運命流転 編
第七部 第一章 第一話 トシューラへの潜入
同居人……特に女性達との交流を行ったライは、短い休息を終えたその翌日から早速備えを開始した。
それまでと違い明確な期日は無く、来たるべき日にいつでも対応できることを旨とした生活──無論、過剰な修行で有事に対応出来ぬのでは本末転倒なのでその辺りの加減を探りながらの行動となった。
その内容は以前同様の分身配置による各地戦力強化。加えて同居人達……主にイグナースとブラムクルトとの鍛練も始まった。
同居人女性一同は、メトラペトラによる指導により先ずは魔法関連の強化に踏み出した。
大聖霊達でさえ互いの技能強化で連携を始めたのだ。これはロウド世界が始まって以来、初めてのことと言える。
ここで改めて……ライが行動を保留にしていたことが幾つか存在する。
一つはトシューラ国に潜入したパーシンの支援。もう一つはエルゲン大森林の獣人達。そして最後に、現行魔王の特定だ。
視点はトシューラ……パーシンの支援に向かった分身から話は始まる。
「どうだ、パーシン。キリカさんの様子は?」
トシューラ国・北北東の領地、ピクロノス──。
トシューラ王都に向かった筈のパーシン一行は、小さな田舎街の宿で足止めを余儀なくされていた……。
パーシン達が滞在しているサンタリーの街は、エクレトルの天使により魔獣アバドンの被害を回避することが出来た高原の街である。
山間の街はトシューラにしては緑豊かな地で、主に森林の伐木を生業として暮らしていた。
ピクロノス領は高原の領地。領主は戦いこそ不得手なれど環境維持が得意で、トシューラ国にとっては欠かせない人材でもある。
現在ピクロノス領主は魔獣被害の自然復興や建築資材の搬入などで他領地を忙しく駆け回っているのは余談だろう。
そんなサンタリーの街にパーシン一行が足止めを受けていた理由──。
「申し訳ありません……自ら同行を申し出た分際で不覚にも病を患うなど……。しかし、もう大丈夫です。御心配をお掛けしました」
彼女はパーシン──つまり、シウト国トラクエル領副官『ファーロイト・ティアジスト』付きの補佐……というのは名目で、実際は監視を担っている。
パーシンを監視する筈の彼女が監視対象から看護されるという事態は、さぞや不本意だったに違いない。
「大丈夫か、キリカ?まだ我慢してないか……?」
「……もうすっかり大丈夫です、ファーロイト様。御迷惑を……お掛けしました……」
「………。無理はするなよ?もう少し休んでくれ」
「……はい」
キリカはパーシンの足手まといとなった自覚はあるらしく、かなり“ しおらしい ”……。
そんなキリカの頭を軽く撫でた後、パーシンはライと共に宿から外へ。ライは散策しつつトゥルク査察の経緯について簡略に伝える必要性を感じていた。
「キリカさんは何とか大丈夫そうだな」
「ああ……。済まなかったな、折角手伝いに来て貰ったのに……」
「おいおい……。偉くなった途端お堅くなったか、相棒?」
「ハハハ……。お前は本当に変わらねぇんだな、ライ」
仮面で目元を隠したままパーシンはニヤリと笑う。トシューラの地では顔を晒す訳にはいかないパーシン。しかし、ライにはどちらでも関係なく友人として接している。
トゥルクへの魔獣討伐前……挨拶回りの際にフリオから事情を聞いたライは、直ぐ様パーシンの元に分身を送った。
場所は千里眼にて確認。しかし、大変だったのは警戒を解くことだ……。
何しろパーシンが知るライよりも体躯は一回り大きく、更には完全な白髪である。疑って掛かるのはトシューラ国に潜入する者としては正しい行動だ。
「お前……性格変わらねぇのに見た目が変わり過ぎなんだよ」
「う~ん……自分じゃ無意識だからなぁ。多分、ヤバイ奴との戦いで強い身体が必要だったからそうなったのかな……」
「そんな簡単に……」
「まぁ、大聖霊契約の影響だとは思うけどさ?」
「ハハ……どうあれ性格が変わってないなら良いさ」
そんな親友の言葉で嬉しそうに笑うライ。そして……話はキリカの病に移る。
「なぁ、ライ……結局キリカの病って何だったんだ?」
「ああ……あれは病ってより呪いの類いだよ。以前似たようなヤツを見たけど、今回のは比較的弱いヤツだった。だから解くのは簡単だったぜ?」
「呪いって……何で……」
「先代トシューラ王族の置き土産みたいだぞ?」
「マジかよ……」
