幕間⑮ 休日の過ごし方・その十


 アリシアが望んだのはエクレトルでの休日──。



 アリシアは神聖機構でもかなり上位の役割を担っている。初めは脅威存在監視の役割をエルドナと連携し、やがてアスラバルスからの命で覇竜王の育成を、続いてエクレトルと連携するシウト国への友好大使の様な役割を担い、最後はエルドナを上司とする『脅威存在対策室』に移籍しライという存在を見届ける任を受けた。


 

 実のところ、アリシアは実家に殆ど帰っていない。多忙がその最たる理由ではある。しかし、理由はもう一つあった……。


「実は、私の両親は……その……」


 アリシアと過ごして居るのはエクレトルとノルグーに接する国境の街・アーキン。そこはアリシアの故郷でもある。


「?……アリシアのご両親が何かあるの?」

「そのですね……実は少し疎遠で……」

「ご両親、苦手なの?」

「苦手というか……はい、苦手です」


 アリシアの話では両親共に免罪天使なのだが、天使の中でも随分と変わっているのだという。


「ウチの両親は、その……とても愛し合っていて……」

「?……良いことじゃないか。俺の父さんと母さんも……いや、アリシアは知ってるよね」


 妻を世界一愛する男、ロイ・フェンリーヴ……人目も憚らぬが、妻ローナが常識人なので何とか世間的に恥を晒さずに済んでいる。

 フェンリーヴ家は経済的な事情から生んだ子供は三人……しかし幾分余裕が生まれた現在、恐らくニースとヴェイツがフェンリーヴ家を出ると更なる弟か妹が生まれる……ライにはそんな確信があった。



「わ、私の両親はですね?」

「うん……」

「その……ライさんのご両親に輪を掛けた感じです」

「うん………。うん?」


 アリシアは少し困り顔で続けた。


「エクレトルでは愛を人目に晒すことは悪いことではないのです。勿論……性的なものはモラルの欠如に繋がるので別ですが、人前で仲が良いことは隠す必要がありません」

「うん……その辺は天使の国って感じだよね?」

「はい……それでですね?免罪天使は基本的に寿命が人より長い訳です。当然、若い時間も………」

「………何となく言いたいことが判ってきた。ね、ねぇ、アリシア?アリシアの御兄弟は何人くらい居るのかな?」

「大体六十人くらいは……母は今も身籠っていると……」

「おぉ………」


 アリシアの両親は愛深き故に……絶倫だった。



 本来、それ程の子供を育てるには多大な費用が必要となる。しかし天使の数が減少している現在、エクレトルにとっては寧ろ喜ばしいこと……結果、養育費用は神聖機構が負担していた。

