ以前にライが聞く訳もないことは判っているのだ。

 一応ながら撤退も口にしていたならば無理はしないだろうとメトラペトラとパーシンは諦めることにした。


 ヴォルヴィルスとキリカ、そしてレイスに至っては話を聞かされても対応に困るだけのこと。結局はパーシンに従うしかない。



 そうしてライの様子を遠巻きに眺めていた一同。やがて王家の墓入口から姿を現した存在に警戒心を強める。


「赤髪、四本の剣……あれがデルメレアか?」

「ああ。間違いない」

「しかし……随分とボロな恰好じゃのぅ……」


 王家の墓からゆっくりと現れた男は、左の腰の長刀と短刀、左胸の短刀が鞘の中に納まっている。そして右手には長めの長刀を手にしていた。

 振り乱したような赤い長髪、鎧は着ておらずその衣服の所々は破れ鋼の様な肉体を覗かせていた。


 魔力や生命力の気配を感じないことから、やはり【神衣】を展開していることは間違いないだろう。


 デルメレアは少しづつ前に歩を進めライの手前で停止した……。



「初めまして、デルメレア・ヴァンレージさん?」

「……………」


 デルメレアからの返事はない。だが今回は、以前と違い問答無用での攻撃は行わない様子。


「……デルメレアじゃないなら【破壊者バベル】とでも呼ぶべきかな?」

「………。貴様は誰だ?」 


 驚いたことにデルメレア……【破壊者】はライの呼び掛けに答えた。

 これにはライも一瞬答えに詰まるが、会話が成り立つならば争わずに済む可能性に少しだけ希望を持つ。


「俺はライ。ライ・フェンリーヴ……アンタが『勇者バベル・クレストノア』なら子孫てことになる」

「…………子孫」

「それと、俺はアンタと一度会ってるんだけど……もしかして別人なのかな?」

「………」


 再び沈黙する破壊者。今度は長く沈黙していた為、待機しているメトラペトラ達は少し焦燥感に駆られている。


「貴様は……破ったのだな?」


 ポツリと口にした【破壊者】。その言葉の意味を理解したライは頷きつつ答える。


「アンタ……というか【破壊者】の精神乗っ取りを受けたのは確かだよ」

「……ならば貴様に用はない」

「………。そっちには無くてもこっちにはあるんだよ。俺は何も聞かされていないし何も知らない。何で【破壊者】が俺を乗っ取ろうとしたのか……そもそも【破壊者】とは何なのかも知らない」

「………。それで?」

「出来れば詳しく教えて貰いたい。【破壊者】が何で存在するのかを……」

「…………」


 デルメレアに憑依した【破壊者】は手に持っていた刃を納めると墓地の内側に付いて来いという仕草を見せた。


「付いて来い……ね」


 墓地の入口でパーシン達の方角に視線を向けたライは、そのまま待機するように念話で伝える。

 が……メトラペトラはそれを無視しライの元へ転移。頭上に着地した。


「出来ればメトラ師匠にはパーシン達を頼みたかったんですけど……」

「ワシも【破壊者】とやらに興味がある」

「仕方無いですね……」


 諦めたライは分身体を一体パーシン達の元へと送る。流石に何の情報もないまま待たせるのは気が引けたのだ。


 そして、ライとメトラペトラは『王家の墓』内部へと足を踏み入れた……。



 墓地の内部は周囲にある森の印象とは真逆の石畳。広がる灰色の空間は上に広がる森の薄暗さと相俟って物悲しさを感じさせる。

 トシューラ王家の墓標は一見して剣先の様にも見える形状。ライはそれが立ち並ぶ光景をトシューラの侵略の歴史と連想して見つめている。


 そんな墓地の中央に見える一際大きな石碑。そこにはトシューラ建国の歴史が書かれていたが、特に興味はないので目を通すことはない。それよりも石碑の下に腰を下ろしている人物が優先だ。


