幕間⑮ 休日の過ごし方・その八


 マーナが休日の外出に選んだのは、シウト国東端にある唱鯨海に面した海岸の街。



 シウト国・王直轄領土にある港町ウリル──そこはフェンリーヴ家が家族揃って最後に海水浴に行った場所でもあった。


「うっわぁ~……凄い懐かしいな。でも、随分と様変わりした様な気も……」

「………」


 最後に訪れてから十年と経過していない筈だが、ウリルの街はちょっとしたバカンス地になっていた。


 現在のシウト国の季節は秋……ウリルの街は常夏という訳ではないので季節がら海水浴目的の観光客は随分少ないものの、聖獣である唱鯨モックディーブのお陰で穏やかな海は保養地としても人気があった。

 そして今では、以前は森だった場所に宿泊施設が随分と建築されている。


 思い出の地が変わってしまったことに、マーナは少々……というか、かなり御不満な様子。


「ねぇ、お兄ちゃん?」

「何だ、マーナ?」

「ちょっとあの建物、消し飛ばして良い?」

「………。お前はメトラ師匠か」


 ライはマーナの頭に軽く手刀を当てる。久々の兄妹の交流である。



「え~?何でダメなの?」

「お前、自分が『三大勇者』だって忘れてないか?」

「そんなの、私が望んだんじゃないモン」

「いやいやいやいや……たとえ三大勇者じゃなくてもダメだからね?力があるなら尚のことだ………って本気じゃないだろ、マーナ?」

「バレたか……エヘヘ」


 マーナにとっては本当に久々のライとの触れ合い……この地を選んだのは、マーナがライと『約束』をした場所だからだ。  


 二人は思い出を辿るように街を歩く。以前より大きくなった街は休暇を過ごすに十分な娯楽施設が存在しており、兄妹二人で遊ぶには回りきれない程だった。


 やがて昼食となり少し豪華な食事を摂ることになった際、マーナは自分が代金を支払うと申し出た。

 リゾート地のプロが作る食事は流石に美味だった。舌鼓を打つ二人……そんな中、ライはふと思い出したようにマーナに訊ねる。


「そう言えばマーナは料理当番してないのか?」

「うん。私じゃなくても料理が得意な人多いでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどさ……マーナの料理が食えないのは少し寂しいかなって」

