幕間⑮ 休日の過ごし方・その六



 クリスティーナがライとの休日に選んだのは、ニルトハイム公国跡地──。


 変わり果てた故国をクリスティーナが選んだのは、凡そサァラと同じ理由と言って良いだろう。



 だが──一つ問題があった。


「…………」

「…………」

「……ねぇ、クリスティ?」

「待って!何も言わないで下さい!」

「………」


 ニルトハイム公国の土地は……夜だった。



 時差による日暮れを計算に入れ忘れたクリスティーナ。

 その日、その場所は生憎の曇り。月明かりさえ隠れた夜の闇はクリスティーナの意図すらも覆い隠し、折角の来訪が無駄になってしまった……。


(もう!何でわたくしはいつもこう………)


 クリスティーナは簡単に言えばドジっ娘である。落ち着いていれば目を見張る才覚を発揮するのだが、気が昂ると何故か行動が裏目に出る。

 今回の場合、それだけライとの外出が楽しみだったとも言えるのだが……。


「クリスティ……」

「私はいつもこうなのです……一人で舞い上がって、いつも裏目に……」

「…………」



 落ち込むクリスティーナの姿を見たライは、しばし考えた後ちょっとだけ力を使うことにした。


「クリスティ。ちょっと目を閉じてて貰える?」

「……?」

「大丈夫だから、俺を信じてくれないかな?」

「わかりました……」


 言われるがままに目を閉じたクリスティーナをヒョイと抱え上げ、ライは天高く飛翔。


 上空にて分身体を本体と入れ替えて使用したのは聖獣アグナの力 《擬似太陽》──具現化された陽光が周囲を煌々と照らし出す。

 更に精霊クロカナを召喚して《黒蔓帳くろつるとばり》を使用させた。


 《黒蔓帳》は放射状に伸ばした蔓を鳥籠の様に垂らし、領域の内側を闇に染める能力。しかし今回はそれを逆転させ内側の光を外に出さない様に調整させた。

 結果、ニルトハイム公国の領土は真昼の様な明るさに照らされることとなった。


「………」


 しかし──ニルトハイムの領土は魔王アムドの術 《死獣の咆哮》により見る影もない。


 木々は全て消滅し薄茶色の大地が広がる。大きく抉れた大地には大量の水が流れ込み湖と化していた。

 他に何と形容することも出来ない更地──ライはその光景に絶句するしかなかった……。


(……。これをクリスティに見せるのは嫌だな……)