「ふむ……こうして見ると確かにバベルに似ておるのぅ」

「………メトラペトラか」

「!……ワシが分かるのかぇ?」

「………。俺はバベルの分身だ。正確にはバベルの【怒り】を元に構築された残留思念魔法」

「どうやらお主の予想通りじゃったな、ライよ」


 残留思念を魔法として固定することは理解できるが、そんな存在が会話を交わせることがライからしても驚くべきことだった。


「それで……何が知りたい」

「……まず、【破壊者】が何なのかかな?反応を見たところ、俺を乗っ取ろうとした【破壊者】とアンタは別人だろ?」

「その通りだ。……。その説明には【破壊者】という魔法の発動条件を知るのが道理……貴様は理解しているのではないか?」

「多分、怒り──だよね?」

「そうだ」


 勇者バベルがロウド世界に仕込んだ【破壊者】というシステム……それはバベルの血統を対象とし発動するのだと【破壊者】は語り始めた。

 その発動条件は怒り──但し、ただの怒りではない。それは人の尊厳を踏み躙る者に対しての深い怒りでなければならない。


「何でそんな魔法を……」

「……理由は二つある。一つは子孫を更なる高みへと引き上げる為。【破壊者】は危機に陥りながらも怒りに燃えた者に宿る。覚えがあるだろう?」

「…………」


 エノフラハ地下に於いて、ライは確かに怒りを滾らせていた。


「……でも、歴史の中にはそういう人多かったんじゃないかな。それって全員【破壊者】になったの?」

「そこまでは知らん。【破壊者】は他の【破壊者】との情報共有はない」

「じゃあ、やっぱり俺に憑依したのは……」

「俺とは別の存在だ」

「成る程ね……。確かにアンタは俺に憑いたのとは随分と違う。話なんて聞きゃしないでいきなり乗っ取られたし……」

「何……?」


 【破壊者】は改めてライの顔を覗き込む。


「それはおかしい」

「何がじゃ?」

「先にも言ったが、【破壊者】は子孫を高みに引き上げる為のもの。憑依の際には当人との条件付けが必要となる」

「条件付け?」

「そうだ。例えばこの身体……デルメレア・ヴァンレージは、命の危機に陥っても戦いを止めなかった。理由は復讐──故に目的を果たすまで【破壊者】の力を宿すというのが憑依条件」

「えっ?じゃあ、目的を果たせば解放されるの?」

「そうだ」


 ライはガクリと崩れ落ちた……。


「じゃあ、あの苦労は一体何の為に……」


 エノフラハ地下で憑依した【破壊者】は、言葉は無いものの確かにライのやろうとしていたことを実行していた。


 仮に条件を付けるなら『ベリドを排除してエノフラハの街を守ること』。その障害となったであろう魔獣モラミルトの撃破も間違った行動ではない。

 だが……ライは無理矢理【破壊者】を追い出し、しかも満身創痍で魔獣に挑まなければならなかった。まさに骨折り損である。


「うぅむ……流石はトラブル勇者じゃな。自ら損をするように行動を選ぶとは……」

「し、仕方無いでしょ!説明もなく“ 身体を貰うぞ!”とか言われたら、普通抵抗するでしょうが!」

「ま、まぁ、確かにの?」


 とはいえ、何故そこまで異例を引き当てるのか──この辺りに何故【幸運】が働かないのかとメトラペトラは呆れていた。


「無理矢理乗っ取られたのか?」

「えっ?うん……いきなり……。あ!それと、全てを……世界を壊せとかなんとか」

「…………。では、その【破壊者】は俺とは別の魔法だろう。バベルが新たな魔法を組み込んでいた可能性もある」

「……どのみちトラブルということじゃな」

「ぐっ……。何で俺ばっかり……」


 破壊者は不思議そうな顔でライを見ている。


「お前は……本当にバベルの子孫か?」

「はい?」

「バベルの子孫は赤髪の筈……だが、お前のそれは……」

「あ~……。実は無理しすぎて魔人化して、色々とあって白髪に……」

「………。まぁ良い」


 何が含みがある反応だが、残留思念である【破壊者】はそれ以上の詮索をするつもりは無いようだ。


 と……メトラペトラは【破壊者】を生み出したもう一つの理由が気になった。


「一つが【破壊者】憑依による危機回避──同時に【神衣】を体験させることで高みへと誘う……間違いないな?」

「ああ……」

「では、もう一つは何じゃ?」

「【破壊者】を宿せる者は【神衣】を宿す可能性が高い。つまり……」

「【神衣】に至る者の選定か……じゃが、お主らは情報を共有しておらんのじゃろう?」

「ああ」

「では、そんなことをしても意味があるまい」


 情報が共有されぬのならば確定した情報も無駄になる。

 だが……その問いに【破壊者】は難なく答えた。


「クローダーが居るだろう」

「!……成る程のぅ。そういうことかぇ」


 妙に納得しているメトラペトラ。ライは首を傾げている。


「何じゃ、判らんのかぇ?」

「うん!さ~っぱり!」

「お主……頭が回る時とそうでない時のギャップが酷いのぉ……」

「そんなこと言わないで教えてよ~!ムチュ~!」

「シャーッ!」

「ギャアァァ~ッ!」


 メトラペトラのネコドリルクラッシュ、炸裂!回転する矢の如きダブルパンチがライの腹部に決まった!



 【破壊者】が呆れる中、トシューラ王家の墓での対話は続く……。

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