第七部 第六章 第三話 アステという国


 その日、シンは先代イズワード領主パルグと共に所領内の様子を見回っていた。



 挨拶回りにて各領主の意思を確認した結果、アステ・トシューラ同盟による大戦の流れは変えられないと理解したシン。王家への忠義心を持つ領主がいる以上、クラウドを排除することは国を乱すことに繋がってしまうと理解したのである。

 ならば、できる限り大戦での被害を抑え国の疲弊を減らす必要がある。今のシンは勇者ではなくアステ国・イズワード領主……自由に動いてその責任を放棄する訳にはいかないのである。


 そんなシンは祖父パルグと共に馬車に揺れながらイズワード領内を視察しつつ、自領及び親睦のある他領地の為の方策を話し合っていた。


「……。済まぬな、シンよ。本来なら勇者として動きたかったことだろう」

「いえ。これもまた運命なのでしょう……。寧ろ私は御祖父様と出逢えたことが幸いだったのですよ。お陰でナタリアと出逢えました」

「そう言ってくれるとありがたい。何せ後継者問題は大きくなり掛けていたのでな」


 イズワード領主という地位はあまりに力が大きい。故にパルグは相応しき後継を決められずに居たのだ。

 そんな時に現れた実の孫は誰もが認める程の功績と大きな度量、そして正しき心を持っていたのである。


 何より、シンにはパルグの愛娘ローナの面影もある。長らく家族を失っていた身としては内心歓喜で叫びたい程だったに違いない。


「時に、御祖父様はアステ王家の噂は御存知だったのですか?」

「うむ。そしてそれが事実であることも知っていた……」


 イズワード領主は古き大魔導師の系譜。かつての星杖の使い手にして狂乱神を討ち果した大魔導師マクレガーと並び称される『エリファス・イズワード』の直系だ。

 魔法王国時代に於いてさえレフ族で無いにも拘わらず爵位を与えられた程の家系……当然パルグにも魔術師としての才覚は備わっていた。


「儂が若い頃に王を拝謁した際、違和感に気付いてな……だから少しばかり調べた。そして知ってしまったのだ。トシューラへの交流と銘打った洗脳がされている事実に……」

「…………」

「何度か王の洗脳を解こうと行動したこともある。が、やがて万策尽きて【火葬の魔女】を頼った」


 魔術師組合をツテに依頼を出した際、パルグは直接会いに来た【火葬の魔女】から様々な話を聞かされた。

 火葬の魔女の調査にて、トシューラからの洗脳は魔術的なものに加え精神的・肉体的な面からも時間を掛けて行われていると判明する。解除するには魔術的要素を取り除くだけでなく記憶を書き換えなければならない。それも一人ではなく王家全員へ同じ処置を施す必要がある。


 加えて、洗脳が解ければ瞬く間にトシューラに気付かれるだろうとも告げられた。その際、王の不在のままトシューラとの戦いになる危険があった。


「当時の儂にはそれを熟すだけの技量は無かった。領主にさえなっていない身で魔術師としても未熟な若造だったのだよ」

「火葬の魔女は依頼を受けてくれなかったのですか?」

「対価が用意できなかったので儂が依頼を取り下げた。流石に『イズワードの財全て』は渡せんからな。ハッハッハ」

「…………」


 求めたのはアステ国を新生させるに等しい依頼──当然相応しい対価は大きい。しかし、火葬の魔女の意図は別にあったのだろうとパルグは語る。


「あの時、火葬の魔女は言ったのだ。もし本当に覚悟があれば最後まで付き合ってやると」

「それは実質の助力宣言ではないのですか?」

「違うな。お前もその場に居たなら分かったのだろうが……魔女の目は世界規模の戦争を示唆していた。あれは儂の覚悟を問うたのだろう」

「………」


 流れはどうあれ、王家の洗脳が解けたと知ればトシューラ国は躊躇いなくアステへと進軍する。そしてリーファムは謂わば超越者──アステ国に肩入れすれば多くの血が流れる大戦になる。

