幕間⑮ 休日の過ごし方・その九


 同居人との休日──レイチェルと向かったのは、当然ノルグーの街。


 二人の出逢いと別れの地であり、約束を交わした地でもある。



「ノルグーの街は変わらないなぁ」


 石畳を歩きながらノルグーの街を歩くライとレイチェル。

 ノルグーは挨拶回りやティムとの外出で幾度か来訪しているのだが、改めて街並みを確認するには広い。その為じっくりと確認するには至らない地区が多かった。


 特に居住地区……向かっているレイチェルとフリオの家に入るのは実質三年振りと言える。


「ごめんなさい、ライさん……貴重な時間を実家の掃除なんかに付き合わせてしまって……」

「謝る必要は無いですよ、レイチェルさん。こうしてレイチェルさんとゆっくり出来るのなんて久し振りですから……嬉しいです」

「ライさん……」


 ライが旅の初めに親しくなった少女レイチェル。彼女はライの無事をずっと祈っていたとフリオから聞かされている。

 今回はライにとっても改めて話をする機会でもあった。



 そうして辿り着いたレイチェルの家。手入れがされているので以前と変わった様子はない。


「家の中も結構綺麗になってますね……」

「父の使いの方が定期的に手入れしてくれているそうです。私も時折掃除に来ていましたけど……エルフトからだと距離がありますし中々来れなくて……」

「そうですか」

「でも、今はライさんの神具のお陰でいつでも来れます。ありがとうございます」


 ライが同居人達に渡した【転移型空間収納庫】には転移機能も付加されている。距離に関係無く移動ができるので、レイチェルはエルフトへの通勤にも利用していた。


 そんなレイチェルの家──普段の手入れのお陰で掃除は直ぐに終わり、二人は休憩しつつ茶を飲んでいる。

 すると……ライは突然立ち上り深く頭を下げた。


「レイチェルさん。改めて謝らせて下さい」

「ライさん……」

「あの時、レイチェルさんは俺を心配してくれていた。それは鎧に頼った戦い方が不安だったからですよね?ドラゴン……シルヴィの時は何とか鎧で凌いだけど、結局レイチェルさんの危惧した通りになってしまった。その後、三年も顔を見せないなんて……本当にごめんなさい」

「……………」


 レイチェルはライのことが心配で怒ってくれさえしたのだ。そこまで気に掛けてくれる相手が居ることは幸せなことである。

 そんなレイチェルを心配させ続けたことは、ライとしても本当に申し訳ないと思っていた。


「………もう良いですよ、ライさん。あなたはちゃんと帰ってきてくれたじゃないですか」

「でも………」


 そこでレイチェルは立ち上りライと向き合う。以前は殆ど同じ高さだった目線は、今は随分と傾いてしまった。

 それこそがライの成長の証──それが分かるからこそレイチェルはまた怖くなる。


 強者となったライは、自ら更なる危険へと踏み込むことになるだろう。しかし、以前と違いレイチェルにはそれを止める理由がないのだ。

 誰かの為……主に絆を繋いだ者の為にその身を戦いに投じる。優しいライが力を宿した今、レイチェルにどうしてそれが止められようか……。



 レイチェルはライから視線を逸らしそっとライの胸に手を伸ばす。

 逞しい胸板……。その身から感じる魔力は最早世界最高峰とさえ言える力。


「………」

「………レイチェルさん?」

「………。私はもうあなたを止めることが出来ない。魔法も魔力も、戦い方さえもライさんは私の手の届かないところに行ってしまった」

「そんなことは……」


 戸惑うライの様子にレイチェルは小さく首を振る。


「それがライさんの望んだ在り方なのはこうして感じれば判ります。そして、多くの人が救われたことも皆さんから聞きました。でも……私は恐い」

「恐い……ですか?」

「はい。いつかライさんが本当に居なくなってしまいそうで……」

「…………」

「私は皆の様に戦えない。だからライさんの力にもなれず隣に立って危機に立ち向かうことも出来ない。同居人になるなんて勢いで言いましたが、私はただ傍に居るだけの無力な………」


