第七部 第一章 第二話 王家の墓の脅威
トシューラ国・王直轄領の街オクーロ──。
トシューラ王都ピオネアムンドから最も近いその街は、流通網に組み込まれていることでそれなりに華やかな街となっていた。
王都近郊という理由もあり魔獣侵攻から守られた街には、確かに大きな物的被害は見受けられなかった。
しかし、それは飽くまで外観で判断できる被害の話である。実のところトシューラ国内では人々が都市部に集まり始めていた。
オクーロ……いや、オクーロのみならず王都近郊の街は安全──そう判断した民達は、魔獣から受けた恐怖が未だ癒えぬ為に故郷に帰ることが出来ずに居たのである。
更には生活……復興に従事する者のいる陰で、仕事を失い暮らしが成り立たず出稼ぎに来ている者もいる。
そもそも各領地ごとに復興で施される民への対応が異なるのだ。
優れた領主は先ず魔獣の侵攻を必死に食い止め民を守っていたので、被害も少なく復興も早い。
逆に保身や富を優先した領地程被害を受け、復興も遅い。これはトシューラが長年抱えた問題の結果でもあった。
魔獣の数の多さによりエクレトル等各国のトシューラ支援には限界があった。より多くを救うにはまだ世界は纏まりきれていないのが現実なのだ。
「それにしても、凄い人の数だな……」
オクーロの街を歩くライ、及びパーシン一行。街は活気に溢れている混雑ではなく、ゴミゴミと乱雑な印象を受ける。
「こんなに……魔獣に追われた民がいるのか……」
パーシンは複雑な表情を浮かべている……。
トシューラの民と言っても常識や倫理は他国と然程変わらない。家族や故郷を大切にし、日々を懸命に暮らしている。
王族やそれに荷担する一部領主の傲慢な政策により幾つかの差別的思想を植え込まれてはいるものの、それでも良心的な者達は多いと言っても良いだろう。
「………」
「どうした、キリカ?」
「いえ……皆、疲れている顔をしていますね」
「………。民はどうしたら良いのか分からないのだろうな。本来、民を救うことは王や領主の領分なんだ。だが、トシューラは……」
強欲──パーシンはそこで言葉を切った。
追放されたとはいえパーシンは王族……。己の中に責任が無いとは言えないと考えている。
しかし……パーシンはトシューラの現状を打破する程の力を持ち合わせていない。
それは戦力的な話ではなく戦略的なもの──各地領主の掌握を行ない国を統治するには、パーシンは足りないものが多すぎる。故に王位争いにて真っ先に追放されたと言っても良いだろう。
「お前の気持ちは理解できるが、人には領分がある。もしトシューラの民を救いたいと思うならば、まずは期が熟すまで備えるべきだと思うが……」
「ヴォル……」
「最優先は妹達の救出だろう?」
「ああ。分かってるよ」
パーシンが危険を省みずトシューラに潜入した目的こそがトシューラ王家末席、双子の妹・サティアとプルティア……。たとえ命に代えてでも救出するとパーシンは固く誓っている。
「ならばこの混雑は寧ろ好都合ですね、ファーロイト様?」
「そうだな、レイス。恐らくはピオネアムンドも似たような状態の筈……潜入はしやすいだろう」
そこで……ライはふと思うことがあった。
「なぁ、パーシン……何で王都付近に一気に転移しなかったんだ?」
「ん?ああ……実はな?」
王都ピオネアムンドの中に入ることは然程難しいことではないのだが、王城に入ることが困難なのだとパーシンは言う。
トシューラの城『白鴉城』は特殊な魔術結界が幾重にも張り巡らせてある。そこに入るには鍵となるものが必要とのことだった。
「鍵……?」
「正確には魔術的な鍵──ってヤツだ。王家は指輪、領主や貴族は腕輪、魔術師は額飾り、兵は階級章……ってな具合にな?」
「成る程……」
レイスはふと自分が兵士だった時を思い出す。
