幕間⑮ 休日の過ごし方・その七
ライの休日。オルネリアと向かった先は、リーブラ国跡──。
現在ではトシューラ国ドレンプレル領に取り込まれてしまったその場所は、新たな街の建設が始まっていた。
この地を望んだのはオルネリア自身。自らの内に溜め込んでいた負の感情を乗り越えたオルネリアは、過去……そして現実と向き合う勇気を身に付けたのである。
だからこそ原点に立ち返り生まれ故郷へと足を運んだオルネリア……その顔はとても穏やかだった。
「オルネリアさん……辛くないですか?」
「はい……。今は大丈夫です」
『労働特区リーブラ』と呼ばれていた地は、ドレンプレル領主たるメルマー兄弟の手により通常の街として復興を始めた。
既に家屋は全て修繕され、リーブラ王城跡は行政機関、兼・医療施設になっている。
「実は、この地を返したいという申し出があるんです。表面上はドレンプレル領の一部ということになりますが、対応は対等に扱うと……」
ライはメルマー兄弟の事情と経緯をオルネリアに伝えた。しかし、オルネリアはやはり穏やかな顔で首を振っている。
「どんなに望んでも過去は変えられませんから……。それに、新たな国を得た私達は新たな未来を創る義務があります。私達はリーブラの民であると共にアプティオの民でもありますので」
「オルネリアさん……」
「それもライ殿のお陰……本当に感謝しています」
「いや……俺は……」
リーブラ国への侵略はライがまだ子供の頃……どうしようもないこととはいえ無力感が湧きあがる。
そんなライと向かい合ったオルネリア。ライの手を取り自らの胸元に当てる。
「あなたは優しすぎます……」
「…………」
「私達はあなたが居たから未来に進めるのです。だからずっと御礼を言いたかった……でも、私にはあなたに何もしてあげられません」
その言葉に今度はライが首を振って応える。
「御礼なんて要りませんよ……俺は我が儘や性分で動いているだけで、その後のことまでは助けることは出来ないんです。だから、今が良い結果に向かっているのは皆が頑張っているからですよ」
「………やっぱり、あなたは優しすぎますよ」
「……………」
だからこそ人を惹き付ける……それはオルネリアにも理解できる。しかし、ライのそれは自己犠牲にすら感じるのだ。
ライは激動を経験した訳ではない。勇者としての旅を目指してはいたが両親や兄妹は皆健在。友人などと死別したこともない事実はストラトにてライの母ローナから確認している。
裕福ではないものの恵まれた環境の中に居た───そういった者が自らの利や苦労を省みず危険へと踏み込み尽力するのは【性分】で済む話ではないのだ。
それは、リーブラの民の為に自らを殺してきたオルネリアだからこそ感じることが出来たと言って良いだろう。
故にオルネリアは……逞しい筈のライの姿が儚く見えてしまう。
だからこそ、メトラペトラが常々女性達に言って聞かせている『支え、繋ぎ止める存在』の必要性を最も理解したと言って良い。
「ライ殿」
「はい」
「私を……貰っては頂けませんか?」
「……えっ?」
オルネリアは至って真剣な面持ち……ライは当然困惑している。
いや……ライとしてはオルネリアの気持ちは理解できるつもりではあるのだが……。
ライの意図はどうあれ、救われた側はどうしても恩義を感じる。それを何らかの形で返そうとするのは至極当然だろう。
オルネリアの発言はそういった意味では想像が付くものだった……。
しかし──それは当然ライの望むものではない。
「……ダメですよ、オルネリアさん。それは……」
「いいえ。ライ殿は勘違いをしています」
「はい……?」
「恐らくライ殿は私が恩義からそう言っているのだと思っているのでしょう?」
「………」
「私はあなたの支えになりたいのです。これは私の意思……」
心を救われたオルネリアは今度は自分が力になること考えたのだ。たとえライに拒否されてもそうするつもり……改めてそう宣言するオルネリアに、やはりライは困惑するしかない。
「………オルネリアさんは俺が好きな訳ではないでしょう?」
「好きですよ?それが愛……かは未だ断言できませんが、私はライ殿の傍に居て支えたいのは本当です」
「で、でも……貰ってというのは……」
「そ……それは……まぁ、言い方が難しいのです」
「…………」
リーブラ国の流儀として、王位を継いだ者の家族は他国へ嫁ぐのだという……。そうすることで王位争いを避けながら周辺国との絆を結ぶのだ。
トシューラ国の奸計で奇襲を受けてしまったリーブラの民が少なからず無事だったのは、こうした歴史背景から民を匿った国があるからだ。
レフティスが王となりアウラと婚約した今、オルネリアも自らの身の振り方を考えねばならない。
ならば……ライの傍に居たいというオルネリアの気持ちは嘘ではないのだろう。
「………と、ともかくですね」
「私がお側にいては御迷惑ですか?」
「いえ……そうではないんですよ。折角自由になれたんですから、自由に生きて欲しいんです。何かに囚われる様な思考はしないで欲しい」
「それなら大丈夫です。私は自分の気持ちの最善を選びました。ライ殿の元ならば修行に事欠くことは無いでしょう?強くなれれば僅かでもできることがあります。私の力が足りなくても心を支えることはしたい。だから……」
そこで一斉に歓声が上がる。周囲を見回せば
ライとオルネリアはいつの間にかリーブラの街の中で足を止め語り合っていたのだ。これでは“ 見てください! ”と言っているも同然だろう……。
