幕間⑮ 休日の過ごし方・その三


 ライと同居人達とのお出掛け休日──。



 その頃、居城に残ったメトラペトラとアムロテリアはサロンにて話し合いを行っていた。


「本当に良かったのか、メトラペトラ?」


 サロンのソファーに横たわるアムルテリアは溜め息を吐きながらメトラペトラに問い掛ける。

 一方のメトラペトラは、珍しく酒を切り上げミルクをチビチビと飲んでいた。


「ん?何の話じゃ?」

「いや……ライはハーレムを作りたい訳ではないのだろう?それを半ば画策してまで進めようと言うのは………」


 相手の気持ちを大事にしたいというライが、極力誠意ある態度を示そうとしていたことはアムルテリアも知っている。

 ならばこそ、そっとしておくべきではないのか……というのがアムルテリアの考えだった。


 しかし、メトラペトラはまた違う意見を述べる。


「ライは別にハーレムを否定しておる訳では無いぞよ?実際迷っているからこそキッパリ否定しないだけじゃし」

「しかしな……」

「それと、今回はライを焚き付けるのが目的ではない。同居人達に応じる意思があるかの確認……の様なものじゃ」

「確認……?」

「結局ライは、妻となる者同士の対立が嫌なんじゃよ。それが無ければ人数は関係無いとも言える」

「…………」


 メトラペトラとしては、より多くの者がライを支えることを望んでいる。それに、今のライの子孫が生まれれば後々大きな意味を持つのだ。


 しかし、ライ当人がどうにも及び腰……。そこでメトラペトラは女達の側から近付けることにしたのである。


(それにしても人数が多過ぎるだろう。まさか、全員が惹かれるとは思えないが……)


 アムルテリアの推測が正しいかは後々に判ること……。


 ともかく、これまで色気とはかなり縁遠かったライが女性と出掛けるという機会。

 世界を巡り人外化まで果した旅の中、女性と接することに不自然さが無くなったことは進歩と言える。


 そんなライのお出掛けが一気に関係変化を与える訳ではないことは想像に易いこと──。



 それでは、ライのお出掛け休日の続きをご覧頂こう……。



「ライの馬鹿ぁ~っ!」

「ブベラバラッ!?」


 お分かり頂けただろうか……?