「私は曲がりなりにも貴族だったので初めは腕輪でしたが、仕官してからは階級章に代わりました。入れたのはどちらも第二区画まででしたけど……」
「成る程な……区画毎の通行証ってヤツか……」
「察しが良いですね、ヴォルヴィルス殿。鍵はそれぞれ許可された区域まで入ることが出来る。第一、第二区画は軍と兵士、第三区画は行政、第四区画は貴族院、第五と第六区画は……」
チラリとパーシンに目を移したレイス。パーシンは小さく頷いた。
「第五、第六区画は王族の領域だ。そこまで入るには特殊な鍵が必要になる」
「当然ですね……ファーロイト様はそれを打開する方法があるからこの街に来た、と?」
「そうだ。……。なぁ、キリカ。やはりお前は此処で……」
「何度も言いますが、私は私の役目で行動しています。その過程で必要なら何処にでも向かいますよ?」
「だけどキリカ……」
「私を止めるなら力で止めるしかありませんよ?」
「………」
仮面をしていても判るパーシンの困惑……。
そんなパーシンを笑い飛ばしたのはヴォルヴィルスだった。
「ハッハッハ。じゃあ諦めるしかないな、ファーロイト」
「ぐっ……。だ、だが……」
「この中でキリカ殿に勝てるのはライしか居ないだろ?で……ライはどうするんだ?」
「どうって……ねぇ?」
キリカに目を向ければ強い決意を宿した瞳でライを凝視している。
「………。悪い、パーシン。俺の負けだわ」
「…………」
「まぁ、仕方ないだろ。それよりさ……俺が乗り込んで結界全部破壊してやろうか?」
「………。まぁた、お前はそういうことを……」
確かにライが乗り込めばあらゆる結界を破壊して乗り込むことは出来るだろう。混乱の隙に行動することで、妹達を救うのが幾分容易になるかもしれない。
だが……リスクを考えれば正しい判断かは怪しいものだ。
「もしベリドってヤツが居たら間違いなくデカイ戦いになっちまうだろ……。その時、集まってる民を巻き込まないってんなら頼んでも構わないけどさ……」
「う~ん……正直なところ判らん」
「おい!」
「冗談だよ、冗~談。今の俺ならベリドを倒せるかもしれないけど、不安も多いんだ。だからお前の考えに従う」
ライはまだ【神衣】を使い熟せていない……。
トゥルク国からの帰還後……感覚を忘れないよう【神衣】の展開を試してみたが、かなりの確率で失敗する。しかも失敗すると何故か意識を失うのだ。
この問題点をサザンシスの長エルグランに訊ねてみたところ、そもそも存在特性が使い熟せていないのだろうと忠告を受けた。
追い込まれた時に感じた存在特性……その感覚は何となくは掴んだ。
しかし、ライの存在特性【幸運】は常時展開型……。発動を感じることはできるものの使うという感覚が今一つ掌握できなかった。
そこでライは原点に立ち返り、先ずは存在特性を感じることに専念している段階だ。
「で……話は戻るが、この街に来た理由は『鍵』を取りに来た──で良いのか?」
そんなヴォルヴィルスの言葉に首を振ったパーシン。改めて今後の行動へと話を進める為、街外れの食堂へと移動する。
目立たぬよう隅に空いていた席に座り適当な食事を頼むと、小声での会話が再開される。
「……この街には鍵は無い。だが、ある場所に行けば手に入る」
「ある場所?」
「トシューラ王家の墓だ」
オクーロの街と王都ピオネアムンドの中間程に位置する森の中には、トシューラ王家の墓が存在する。
そこは然程厳重には監視されていない場所……。
「昔……俺はある人の王族の指輪を手に入れた。だから俺は、トシューラから逃げる前にその指輪を王家の墓に隠した。再び妹達を救いに戻った時に使おうと考えていたんだ」
「………一体、誰から指輪を?」
「俺の……母だ」
パーシンの亡き母からの最期の手紙に同封されていた王族の指輪。パーシンの母はまだ幼い我が子に何かを託したのだろう。
そしてパーシンもそれに応え機転を利かせたのだ。特殊な糸に括り付け『もう一つの王家の指輪』を飲み込み隠し続けた。