パーシン達がトシューラ国に侵入する際に使ったのは王家の秘密の抜け道。通常ならば呪いなど仕込む必要はないのだが、国が国である。
先代の王家同士の殺し合い……その過程で抜け道に仕込まれた呪いが、時を経て不幸にもキリカを襲ったというのが事の真相だった。
ブラムクルトが受けた呪いに比べれば格段に弱いものの、その疲弊は魂に影響する。病ということにして休息を取らせたのは、キリカがこれ以上トシューラへの憎しみを増やさぬようにする為のライの配慮でもあった。
「……助かったよ、ライ。あれでも俺の部下だからな」
「なぁに、気にすんな。……。それにしても、何でキリカさんはあんなにトシューラを憎んでるんだ?」
「俺も良くは知らないが、キリカの父親はディルナーチの出身だって聞いてる。そこに何かあるのかもな」
と……そんな会話をしていたライ達の前に二人の男が現れた。
パーシン達は潜入の為に旅の傭兵風の衣装を身に纏っている。男二人は軽装鎧を付けた剣士の風体。
「レイスさん」
「ライ殿……御無事でしたか」
「スミマセン……急に消えてしまって」
レイス・オールド──かつて魔石採掘場の警備兵だった彼は、今やパーシンの忠実な臣下。それはシウト国に辿り着いた後も変わらずトラクエル領副官補佐として付き従っていた。
「それで……何があったんだ、ライ?」
そしてもう一人……トシューラにて初対面を果たした元リーブラ国の騎士、ヴォルヴィルス。
「ヴォルヴィルスさん。……。この際だから皆に話しておきます。邪教徒の件は話しましたよね?」
「ああ……。お前が消える前に話していた査察とかいうヤツだろ?」
「はい。実は──」
ライは不在の間に起きた出来事を皆に伝えることにした……。
聖獣・聖刻兎の異空間に飲まれた為に分身が突然消えてしまったこと、魔王アムドの生存、トゥルク国への査察が行われ大きな戦いへと発展した経緯、そして……邪教が闘神を復活させる為の手段に過ぎなかった危機……。
パーシン達はその言葉を神妙な面持ちで聞いていた。
「………。俺達のいない間にそんなとんでもない話に……」
「ああ……そのせいでいきなり消えた。悪かったな」
ライの言葉にパーシンは首を振った。
「いや……俺の方こそ済まない。トシューラ侵入は俺の身勝手だ。フリオさんは背中を押してくれたけど、本来シウト国の臣下となった俺は邪教徒対策に動くべきだったんだ。済まなヒャアハハハホ~ゥ!」
突如奇声を上げるパーシン……その言葉を遮ったのはライの
「ホホホォ~ヒャ!くっ!ラ、ライ!お前……!」
「ハッハ~ッ!頭が堅いって言ったろ、パーシン?ほぉら?笑ってごらん?」
「ヤメッ!うぉぉ~っ!ぐっピャア~!ヒヒッ!ヒ~!」
サンタリーの山間に響き渡る、男の苦悶の笑い声。しばし身悶えしたパーシンはグッタリと崩れ落ちた……。
レイスとヴォルヴィルスはその間ただ生温い笑顔で見守っていた。巻き込まれ二次被害者になるのを避けるのはとても賢い選択である。
「オッケー!良い笑顔だぜ、友よ?」
パーシンはゼェゼェと息を切らしながら立ち上がる。
「くっ……お、お前なぁ!」
「まぁまぁ。落ち着けよ、パーシン」
そこでようやく真顔になったライは、パーシンの肩を叩きながら続けた。
「パーシン……家族を救うのを躊躇うな。寧ろそれを躊躇ったらお前を軽蔑するぜ?」
「………ライ」
「可愛い妹達なんだろ?俺もマーナの為なら同じ行動を取るよ。たとえどんな立場だろうとね」
「…………」
「だから迷うな。その力になる為に俺は来た。ダチだろ、俺達は?」
その言葉でパーシンは涙を流す。仮面で顔の半分は隠れているが、口許は気恥ずかしそうに笑っているように見えた。
「……ったく、本当にお前はどこまでもお節介なヤツだな」
「あったりめぇよ!」
「威張るな、威張るな」
そんな様子をレイスとヴォルヴィルスは微笑ましく見守っている。
トシューラ王族故に友人など作ることも出来なかったパーシンが手に入れた友情は、何にも代え難く何より頼れるものとなった。
「ちっ。仕方無ぇな……頼りにしてやるぜ、相棒?」
「任せろ、相棒」
拳を合わせたライとパーシン、そしてレイスとヴォルヴィルスは、再びキリカの元へと向かい改めて今後の話を始めることとなった。
「おっと……話の前に、皆の腕輪型【空間収納庫】と武器を出してくれる?」
「……また何をするんだ?」
「ちょっと強化をね……。あ、キリカさんの刀は業物?それなら弄らないけど……」
