第六部 第九章 第十五話 勇者家系の軋轢

 引き続きメトラペトラの悩み相談──小部屋に呼ばれ入ってきたのはヒルダだ。

 クロム家の御令嬢は今日も朝早くから顔を出していたのだが……何やらいつにも増して勢いがない。


「ふぅむ……お主は迷うことなど無いかと思うて居ったんじゃがの。何があったんじゃ?」

「…………」

「ライとの休日は退屈じゃったかぇ?」

「そ、そんなことはありませんわ。ただ……」

「詳しく説明してみよ。ワシはお主を買っておるんじゃよ……お主、今に至るまでライを一途に想うておったのじゃろ?」

「お師匠様……」


 ヒルダが語り出したのは、ライとヒルダの関係性ではなくクロム家という貴族家系ならではのもの。


「お師匠様は私の家が貴族であることは御存知ですわよね?」

「フェンリーヴ家の隣の大貴族じゃろ?ライに聞いたぞよ」

「クロム家は王家筋の勇者一門だったのですが、今では様々な商売に手を伸ばして利権の拡大を望む家と成り果てましたの。でも、それは何処の貴族でもやっていることです。その点は仕方無いと考えていました」


 クロム家はその財力を用い様々な分野の権利を有する貴族。しかし、ここ何代か勇者を輩出することはなかった。

 その為、現在の魔王台頭の時代では発言力の低下が始まっている……ヒルダはそう述べた。



 たとえ財力で大きくなろうと今の時代に武を示せない貴族は偽者───そんな風潮が貴族達の間で高まり始めた。

 貴族達の中で才ある者を輩出できた貴族はまだ良い。しかし、それが為せねば財を以て力があることを示さねばならない。


 それらはノルグー卿レオンという偉大な領主が規範となり広がったもの。レオンの子息フリオは多大な功績を上げ領主にまで至ったのである。貴族達に機運が高まることも理解できなくはない。



 そんな中──クロム家は方針を迷っていた。



「大量の財や権利をなげうつ覚悟は私の両親にはございません。私の両親は野心家ではありませんが、今の暮らしを守る為には躊躇いなく行動致します。私が学校に通っていたのは、実は他の貴族と縁を結びより強固な繋がりを持つ為。つまり……」

「政略結婚とかいうヤツじゃな?」


 ヒルダは小さく頷いた。


「……お主はそのまま貴族として嫁ぐつもりじゃったのかぇ?」

「いいえ?私は惚けられるだけ惚けて、限界になったら逃げる気満々でしたわよ?」

「……………」

「でも、貴族の体面というものもありますの。育てて貰った恩義や親子の情も……。それに、ライが行方不明ということもありましたので様子見をしていましたわ」

「ふむ……で、ライが戻って安堵していた訳じゃろ?ならば問題ないではないかぇ?」

「それが……」


 全ては兄イルーガが戻ってから狂い始めたのだとヒルダは語る。


「私の兄はシウトの近衛騎士団に所属していたのですが、三年前の先王退位の際に元老院議員となりましたの。それから兄は精力的に活動し結果を残しました。ですが……その原動力はある劣等感から来ていたのです」

