第六部 第九章 第十四話 メトラのお悩み相談所
ライが女性達との休日を過ごしたのはほんの一日──それでも、その休日は多くの者の胸に様々な想いを宿した。
それはライにとっても同様で、より優先して守るべき者達を自覚することになる。
来たるべき闘神の復活に備え、やるべきことは山積……その中でも魔王級脅威への憂いを断たねば神に抗う準備など進もう筈もない。
必要なのはロウド世界の団結。外敵と言っても過言ではない闘神と戦う為ならば、世界の国々は共に戦うことも出来る筈……ライはそう確信していた。
現時点の目標は魔王と魔獣の排除、ないし無力化。その為には、やはりまだ足りないものがある。
己の修行の再開……そして各地の友人達の戦力上昇は今後を考えれば必須事項だろう。
だが──やるべきことは他にも残されていた。
トシューラに潜入したままのパーシンは諸事情で待機状態。エルゲン大森林の獣人国は未だ建国半ば……。加えて急ぎではないが、唱鯨モックディーブから依頼を受けた『人魚の国の結界』に関しても闘神への備えも兼ねなるべく早い解決が望ましいと言えるだろう。
そしてライ自身の身体不安……。
大きな力を使うと反動が襲う恐れはまだ取り払われていない。
闘神の眷族デミオスとの戦いでは幸いながらそれは起こらなかった。恐らくは【神衣】のお陰……ならば偶然発動した神格化の力を確実なものにせねばならない。
それらを踏まえ、ライは早速行動を始めることにした──。
一方……ライのそんな決意の裏で動く存在があった。
ライがイグナースやファイレイ、そしてブラムクルトと共に訓練場に向かったのを確認し行動を始めたのは一匹のニャンコ……。
メトラペトラは城の大広間に女性達を集め、改めて『ライとの休日』について話を聞き出すことにしたのである。
「それで、ライとの休日はどうじゃった?」
この問いには殆んどの者が満足げな笑みを見せた。
(どうやら順調の様じゃの……一部を除いて、じゃが)
メトラペトラは幾分表情が曇っている者達を見逃さなかった。
「ふむ。では、今後はしばし気を引き締めねばならぬぞよ?魔王アムドが怪しげな動きを始めた様じゃからの……。そこで、じゃ。これからお主らにはワシからの修行を加える。足りぬ分はライから学ぶが良い」
「分かったわ。ニャンコ師匠」
「マーナ……お主は半精霊化に成功しておる。マリアンヌとお主には別メニューの訓練を加える予定じゃ。覚悟せいよ?」
「望むところよ!」
「宜しくお願い致します」
マーナとマリアンヌはメトラペトラに頭を下げた。
「という訳で、食事はお主らに頼ることも増える。済まぬが任せたぞよ?」
「ホオズキにお任せ下さい、メトラさん」
「私も出来る限り御手伝いします」
ホオズキ、そしてレイチェルは自信に満ちた顔で頷いた。
「では、早速今日から修行じゃな。半刻後、サロンに集まるが良い。それまで解散じゃ」
皆、己の役割を理解し準備に動き始める。そんな中、メトラペトラは幾名かを呼び止めた。
「ランカ、アリシア、それとヒルダ……ちと待て」
「……何かあるのか、大聖霊?」
「お主らは此処で呼ばれるまで待機じゃ。一人づつ話があるでな?」
「…………」
「先ずはアリシア。ワシと別室に」
「はい」
大広間には扉があり小さな部屋に繋がっている。その部屋は簡素な造りで、木製の小型テーブルと二つの椅子が用意されていた。
その部屋の壁には『メトラのお悩み相談所』と書かれた張り紙が……。
明らかな悪ノリ──という訳でもない。メトラペトラは自分なりに真剣に心を砕いているのだ。
ともかく……アリシアを椅子に座るよう促したメトラペトラは、自らはテーブルに乗り間近に向かい合う。
「で……何があったんじゃ?」
そんなメトラペトラの言葉にアリシアは口ごもる。
「………」
「言いたくなければ構わんが……」
「………。メトラ様」
「何じゃ?」
「実は……」
アリシアは迷った末、エクレトルでのライとの会話をメトラペトラに伝えた。
それはライの苦悩とも言える内面の話。メトラペトラにすら話していない魂の変化についての事柄だった……。
「…………」
「メトラ様。恐らくはライさんは……」
「大丈夫じゃ。分かっておる」
大聖霊契約による歪みの可能性を伝えれば、フェルミナを始めアムルテリア、そしてメトラペトラも悲しむ。故の沈黙……それこそがライの優しさでもある。
しかし……メトラペトラはそれを理解した上で改めてアリシアに伝えた。
「変質は可能性として考えなかった訳ではない。ワシも何となくではあるが気付いていたしのぅ……」
「メトラ様……」
「だからこそ……だからこそなんじゃ、アリシアよ。奴はその苦悩を一人で抱え込もうとする。幸い愛する心を失った訳ではない。魂の伴侶に拘らずとも人は繋がり合える……というのは先代の神アローラの言葉じゃな」
「アローラ様……」
「まぁ、アヤツは魂の伴侶がいた訳じゃがの……」
そのアローラの魂の伴侶が変質したことは随分な皮肉だとメトラペトラは思った。
(いや……アローラならこの未来を知っておったかもしれんのぅ)
