第七部 第六章 第二話 短い旅路


「復讐……ですか?」


 シンの言葉に動揺するクレルガント領主。確かにトシューラがアステ王家に関与していたとして、クラウドが洗脳の類を受けていないならば可能性は否定できない。

 しかし、そうなると何故二国間同盟を破棄しないのか……クレルガント領主は不可解でならなかった。


 いや……寧ろ王家への忠義のある領主達ならば、団結しトシューラ国への報復に力を尽くすことだろう。クラウドが臣下を頼ってくれぬことがクレルガント領主には悲しかった。


「……。イズワード卿……新領主となって日も浅いあなたに問うべきではないのかもしれませんが、我等領主も何か行動を起こすべきなのでしょうか?クラウド王子のみを戦わせるなど、アステ領主の名折れ……私はそう思う」


 真っ直ぐな目でシンを見据えるクレルガント領主。その様子からやはり良き領主なのだろうことが窺える。

 だからこそ……シンは考えをそのまま伝えるのか躊躇った。彼等にとってクラウドは仕えるべき主には違いないのである。


(これ程の良き領主達に囲まれていることをクラウド王子は知らない訳ではないだろう。知った上で平気で使い潰すつもり……などと言ってもクレルガント領主の考えは変わらないだろうが……)


 クラウドが存在特性【魅了】を使用できると情報を得ているシンは、『仕えるべき主』ではなく『警戒すべき脅威』として認識している。だからこそ、その行動の異常性がどうしても目に付くのだ。


(【魅了】を使えるならば既に復讐は果たせていてもおかしくはない。だが、クラウド王子は意図的に世界を巻き込んでいる。私にはその動きに正当性を感じない……)


 既に『魔の海域』にてクラウドは自国の兵を焚き付け多くの犠牲を出している。クラウドも現場にいた為にこれを作為的とは取られていないこともまた厄介だった。

 何と説明すればクレルガント領主の熱意を下げられるのか……シンは小さく溜息を吐いた。


 と……ここまで黙っていたナタリアは夫の苦悩を取り去る為に口を開く。


「僭越ながら御意見させて頂いても宜しいでしょうか?」

「奥方殿。どうぞ御遠慮なく」

「では、お言葉に甘えて……。今のお話しを聞いていてわたくし、思うところがありました。クラウド王子は意趣返しが目的なのでは?」

「意趣返し……てすか?」

「ええ。トシューラ国が密かにアステ王家を内から支配したならば、同盟を利用して内側から仕掛ける……クラウド様はそうお考えなのかもしれません」

「成る程……」


 妻の発言にシンは少しばかり驚いていたが、そこは【魂の伴侶】──頼れる妻の意図を汲み任せることにした。


「時に、アステ国内にトシューラの間者はどれ程の数存在するのか御存知でしょうか?」

「いや……それは完全に把握は出来ないのでは?」

「そうですね。なので、それも理由かもしれませんわ」


 どの国も王都には厳重な警戒が敷かれている。先王がトシューラに懐柔され掛けていた頃のシウト国でさえ、元暗殺者サザンシスであるランカが利用を極力避ける程度には隠密が配備されているのである。

 しかし、地方に関してはそうはいかない。領土全てに隠密を隈なく配置できる訳もなく、少なからずの潜入はされている。


 例としてはやはりシウト国のエノフラハだろう。流石にあの様な領主との結託は無いにしても民に紛れる影全ては把握できない。


「ですから、クラウド王子は誰にも相談しないのではないでしょうか?確かに領主を頼れば物事は優位に運べるでしょう。しかし、情報漏洩の危険性も増えますので……」


 更にナタリアは、現在は闘神の復活を遅らせる為に争いを減らそうとしている等理由を付けクラウドの独断行動を支持する姿勢を見せる。そして領主は来たるべき時に備えることこそが役割なのではないか……と、やんわりと付け加えた。


「確かに……。しかし、それでも私は領主として王家に貢献したいのです」

「お気持ちは分かります。そうですね……では、神聖国と連携を取るのは如何でしょうか?」

「エクレトルとですか?」

「はい。今後トシューラ・アステ国が世界と戦争となった場合、民の避難を受け入れて貰うのは神聖国が最善かと。しかし、神聖国は人の争いに加担しないことにもなっています」


 エクレトルは何より安全な避難場所と言える。自国他国を問わず受け入れを取り付けられれば無駄な犠牲は大きく減らすことができる。

 民の無事はその後の復興には欠かせぬもの……ナタリアは暗にそう示唆しているのだ。


「つまり、私が内密裏に交渉することが必要……と?」

「はい。これはクレルガント領だからこそできる役割かと。勇者であり王子でもあるクラウド様はどの国の民でも犠牲を望んでいない筈です。ならば、民を守り国の衰退を回避することが王家の為となると私は思います」

「………」


 クラウドの意図はともかく、アステ国の領主には国に損害を与えぬ前提で行使できる『裁量三領権』なる権利を与えられている。これは他領主ニ人の計三名の同意があれば独自の判断で行動を起こせる制度……多少の手間は掛かるものの合意さえあれば大きな権限を与えられる。


 何より犠牲を減らすことはクレルガント領主にとっても望むところだ。アステ国の為になるならばナタリアの提案を否定する理由もない。


「……わかりました。奥方殿の提案、利用させて頂いても?」

「差し出がましいことを申しましたが……宜しいのであれば是非に」

「……確かにクラウド王子の行動を見れば民の犠牲は避けるべきなのは違いありません」

「そうおっしゃって頂けると夫に同行した意味が御座いましたわ」


 ナタリアと握手を交わすクレルガント領主の意志を確認したシンは、自らも腰を上げ手を差し伸べた。


「クレルガント卿の行動はきっとアステの為となるでしょう。私も私なりにできることを行おうと思いますので、領地へ戻ります」

「そうですか……大したもてなしもできず申し訳ありません。また機会があったら今度はゆっくりお越し下さい。歓迎致しますよ」

「ええ。是非に」



 そして、シンとナタリアはイズワード領への帰途に就く。整備された主街道を進む凝った装飾が為された大きめの馬車の中、二人は先程のクレルガント領主との対談について話し合っていた。