 キャッキャ!ウフフ!とはならないのが我等が『残念勇者のライさん』である。



 ウィンディとお出掛けしたのは『妖精の森』。その入り口でいつもの如くウィンディをからかい、左頬への突撃を受けた──というのが一連の流れだ。


「冗談だってば、ウィンディ」

「もうっ!折角のお出掛けなのに!」

「ゴメン、ゴメン。ウィンディには気を許しちゃうんだよ。だから思わず冗談をね?」

「そ、そう?まぁ、そういうことなら許してあげるわ」


 結構満更でもないウィンディさん。


 気を許す……つまり心を許しているということは距離が近いことを意味する。

 それは、ウィンディとしては嬉しいことらしい。


「それでウィンディ……妖精の森の話だけど……」

「ええ。今日は説明を兼ねたおもてなしを考えているから楽しみにしていてね?」


 ウィンディが妖精の森を選んだのは色々な御礼を兼ねたもの。

 妖精の森の女王となったウィンディ。妖精達と契約をしていたリーブラ国……現・アプティオ国との繋がりにはライの尽力が影響している。


 そしてウィンディは、亡き父・妖精王イスラーの仇をライが討ち果たしたことをメトラペトラから聞いた。

 妖精の森を選んだのはウィンディが最ももてなすに相応しいと判断したからである。


 そうして進んだ妖精の森中枢……常春の空間内、大樹近くの花畑にテーブルと椅子が用意されていた。


「さ。今日は存分に食っちゃ寝して良いわよ?」


 いつの間にかライと同じ大きさになったウィンディ。改めてみればかなり気合いの入った着飾りようだ。


「食っちゃ寝って……」

「ライ、前に言ってたでしょ?ここで食っちゃ寝したいって……」

「そう言えば……」

「だから今日はおもてなし。ゆっくりして行ってね」

「………。ありがとう、ウィンディ」


 食事は全てウィンディの用意したもの。


 菜食寄りの妖精族は果実を好む。妖精の料理は珍しくも美味……ライはウィンディが旅した世界の話を聞きながら『食っちゃ寝』の休日を堪能することにした……。





 シルヴィーネルと共に向かったのは、シウト国ノルグー領・ディコンズの森。


 今では『氷竜の森』と呼ばれるその森は、聖地としてノルグー騎士により継続保護されている。

 ライとシルヴィーネルは、近年では新たに聖獣が住み着いたというその森を訪れていた。


「懐かしいなぁ……。基本的に何も変わってないな、此処は……」


 訪れたのは二年以上も前……しかし、森は鬱蒼とした様子は無い。

 ただ、季節は秋にも拘わらず青々とした風景が不思議だった。


「前に来た時は夏前だったけど……ここは常に緑に溢れてたんだな」

「聖地だからね。アタシも初めは驚いたけど……」

「………。氷竜の森」

「や、止めてよね!アタシだって恥ずかしいんだから!」


 シルヴィーネルの騒動が『勇者フォニック』の名声が拡がるにつれ名付けられた【氷竜の森】──。

 シルヴィーネルはそこまでは我慢できた。問題は森の側にあるディコンズの街。


 ディコンズはすっかり観光地になっていた……。



「氷竜茶、氷竜クッキー、氷竜ステーキ、氷竜の木彫り、幸運を呼ぶ氷竜の指輪……人間の逞しさには頭が下がるわ」

「へ、へぇ~……」


 散々怯えていた相手であるドラゴンさえも商売として利用する……確かにそんな真似は人間しかやらないだろう。


「今じゃディコンズの街にアタシの石像まであるのよ?恥ずかしいったら無いわ」

「ハハハ……まぁ良いじゃん。シルヴィが悪い竜じゃないって解って貰えたなら」

「他人事だと思って……」


 少し頬を膨らませたシルヴィーネルの頭を撫でるライ。二人はそのまま覇竜王の卵を安置していた洞窟へと向かう。


「そう言えば、覇竜王とはその後会ったのか?」

「ライゼルトのこと?いいえ……」

「じゃあ、成長具合も判らないのか……。会ってみたかった気もするけどね」


 覇竜王の出現は世界の危機を意味する。


 誕生して然程時の経過していない覇竜王ライゼルトは、一体何と戦う為に生まれたのか───闘神、魔王、魔獣……或いはその複数。可能性があり過ぎて判断が難しい。


 当然、ライはまだ子供の筈のライゼルトを戦わせたいとは思わない。



「それでシルヴィ。この森に聖獣が居るって話の方は?」

「アタシも良くは知らないのよ。聞いた話では、卵だったライゼルトを安置していた場所に住み着いたらしいけど……」

「へぇ……ところでシルヴィがここに来たかったのは何で?」

「ライに改めて礼を言いたかったのよ。此処なら相応しいでしょ?」


 シルヴィーネルと出逢い契約を交わした地。そして覇竜王誕生の地でもある森は、確かにライにとっても縁深い場所だ。


「別に礼が欲しかった訳じゃないんだけど……」

「ケジメよ、ケジメ。何か要望があれば聞くわよ?」

「う~ん……。じゃあ、シルヴィの料理」

「はい?」

「俺、シルヴィの料理って食ったことないだろ?だからメシを食ってみたい」


 シルヴィーネルはしばらく考え込んだ後、ポツリと呟いた。


「……死ぬわよ?」

「…………」

「冗談よ、冗談。そんな渋い顔をしなくても死にはしないわよ。ただ、味は保証しないけどね?」


 ドラゴンの食事は大概果実程度で済んでしまうのだ。稀に料理好きのドラゴンも居るらしいが、シルヴィーネルは前者ということらしい。

 そもそも自然魔力を糧として味覚を楽しむ程度の食事しかしないロウド世界のドラゴン。シルヴィーネルも多数派ということらしい。


「ま、まぁ、今すぐじゃなくて良いよ。料理を覚えたらで……」

「仕方無いわね。じゃあ、この話はマリアンヌやホオズキから料理を習ってからね?」

「了解。楽しみにしてるよ」

「はいはい……あ、見えてきたわ」


 眼前に捉えたのはかつて覇竜王の卵を安置していた洞穴……その入り口脇の壁には場に不釣り合いな装飾の扉が見える。


「………。ねぇ、シルヴィ。こ、これ、何?」

