幕間⑮ 休日の過ごし方・その四 


 ライと共に休日を過ごす中で最も純粋に楽しんでいたのはホオズキだ。



 ライとホオズキはシウト国・シーヴ領にある『商業都市ハーネクト』に足を運んでいた。


 ハーネクトは各地に流通する際に必ず通ると言って良い交通要所。それに目を付けた商人が市を開いたことにより急速に発展した街である。

 そしてハーネクトは商人組合の本部がある街……当然、次々に新しいものを取り入れ発展して行く。


 今やハーネクトはノルグーの街に迫る大都市になりつつあった……。



「凄いですよ、ライさん!変わったものが沢山です!」


 興奮気味のホオズキさん。ペトランズ大陸に来て以来様々なものを目にしているホオズキだが、ハーネクトの街は流通の要だけあり珍しいものに溢れていた。


 ホオズキがハーネクトの街を選んだのは、純粋な興味。今回のお出掛けの中でよりペトランズを知る為に訪れたのである。


「お~い、ホオズキちゃん。離れると人混みに飲まれちゃうよ~?」

「ホオズキ、子供じゃないから迷子になんてなりませんょぉぉぉ~…………」


 ホオズキは雑踏の中に姿を消した……。


「……………」


 やはり迷子になった……。ディルナーチ大陸でも小柄のホオズキは、ペトランズ大陸では尚のこと小さく感じる。

 人に溢れるハーネクトでこうなるのは火を見るより明らかだった……。


 その後、無事ライに救い出されたホオズキはライに手を引かれ街の観光を続けた。

 因みに、今回のホオズキはいつもの着物ではなくペトランズ側の衣装を着ている。何を着ても子供に見える為、女性達が色々考えた結果……青色のワンピースに落ち着いた。


 それでも、ホオズキが大人に見えることはなかったのだが……。



「ホオズキちゃん、楽しい?」

「はい!」


 御神楽に所属していたホオズキは気兼ねなく自由に街を歩けることが出来ることを喜んでいる。今回ライはホオズキをもてなすと決めていた。



 ライの居城内でのホオズキは本当に大きな存在だった。

 家事向けの魔導具があるものの、料理、洗濯、家庭菜園、整理整頓など、殆どにホオズキは対応している。そして、ヤシュロの子・ハルカはホオズキに最も懐いていたのだ。


 そんな日頃の感謝を込めたおもてなし。二人は店を巡り食事を堪能し、様々な商品を見て回る。


「あ、あれは!」


 ホオズキが反応したのは魔導具屋に置かれた『自動裁縫機』……所謂ミシンである。


「す、凄いですよ、ライさん!この魔導具、お裁縫をやってくれるそうです!」

「へぇ~……今はこんなものまであるのか。ん?エルドナ社じゃない?ダンロイ社?聞いたことないな……」

「それ、エルドナちゃんの会社だそうですよ?エルドナ社は武器や防具が殆どで家庭用の物は少ないって聞きました」


 アリシアの負傷を知りライの居城に駆け付けたエルドナは、ホオズキとあっさりと打ち解けたらしい。


 ホオズキの凄いところは殆どの者とあっさり打ち解け仲良くなること。しかも疎まれることがない。

 その証拠に、ライの幼馴染みにしてクロム家の御令嬢ヒルダともあっさり仲良くなっていた。その打ち解け具合はライですら遠く及ばない程である。


「ホオズキちゃんは物知りだねぇ。エライ、エライ」

「むぅ~……ホオズキ、子供じゃないですよ」

「飴食べる?」

「頂きまふぅ!」


 頭を撫でられ飴を頬張るホオズキ……その姿は兄妹に見えることだろう。


「ところでホオズキちゃん……この魔導具、欲しい?」

「ムフゥ~!モミモムメムモ!」

「い、いや……返事はゆっくり食べてからで良いから」


 少し間を置いた後、口を開いたホオズキは目を輝かせている。


「ほ、欲しいです!で、でも、残念ながら持ち合わせが……」

「?……あれ?そんなに普段買い物してるの、ホオズキちゃん?」

「いえ……食材や雑貨、それと服の生地などで……」

「…………」


 どうもおかしいと感じたライはマリアンヌと出掛けた側の分身で確認。

 結果、ホオズキは勘違いをしていたらしいことが判明する。


「あのね、ホオズキちゃん」

「何ですか?」

「ホオズキちゃんのお小遣いは買い出し用とは別にあるんだって。空間収納の腕輪、間違ってない?」

「…………」


 マリアンヌの話では、腕輪型空間収納庫には『皆のお小遣い用』と『買い出し用』があるのだという。

 『買い出し用』は余分な買い物をしないよう毎回一定額補充して食堂の棚に置いてあるのだが、ホオズキは勘違いでそちらを持っていたらしい……。


「ホオズキちゃんのお小遣い、かなり貯まってるんじゃないかな?」 

「ホオズキ、勘違いしてました……」

「ま、まぁ、見分けが付かない造りにした俺が悪いんだけどね……。……。良し。じゃあ今回は俺が出すよ」

「そ、それは悪いです!ホオズキ、自分で出します」

「良いから良いから。これは俺からの御礼……ホオズキちゃんには感謝してるんだ」

「感謝ですか?」

「うん……」


 久遠国・嘉神領にてヤシュロを手に掛けたライは、心の底から後悔していた……。

 悪人では無かったヤシュロを殺したことは、ライを自責の念で苛んでいたのだ。


 あの時……ホオズキの明るさが無ければライの性格は大きく歪んでいただろう。


「俺はね……随分とホオズキちゃんに助けられた。ヤシュロの子……ハルカにしても今の生活にしても、ホオズキちゃんは居てくれないと本当に困るんだ」

「ライさん……」

「だから、御礼くらいはさせて欲しい」

「……ありがとうございます、ライさん」