そして脱出の際に立ち寄った王家の墓の、とある場所に指輪を隠したのだという。
結局捕まってしまい自らの指輪は剥奪……失われていた訳だが、母から託された品が妹達を救おうというパーシンの希望となったのである。
そんなパーシンの姿を見るキリカの目が哀しみを湛えていたことを、ライは見逃さない。
「……良し。じゃあ、とっとと妹ちゃん達を救いに行こうぜ、パーシン?」
「ああ……。ようやくだ……無事で居てくれよ、サティア、プルティア」
その後、街を出た一行は王都ピオネアムンドへの道を途中で逸れ森の方角へと向かう。
魔獣騒ぎの際、魔物も数を減らしていた為に手間も無く王家の墓付近まで辿り着くことが出来た。
王家の墓は城の城門のような壁に囲まれている。鬱蒼とした森の中に存在する為に城壁の至るところが苔むしていて、森の木々を抜ける木漏れ日もかなり弱い。
シウト王家の墓に比べるとかなり荘厳さに欠ける……そんな場所だった。
しかし──ここで違和感に襲われたパーシンは、皆を待機させたまま自ら斥候役を買って出た。
「…………何だ?どういうことなんだ、これは?」
いつもならば閉ざされている王家の墓への入り口……その門が大きく開け放たれた状態。
だが、パーシンの違和感の正体はそれとは別にある。それは門の前に粉々に崩れている巨岩……。
「どうした、パーシン?」
「うひゃあ!」
突如耳元から聞こえた声に奇声を上げるパーシン。慌てて周囲を見回しているが、誰の姿もない。
「あ、あれ?空耳か?」
「ここだ、ここ……こっちだよ、パーシン」
改めて首だけを右肩に向ければ、掌大に縮んだライが肩に乗っているのが見える……。
「お、お前……毎回ビビらすなよ……」
「悪い悪い……。一応お前の護衛でもあるから念の為に付いてきた。……。で?どうしたんだ?」
「何がだ?」
「いや……いま何か警戒してただろ、お前?」
「あ、ああ。それなんだけどな……」
王家の墓の前には守護者が存在しているとパーシンは語る。それは人間ではなく動く石像という表現が相応しいのだと……。
パーシンの説明を聞く限りでは、それはライの居城に組み込まれた自動防衛のように来訪者に反応する。但し、トシューラの墓守りは魔獣型ではなく巨大な騎士の形をしていたのだとも……。
「石像は特殊な魔法で硬質化していた筈なんだよ。間違いなく魔法騎士級──それがここまで砕かれているなんて……」
「それって……どゆこと?」
「さっぱり分からねぇ……」
普通に考えるならば何者かによる破壊。ならば恨みからの行為……パーシンは再び首を傾げる。
その時……ライの分身体は王家の墓の中に気配を感じ取った。
「パーシン!一旦下がるぞ!」
その言葉に瞬時に反応したパーシンは神具腕輪による《転移》で退却。森の入り口で警戒していたキリカ達の元へと戻った。
「!……どうした!?」
即座に武具を装備し戦闘体制に移るキリカ、ヴォルヴィルス、レイス。等身大ライやパーシンも遅れて戦闘用の装備を整える。
「いや……判らない。……。何があった、ライ?」
「……。あそこにはヤバイ奴がいる。一旦、街に戻ろう」
ライ程の力を持つ存在が危険と言い切った以上、パーシン一行は素直に従うしかない。
そうして撤退の準備を始めたその時……ライは即座に転移陣を張りパーシン達をオクーロの街へと強制的に送り返した。
次の瞬間───ライの胸を光の矢が穿つ。
射抜かれたのは分身体ではあったが、たった一撃でライの力を消滅させられたことは相手の脅威を物語っていた。
そしてライは分身体消滅の瞬間、確かにそれを確認した……。
現時点でライが完全修得まで至っていない力──。
「か……むい……」
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