第七部 第六章 第四話 シンの選択


「やあ、久し振り。領主任命式以来だったかな?お邪魔してるよ、イズワード卿シン殿……それと先代イズワード卿パルグ殿」


 イズワード領の中枢都市ローナリアへと帰還したシンとパルグは来客の報告を受ける。直ぐ様向かった領主居城の客室に待っていたのはアステ国王子クラウドであった。


 つい今しがたまでパルグと話し合っていた要注意人物クラウド──それが居城へ来訪していたことは二人にとっての寝耳に水……顔には出さぬがかなり動揺している。


 何より……シンは自分の考えの甘さに苛立っていた。


(……。クラウド王子が直接領主に会いに来たことは殆ど無い筈だが、トシューラが宣戦布告した為に動きを変えたのか……。しかし、よりによって私が不在の時に居城へ来るとは……最悪だ)


 真っ先に浮かんだのはナタリアのこと。クラウドに魅了された可能性を思うと今すぐクラウドに斬り掛かりたい程に焦る……。

 その様子に気付いたパルグは念話でシンの怒気を諌めた。


『落ち着け、シンよ。ナタリアの姿がないということは王子との対面を避けたと考えるべきだ。ナタリアはお前から王子の危険性を聞いていたのだろうからな』

『御祖父様……』

『今クラウド王子を殺せばアステ国の混乱に繋がる。存在特性についても分からぬことも多い。もしナタリアが魅了されていたとして王子の死で解けるとは限るまい。先ずは無事の確認……機を伺い対策を考えるのだ』

『………』


 パルグの言葉に小さく頷いたシンであったが、左腰に差した長剣に左手を添え鯉口を斬る。パルグは流石に慌てた。


「……。シン!」

「大丈夫です、御祖父様」


 シンは何事か小さく呟くと剣を鞘に収めた後、長剣自体を腰から外し背後に置いた。そのまま膝を床に着け恭しく頭を垂れる。

 それは臣下の礼──シンの行動に安堵したパルグは僅かに遅れ跪いた。


 二人の様子を確認したクラウドは来客用ソファーから立ち上がり近付くと満面の笑顔で語り掛ける。


「ああ、堅苦しいのは無しで良いよ。突然の来訪で不躾だったのは僕の方だからね」

「いえ……折角の来訪頂いたのに不在にて失礼を致しました。それで……此度は一体……?」

「今回、トシューラが宣戦布告しちゃったでしょ?で、アステ国は同盟の立場から賛同という形になったからね……でも、本当のところ迷っているんだ。そこで大領主であり同じ勇者でもあるシン殿の意見が聞きたくてね」


 クラウドの表情には企みの気配は見当たらない。シンの見抜く目でしても真意を窺い知ることが叶わずそれは本音の様にも見える。


「それでわざわざ御足労を……お呼び下されば王都へ足を運びましたのに」

「まあ、たまたま近くに来ていたからね。ホラ、だから旅支度のままだ」


 クラウドは礼服ではなく勇者衣装。その身には【魅力】に特化した紫の特殊竜鱗装甲を纏っている。


「どうも僕は落ち着かない性分でさ」

「それは多忙故でしょう。とにかく、ようこそお越し下さいました」


 クラウドの許しを得たシンとパルグは立ち上がり三人での対話……となるかと思いきや、クラウドはシンと二人のみの対話を望んだ。

 この提案にシンは応えた。何かあった際は巻き込む者が無い方が都合が良かったのだ。そして二人は飛翔魔法にて領主居城より離れた森の中へと移動する。



 そこは鬱蒼とした森の切れ間……。薬草や山菜の取れる森ではあるものの、魔物の多い土地柄であるアステ。それはイズワード領といえど例外ではない。

 クラウドがそんな人気の無い場所を選んだ理由をシンは警戒している。


「そう身構えないで貰えるかな、イズワード卿」

「……。無理ですね。あなたは全てを理解した上で今の行動を取っている筈だ」


 その言葉に肩を竦めたクラウドは変わらずの笑顔でシンに語り掛ける。


「全て理解した上で……か。例えば僕の存在特性が【魅了】であることを君達が知っていることかな?それとも、トシューラを壊す為に動いていることの方?」

「…………」

「勿論、君が【力の勇者】と友人であることも神聖国家エクレトルの最高指導者の一人が師匠であることも知ってる。彼らとの繋がりからシウト国の情報も得ていることもね。君は元々シウト国の勇者な訳だし」

「……。そこまで知りながら、体裁上敵国となるシウト出身の私を領主として容認しているのは何故です?」

「簡単な話だよ。アステには実力者が足りないからさ。それでは目的を果たす前にアステ国が疲弊してしまうからね」

「……。あなたは……」


 アステ国を消耗品の様に語るクラウドへ侮蔑の視線を向けるシン。だが、不快な反応さえ見せずクラウドは続ける。


「君は勘違いしているみたいだけど、僕はアステをどうでもいいと思っている訳じゃ無いんだよ。この国は僕にとっても大切な国には違いない」

「……それは……本心からですか?」

「勿論。僕はトシューラ女王と違って破滅主義者じゃない。トシューラは気に入らないけど滅ぼした後はどうなる?それでも人生は続くんだ。それに、死にたがりならとっくに自死を選んでるよ。勇者なんて酔狂な真似もしないさ」