「?……要領を得ん話じゃな……」

「兄はフェンリーヴ家を敵視しているのですわ」

「何じゃと?」

「事の始まりはシン・フェンリーヴ様の御活躍から始まります」


 ヒルダの兄イルーガは同年代のシンと比べ活躍が目立たなかった。

 片や『武の勇者』として名を上げた庶民、片や近衛騎士に入れはしたもののこれといった功績すらない名門貴族の坊ちゃん──隣り合う家の敷地が示すものとは逆の立場。


 イルーガはこの事実に心底憤慨していたという。


 イルーガは決して弱い訳ではない。だが、シンと比べれば格段に差があることを事実として突き付けられる。

 それはシンの名声が高まることで更に強まり、やがては憎しみへと変わっていった。



 更に……フェンリーヴ家からはマーナが若き勇者となり注目を浴びる。エクレトルからさえも手厚い支援を受けたマーナは、やがて三大勇者に数えられるまでに至った。

 イルーガのプライドは更に深く抉られた……。


 そんなイルーガは弱者だったライに対しても不快感を隠さなかった。フェンリーヴ家は敵と言わんばかりにヒルダと行動するライをなじり、冷たく当たった。

 ライとヒルダはそれ以来隠れて遊ぶことになり必然的に会う回数も減った……。


「兄はライの活躍を聞き及び再び敵意を燃やし始めました。ライとの休日で向かったのはドレファーの街だったのですが、そこで偶然兄と出会ってしまいましたの……。それで無理やり引き離されて……」


 ヒルダはそのまま移動用魔導具に乗せられストラトに連れ戻された。


「……確かお主の兄は魔獣を葬ったと聞いたが?」

「はい。ロウドの盾が邪教討伐に向かった際に……王都付近に現れた魔獣を倒したと聞いていますわ」

「では、劣等感を感じるほどの弱さでもあるまい」

「それが変なのです」

「何がじゃ?」

「私が学校に通う前の兄はそこまでの達人ではありませんでしたわ?身内の贔屓目で見ても短期間で強くなりすぎですのよ」


 ライの場合は本当に特殊な例で、それに連なる者達も当然特異な力による恩恵を受けた成長──そんな環境がイルーガにあった可能性は低い。


「………お主はライではなくその事を悩んでおったんじゃな?」

「はい。こんな話をライにする訳にもいかず、かといって放置して良いものか……」

「お主は兄をどう思うておるんじゃ?」

「………。兄は……昔は優しかったのです。あの頃の兄はライとも親しくしていて……。だから変わってしまったことが悲しく感じています」

「……。わかった。この話はライにはせぬことじゃ。それと……お主には特別にライとの休日をもう一日だけ用意してやるわぇ」

「ほ、本当ですの!?」

「ニャンコ、嘘付かない」


 ヒルダはメトラペトラに深々と頭を下げた。その目は物凄くキラキラと輝いている。


「まぁ、少しだけ待って貰うことになるじゃろうが……任せよ」

「流石はお師匠様!これはお気持ちですが……」


 ヒルダはライから手渡されていた空間収納庫より、高級ワインの酒瓶を取り出しテーブルに列べる。


「おお!うむ……やはりお主は出来るな?」

「で、では、宜しくお願い致します」

「任せよ。……。ヒルダよ……お主にも修行をつけてやるわ。翌日から毎日城に……いや、良いわ」


 言われなくても毎日来ているヒルダは、殆ど『半同居人』状態だった……。



 ヒルダが去るのを確認したメトラペトラは一人小部屋にて思考を廻らす。


(ふぅむ……大体は解決したかのぅ……。じゃが……)



 メトラペトラが気になっているのはヒルダの兄・イルーガ。新たな実力者の台頭は本来歓迎すべきこと……しかし、ヒルダの言を信じるならば違和感が拭えない。


(急な実力の増強……それではまるで……)


 魔人転生……しかし、話を聞く限りイルーガが暴走している様子はない。

 では『真なる魔人転生』かとも考えたが、それはライを除けば魔王アムドのみが行えると考えるべき。何よりエクレトルが【魔人転生の術】の魔力を感知できなかったことになる……。


 エクレトルからは大地魔力の減少の報告はない。つまり、代替魔力を魔人転生の術に使用したことになる。それ程膨大な魔力を用意出来る者となれば、やはり対象は限られてくる。


(運良く鍛練向きの神具を手に入れ飛躍した可能性もあるからのぅ。どのみちイルーガとやらを直接見ねば魔人か半魔人かは判らぬな……この件は保留じゃな)



 このメトラペトラの判断は後に大きな誤りとなるのだが……今はまだ気付かない。


 闘神の眷族を退けまだほんの僅かの刻───しかし、世界には新たな危機が忍び寄ろうとしていた……。



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