だからそんな話をしたのかとメトラペトラも思う。アローラがメトラペトラに伝えることで変質した魂の安らぎを与える切っ掛けになる……それには未来を視て居らねばならぬ訳だが……。
「まぁ、その話は心配要らぬじゃろう。その内ライ自身がどうすべきかを自覚する筈じゃ」
「そう……でしょうか?」
「その時は……お主はどうする?」
「………分かりません」
「まぁ良い。後はワシから言うことはない。お主の好きにすることじゃな」
「はい………」
「ああ……済まぬがランカを呼んでくれぬかぇ?」
「分かりました。失礼します」
複雑な表情を浮かべたままアリシアは部屋を出ていった。まだ気掛かりはあるが、後は自己解決の範疇……アリシア自身の心の問題だ。
(ふむ……脈はある、かのぅ?まぁ、様子見じゃな)
取り敢えずアリシアは『楽園計画』の頭数に入れたままでおこう……そんなことを考えたメトラペトラは、扉を叩く音で我に返る。
「入って良いぞよ」
姿を見せたのはランカ……これまた複雑な表情だ。
「………何か尋問されるみたいな雰囲気だ」
「あながち間違いでは無いのぉ……。で……何があったんじゃ?」
「………。話して良いのか僕には判断が付かないんだが……」
「ん~?ワシに隠し事をしても何も解決せんぞよ?ワシはライの師……力になって欲しくば正直に話すことじゃな」
「わかった。実は……」
ライとランカが休日に向かったのはサザンシスの里。甘味や食料を大量に携えサザンシス達の元へと赴いた。
ランカはライの元へ派遣されていることになっているので、今回は里の者達とも蟠りなく帰還するに至る。
ライは唯一サザンシスとの交流を持つ身。だからこそサザンシス達の為になろうとして里で様々な生活改善の協力を行ったという。
そんな中……ランカはライにふと訊ねた。勇者であるライは『サザンシス』という在り方の否定をしないのか、と……。
その時ライは寂しそうな笑顔で応えたという。
「自分も人を殺しているから偉そうなことは言えない……ライはそう言った」
「………。アヤツは幸せな環境で育ったからのぅ……同じ勇者家系でも通常ならば命のやり取りに覚悟を持つ。大概はそういう教育を受けるからのぅ。しかし、ライを育てたロイもローナもそうはせなんだ。それが正しいかはワシも知らんが……」
「………」
命の大切さだけはしっかりと教え込まれたフェンリーヴ家の子供達。しかし、勇者として旅立てば人との諍いも当然付き纏う。
それは盗賊、邪教徒、独善的な魔術師、そして妬みから絡んでくる貴族……ライの兄シンも妹マーナも何処かで他人と対立し、そして傷付け、命を奪ってもいることはライにも理解できることだ。
だが……それは宿命ともいえること。ロウドの世界は未だ不完全で、悪人が善人を虐げることなどまだ当然のように世の中に溢れている。誰かが手を汚してでもそれを正すことは必然でもあるのだ。
その中にライが含まれていても何ら不思議ではない。それでも……ライは慣れることはないのである。
「僕は……ライに泣かれてしまった。暗殺者が嫌で別の道を歩こうとしていたのに、自分が不在だった為に手を汚させてしまった……本当に済まないって。相手が邪教徒で魔人化……いや、魔獣化していたと言っても関係ないって……」
「…………」
サザンシス達の生き方は闇に染まっていた。そうして積み上げた一族の在り方はそう易々と変えられるものではない。
だが……ライはその身を駆使しサザンシスと対等な存在であることを示して見せた。更にはサザンシスの存在を認め、意志を認め、新たな意義までも与えた。
暗殺者としての矜持に似たものを悪と断ぜず、共に在る方法を模索した。それはサザンシスに新たな道を与えたと同義であろう。
そして同様に、ランカにも道を与えた。それだけで大恩だとランカは感じている。
「僕は……我が儘なのだろうか?」
「そんなことはあるまいよ。じゃが、幸運であることは忘れてはならぬぞよ?ライが関わらなければお主は暗殺者としての呪縛から逃れることは出来なかったじゃろう」
「それは分かっている」
「ならば良い。お主がやるべきは自らの願いを諦めぬことじゃ。それこそがライが望んだこと……。その上で自らの内の『サザンシス』を封じるか、サザンシスの技を用いてでも前に進むか……それをライにちゃんと伝えよ」
「………わかった」
そこでメトラペトラは笑う。
「ハッハッハ。どうじゃ、厄介じゃろアヤツは……?アヤツを見ていると嫌でも自分と向き合わされることがある」
「そうだな……。………。大聖霊でもそうなのか?」
「まぁの……」
「そうか……」
「どうする?ワシからの依頼は取り消すかぇ?」
「……いや」
ライをその気にさせ女性に手を出させるのは至難の技だと改めて理解したランカ。だが、今度は自らの意思で確認したいことが出来た様だ。
そうしてランカは幾分柔らかな表情を浮かべ部屋から出ていった。
ここまでの話の流れはそれぞれの気持ちの問題と言って良いだろう。しかし、最後の相談は幾分事情が異なるものだった……。
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