 物凄く幸せそうな笑顔を浮かべるホオズキ……一瞬ドキリとしたライがホオズキの笑顔の意味を知るのは、遥か後のことだ。


「他にも何かあったら遠慮なく言ってね?ホオズキちゃんは家族なんだからさ?」

「はい!」


 自動裁縫魔導具、お買上げ。これにより、今後ライの服はホオズキが作製することとなる。

 シンプルながらセンスの良い服を着るようになるライは、やはり幸運なのかもしれない。


 その後、ライはホオズキの為に一日を費やす。それもまた休日の有意義な在り方だろう……。





 クラリスはずっと聖獣『聖刻兎』の創り出した異空間で暮らしていた。



 クラリスの親は父親が人間。しかし、もう百年以上昔に死別しているという──。


「ボクのお父さんはね?小国の勇者だったんだよ?」


 クラリスはラヴェリント国の街・ハルバの中を弾むように移動している。

 『精霊人』であるクラリスは浮いているので正確には跳ねている訳ではない。しかし、感情を表すに相応しい移動を行っているらしい。


 因みにハルバの街を選んだのは、クラリスの父の故郷だからだそうだ。


「へぇ~……クラリスのお父さんか。強かったの?」

「そんなでも無いかな?でも変わった人でねぇ……妙な特技を持ってたんだ」

「どんな特技?」

「どんな揉め事もお酒で解決?」

「…………」


 揉め事がある場所に居合わせた時、酒宴を開き諍いを解決する──その規模が個人でも団体でも大概解決して見せたそうだ。

 確かに『変わった特技』と言うのが相応しい。


「お母さんともそんな流れで出会ったんだって」

「クラリスのお母さんは聖獣なんだよね?どんな人?」

「ボクのお母さんは【仙樹人せんじゅびと】って言ってね?植物と人の中間みたいな聖獣なんだ」


 獣と呼ぶのが相応しいかはともかく、誕生の過程が同じなので聖獣に分類されるらしい。


 『樹人』と呼ばれる聖獣は数自体が少ないが、その中でも【仙樹人】は最上位の存在ということになる。

 ロウド世界に存在する全ての植物の性質を操作・再現できるその力は、癒しにも毒にもなる力。しかし聖獣の性質故に、穏やかで人の助けになることを望む性格なのだそうだ。


「クラリスのお母さん、もしかして異空間に居た?」

「うん。街の中に居た筈だよ?見た目だと判らなかったかもね」

「そんなに人に近いんだ……」

「そう。だからお父さんは最初お母さんが聖獣だって気付かなかったんだって」


 クラリスの両親のなれ初めは人が聖地を荒らしたことが始まりだったという。


 人間は貴重な薬草を欲しがり、聖獣の地と知りつつも勝手に侵入した。

 その際、聖地に住まう動物を殺された為にクラリスの母はケジメを付ける必要があった。自らの管理領域内の命を守るのは聖獣の性質の一つ。故に人間に対し少し罰を与えることになる。


「お母さん、ラヴェリントの王様に『次の年の収穫を不作にする』って言ったんだって。それが嫌なら聖地への出入りを禁止するって脅かしたみたい」

「聖獣がそこまで怒るのは珍しいな……」

「そう?確かに滅多に怒らないけど、命が関わると皆怒るよ?」


 それが純粋な気持ちから来るものであれば聖獣も怒る……確かにそうでなければ【御魂宿し】は戦えないかもしれない。

 クラリスの話では異空間に逃げ込んだ人達の為にも憤慨していたという……。


「まぁ、そんな感じでね……。聖地には良い薬草があって、それが手に入らなくなる。それだけじゃなく不作まで起こりそうになった。だからラヴェリントの王様は困ってしまった。そこで、お父さんの登場」

「………何となく判った。酒を持って仲裁に行った先で一目惚れした訳か」

「そ。だからボクが生まれたの」


 聖獣と人のハーフ、精霊人──クラリスは種を超えた愛の結晶なのだ。


「………クラリスはお母さんから離れて良かったのか?」

「フフ……ボクは知りたかったんだ。お母さんとお父さんが出逢った時の気持ちを。だから異空間から飛び出したんだよ?」


 ニマニマとライを見ているクラリス。人の住まう街を踊るように移動する姿は注目を集めている。そもそも浮いているので目立つことこの上無い。

 しかし、クラリスにはそんな視線など全く気にする素振りもない。


「何でこんな話をライにしているか解る?」

「いや……」

「ライは何処と無くお父さんに似てるんだよ。争いを出来るだけ穏便に収めようとするところとか、誰とでも仲良くなれるところとかね?だからボクはキミに興味を持ったんだ」

「それは……光栄だな」

「ハハハ。でも本当だよ?」


 クラリスは再び笑う。それは本当に無邪気な笑顔だった……。


「ねぇ、ライ?」

「ん?何……?」

「これから先も変わらないでくれるかい?」

「…………」


 変わらないでいることの難しさをライは知っている。良い意味でも悪い意味でも、人は変わって行くのだ。

 クラリスのいう『変わらない』はきっと“ 芯に当たる部分 ”が変わらないで欲しいということなのだろう。だが、ライはそれを断言する自信が無いのだ。


 前世の記憶、複数大聖霊契約による肉体の限界、そして迫る脅威の数々……ライは今のままでは居られないと自分でも理解していた。



 それでも……。


「大丈夫だよ、クラリス。俺は変わらない……だから安心して良いよ」

「本当に?」

「勇者、嘘付かない!」


 ニカリと笑うライは嘘を吐いた。いや……それは嘘ではなく決意───。



 クラリスとの休日は、ライに決意を齎したのである……。


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