 未来の天使はアリシアの両親が居れば相当数を確保できると言っても過言ではないかもしれない……。


「ま、まぁ、愛があるんだから良いんじゃないかな?ウチの父さんが知ったら物凄い羨ましがると思うよ?」

「はい……」


 アリシアは両手で顔を覆っている。


「じゃあ、アリシアは兄弟の名前を全員覚えてる訳?」

「はい……一応は、ですが」

「そりゃあ……大変だぁ……」

「それで、私の家は賑やか過ぎて戻る気になれなくて……」

「そっか……。でも、顔を見せる気になったんだよね?」

「トゥルクで負傷したことは両親にも伝わったらしくて、顔を見せなさいとアスラバルス様が……」

「うん。まぁ、その方が良いと俺も思う。心配してるだろうからね」

「すみません、ライさん。一人で戻る気になれなくて……」

「良いよ。じゃあ行こうか」


 アリシアに案内されて向かった先は、何かの施設のような大きな邸宅だった。


「………。そりゃ六十人も兄弟が居ればそうなるよね~……」

「実際には四十人くらいが両親と暮らしています。残りは皆、家を出て働いています。中には私と同い年の子がいる兄も……」

「聞けば聞くほど凄いね……確かに特殊なご家庭だ」


 エクレトル特有の無駄の無い白い邸宅……その中にはそこだけで天使の国と思わせる光景があった。男女問わず金髪で翼ある子供達の姿……。


「あ!アリシアお姉ちゃん、お帰り~!」


 天使の子がワラワラと集まる光景。ライは思わず天界に来たかと錯覚を覚えた。


 兄弟が多い為、皆との挨拶も一苦労のアリシア。確かに帰る度にこれでは足も遠くなりそうだが、兄弟達との再会自体はとても嬉しそうだった……。


 そんな中、ライの背後から声を掛ける女性が現れる。

 アリシアに良く似た大人の天使。母と呼ぶには若い容姿。しかし、アリシアの反応で何者かは直ぐに判明した。


「お母様」

「アリシア……お帰りなさい」


 柔らかな抱擁。やはり親子……互いに再会を涙している。


「無事で良かったわ」

「はい……御心配をお掛けしました」

「そちらの方はどなた?」

「ライ・フェンリーヴさんです。今、この方の元で暮らしています」

「あら?じゃあ、アリシアの『大切な人』かしら?」

「お母様!」


 ニコニコとしているアリシアの母。ライは改めて自己紹介を始めた。


「初めまして。ライ・フェンリーヴと言います。アリシアさんには何かとお世話になっています」

「これは御丁寧に……私はガラテア。アリシアの母です」

「……お若いですね、お母さん。お姉さんかと思いました」

「ウフフ……お上手ね」


 至って優しげなアリシアの母。子沢山でなければ普通の家庭である。



 その後、少しの雑談を交えアリシアの帰省は果たされた。ライは手持ちの蜂蜜パイを全てを土産としてガラテアに手渡したが、食べ盛りの子供達により瞬く間に胃袋へと消えた。

 余談だが、この行為によりアリシアの兄弟達は『蜂蜜パイのお兄ちゃん』としてライを記憶することになる。


 挨拶も一通り済ませたアリシアの帰郷。続いて向かったのはアリシアの父の職場。


「アリシアのお父さんはどんな人?」

「国境の役所で働いています。戦いには向きませんがとても優しい方です」

「じゃあ、良いご両親じゃないか……子沢山なんて関係無いよ。時折顔を見せないと駄目だよ?」

「分かっては居るのですが……」


 子沢山……つまり節制が出来ていない。それがアリシアにはどうにも苦手だった。


「多分、ご両親はエクレトルの為に頑張っているんだよ」

「しかし……」

「それに……それだけ愛せるっていうのは凄いことだよ?」

「……。ライさんは……どうですか?」

「へっ?」

「多くの女性を同時に愛するのか……それとも一人の女性を沢山愛するのか……」

「うっ……!」


 ライ、白眼……。現実逃避も出来ずカタカタと揺れながら何やらニャムニャムと口にしている。


「…………」

「……そ、そんな目で見ないで欲しいなぁ」

「仕方ありませんね……。でも実際、ライさんはどう考えているのかは気になります」

「………アリシアは結構ズバリと来るよね。……。じゃあ、少しだけ相談に乗って貰えるかな?」

「良いですよ」


 そうして立ち寄った茶屋にてライは本当のところどう考えているのかを伝えた。


「アリシアには俺の前世の記憶について話したよね?」

「はい」

「その中で俺は魂の伴侶に逢っているんだ……。でも、今の俺はそれを思い出しても気持ちが解らないんだよ。そのせいか愛おしいまで気持ちが成長しない。変だよね……前世の俺の幸せな気持ちは解るのにさ……」

「…………」

「勿論、フェルミナやエイル、マリーへの気持ちは『愛おしい』なんだと思う。でも、それが純粋な愛なのかが解らないんだ。そんな状態で自分の性欲だけぶつけても幸せになれるとは思えないんだよ」


 家族としての愛があり、手放したくない気持ちもある。でも、通じているのか自信がない。

 大聖霊紋章により繋がったフェルミナに対してさえ、まだ答えが出せない理由がそれである。


「俺は……多分魂が壊れてるんだな」

「そんなことは……」

「大聖霊紋章の影響を考えてもそう言える?」

「それは……」


 アリシアは黙りこんでしまった……。


「ゴメン、意地悪なこと言った。でもね?魂が壊れてる……っていうか歪んでいる自覚はあるんだ。昔はさ?誰かを失うことがこんなに怖いとは思わなかったんだよ……でも今は、少しでも縁を繋いだ相手を失うのが怖い。男でも女でも、皆を失うのが……」

「…………」

「だからアリシア……この間みたいな真似はしないでくれ。俺は当然、アリシアも失いたくない。頼むから……」


 顔を俯かせたライの声は震えていた。


 この時、アリシアは初めて理解した……。ライは勇者の責任感で無茶をしている訳ではないのだと。


 純粋に……本当に純粋に、ライはただ失いたくないだけなのだ。それは子供が大切な温もりを手放したくないだけの単純な我が儘と同じ。


 だが……それがどんな想いよりも強い。


「ライさんは……」

「…………」

「……この先ライさんがどんな答えを選んでも、私が意見できる立場ではありません。でも……」


 でも、ずっと見ている……アリシアはそう告げた。


 それはライという存在の在り方を知るからこその言葉。アリシアのこの言葉があれば、ライは本当の下衆になることは無い……というのはアリシアの楽観か。


「ともかくです。私が無茶をすればライさんがそれを庇おうとするのでしょう?だから……なるべく気を付けます」

「アリシア……」

「ありがとうございます、ライさん。私を心配してくれて……」


 そしてアリシアは、ライが自分を心配してくれたことが嬉しかった。偽りなく大事な存在と見て貰えることに胸が熱くなったのだ……。

 それはアリシアの中に小さな種を芽吹かせた瞬間だった。



 その後、アリシアの父の元に向かうも外出中……結局その日は会うことが出来ずの帰省となる。


「帰りましょうか、ライさん。私達の家へ」



 帰るべき場所……蜜精の居城へ──。そこには家族が待っている。





 ※本日で連日更新は止まります。(先日更新ミスがあったのはノーカンにして下せぇ)


 次は一週の休暇を入れさせて貰って創作速度を確認します。それで更新が週一かもっと短いかを判断しようかと。

 年末は少しだけストック放出出来ればと考えています。出来ればネットの小説賞を幾つか応募したいのでしばらくは週一かと。カクヨムは『十万字』の条件がキツいので短編賞かなぁ……。アイデアは山程あるんですけどね……。



 御出掛け編に出ていないキャラは次の話に説明があります。忘れている訳ではなくて演出ですので御了承を。



 さて……これまで連日更新にお付き合い頂いた皆様、またフォローして下さった方々、評価くれた方々に感謝を。

 出来ればこのまま読んで頂けると嬉しいな……。赤村、ヘタレですから反応が無いと寂しくなっちゃいますし(笑)


 ではでは……次回は取り敢えず一週後、十二月十五日に更新予定です。

 

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