 恐らくクリスティーナはその光景を覚悟してはいるだろう。しかし、覚悟があっても必ずしも現実を乗り越えられることとは限らない。

 何よりライは、クリスティーナが悲しむ姿を見たくなかった……。


「ライ……?もう目を開けても良いですか?」

「ん?ゴメン……もうちょっとだけ待っててくれる?」

「?……わかりました」


 クリスティーナとしてはライの胸に抱えられていることが嬉しいので大人しく従っている。


 その間にライは分身体を残し地上に降下。ニルトハイムの大地に触れ土地の記憶を読み取った──。


 脳裏に浮かび上がる美しいニルトハイムの光景はライの心を大きく揺らした。その光景をクリスティーナに見せることは逆に苦しめるのではないか……と。

 だが……ライが読み取った大地の記憶には、ニルトハイムで暮らしていた頃のクリスティーナの姿が確かに刻まれていたのだ。


 どちらの光景を見ても悲しませるならば……そうしてライは決断する──。



「クリスティ。もう良いよ」


 地上に降りたライとクリスティーナ。呼び掛けに応え目を開いたクリスティーナの視界には、在りし日のニルトハイムの美しい景色が広がる……。


 クリスティーナの記憶と寸分違わぬニルトハイムの大地。城も、ニルトハイム列石も、美しい水と森も、全てあの頃のまま。

 しかし、クリスティーナは気付いていた。それがライにより再現された光景であることを……。


「……………」

「ゴメン、クリスティ……」

「どうして……ライが謝るのですか?」

「この光景を見せるのがクリスティにとって良いことか分からなかったから……。もしかしたらクリスティを悲しませたかもしれないと思って」

「ライ……」


 ライの予想通りクリスティーナは故郷の変わり果てた光景を覚悟していた。

 同時に、再現された光景には人気が無い故にクリスティーナの大切な家族や国民達が失われてしまったことを現実として突き付ける……。


 それでも……クリスティーナはライの気持ちが嬉しかった。


「ありがとう、ライ……」

「クリスティ……」

「でも、どうやってこれを?私の知る光景そのままなのですが……」

「聖獣に……アグナに頼んだんだ。大地の神の分身なら再現できるから……俺が土地から読み取った記憶を元にね?」

「………じゃあ、ライは昔のニルトハイムを見たのですね?」

「うん……クリスティの姿もそこにあったよ」


 幼き日のクリスティーナの暮らし……他者が知ることのないその光景をライは確かに見た。それも謝罪に入っていたのだが、クリスティーナは静かに微笑んでいる。


「故郷を戻してくれてありがとう、ライ……。私は大丈夫です。だから……私の話を聞いて貰えますか?」

「クリスティ……うん、聞くよ。どんな小さなことでも良いからクリスティの話を聞きたい」

「ありがとう……ございます……」


 今は誰もいなくなってしまったニルトハイム公国を二人歩く。クリスティーナは自らの思い出の数々をライに伝え、ライもまたその全てを自らのことのように心に焼き付けた。


 クリスティーナはライのことも知りたがったので、二人は長らく互いの幼き日を語り合う。



 二人がそんな風に互いを知る中で、二人の内に住まう“ もう一人の自分 ”達が同じ様に語らっていたことには当然気付かない……。


「アローラはどう思う?」


 どこまでも広がる真白の空間を埋め尽くす花園──ライとクリスティーナの深層意識が交わるその空間には、寄り添い合う魂達が語らっていた。


「どうって……ライのことを聞いているの、ウィト?」


 幸運竜ウィトと女神アローラ……魂の伴侶は現在の自分達について語らっている。


「私達はこうして触れ合うことで満たされている。でも、ライはやはり違うんだ……優しさで満たされているのは確かだけど、何かが足りていない」

「あなたが【変質】といった歪みのことね?でも、私にはわからないわ」

「クリスティーナはどうだい?」

「私と同じ……魂から満たされているみたいよ」

「…………」


 ウィトは改めて思う。魂は間違いなく繋がっている。では何故、ライの精神だけが乖離しているのか……。

 このままではライだけが満たされない。それは、ウィトの望むところではない。 


「アローラなら何か分かるかと思ったんだけど……」

「今の私では無理みたい。クリスティーナに力を渡してしまったし……」

「それは私も同じだよ……でも、何故ライだけが……」


 ウィトもライの全てを知っている訳ではない。ウィトがライの中で目覚める以前の記憶は部分的な共有──故に存在特性を【力】として使用する為にはライに譲渡という過程が必要だった。


「私達に出来ることはないわ、ウィト……」

「アローラ……」

「私達は今の自分達の生き方を変えられないの。だから……何があっても大丈夫だと信じましょう」

「…………」


 いつか……ライの魂が満たされる日を信じる──アローラはそう告げてウィトに身を委ねる。そしてウィトは、アローラの言葉を信じることにした……。



 一方……クリスティーナお手製の食事後も長らく語り続けていたライとクリスティーナは───。 



「ねぇ、クリスティ」

「何ですか?」

「ニルトハイム公国は……見た目だけは復興した。でも、この地にはまだ足りないものがある。クリスティはどうしたい?」

「私は………」


 ニルトハイムに戻るには民も治安体制も経済力も足りない。クリスティーナがニルトハイムの地で復興を目指すには、女大公となる覚悟も必要となる。


 何より、クリスティーナはライの傍から離れたくはないのだ。


「ライは……どうして欲しいですか?」

「………俺は一緒に居て欲しいと思ってるよ。今の世界は危険だからクリスティを放っておけないし。この地の管理はエクレトルに頼めば、いつか平和な世界になった時帰れるでしょ?その際は俺も再興の手伝いをする」

「ライ………」

「勿論、クリスティの好きにして良いんだ。だから……どうしたい?」

「………帰りましょう。私達のお城に……皆の場所に」

「わかった。帰ろう、クリスティ」



 ニルトハイムの地に朝日が射し込む。同時に《擬似太陽》とクロカナの召喚を解除したライは、クリスティーナの手を取り転移した……。



 一夜にして復活を遂げたニルトハイム公国───これは奇跡の所行としてしばらく話題となる。

 しかし、この地にクリスティーナが戻りニルトハイム公国が確立するには、まだ時間を要するだろう。


 その時──クリスティーナの傍らに誰がいるのかは、それこそ後々の話……。


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