 そこでライはレイチェルを優しく抱き締めた。


「……。俺にとって傍にいてくれることは大きな力ですよ。人は戦うことが全てじゃないんですから」

「……………」

「レイチェルさんのご飯は俺に力を与えてくれる。笑顔は俺を奮い起こしてくれるし、言葉は安らぎを与えてくれる。居てくれるだけで俺は強くなれるんです」

「ライさん……」

「これから先も多分俺はレイチェルさんを心配させてしまうかもしれない。でも、やっぱり救える可能性があるなら助けたいんです。きっとそれが巡りめぐってレイチェルさん達の平穏に繋がる……そんな気がするんです」

「それも……ライさんの力ですか?」

「残念だけど俺は未来までは見えないんですよ。でも……だからこそ止まれない。止まった結果が誰かへの不幸に繋がらないと限らないから……」

「何故ライさんはそこまで……」

「ずっと昔……何かを無くした……そんな気がするんです」

「…………」


 虚空を見上げるライ。ライの瞳を覗き込んだレイチェルは一瞬ハッ!と息を飲む……。

 ライの瞳は金色の竜眼──それは見間違いかと思うほどの一瞬だったが、酷く哀しい眼差しだった。


「?……どうしました、レイチェルさん?」

「いえ……」

「……。もし、レイチェルさんが辛いと言うなら無理に同居しなくても良い。今後も辛い思いをさせ続けるのは俺も嫌だ」

「………」


 そこでレイチェルは改めて思う。今、ライと離れれば周囲には女性ばかりだと。

 そもそも同居人の女性率が高過ぎるのである。レイチェルはライの言葉に一瞬ムッ!とした。


「ライさんのお城には沢山の女性が居ますよね?」

「えっ?き、急にどうしたんですか、レイチェルさん?」

「私なんてその内の一人でしかないから去っても良い……そういうことですか?」

「そ、そんなことは言ってませんよ。ただ俺は……」

「じゃあ、私が弱いから傍に置いていても邪魔なんですか?」

「ち、違います。俺はただ……」

「ただ……何ですか?」


 そこでライは小さく深呼吸をした……。



「レイチェルさん」

「はい」

「俺はレイチェルさんを守ります。嫌だって言われても……必ず。何処にいても絶対に」

「…………」


 たとえ傍に居なくてもレイチェルを守る……距離は問題ではない。大切な存在だからとライは続けた。

 レイチェルはそこでようやく落ち着いたらしく顔を赤らめる。


「あの……ごめんなさい、ライさん。私……」

「いえ……。お、俺もね?女性が多いなぁとは思っては居るんですよ?でも、同居を進めても男には案外断られてまして」


 修行で同居人となったイグナースとブラムクルト以外にも同居を誘った相手はいる。


 例えばルーヴェストだが、トォンから通うのも修行と言って同居は断られた。その真意は戦力の集中を避けるのが目的であることはライも理解している。

 シュレイドは世界を見回りながら修行をしているので断られた。シーン・ハンシーは自国の体制強化も行っていて、当然ながら同居は出来ない様だった。


 他にも皆、それぞれの役割がある。結果、ライの同居人に男性は少ないのだ。


 対して女性……ライに想いを寄せる者達も含め、実は自由に身を振れる者が多い。

 逆に言えばライの元に身を寄せることで安らかに暮らせるとも言えるのである。


「だから、レイチェルさんが良いなら残って欲しいとは思っています。勿論、辛い思いをさせてしまうかもしれない。だから……」

「……。じゃあ、残ります。ただ、約束を」

「はい」

「必ず帰ってきて下さい。それならお城で待っていますから」

「はい……」



 その後、レイチェルは久方振りの実家でライと過ごした。フリオが多忙な故に殆ど実家で料理を行わなくなったレイチェルだったが、久々に使い慣れた台所で料理の腕を振るう。

 ライはそれらをペロリと平らげたのは言うまでも無いだろう……。




 ※更新減速まであと一話

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