「兄ちゃん……嬢ちゃんがそこまで言ってんだから貰っとけよ!男の甲斐性だろ?」
「凄ぇベッピンさんじゃねぇか……何なら俺が貰ってやるか?」
「オイオイ。まさか種無しじゃねぇだろうな……いや……もしかして、そっち系の奴か?」
野次を飛ばしてるのはドレンプレルの大工達……街の復興に来ている大工は、ニマニマしながらライを煽っている。
「グヌヌ……!何も知らないからって言いたい放題……野次馬どもめ」
プルプルと震えるライはオルネリアの手を取り速足でその場を去った。
背後からは再びの歓声と口笛……トシューラといえど民の気質は他国とそう変わらないらしい。
そうしてライとオルネリアがしばらく歩くと、リーブラの王城が見えてきた。
「………ライ殿。どちらへ?」
「リーブラの城に向かいます。
「…………」
そこはオルネリアにとっては壊れてしまった『幸せな場所』──一瞬表情が曇るオルネリア。だが、ライはその手を力強く握り歩みを止めない。
「……辛いかもしれませんが見せたいものがあります。本当は俺一人で取りに来るつもりだったんですけど、折角一緒に来たなら……」
「………?」
「行けば分かります。だけど……怖かったら言ってくださいね?」
「……大丈夫です」
今し方ライを支えると言ったオルネリアは、ライに心配されている。その事実に自らの心を叱咤しライの手を強く握り返した。
リーブラの城はオルネリアの記憶にある光景そのままだった。多少の修繕や補強はあるものの、メルマー家の配慮により極力そのまま残されている。
最上階にある玉座の間は立ち入り禁止にされていたが、ライは許可証を貰ってきていたので問題なく中へと入ることができた。
「…………」
「オルネリアさん……」
「大丈夫です」
やはり僅かに震えるオルネリア……ライはその肩を力強く引き寄せる。
オルネリアの申し出を拒否しながらも無責任な行動を取っていると理解はしている。しかしライは、そうせずには居られなかった。
「………もう大丈夫です。あんなことを言ったのに逆に支えられて……私は情けないですね」
「そんなことはないですよ。オルネリアさんは此処まで来たじゃないですか……」
「……ありがとうございます」
オルネリアは改めて気付いたことがある。それはライを支えると言いながらも支えられることが心地好かったという事実──。
だが、ライはそれを拒否することはない。
「私は……あなたに依存しようとしているのかもしれません」
「良いんですよ、オルネリアさん……自分が支えてみせるなんて気張る必要はないんです。皆で支えて、支えられて……それが人なんですよ。だからこそ意味がある」
「意味……ですか?」
「はい。だって……一人じゃ寂しいでしょ?」
どんな王国でも一人で支配することは出来ない。どんな勇者も孤独では意味を見失う。それは魔術師でも罪人でも聖獣でも……大聖霊ですら変わらないとライは語る。
「此処にはオルネリアさんが共にあった人達の記憶がある……それと、贈り物も……」
「贈り物……?」
「玉座の下に隠し棚があります。それがリーブラ王からオルネリアさんへの贈り物──」
ライが椅子を動かし隠し棚を開いた中には、純白のドレスが……それはリーブラ王イスラーが娘の為に遺した花嫁衣装。
「大事な娘に遺したそれは、やっぱり幸せを望んでいた証だと思います。だから……自分を大事にして下さい」
「御父様……御母様……」
そしてライは分身と本体を入れ換え《残留思念解読》を幻覚魔法により投影。オルネリアの前には在りし日の家族の姿が蘇った……。
オルネリアは泣いた……。ライの胸に抱かれながら子供のように……。
サァラと同じ様な悲しみを背負っていたオルネリアは、大人である分
(いつもながら不器用だな…………俺って)
女性の扱いに自信があればもっと上手く慰められただろう。下手に色々考えるからただ悲しみを思い出させて胸を貸すことしか出来ない。
自分に好意を向けてくれる相手には、尚更申し訳無い……ライは後悔するが他に方法を知らないのである。
しかし……オルネリアにはそれが心地好く嬉しかった。
「また泣いてしまいました。……。駄目ですね、私は……今になって本当のことに気付きました」
「本当のこと?」
「私はあなたに惹かれているみたいです。多分、あの空高くで……あなたの胸で泣いた日から……」
「…………済みません」
「何故謝るのですか?」
「俺……無責任で……。好意に応えられもしないのにこんなことばかり……」
オルネリアは小さく首を振る。
「多分、同居人の中には私のような方が居ます。彼女達は意図はどうあれ、あなたの傍に居たいのでしょう……。そして、あなたの決断を待っている訳でもない。ただ傍に居たいだけ……」
「………それは」
「女の我が儘ですよ。女の子は本当に決断すべき時は自ら行います。残るにせよ去るにせよ……ライ殿だけが決断で負い目を感じる必要はないと思いますよ?」
「でも……」
オルネリアは人差指でライの唇を塞ぎ言葉を遮った。
「大丈夫です。あなたが嫌で無いならば、もう少し傍に置いて下さい」
「………分かりました」
オルネリアは自らの気持ちを確かめ更なる決意を宿すこととなった。
この休日によりオルネリアはライへと近付こうとする。支えて、支えられる存在に。
これを知った黒いニャンコが大層喜んだのは、やはり余談──としておくべきか……。
※予約投稿したつもりが出来てませんでした……。よって本日は二本立てです。
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