「余計な真似をごめんなさい、シン」

「そんなことはないよ、ナタリー。私では彼の熱意を抑えることができなかっただろう。しかし、君は巧く彼の熱意の矛先を変えた。本当に助けられてばかりだ」

「そんなことはありません。私の発言が無くてもクレルガント領主は同じ結論に辿り着けたと思います」

「さて……どうだろうね。少なくとも君がクラウド王子の意思を代弁したことがクレルガント卿に決意を促したのだと私は思うよ」


 ナタリアはクラウドの行動を善意からのものだと故意に称賛した。これにより領主からの反発無く意思を誘導したのである。


「たとえ真実を伝えても領主達は私への警戒を強めただけだろう。しかし、他領主の妻が飽くまで提案の一つとしたことならば警戒の必要も無く乗れる。ただ、問題もあるけどね……」

「あの方達がクラウド王子の悪意を知らぬこと……ですか?」

「ああ。結局のところクラウド王子自身が行動を続けることには変わらない。そちらは何人かの領主が気付いては居たようけど」


 挨拶回りはクレルガント領が最後となる。そして、それまでに巡った各領地にてシンは多くの意思を知った。

 クレルガント領主の様に王家に忠義を持ち信じ続ける者がいる反面、やはりクラウドへの違和感を拭えぬ者も居た。シンはそういった領主達とどう行動すべきか意見交換を行っていた。


 クラウドを排除すべきという意見もあったものの、それでは内乱が起こってしまう為に慎重になるべきとの結論に至っている。

 彼等との連携が構築できただけでも御の字……それこそがシンの旅の目的と言っても良いのだ。


「懐疑的な領主にはクラウド王子が【魅了】を使えることを伝えてある。が、何ぶん存在特性は未知……防ぐのは難しいだろうね」

「……。シン。何故弟さんを頼らないのですか?」


 ライの成長は至光天アスラバルスや『力の勇者』ルーヴェストを通して聞いている。確かにライを頼れば存在特性相手でも対応できるのかもしれないとシンも考えていた。


「理由は色々とある。けど、一番の理由はアイツが戦いが嫌いだから……かな」


 どんな相手とも戦いを避けようとするライは、本質的に相手を憎めない。それが優しさであることを知るシンは争いに巻き込むことに抵抗があった。


「それに、これはアステ国の問題。シウトの勇者に頼る訳には行かない」

「しかし……」

「分かってる、ナタリー……。これは弟をあまり構ってやれなかった兄貴の意地でもある」

「わかりました。シンがそうしたいなら……。私はあなたを支えるだけですから」

「すまない。君には気苦労を掛ける」


 勇者としての実力も高く、かつ思慮深いシン……。だが、その見立てが甘かったと言わざるを得ない。


 誤算の一つとして、シンはこの時点でまだクラウドの善意を信じていたこと。アステ国家臣の立場として、また同じ勇者の系譜としてその正しさを信じたことだ。


 そして二つ目……存在特性。親大陸側の使い手は稀──故に『人の賢しさの元で行使される存在特性』の恐ろしさに気付かなかったこと。


 ここで頼るべき者を頼らなかったことが大きな被害となり、後に争いを加速させることに繋がる。


 シンはそれを程なく思い知らされることとなる。




 挨拶回りを終えたシンとナタリアは、少しばかりゆっくりと帰ることにした。


 イズワード領までの旅は特殊な魔法を施した馬車で四日程。途中で立ち寄った街の貴族専用宿に入り馬車を駆る馭者を先にイズワード領へ送る。

 宿で着替えた二人は宿の裏口から出て旅人として街道を往く。シンは腰に長剣を携えた傭兵風、ナタリアもそれに合わせ魔術師の様な出で立ちである。


「疲れないか、ナタリー?」

「あなたの用意して下さったこの靴のお陰で全然平気です」


 その靴……ブーツもまたバベルの遺産の一つ。シンは自らの持つ空間収納庫からナタリアの身を守る衣装を用意していた。


「良かった。私は君とこうして旅をしたかったんだ」

「ウフフ。私達は出会って以来殆どローナリアから出ていませんでしたからね。私はそれ以前もニルトハイムから殆ど出たことが無かったのでとても楽しみです」

「じゃあ、行こうか」

「はい!」


 それはシンの優しさでもあった。ナタリアはイズワード領に来てから領主の妻として相応しい作法を覚え、それ以上とも言える親和性を見せた。お陰でイズワードの家臣達や下仕え達もシンとナタリアを慕ってくれている。

 反面、根を詰め過ぎているとさえ思える程に真っ直ぐなナタリア。その後も婚姻に至るまで弱音など一度も見せなかった。


 だからシンはナタリアに自由をあげたかった。帰路の数日は二人で自由な旅をと考えていたのだ。


(馬車が着く頃に転移をすれば問題は無いだろう。フフフ……時折こうして旅ができるようになれるよう私も努力しないと)


 新婚間もない【魂の伴侶】は誰にも邪魔されることなく数日の旅が続く。互いの意外な一面に気付き、また深く繋がり合う魂──しかし、時間は有限。とうとう帰還の刻限となる。



 シンの転移魔法にてイズワード領ローナリアに帰還した二人は再び多忙な日々を過ごすことになる……筈だった。



 王子クラウドが来訪したのは二人がイズワード領に帰還した二日後のことである。


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