 だが、そうなれば神聖国家エクレトルも黙ってはいない。リーファムはエクレトルの介入によりアステ国への助力を妨げられ、アステとトシューラの拮抗した戦力で大戦は長く続くことになっただろう。


 無論、これは当時の勢力図を見越したリーファムの推測……現在ではまた違った結果になる。


「それらを踏まえ、魔女の言葉は“まだ王家の解放の時ではない”ことの暗喩だと気付いた。だから儂も自らのできる範囲で行動に移した。遺憾ながら王家の洗脳をそのままにアステ国の結束を高めることに従事した」

「もしかして、アステ領主達の忠誠心の高さは御祖父様の……」

「あまり声を大にしては言えんがな……。儂を含めた大領主三人による情報操作と、王の影武者を使った演技の効果は少なからず意味を為している筈だ」


 同じく王の違和感に気付いた大領主に対しパルグはある提案を行った。それがアステ国の為に必要であると納得した大領主二人は提案を承諾。今日こんにちのアステ国の礎となっている。


 シンの挨拶回りで賛同した貴族こそがその大領主達。敢えてパルグとの協力を口にしなかったのは、若いシンの度量を量っていたのだろう。


「アステ王への忠誠を高める為の情報を民に流し、王の影武者を床に伏せさせ病の振りをさせた。そうすれば謁見を望む者も遠慮する。この点では王家が操り人形となっていた事により動きやすかったのは皮肉な話よな」


 トシューラとて監視をして居なかった訳では無い。が、そこは火葬の魔女リーファムの助力で監視を洗脳し記憶を改竄した。その程度ならば神具数点を対価とし依頼が可能だった。


「一番の問題はトシューラ血筋の王家の者……アステ王家にとっては取り除けぬ病巣でもある」

「確か先代アステ王の奥方……つまりクラウド王子の祖母にあたる方がトシューラ貴族だったと聞いていますが……」

「うむ。しかし、これが実はトシューラ貴族の中でも稀な人物でな……。交渉は困難だったが味方に引き入れることはできた」


 先代アステ王の妃ジルは王を操り監視するのが役目でもある。しかし、この元王妃はトシューラ国の介入に不満を持っていた。

 ジルは少しばかり強欲ではあったもののアステという国が気に入っていたらしく、内心ではトシューラからの解放を望んでいた。元々ジルの家はトシューラ王家を憎んでいたらしい。


 アステ王家に嫁ぐトシューラ貴族は王家筋に近い貴族か王位継承権を破棄した零落王族。王位継承に絡んだ王族は殆ど生き残らないので下野し生き残ろうとするのは当然の選択である。

 それらの事情から、ジルの一族は初めからアステ王家へ組み込まれることを望んでいた。


 そして、長く暮せばアステ王家への執着や血族への情も生まれる。しかし、ジルはトシューラを裏切れぬよう【呪縛】を受けていた。


 長い孤立無援とも言える中、ジルはようやく機会を得た。それがパルグの行動と繋がったのである。


「そうはいっても数十年諦めぬ傑物よ。互いの主張は中々通らぬし腹の中は読めん。仕方なく再び【火葬の魔女】を頼った」


 リーファムの仲介により厳格な取引としての落とし所を模索した結果……ジルは【呪縛】の解除、財と身の安全・そして王家血筋の継承権確保を。パルグ及びニ領主はトシューラに関する情報の提供と操作、アステ王家内の立ち回りを取り引きとした。