「いえ……此方の大陸には刀の鍛鉄技法は無いと聞いているので、私が模造したものです」
「へぇー……凄いね。じゃあ、纏めて……」
パーシンの短刀と暗器、ヴォルヴィルスの大剣、レイスの長剣と小盾、そしてキリカの長刀……それら全てを覚えたての燐天鉱に《物質変換》。火の粉の様な輝きを放つ武器に全員絶句した……。
勿論目立つので、使用しない際は光属性魔法により輝きを誤魔化すよう細工してある。
「な、何だ、コレ?」
「燐天鉱っつって、天界にも使われてる物質らしいぞ?軽いのに強度と粘りがあって頑丈で、魔力効率がグンと上がるとか言ってたな……。あとは知らん」
「…………」
それはとんでもない話なのだが、以前ライが訪れた際の神具作製を見ていた為にパーシン以下同行者達は何とか驚きは少なめだ。
続いて【空間収納庫】……燐天鉱の含有比率を落とし散らす光を消したものに《物質変換》。これにより付加させる《転移》の連続使用可能回数も増えた。
この時点で全員流石に白眼となる。
「さてと……それでパーシン。この転移機能を使って王城に乗り込めるか?」
旅の行程を一気に飛ばして王城へ……というライの考え。しかし、そう都合良くは行かないらしい。
「いや……無理だろうな。シウト国もそうだけど、通常王都には転移に限らず魔法を妨げる仕組みがある。王都ピオネアムンドに入るには四方の門以外に無い」
「そいつは残念……。じゃあ、メトラ師匠に頼んで……あ、いや……無理か」
メトラペトラの如意顕界法 《心移鏡》ならば結界すら抜けられるのだが、そもそもメトラペトラはトシューラ王都に入ったことはないだろう。
「仕方無いさ。それでも転移が出来……」
パーシンは言葉の途中で目頭を押さえた。自分の会話が既に常識を外れ、それに慣れていることに戸惑っているらしい。
「と、ともかく、転移が出来るのは有り難いな。この先、警戒に掛からない様にするとやっぱり抜け道使わなきゃならなかった。だけど、すっ飛ばせるなら最寄りの街を目指せば良い」
「
「その点は問題ない。無駄に城から抜け出していた訳じゃないからな?」
「流っ石は『不良王子』……素行が悪い」
「………言い方酷くない?」
ともかく、パーシンが一度行ったことのある『王都から最寄りの街』を目指すことになった一行。ここでパーシンは改めて意思の確認を行った。
「ライが同行してくれる以上、皆が無理に付き合う必要は無くなった。それに、転移が可能になったんだ。このままトラクエルに帰る選択もある。だから確認だ……どうしたいかは……」
「考えるまでもないですよ、パーシン様」
「お前ならそういうと思ったよ、レイス。頼りにしてる」
「お任せを」
レイスは立ち上がり臣下の礼をとった。
「俺も行くぞ?貴公には恩があるからな」
「恩……?俺はヴォルヴィルス殿には何も……」
「貴公がフリオ殿に話を通さなかったら難民達はあのままだっただろ?」
「それは……」
「それに、貴公が動かなかったら俺もどうなっていたか判らないからな。今こうしているのも縁だ」
「ヴォルヴィルス殿……」
「ヴォルで良い。その代わり俺も敬語はやめる」
「……感謝するよ、ヴォル」
「ああ。お互いにな」
そうして残されたキリカは、パーシンに複雑な感情の視線を向けた。
「……私は義務があります」
「だけどな、キリカ……」
「あなたに拒否権はありませんよ、ファーロイト殿」
「…………」
「それに、私は借りが嫌いです。返すまでは帰りません」
「……全く、頑固なヤツだな」
「はい。私は頑固なのです」
そう言いながらもキリカの表情に敵意がないことにもパーシンは気付いていた。
「……。じゃあ、改めて。今日は此処で体力を回復させる。明日、転移により王都最寄りの街オクーロへと向かう。早ければ二、三日で目的を果たせると思う。……。皆、頼む。力を貸してくれ」
パーシンの言葉に皆が首肯く。長く離れていた妹達との再会も間も無く果たされる──パーシンは新たに決意を固めた。
しかし、その道のりは決して楽なものではない。それはライに関しては尚更で、その性分故に多くの苦難を背負うことになるのだ。
いよいよトシューラ国王の直轄地。そこには様々な驚きと喜び、そして更なる混乱が待っている……。
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