「しかし……あなたは魔王討伐の際に魔の海域でアステ兵を犠牲にした。あれは避けられた筈です」

「まぁね。あれもトシューラを潰す為には必要なことではあったんだ。でも、そのことに関してなら君に僕を責める資格があるのかな?」

「…………」

「魔の海域でアステ艦隊を沈めたのはライ・フェンリーヴ……つまり、君の弟だ。エクレトルのアスラさんは『家族となった海王を守る為の行為』と言ってたけどね……正直、それで納得するのはロウド世界の保護を宣うエクレトルか海王に守られていたカジームくらいなものだよ」


 災害級の魔物【海王】はこれまで多くの人の命を奪ったことには違いない。特にアステ国は魔の海域に面している分犠牲の数も多い。国民感情からすれば到底許せないのが当たり前だ。


 だが、シンはライの優しさを知っている。幼い頃から魔物に対してさえ敵意を向けることを避け、怪我をした魔物には治療を施そうとさえしていた。

 後に父ロイから聞いた話だが、ライを鍛える上で一番苦労したのは魔物を討つ覚悟を持たせることだったという。ギリギリ旅立てるまで強くはできたものの、命を奪う覚悟を持たせるまで旅立ちの許可が与えられなかったらしい。


 ライの優しさを知っているシンは海王を優先した意味を何となくであるが理解している。事実、ライが魔の海域にて艦隊を沈めて以降は海王の犠牲になった者の話は無い。


「……。アイツ……ライは自らの勇者としての道を歩んでいるのです。アステ国の事情と同列に語るのは話が別……違いますか?」

「じゃあ聞くけど、君はライがアステに弓引く者として現れた場合に本気で戦えるのかい?」

「ええ。今の私はアステ国イズワード領主……ライがアステに仇為すなら全力で討ち果たします。その覚悟が無ければイズワード領主にはなりません」

「………。プッ……アハハハハ!」


 シンの覚悟を聞いたクラウドは実に愉しげに笑った。


「……。何が可笑しいのです」

「いや……悪気はないんだ。誤解させたなら謝るよ。今のは君の覚悟を聞きたかったんだ」

「…………」

「そんな怒らないでよ、うん……。……。実はね……今日、イズワード領へ来たのは君と友になりたかったんだ」

「友……ですか?」

「そう……友だよ。僕は王子という立場上どうしても遠慮される。国外では権力に取り入ろうとする者か敵意を向ける者ばかりで、国内では逆に敬われて距離ができる。そしてこんな性格だから本音なんて出せない」


 勇者として世界を巡るのも真に心を許せる友を求めてのことだとクラウドははにかみながら口にした。損得や地位に左右されない存在は確かに稀である。


「そんな中で君がイズワード領主を継ぐ話があった。君は年齢も近い……領主と容認したのはそれが理由だよ」


 地位に縛られることなく本音を言える存在としてシウト出身というのは都合が良い。加えて『武の勇者』は質実剛健であることも判っていた。そんな存在が家臣に居るならば友になれる……クラウドはそう期待したのだという。


「こうして二人で会っているのも本音で話す為だよ。そして君は期待以上に意見を向けてきた」

「………」

「もし君が友となってくれるなら僕はこの世界も悪くないと思える筈だ。だから君に頼む……領主としてだけでなく僕の友として支えてくれないか?」


 この言葉にシンは初めて動揺した。クラウドに嘘を吐いている様子は無い。復讐の為自国の兵を平気で犠牲にした事実を認めながらも、その理由が心を許せる者が居ない故の冷酷さからというならば納得もできる。