 これにより表向きは傀儡を偽装しつつアステ国内の結束を高める計画が進む。結果としてそれは成功だったと言えるだろう。


 元々レフ族が豊饒になるように調整していた大地や海に面した流通経路、そして豊かな海産物等があり領土としてのアステ国は申し分ない。

 パルグ達の策により領主の腐敗も少なく、働き口も豊富。魔物が多い以外で国民が困ることは殆ど無かった。


「確かにアステ国は安定していますね。寧ろトシューラよりも豊かな程です」

「それこそが“王の独裁”と“支えられる国”の違いだ。どんな形であれ、為政者が我欲に溺れた国は衰退した例しかない。トシューラもやがては限界が来て然るべきなのだ」

「そうですね……」

「ともかく、有事の際はトシューラと対峙できるだけの体制は確立されていた……筈だった」


 事態が変化したのは十年程前──その辺りから王母であるジルの様子が変化した。


「……。正確な時期は分かりますか?」

「クラウド王子がトシューラ交流を終えた頃……だな。事前に王子の洗脳を回避する為の協議をしていたので覚えている」


 クラウド帰還後、王母ジルと一時的に連絡が取れなくなったことがある。不審に感じたパルグは密偵を送り確認したが、何も変わったことは無いという報告を受けただけだった。


 その後ジルとも連絡が付き連携を再開したものの、やはり胸騒ぎがしたパルグは三度みたび火葬の魔女を頼った。


「結果は“危険だから王家に近付かぬこと”とだけ言われた。原因は何も知らされていない」

「………」

「だが、お前の言う通りクラウド王子が【魅了】なる力を使うとなれば合点が行く」


 パルグの想像通りクラウドは王城内の者を魅了していた。実質、現在のアステ王城はクラウドの支配下にあるのだろう。


 しかし、そうなると疑問も多い……。


「何故、御祖父様が【魅了】されなかったのか……ですか?」

「そうだ。儂のみならず大領主を放置したのは何故だ?」

「それは単純な理由でしょう。どんな力にも限界はあります」

「つまり、【魅了】にも制限がある訳か……」

「文官が逃げ出したのがその証でしょうね。可能性としては【魅了】できる数に上限がある、または時間や距離にも制限があるのかもしれません」


 しかし、今までの話から推察するにクラウドの力は計り知れない。僅か十歳にも満たない者が一時的にでも城を支配下に置いたのだ。制限人数は百か二百か……いや、もっと多いことも有り得る。


「……危険、だな」

「はい」

「だが、儂が見た限りクラウド王子は洗脳を受けていない様に見える。結果、トシューラへ間接的な被害を与えている面もある。ならば、その本意はまだ分からぬ。お前もそうなのではないか、シンよ?」

「確かにそうですね」


 直接その意図を聞かぬ限りクラウドの危険性は判断し兼ねるのもまた事実。たとえ復讐であってもアステの為となるならばクラウドは悪とは言い切れない。兵の犠牲を策に使うこともまた王の器なのだ。


 だが……シンの心にはクラウドは危険だと警鐘が鳴っている。


「御祖父様。私はクラウド王子に会って真意を確かめようと思います」

「……。だが、それもまた危険だぞ?」

「わかっています。ですが、このままでは後手に回るでしょう」


 シンは存在特性との戦いを行った経験は無い。同じ概念力という点で魔獣との対峙はあったが、人の使用する概念力の危険性を知らない。

 しかし、このままでは大切な者達に危害が及ぶ可能性がある。もしナタリアやパルグが【魅了】された場合は手の打ちようが失くなると理解していたのだ。


 無論、クラウドとの対話こそが目的であるが、同時にアステの王子を討つ覚悟も必要だった。

 下手をすればイズワード領主の血筋に反逆者という汚点を残すこととなる。それどころかパルグの苦労さえも無にしかねない。


 それでも……シンはクラウドと対峙する必要を理解したのだ。


「分かった。儂も念の為【火葬の魔女】と連絡を取ろう。だが、シンよ……。無理はするでないぞ?ナタリアを悲しませる結果にはせぬようにな」

「はい」


 その後、行動を相談しながらイズワード領・ローナリアへと帰還したシンとパルグ。


 だが……居城にはクラウドが待っていた。






 


 

 




 


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