第七部 第一章 第三話 破壊者、再び
シウト国王都近郊。蜜精の森、ライの居城──。
その湖の畔に建てられた訓練所にてイグナース達の指導をしていたライは、突然膝を突いた。
「ど、どうしたんですか、ライさん!?」
駆け寄るイグナースとブラムクルト……。ライは苦笑いを浮かべ素早く立ち上がる。
「いや……ちょっと分身の数を出し過ぎみたいだ。心配掛けて悪い」
「いえ……大丈夫なら良いんですが……。無理しないで下さいよ?」
「ハハハ……そうだな」
分身の負担についてはイグナースも説明されていたので、あまり深く追及はしてこない。
つまり、たとえそれが嘘でも判別のしようがないのである……。
「とにかく訓練を続けよう。ブラムはどんな感じ?」
「はい。何とか通常の纏装は少しだけ使えるようになりました」
それでもたった数日……ライの開発した纏装修得法は上手く機能した様だ。
「じゃあ、今度は適性属性の確認だな。で、イグナースの方の手応えは?」
「いやぁ……。流石に全然……」
現在【天網斬り】の訓練を開始したイグナース。先ずはその感覚を掴む為にライ本体が感覚を流していたのだが、やはり始まったばかりではどうにもならないらしい。
「う~ん……もっと効率良く出来れば良いんだけどな」
ライでさえ手掛かりを掴むのに数日……容易く無くて当たり前である。そもそも裏奥義でもある天網斬り──知覚には今しばし時間が必要だろう。
「天網斬りの方はもうちょっと色々考えてみる。今日はブラムの魔法適性を調べるとして……イグナースは分身と手合わせしてみるか?」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。但し、油断すると怪我するぞ?」
「はい!お願いします!」
イグナースがライの居城に同居してまだ日は浅いが、その殆どは『力の勇者』たるルーヴェストによる訓練だった。ライは技術指導はしていたものの直接の手合わせは滅多に行わなかったのである。
「……随分嬉しそうだけど、イグナースはルーヴェストさんから手合わせして貰ってただろ?」
「いや……あの人との手合わせは手加減が無くて……」
『力の勇者』ルーヴェストさんは、何事も力が入るお人だった……。
「………。ま、まぁ、『力の勇者』との手合わせなんて光栄だろ?」
「………そ、そうですね」
ライは早速分身を生み出し、それを残して訓練所を後にした。
訓練所の外に出た湖の畔では、メトラペトラによる魔法指導が行われている。
その面子の中にはヒルダも含まれていた。
「メトラ師匠」
「ん?何じゃ?若僧らの訓練はどうしたんじゃ?」
「分身で続けていますよ。それより、ちょっとお話が……」
「ふむ。ならば……」
僅かに光を纏うメトラペトラは……何と!二匹に分身した。
「おぉ……。メトラ師匠も遂に猫分身を……」
「何じゃ、猫分身て……」
「猫分身……それは、猫の、猫による、猫の………」
「長いから終~了~」
「え~?……折角メトラ師匠のモフモフが……二体?……モフモフが……二つ……モフ~!」
「シャーッ!」
「シャーッ!」
迫るライをヒラリと躱し、メトラペトラのツインネコ乱舞炸裂!ライは左右から挟まれるようにボコボコにされた!