「え?ああ……アリシアが来た時に住まいを造ったの。エルドナの『異空間住居』っていう神具らしいけど、快適だったわよ?」

「……………」


 ライが去った後に快適空間になっていた聖地。時折ドラゴン化して羽根を伸ばす以外は、アリシアやライゼルトと共に中で暮らしていたという。


 ライは敢えて突っ込まない……。


 そんなライとシルヴィーネルは、聖獣に挨拶をする為に洞穴の中へと進む。

 かつて覇竜王の卵が置かれていた台座の上には白い毛玉が……。


「……………」

『……………』

「もしかして、聖獣さんッスか?」

『……聖獣ですが、何か?』

「いや……ス、スミマセン。お邪魔してます」

『……ごゆっくり』


 一瞬何かが飾ってあるのかと思ったそれは、綿毛型聖獣……。


 一見して掌に乗る程度の大きさ……しかし、形状が全く判らない。

 シルヴィーネルに視線を向けると肩を竦め首を振っていた……。


 ライは意を決し聖獣との対話を試みた。


「え~っと……聖獣さん、少し話しがしたいんだけど……」

『……何ですか』

「お、俺はライ。この森……それと聖獣にも縁があるんだ。だからちょっと話が聞きたい」

『わかりました』


 取り敢えず警戒をしている様子はない毛玉聖獣。『氷竜の森』には神聖機構の手により悪意ある者が入れないという結界が張ってある。

 勿論、聖獣はそれを知っているからこその対応でもあるのだろう。



 毛玉聖獣が起き上がればウサギの様に長い耳と狐の様な尻尾、イタチのような顔、猫のような手足で、全てが真っ白……黒いつぶらな瞳をしていた。

 そして聖獣らしい特徴は額に輝く朝日の様な鉱石……。


 聖獣は自らを『因糸紡いんしぼう』と名乗った。


「………シルヴィ、知ってる?」

「いいえ。私も初めて聞いたわ」


 といっても、聖獣に関する知識は然程持っていない二人。そこでライは『大聖霊クローダー』の記憶を探る………ことなく、直接の聞くことにした。確かにその方が断然早い。


『………。【因糸紡】は私の名前ではなく存在個体名です』

「具体的にどんな力があるか聞いても良い?」

『私は運を導く者……。幸運、悪運、機運。そして不幸も……。他者の運を移し代えたり共鳴させたり出来ます』

「運………」

『勿論、力の行使に限界はありますけど』


 ライの存在特性【幸運】よりも更に運全般に特化した能力……因果調律型聖獣『因糸紡』。その特殊性故に出会うことすら奇跡的な存在……。


 そんな聖獣が氷竜の森に住み着いたのもまた不思議な縁である。


「…………」

『どうしました?』

「実は俺の存在特性は【幸運】らしいんだけど、聖獣さんならその辺りの調整も出来たりする?」

『幸運ですか……少し待ってください』


 聖獣・因糸紡はライの様子を注意深く確認している。


『申し訳ありません。あなたの力は私の干渉できる領域を越えていますので無理です』

「そっか……」

『契約でもしていれば判りませんが………』

「契約……そうか!」


 自らの掌にポンと拳を乗せたライは早速申し出を行う。


「聖獣さん……俺と契約してくれないか?」

『………。見たところ聖獣や霊獣とかなりの数を契約しているようですが……?』

「それだとダメ?」

『そういう訳ではありませんが……負担が増えても良いのですか?』

「負担はともかく思うところがあるんだ。一時的でも良いから力を貸して欲しい」

『………』


 聖獣としてはありがたい申し出。『因糸紡』はライの魔力に当然気付いてもいる。


『………対価は?』

「魔力譲渡、能力貸与、属性固定は契約している皆と同じ。他に何か欲しければ言ってくれれば……」

『随分と条件が良いですね』

「そうかな?まぁ、封印代わりに契約しているのもあるけど……」

『…………』



 『因糸紡』はライに興味を向ける。


 互いに因果に関わる力を宿す存在。そして並みでは有り得ない強大な魔力──。

 何より悪意も感じない。『因糸紡』はこの出逢いに因果の繋がりを感じた様だ。


『わかりました。契約します』

「良っし!じゃあ頼むよ………ついでだから名前を付けて良いか?」

『名前ですか?構いませんが……』

「『因糸紡』じゃ堅苦しくて味気無いだろ?そうだな………綿みたいだから綿丸?」

『ワタマル………』

「気に入らない?」

『……いえ。名前を貰うのは初めてなので………不思議な感じです』

「良し。じゃあ、ワタマル。これから宜しくな?」


 今回の契約は珍しくライ自らが望んだ。口上から手続きまで全て担当し、聖獣・ワタマルとの契約を果たす。



「………どったの?シルヴィちゃん?」

「いえ……アンタがあんまりホイホイ契約を進めるものだから……」


 通常は聖獣との契約自体が非常に稀……。それを複数体契約しただけでは飽きたらず“ あっさり説得して見せた ”のである。

 やっていることは常識外れ。しかしシルヴィーネルにはライが相変わらずだと感じた。


(種族の壁を感じない性格は全く変わらないのね……本当に変なヤツよ、アンタは)


 シルヴィーネルの微笑みの意味をライは気付いていない。

 その後、ワタマルを抱え洞窟脇の部屋にて過ごすライとシルヴィーネル。


 森で別れてからの話は尽きることなく、夕刻まで語り合うこととなった。


 但し、夕食にと立ち寄ったディコンズにて『氷竜ステーキ』を食したのだが……ネーミング的に氷竜の肉を食べている印象が強く微妙な心境となった……。


 ただ味は良く、ライの助言により覇竜王を前面に出した『覇王ステーキ』に名前を変更したことにより、ディコンズが更なる観光地として栄えることになる。

 それが『ライと聖獣ワタマル』による幸運の相乗効果であることは、シルヴィーネル以外知ることはないのは余談だろう。



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