幕間⑮ 休日の過ごし方・その五
ライとの休日──サァラが望んだのは、シウト国。ノルグーの街から僅かに離れた位置にある小さな集落。
そこはサァラの家柄であるレオ家所有の別邸。
レオ家は魔法に優れた一族で、その研究を以てノルグーに貢献していた。
しかし……邪教の使徒アニスティーニの手によりサァラ以外の血が途絶え、様々な物が放置された状態だった。
それでもノルグー領主レオンは行方不明となっていた赤子がいつか戻ることを考慮し、レオ家の遺産を管理していた辺り流石と言えるだろう。
そんな配慮のお陰で手入れが為されていた中の一つが、レオ家別邸……。それは魔除けの紫穏石で周囲を広く囲んだ館だった。
「……結構、立派なお屋敷だな」
「うん……」
「サァラは此処に来たことあるのか?」
小さく首を振ったサァラは、ライの服の袖を握る。
「……ここは私のお父さんとお母さんが、私を生んだ後に過ごした場所なんだって。だから……恐かったの……」
「恐い?」
「うん……。お父さんとお母さんは私を愛してくれていたってノルグー卿が……。でも、私は顔も覚えてなくて……」
一度だけクインリーと共に途中までは来たものの、やはり恐くて引き返した……サァラはそう口にした。
それまで知らなかった両親の愛情を確認してしまえば、失ったものの大きさに打ち
ライと共にこの地に訪れたのは、以前の来訪から時間が経過し覚悟できたかを確かめたかった……サァラはそう続けた。
そして、もう一つ……家族として迎えてくれたライに自分の成長も見て欲しかったらしい。
「……無理する必要はないんだぞ、サァラ?」
「大丈夫。……。ライ兄ちゃんが一緒なら」
「分かった」
サァラの頭を一撫でして改めて手を繋ぐ。そして二人はレオ家別邸の中へと足を踏み出した。
ノルグー卿からの命で手入れがされている館は埃っぽさは殆ど感じない。
ただ、人が居ない場所特有の生活感の無さはどうしても感じてしまう。それこそが取り戻せない大切なものを感じさせてしまう……ライは少しサァラが心配になった。
それでも……サァラは一つ一つ館の中を確認している。
館の中は魔法や魔術などの要素は一切無い普通の内装。貴族にしては寧ろ質素と言って良い程の状態だった。
サァラが此処に居たという証らしきものも見当たらない……しかし、サァラの表情は寂しさと共に安堵が入り雑じっているようにライには感じた。
「………。なぁ、サァラ?」
「…………」
「もし、お父さんとお母さんの姿を見たいなら見せてやれるぞ?」
「えっ……?」
目を見開くサァラ。その表情はやはり複雑だが、ライには嬉しさが勝っている様に見える……。
「そんなこと……出来るの?」
「まぁね……流石に会話は出来なくても、お父さんやお母さんがどんな顔でどんな暮らしをしていたか程度なら分かるよ」
「………」
「どうする?見たい?」
「……うん」
迷った末、サァラは両親の姿を確認することになった……。
ライが早速行ったのは、【チャクラ】の力 《残留思念解読》を幻覚魔法で投影するというもの。館の各部屋でそれを使用し、レオ夫妻……サァラの両親の姿を投影した。
そこにあったのは幸せに満ちた光景───レオ夫妻は仲睦まじく、本当に幸せそうだった。
そしてその中には生まれて間もない小さな赤子の姿も……。
「あれが……私?」
レオ夫妻は赤子を本当に愛おしそうに見つめている。館内に残留思念として残されていた姿は三人の家族の暮らし……。
貴族であるレオ夫妻が下仕えの者を排して水入らずの生活をしている様子だった。
まるで時を切り取ったように流れて行く家族の情景──やがて小さな声がサァラの耳に届いた。
『サァラ……私達の大切な宝物……。あなたには、どんな未来が待ってるのかしらね……』
『きっと幸せな未来に決まっているよ』
『そうね、あなた……。たとえ何があっても、幸せな未来に進んでくれると信じましょう』
サァラの両親は最後にこう囁く……。
『私達の全ての愛をあなたに……』
残留思念の幻影はそこでゆっくりと薄れて消えた──。
「…………」
サァラは無言だった。
だが、その小さな肩は小さく震えている。ライは無言でサァラの言葉を待った……。
「私は……馬鹿だ……。お父さんとお母さんが……こんなに……愛をくれていたのに……。怖いなんて……バカだ……」
「…………」
「うぅ………」
ライはサァラと向かい合う様に移動し視線の高さを合わせる。必死に泣くのを堪えるサァラの頭を撫で、優しい声で囁いた。
「サァラ……悲しい時は泣いて良いんだよ。悲しみの深さは愛情の深さでもあるんだから……。サァラは今まで我慢する癖が付いていたのかもしれない。でも、もう良いんだ。全部、俺が受け止める」
サァラは涙に堪えつつ視線を上げる。そしてライはその頬にそっと触れた……。