そして、メトラペトラ二体はライの頭にノッシリと乗っている……。
「うぅ……モ、モフ……」
「……ま、まだ言うかぇ。それより何か用があったのではないのかえ?」
「おっと、そうだった……。そう言えばアムルは?」
立ち上がるライの頭上に張り付くように座るネコ二体。中々にシュールな光景のまま話は続く。
「奴は森に散歩に行ったぞよ?」
「そうですか……。じゃあ、メトラ師匠だけで……」
「………。何じゃ、一体?」
「取り敢えず城で話しましょうか」
「良かろう」
分身メトラペトラを魔法指導役に残し、二人は居城内のライの部屋へ……。
「メトラ師匠も分身出来るようになったんですね……」
「先刻のはお主との契約紋章を通じての力じゃな……。何度か試していてようやく出来るようになったんじゃが、ワシだけでは一体しか作れんかった」
「うぅ~ん……。俺の存在特性って【幸運】……それとクローダーの話では【進化】って話なんですけど……何で分身するんでしょう?」
「となれば、三つ目に何かあるんじゃろうな」
サザンシスの長エルグランの話では、ライの分身は存在特性由来という話だった。メトラペトラが契約紋章を通じて使えたということは、存在に由来する力で間違いは無いのだろう。
その意味で『三つ目の存在特性』には何らかの関連性があるのではないか……それがライとメトラペトラの共通の考えだった。
「まぁ、判らぬものは仕方あるまい。ところで……何の話があったのじゃ?」
「はい。実は……」
パーシンの手助けとしてトシューラ国に送っていた分身体……それがトシューラ王家の墓にて奇襲を受け消滅したことをメトラペトラに説明した。
「なんじゃと?……それは誠かぇ?」
通常の分身体の場合ならば別段驚く話ではない。分身は状況に合わせ力をある程度抑制して展開しているのだ。
しかし、トシューラ国に差し向けていたライの分身体は少し強力に展開していた。消滅させることは容易ではない。それを一撃……その事実だけでもトシューラに脅威が存在していることを意味している。
だが──メトラペトラは更にライから驚愕の事実を告げられる。
「なっ!か、神衣じゃと!馬鹿な……」
「本当に『馬鹿な!』って叫びたくなりましたよ……。でも、あれは間違いなく神衣ですよ」
闘神の眷族デミオスとの戦いで身を以て体験し、かつ自らの意志で初めて展開した【神衣】──それを知るライだからこそ断言できる。
更に……。
「あの力……一撃で破壊された訳じゃありませんね。あれは分身の存在そのものを“ 消された ”んです」
「消滅……存在特性じゃな?」
ライは首を振りメトラペトラを否定した。
「………。俺はあの感じを知っています。本来感じ得ない【神衣】の力……でも、あの時は確かに感じました。あれは【消滅】じゃありません。【拒絶】です!」
「き、【拒絶】じゃと……?ま、まさか……!?」
「はい……」
エノフラハ地下にてライの身体を乗っ取った存在──バベル。
自ら『破壊者』を名乗り猛威を振るった存在。それが再び現れたのだとライは口にした。
「……お主はバベルの顔を知っておるんじゃったか?」
「はい。意識の中で見たことはありますよ。でも、トシューラで見たのは別人でしたよ。少し似てはいましたが……」
「別人……となると……」
「はい。多分、俺が受けたのと同じ意志の乗っ取り……。乗っ取られた人物は誰か判りませんけど」
何故そんな存在がトシューラ王家の墓に居たのか……。当然、判る訳も無い。
しかし、ここに来てバベル……ならぬ【破壊者】の出現はライにとって都合が悪い。パーシンの目的である王家の指輪を手に入れるにはあまりに強敵……。
【神衣】の完全修得に至っていない以上、相手にするには危険すぎるのだ。
「……其奴は今どうしておるか判るかぇ?」
「千里眼で見たところ、王家の墓から動いてませんね……。何が目的なのかは全く……」
「しかしのぅ……そんな輩が存在するとなるとデミオス並の危機じゃぞよ?」
「ですよねぇ……」
もし【破壊者】が移動を始めた場合、止められるのはライ以外に心当たりも無い。そして現状、トシューラに潜入したパーシン達にとっても危機が間近に迫っているのと同じ。
かといって、パーシンの想いを考えれば退却は選択できない。確かに魔獣騒ぎで混乱したトシューラの現状は、パーシンの妹達の奪還には絶好の機会でもあるのだ。
結果──ライが出した答えは言うまでもないだろう。
「取り敢えず、今度は俺自身が対処に向かいます。パーシン達も心配ですし……」
「しかし……お主は【神衣】をまだ掌握しておるまい?」