「………。じ、じゃあ特別に、お兄ちゃんが食べたい時だけ作ってあげるわよ?」

「本当か?やった!」


 マーナの料理はプロ級……それも全てライの為に身に付けた技術であることを当人は知らない。

 因みに料理は作らないのではなく『ライの為にしか作る気がない』のであって、研鑽自体はずっと続けている。


 マーナにとってライは存在理由の全て……それは決して大袈裟に言っている訳ではない。マーナは今もライの為に行動をしていた。


「こうしてお兄ちゃんと静かに出来るのって何時以来かな?」

「そうだな……。あれは……」



 ライの脳裏に過る『風呂覗き冤罪事件』──。


 そう……あれ以来、マーナとライは少し距離が出来てしまったのだ。

 眉間に手を当て唸るライの姿にマーナも疎遠の原因を思い出したらしく、半開きの目で引き攣っている。


「……………」

「……………」

「………なぁ、マーナ?ふ……」

「待って!先ず食事を済ませちゃいましょう!」

「……。わかった」


 ライの追及の気配を察したマーナは、満面の作り笑いで誤魔化している。ライとしては今更の話なので気にしていないが、マーナとしては微妙な心境となった。


 折角の休日……しかも二人きり。ここはみそぎの機会だとマーナは覚悟を決めた。



 食事を終えた二人はそのまま海岸へ……。やはり泳ぐには少し季節が遅い海である為、人影も殆どない。

 そんな砂浜をゆっくりと歩きながらマーナは口を開いた。


「ゴメンね、お兄ちゃん……」

「ん……?」

「お風呂の件……。あの時、友達にライお兄ちゃんを取られたくないと思ったの」

「…………」

「そのせいでお兄ちゃんには嫌な思いをさせちゃった……。本当にゴメンね?」


 やや俯き加減のマーナは本当に後悔をしていた。


 ライはあれから少しだらしない男になったが、優しさは変わらなかった。あの時……あんな騒ぎを起こさなかったらライは真面目に育ち無茶などしなかった可能性もある。

 そうすれば三年も姿を消すことはなかったのではないか……マーナにはそれが申し訳無かったのだ。


 ライがペトランズ大陸に帰還する迄には命懸けの戦いが幾つもあり、その心が幾度も傷付いたことはメトラペトラから聞かされている。それはマーナの戦う理由である『兄を護る』から大きく逸脱してしまったことを意味している。


 結局、自分は兄にとって迷惑しか掛けていなかったのではないか……そんな不安がマーナの心に湧き上がっていた。



 しかし……ライは笑顔を浮かべマーナの頭に手を置いた。軽く撫でつつその肩を抱き寄せる。

 それは恋愛ではなく家族としての情……それでも、マーナはとても嬉しかった。


「ま、過ぎたことは良いよ。マーナにはマーナの不安があった……それだけのことだろ?」

「お兄ちゃん………」

「それと……フェルミナやアリシアからも聞いたよ。俺を捜してくれてたって……。お前のことだから、弱い俺が心配だったんだろ?」

「それは……」

「良いんだよ。俺が弱かったのは事実だし……。でも、そんな俺だからこそ今の俺に辿り着いたんだと思う。俺としては逆にお前を心配させちゃったことが気になってたんだけどな」


 ライは再びマーナを撫でた。但し、今度は少し強めに……。


「本当は……俺はマーナにも戦って欲しくはないんだ。勿論マーナの実力は知ってるよ?でも、妹に危険が迫るのが俺は怖い」

「それは私だって同じだよ。私はお兄ちゃんの優しさが怖い。いつか誰かの為に命の危機に陥りそうだから……」

「うん……まぁ、お互いに勇者だからな……」


 勇者の家系にて優秀であることは、一族が危機に晒されることをも意味しているのだ。母を除き全員が勇者であるフェンリーヴ家は、その意味に於いてかなり不幸とも言えるだろう。


「でも……互いにやめられないだろ?」

「うん……」


 マーナはライの為に……。そしてライは、これまで絆を結んだ者の為に……。


「だからさ?これからもっと強くならないといけない。でも、俺はお前も守れるだけ強くなるつもりだぞ?」

「……フフッ。お兄ちゃんらしいわね……でも、私も負けないんだから」

「じゃあ、今度は競争だな?」

「うん……負けないわよ?」


 ライに身を寄せるマーナは、ようやくこれまでの禊を行えたことが嬉しかった。そして、愛する兄の為に強くなることを改めて決意したのである。



 しかし……ライの心境は複雑だった。兄としては、やはりマーナが心配だった。


 マーナは限定的とはいえ半精霊格に至った。それはつまり、その生が人から外れたということ。寿命が延び長き刻を生きねばならない。

 そんなマーナと寄り添える存在がどれ程居るのか……不安が消えないのだ。


 マーナが望むならば共に居ても良いと考えるのはライの優しさか……。しかし、それはマーナの望む形ではない。

 マーナの望むのはライの愛……。一人の女として愛して欲しいという歪な愛なのだ。


 そして……ライを慕う者達が周囲に居る以上、マーナにとってライと共にあることは戦いでもある。只でさえ血縁という社会的な不利──先ずはそこを乗り越えなければならないが、今の時点では強引な手段しか道が無いのだ。


 様々な想いを抱えたフェンリーヴ兄妹の愛──それはやはり困難な道である。だが、マーナの辞書には『お兄ちゃんを諦める』などという言葉は無い。


 そんなマーナの想いが報われる兆しがやがて顕れる……のだが、それはまだずっと先の話。

 その時、マーナがライと交わした『約束』は明らかになるだろう。





※更新減速まで、あと二話

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