「サァラはレオ夫妻の宝……クインリーさんの愛弟子で、俺の大事な家族だ」
「うぅ……わぁぁぁ━━っ!」
サァラは堰を切った様に泣き出した。ライはそれを胸元で優しく受け止める。
十三歳になるサァラが背負うには重すぎる過去──ライにはそれが痛いほど理解できた。
それからサァラは、嗚咽を漏らしながら今まで溜め込んでいた不安や恐怖、後悔を辿々しくも語り続ける。ライはただ静かに相槌を打ちサァラの悲しみを受け止め続けた。
実に半刻──吐露し続けたサァラ。それだけでも、どれ程の苦境を生きてきたかを知るには充分だろう。
やがてサァラは、安堵したのか泣き疲れて眠りに付く。ライはその小さな体を抱え上げソファーへと運んだ。
「……エフィトロス、居る?」
ソファーにてサァラの髪を撫でるライ。何もない中空に語り掛けると、星杖エフィトロスが姿を現す。
エフィトロスは中空で静止していた。
『………』
「エフィトロス……今のがこの娘の悲しみだ。そして、今見ていたのが両親からこの娘への愛……」
『はい……』
「俺はそれを知ったから、この先サァラを守る気持ちが強くなった。でも、俺は常には守ってやれない。だから……さ?エフィトロスに頼むよ」
『私はサァラの契約器です……だから』
ライはエフィトロスの言葉に小さく首を振る。
「違うよ、エフィトロス。たとえ生物じゃなくても良いんだ。エフィトロスはサァラの大事な相棒なんだよ……同時に家族でもあるんだ。例えるなら……お姉さんかな」
『姉……ですか?』
「ああ。だから、この娘を護るだけじゃなく寄り添ってやって欲しい」
『……………』
それは【星具】として生まれ、初めて受けた言葉だった……。
かつてエフィトロスは魔術師と共に在ったこともある。しかし、契約をし共に在ったとしても線引きが存在していた。頼りにされることはあっても役割を担っているだけと考えていたのだ。
だが……ライは、エフィトロスをサァラの姉と言った。それはつまり、契約以前に心を繋ぐ存在となることを意味する。
その言葉は、エフィトロスの内側から不思議な感情を芽生えさせた。
『……私に務まりますか?』
「家族は務めるモンじゃないよ」
『………わかりました。私は私が思う様にサァラを支えます』
「うん……それで良いと思う。………。それでエフィトロス。もう一人の家族を生き返らせたくないか?」
『……?』
「ルーダは復活出来るかもしれない」
『!?』
破壊された星杖ルーダの復活。それはエフィトロスにとっては願ってもないこと。
ただ、その為にはエフィトロスの力を借りねばならない。
『本当に………』
「ああ。実はもう修復と浄化は終わってるんだよ。後は星具の構成式を組み直して記憶を移すだけなんだ。アムルが居たから出来たことだけどね?』
『大聖霊アムルテリア……それなら確かに可能かもしれません』
「だからさ……力を貸してくれる?サァラの家族なら俺の家族……その仲間であるルーダなら、やっぱり家族だろ?」
『………。勇者ライ……貴方は本当に』
「ん……?何?」
『いえ……何でもありません』
ライは本当に【壁】を持たない男──。
存在の違いを理解していない訳ではない。それを理解しつつも心を繋ごうとするライは、エフィトロスからしても異様な存在にすら感じる。
だが……悪い気はしないことも確かだ。
(これが要柱──不思議な存在ですね)
エフィトロスといえど【要柱】が如何なる存在か知らない。ただ、創世神ラールは一度だけそれに触れ発言したことがある。
【要柱は星の子──】
ただそう一言だけ述べたに留まるが、エフィトロスは確かに覚えていた。
「エフィトロス?」
ライの呼び掛けに気付いたエフィトロスは、改めて承諾の意思を見せる。
『わかりました。ルーダの件、宜しくお願いします』
「わかった。……サァラのことも」
『そちらは頼まれずとも。家族……なのでしょう?』
「ハハハ……うん。そうだな」
その後……サァラが目を覚ますまで、ライはレオ家の別邸にてエフィトロスと会話を続けた。
サァラが目覚めた後は再び館を調べる。今度はゆっくりと……サァラの存在の証となる記録魔石も見付けることができた。
そしてそのままレオ家別邸にて夕食に……。別邸で行ったサァラの料理は、どこか優しくおふくろの味と言えるものだった。
サァラは過去と向き合い両親の愛を知る。そして愛を胸に悲しみを乗り越えた。心の成長は精神の成長──この休日によりサァラは更なる成長を始める。
そして……その傍らにある星杖エフィトロスもまた、少しづつ進化を始めることとなる。
それは偉大な魔導師の誕生の兆し……ロウド世界にとっても希望となるだろう。
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