 もし……もしクラウドの話が本心なら友が諌めることで王の自覚を持たせることができるのではないか……。

 ルーヴェストが聞いたら甘いと言われるかもしれない。しかし、シンとてクラウドを信じたい気持ちが僅かながらにある。


 これは機会──だが、当然不安は拭えない。


 それを察してかクラウドは一つの提案を持ち掛ける。


「まぁ信じてくれ……なんて言っても君の耳には僕の力の危険性が届いているだろうからね。だから信じて貰うにはこれしかないと思うんだ」


 クラウドは自らの腰に帯びた剣を抜いた。


「元・武の勇者である君ならこれで僕の本質が分かる……違うかい?」

「それは買い被りですね……。ですが──」


 シンはクラウドに応え剣を抜いた。


 シンはルーヴェストやライ程直感的なタイプでは無いが、手合わせの中から読み取れることが多いのも確かだ。

 クラウドの実力を測ることもできる好機──この手合わせは確かにシンにとっては都合が良い。


「これは手合わせ……でも、もし君が僕を不要と感じたなら斬ってくれても構わないよ」

「御冗談を……。家臣が王子を斬れないことは理解している筈ですが?」

「ハハハ。でも、僕がこの地に居ることはイズワードの城の者しか知らないんだ。だからここで死んでもで済む話さ」

「……どこまでも人を試しますか」

「それだけ君には期待しているんだよ。さぁ……始めようか」


 先手はクラウド。が、それは合図としての軽い一撃。次手からが本当の手合わせの始まり……。


「言い忘れていたけど、これは剣技のみの勝負だ。使うのは技のみだからね?僕も神具や纏装は使わない。勿論、存在特性もね」

「分りました。では……!」


 初手の一撃とは違い二撃目からは一気に攻撃が激しくなる。長剣と長剣……互いに一刀であるがその戦い方は随分と違っていた。


 シンは常道とも言える真っ直ぐな剣……しかし、洗練されたそれは常道故の強さを宿している。

 対するクラウドは、その性格の様な掴みどころの無い剣。剛剣かと思えば技巧を用いた死角からの攻撃も混ぜている。


「………ガイレス流……いや、エンローグ流との融合ですか」

「はは!まさか数手で看破されるなんて……流石は【武の勇者】だね」


 技を見抜かれても楽しげな様子で手合わせを続けるクラウド。その実力にシンは内心感心していた。


(強い……。確かにこれなら『三大勇者』と言われても不思議ではない。それに……)


 手合わせをしているクラウドの剣には全くと言って良い程に邪気が無い。それは剣を愛する者の領域……もし、全ての技量を用いて戦えばシンも勝てるかという程の実力である。


「楽しいよ、イズワード卿!」

「……。あなたは目的を復讐果たせる力がありながら、何故領主を支配下に置かぬのです?その方がトシューラを相手にするには確実な筈だ」

「ん〜……面倒だから、かな」

「面倒……ですか?」

「そうだよ。だって、これは僕の復讐であってアステ国のものじゃない。だから個人でやるのが筋だろ?」

「………」


 シンは判らなくなった……。クラウドという人物は復讐の為にはあらゆるものを犠牲にする人物だと思っていた。

 しかし、こうして手合わせしてみれば復讐鬼という訳でも暴君という訳でも無い。そして何より、魅了を仕掛けることも可能な筈がその素振りさえ無い。


 少なくともクラウドはシンに対して誠実だったのだ。


「……。王子……一つお聞きします」

「何かな?」

「王子の力は【魅了】と聞いています。これを私の身内には使わないと約束できますか?」

「勿論だよ。友の家族にそんな真似する訳にはいかないからね」

「もう一つ。各領主も同様に魅了をしないで頂きたい」

「それは良いけど、もし反旗を翻した領主がいたら別だからね?」

「その場合は仕方ありません。……。僭越ながらもう一つ確認させて下さい。アステの民を守る……そう約束して頂けますか?」

「言われるまでも無いよ。言っただろ?僕にとってアステは大事な国なんだって」

「ありがとうございます、王子。では……」


 シンはその剣速を上げクラウドを圧倒し始める。やがてクラウドの剣が折れ手合わせは終了となった。


「安物の剣じゃなくて良いものを使えばよかったね……。でも、楽しかったよ。流石だ、イズワード卿」


 クラウドが感心の視線を向ける中、シンは改めて臣下の礼を取った。


「イズワード卿?」

「これより私はあなたに仕えると改めて誓いましょう。同時に友としてあなたを支え、道を誤ったならば忠言し諌めます」

「………。ありがとう、イズワード卿。では、今後はシンと呼んでも良いかな?」

「ご随意に」

「では、僕のことは公の場以外ではクラウドと呼んで欲しい」

「クラウド様……ですか?」

「いや、呼び捨てで良いよ。同じ勇者として接してくれないかな?」


 この言葉にシンは少し戸惑った。今は領主の身である以上、勇者としての行動は避けるべきと考えたのだ。

 しかし、クラウドは笑顔のままだ。


「私はもう勇者ではありませんが……」

「では、君にも勇者に戻って欲しい。その方が何かと動きやすいだろう?大丈夫だよ、王子の僕だって勇者を掛け持ちしてるんだから。そうだ!じゃあ、『王剣』の地位を与えよう。それなら問題無いだろ?」


 『王剣』は王家の為ならば独断で行動できるアステ国の特殊爵位である。これによりシンの行動制限は取り払われたことになる。


「じゃあ、シン。今後は宜しく頼むよ」

「承知しました」


 世界に大戦が迫る中、クラウドと友になることを選んだシン。その心中にはクラウドを諌める立場となりアステ国を守ろうという意志が込められていた。


 一方、クラウドの心中は誰にも分からない。その心に渦巻くは復讐の狂気か……それとも別の何かか……。


 ロウド世界での大国間戦争は春の芽吹きと共に始まるだろう。ライの願いとは逆に世界は纏まるどころか混乱は深まるばかりだった……。


 



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