「でも、波動魔法がありますから何とかなるかと……」
「………。良し。では、ワシも同行するぞよ?」
「良いんですか?俺としては有り難いですけど……」
「何……【破壊者】とやらが本当はどういう存在なのか、ワシも気になるのでな?」
デミオスとの戦いでは直接の力にはなれなかったメトラペトラ。有事の際にライから離れることは、師としても不本意なことと痛感している……。
今回はライの行動を見届け肌で波動魔法を体験する機会とも考えていた。
対してライは、緊急時のメトラペトラの判断を信用している。
特にパーシン達の安全確保にはメトラペトラの存在は心強かったのである。
そこに油断がある訳ではない。闘神の眷族であるデミオスと戦い、偶然とはいえ相手を制したことはライを更なる高みへと確実に引き上げたのは紛う事なき事実だった……。
「本当はアムルにも話しておきたかったんですけどね……」
「まぁ、戻ってから話せば良かろう。犬公とフェルミナにはこの地の守りを担って貰えば良かろう」
「そうですね……」
特にフェルミナにはあまり命のやり取りに関わって欲しくはない、というのがライの正直な気持ちだ。ライは命を大切にするフェルミナにはそのままで居て欲しいのである。
それに、フェルミナが居れば身体の欠如や瀕死でも命を繋げる。最後の命綱でもあるフェルミナは、やはり安全な後衛に居るのが妥当だろう。
そうしてライは転移陣を展開しメトラペトラと共にトシューラへと向かう。
向かった先は王家の墓最寄の街オクーロ……王家の墓から避難させたパーシン達は街の酒場に待機している筈だ。
「ライ!こっちだ!」
酒場の隅にて手招きしているヴォルヴィルスを確認し、ライとメトラペトラは席に着いた。
「取り敢えず、生一丁じゃ!」
「うぉぉい!師匠!」
「スマン、スマン……つい癖での?」
「くっ……飲ん兵衛め……」
結局、麦酒を一杯飲み干したメトラペトラ。パーシンとレイスとの再会の言葉を交わし、ヴォルヴィルスとキリカとの挨拶を交わす。
「なぁ、ライ?」
「ん……?何だ、パーシン?」
「隠密行動なのに、酒呑むニャンコはマズいんだが……」
「ニャンだとぉ?ワシが酒呑んでニャニが悪いんじゃ?おぉ?」
パーシンの仮面に顔を押し付けガンを飛ばす大聖霊様……。パーシンはライに救いを求める視線を向けている……。
「大丈夫だよ、パーシン。一応、認識阻害の魔法使ってるから。この席の会話や様子は誰も気にしない」
「そ、それなら良いんだけどよ……。………。で、話は戻るんだが、
「奇襲された。で、分身が消されたんだ」
「!……マジか……。でも、一体誰が……」
「それなんだけどさ?パーシン、こんなヤツに見覚え無いか?」
ライは自らの姿を幻術で変化させる。その姿を見たパーシンは思わず席から立ち上がった。
「デ、デルメレア・ヴァンレージ……生きていたのか……」
「デルメレア?どっかで聞いたような……」
その名はライも耳にしたことがある。いや、ライだけでなくヴォルヴィルスも反応を示していた。
「デルメレア?あの『四宝剣デルメレア』か?」
「あ~……思い出した!神具剣使いの剣士か……。あれ?デルメレアって流浪の剣士じゃなかったっけ?」
ライの疑問にはレイスが答える。
「デルメレアはトシューラ有力貴族の娘と恋仲になってそのまま騎士になったんです。トシューラ騎士の中では群を抜いた実力者で、しかも人道を尊ぶ方だったと……。それが突然、王家に近い者達を殺して出奔し行方不明になったと聞いています」
「何でそんなことに……」
「それが……良く分からないのです」
「パーシンもか?」
ライの呼び掛けに反応が鈍いパーシン。そこにトシューラ王家の因縁を感じたライは深く追及はしない。
「ま、良いや。それよりどうする、パーシン?【鍵】が使えないなら力ずくでの救出に切り替えるか?」
「いや……とにかく王家の墓に行こう。直接戦わなくても指輪だけ取ってこれれば良いんだ」
「お主……相手は破壊モガッ!」
メトラペトラの言葉を遮るライはパーシンの意見を尊重した。
「良し。じゃあ行こうぜ?俺が囮になるからその間に指輪を頼む」
「ライ……済まない」
「良いさ。じゃあ、早速……出発!」
転移の光が広がるも認識阻害により酒場の店員や客は気付かない。テーブルに代金を残し、ライ達は再び『王家の墓』へと赴く。
再度の【破壊者】との対峙……。そこでライは悲しき男の過去を知る……。
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